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Date: Wed, 26 Dec 2007 01:33:45 +0900
From: Subject: [KATARIBE 31473] [HA06N] 2007年のクリスマスの情景 5
To: kataribe-ml <kataribe-ml@trpg.net>
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[HA06N] 2007年のクリスマスの情景 5
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登場人物
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途奥 彗
箭内海松
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居場所はつくるもので、黙っててももらえるようなものじゃない。
そう、思い知っていた筈だった。
それでも、家族の中にだけは、無条件に居場所が用意されている、例外が通
用する場所なんだと思っていた。崩れかけていたりしない限りは。
私が、そこにだけはあると思っていた居場所が、実はとっくになくなってい
たことに気づいたのは、皮肉にもクリスマスイブの夜だった。もう十日も前に
十五になっていて、今まではなんだかんだ言って、クリスマスと一緒にお祝い
してもらえていたのだけれど。今年はみんな忘れていたのか、姉の誕生祝いと
クリスマスを一緒にやる、っていうことになってた。
去年までケーキに入ってた私の名前が、何の前触れもなくなくなっているの
は、正直心臓に悪いというか、何が起きてるのかわからない感じだった。それ
でも、ちゃんとケーキは切り分けられたし、別に量が小さいなんてこともなかっ
た。理由を聞きたかったけれど、お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおば
あちゃんも、変ににこにこしているばっかりで、答えてくれそうになかった。
なにせ、物心ついた頃には、もう姉がこの家の王様になっていて、お父さん
もお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、すっかり姉の家来みたいになっ
ていた。代々続く魔女の家だから、お父さんやおじいちゃんの立場がちょっと
弱いというか微妙なのは、今の私には理解出来る。ましてや姉ときたら、私に
とっては大変厄介なことに、魔女としての出来だけは最高に良いのだ。人間と
しては正直答えたくないけれど。
姉と目を合わせないようにして、ケーキを突っつく私。幸い、ワインが入っ
てるおかげで、姉は上機嫌だ。ケーキを食べたら、食器下げる振りでもして、
さっさと部屋に戻ろう。ケーキしか目に入ってないのか、って言われそうだけ
れど、実際そうだった。テーブルの真ん中に、毎年おばあちゃんが焼いている、
七面鳥の丸焼きがどーんと置かれてるけど、これに手をつける気にはならない。
こんな切り分けたり手のかかるものに取りかかったら、姉に何を言われるかわ
からないもの。
空気みたい、ってこういうのを言うのかもしれないって思った。
去年の秋頃までの学校も、ある意味こんな感じで、それでもまだ、いやな形
とはいえ関わろうとしてくる人がいたから、今よりはまだマシだな、と思い始
めるようになってた。それくらい、家に帰っても、そこには私の居場所がない
というか、居る意味が感じられなくなっていた。私がいなくても、きっと何も
変わらないんじゃないか。っていうか、本当に何も変わってないんだ。レース
でちゃんと優勝しても、テストで100点取っても。夏期講習に行きたいって
言っても、何も変わらなかった。
こんなときに、ソラネに頼れたら、どれだけ楽かな、と思う。ソラネがいて
くれれば、何だって出来そうな気がする。左手首に巻かれているソラネのネッ
クレスに触れているだけで、大丈夫って思える。でも。ソラネに頼りっきりじゃ
ダメだって分かってる。ソラネがいつまでも居てくれるとは限らない。頼れば、
きっと一緒にいてくれると思うけど、それが当たり前になっちゃダメ。ダメなん
だ。
ケータイのメールのボタンを押して、空メールでもなんでも送信したかった。
中身なんてなくても、きっとソラネはわかってくれる。そして、前みたいに、
慣れない自転車でかっ飛ばして、駆けつけてくれる。絶対。
でも、そうなるのが、ソラネならそうしてくれるのがわかってるから、私に
はボタンを押せなかった。代わりに、終話のボタンを押して、画面を消す。なん
となくわかる。今は、きっと正念場、っていうときなんだって。ソラネは、一
人でがんばった。それから私を助けてくれた。だから、私も。一人でやらない
と、がんばらないといけないんだ。
カーテンを少しだけ開けて、外を見てみた。あの時もこんな、冷たい夜だっ
たな。クリスマスじゃなかったけど。息を切らせて、汗だくになって、40分
もかかるのに、自転車を漕いできたソラネ。そして、ふらふら二人乗りして、
ソラネの家に泊めてもらって。すごく散らかってるソラネの部屋で、二人で向
かい合ってココアを飲んで。
そして言ってくれた。怒っていいんだ、って。
そう言ってくれたのに、あれから一年──。私は怒らないまま、今もこうし
ているだけ。ただ流されて、たまにある良いことを楽しみにして、大差ない一
年を過ごしてただけ。駄目だ、駄目すぎる。今の私は、こんな私は、ソラネに
釣り合わないよ。もっと強く、ちゃんと生きないと。うん、がんばる。見てて、
ソラネ。私ちゃんとやるよ。
ケータイの時計をみたら、そろそろお風呂に入れる時間だった。寝間着と替
えの下着を持って、部屋のドアをそっと開けて、廊下に誰もいないことを確か
める。何がイヤかって、姉か箭内さんと鉢合わせるのが一番イヤだ。北川さん
は、私のことが視界に入ってないみたいだから大丈夫。よし、居ない。
そろそろと廊下を忍び足で階段へ向かう私。なんで、自分の住んでる家で、
こんなことしてるのか。そうだ、こんなことしてる私ってホントバカだ。普通
に歩けばいいんだ。いつから、こんな卑屈な子になっちゃったんだ。
私は少しだけ顔をあげて、背筋を伸ばして。階段を下りようとした。
足が動かない。ううん、前に出てくれない。そこに、箭内さんがいたからだ。
彼女のメガネの奥は、光ってよく見えないけど、壁にだるそうにもたれて、私
をずっと見ているのがわかる。ほのかに、サンダルウッドの香りが漂ってきて
いた。この人の側には、居たくない。
「……お風呂、入るの?」
「……うん、入る」
彼女は私より二つ年上だけど、家柄としては私、というか途奥の家の方が上。
でも、彼女は姉の従者だ。そして姉は、途奥の家の長女で、次の跡取り。私は
次女とはいえ、絶対的な姉がいる以上、なんでもない存在だ。それに、いても
いなくてもいい感じだし。
そのせいか、慇懃無礼というのか、箭内さんは私に対して奇妙な接し方をし
てきて、それがたまらなくイヤだった。
「背中、流そうか?」
「いらない。……ご主人様に、そう言ったら」
「あら、彗ちゃん? いくら姉妹でも、ちゃあんとわきまえないと、知らないん
だから」
妙に間延びした口調。私がこんなに敵意をむき出しにしてるのに、この人は、
どういうわけか私のことがお気に入りらしい。それがたまらなくイヤでイヤで。
私はわかってる、とだけ答えて階段を下りようとした。背中に、彼女のクスクス
笑いがちくちくと刺さってくる。同時に視線と、あのサンダルウッドの香りが、
ねちっこくまとわりついてきて。一刻も早く、その場から離れたくて。私は階段
を駆け下りて、お風呂場に飛び込んだ。
ドアを閉めて、誰もいないことを確認したら、急に脚ががくがく震え始めた。
嫌悪感だけじゃない、あの人は……怖い。理由はよくわからないけれど、とにか
く怖い。姉のように、分かり易い怖さじゃない。なにより、姉の怖さは我慢で、
まだなんとかやり過ごせる類なんだけど、あの人は……もう、これ以上考えるの
も、想像するのもイヤだ。とにかく怖い。怖い……ここに、居たくない。たぶん
サンダルウッドのせいで、少し体が火照っている。なのに、脚から始まった震え
は、全身に伝わって今も止まらない。震えが収まるまで、どれくらいかかるかわ
からないけれど、私は膝を抱えてしゃがみこんでいるしかなかった。
もういやだ……この家も、ここにいるのも……。無意識に、左手首のネックレ
スに触れて、何度も呟いていた。いや、いや、いや、いや。もういや。なんで。
どうして。居なくなりたい。居ても居なくても一緒。だったら居なくてもいい。
そうだ、そうだよ。ここに、居場所もないのに。居てもしょうがない。なのに、
なんで居るの。居なくてもいいのに。居る理由なんてないのに。だったら、もう
居なくなっちゃおう。そうしよう。もうどうだっていいや。そうしよう。家を出
よう。うん、そうしよう。家いたって、つまんないし、辛いし。でも、外にいる
とまだだいぶマシ。楽だし。空飛ぶの好きだし。好きなこと。うん、箒で飛ぶの
は大好き。大好きなこと、しよう。
ずっとずっと、ぶつぶつと呟いていると、だんだんと落ち着いてくるのがわかっ
た。不思議な落ち着き方だった。肝が据わるっていうのは、こういうことなのか
もしれない、となぜか納得した。でもどこかでそれは違うよ、って声がする。知
らない。聞こえない。いいんだ、もう。居なくていい私なんて要らない。居てい
い私でいたいんだ。
この家で最後のお風呂だと思うと、シャワーヘッドもなんだか愛しく思えた。
念入りに体を洗って、ゆっくり湯船に浸かって。ぼんやりとしていられるのも、
これが最後。
そうだ、この家で、お風呂は好きなんだ。ちょっと残念だな。もう入れないの
は。ソラネの家のお風呂、どんな感じだったかな。よく覚えてないっていうか、
思い出せないや。でもいいか、みんなで行った温泉とか楽しかった。海じゃない
のが残念だったけど、ちゃんとした水着着れたし……そうだ、水着も持って出よ
う。夏になったら、海で泳ぎたいし。でもまだ半年以上あるんだ……やだな。
少し窓を開けて、湯気を逃がす。月は赤くて、すごく大きくて、夕方の太陽を
暗くしたような感じだった。白くないのが残念だけど、満月の夜なら、家を出る
にはいいかもしれない。
結局一時間以上浸かって、私は部屋に戻った。もうどうなってもいいや、って
思ったのに、気取られないように気をつけてる自分がなんだかおかしかった。風
邪をひくといけないから、ちゃんと暖かい格好して出ないとダメだな。ちょっと
モコモコしてかっこ悪いけど、その辺りはしっかりと着込むことにした。トラン
クに、替えの下着を三日分くらいと、あと貯金箱を入れて。
「ララも来るよね?」
ララも気を遣ってるのか、チッチッといつもみたいに鳴かずに、私の胸元に収
まった。ありがとう、ララ。ララは私の最初の味方。だから、ちゃんと一緒に来
てくれると思ってたよ。
そっと窓を開けて、箒を掴む。同じように窓を閉めて、もう一度だけ、部屋の
中を見た。お布団も持って行けたらな。それだけが残念だった。
明日になって、探してくれたりするだろうか。でも知らない。それに、どうせ
探したりなんてしないだろうし。さようなら、私の家。ううん、私の家だった、
って言った方がいいのかな、どうでもいいや。
慣れ親しんだ箒は、ふわりとあっさり宙に舞い上がる。風は思ったより冷たかっ
たけど、でも我慢できない程じゃない。何も考えず、まずは風に乗って。
こうして、私は家を出た。
時系列と舞台
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12月24日
解説
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2 http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31400/31470.html
3 http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31400/31471.html
4 http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31400/31472.html
Wiki http://hiki.kataribe.jp/HA06/?Xmas2007
トオクさん、家出。
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