TRPG総合研究室 LOG 063

TRPG総合研究室の2000年12月24日から2000年12月29日までのログです。


2000年12月29日:23時51分54秒
[用語]完備情報 / Crescentaur
横から失礼します。

[用語]コスティキャン的ゲーム / 匿名希・望(2000年12月16日:17時19分40秒)
>ただ、一般的な「ゲーム理論」としては「完備・完全情報ゲーム」と言われているはずです。
>#「完全情報」はゲーム内の全ての事象が明らかなもの(将棋、オセロなど)。
>#「完備情報」はゲーム中に全てが見える訳ではないが、ルール上許される行動や出てくるリソースの種類が有限で予測可能なもの(麻雀、カードゲームなど)。

 「完備情報」についてですが、一般的な「ゲーム理論」の用語としては、「全てのプレイヤーが、共通の知識としてルールを知っている」とかの事ではないでしょうか。
 リソース全てを知っている訳ではないプレイヤーが存在すれば「不完備情報ゲーム」ですので、これが書かれた時にはあまり気にならなかったのですが。
 ルール上で許されている行動が有限か無限かと言う事あれば、「有限ゲーム」「無限ゲーム」と分けるはずです。ゲーム理論風の表現をするなら、「選択しうる戦略が有限であるか、無限であるか」でしょうか。
2000年12月29日:03時22分11秒
【疑似体験】 プラスになるってのは、セッションにプラスって意味じゃなく、疑似体験要素が強まるって意味です / SHiN
 
 まずは、最初に、私のスタンスを理解してください。
 
(myrtさん)
>TRPGではゲーム要素を調整しなくてはならないように、疑似体験度も適度にとどめておくべきでしょう。

プラスになるってのは、セッションにプラスって意味じゃなく、疑似体験要素が強まるって意味です。セッションでのバランス問題については、あまりに極端なもの以外、実際のプレイ現場で微調整してもらうしかないですね。ただ、酒は飲んでものまれるなってのと同じで、疑似体験に溺れることなく楽しめるようなスキルをPL自身が身に付けるってことの方が大事だと思う。GMとして疑似体験要素を弱めることならいつでも出来るから、まずは、きちんと、疑似体験要素を高める手法について、議論しませんか?

(myrtさん)
>ダウト。すでに書きましたが、「感情移入度」を高めるための「PCが傷ついたら PLを殴ろうシステム」がプラスに働くとは限りません。
 
 いや、これには、プレイアビリティという、疑似体験の三原色以外の要素が影響を与えてるにすぎません。このプレイアビリティというのは、通常、プレイのしやすさの話ですね。検索しやすいルールブックを用いれば、プレイアビリティは高くなる。英語ルールなんかだと、プレイアビリティは下がる。こんな感じでつかわれます。いわば、ゲームを楽しむために支払う代価ですね。
 少々、手間がかかっても、それに見合う面白さがあれば、満足できるし、そうでなければ不満を感じるってわけです。
 
 さて、このmyrtさんの事例では、感情移入を高める以上に、「PL自身が、痛い思いをする」という感情移入と関係ないマイナス要素が働いてるんですよね。これは、プレイアビリティが悪い、ってことになるわけです。
 よって、感情移入と疑似体験の話とは、直接関係ないってことです。感情移入そのものが純粋に高まる場合、必ず、疑似体験要素は強まるし、疑似体験要素が強まれば娯楽性を高める要素も強くなるはずです。
 
(myrtさん)
>同様に「世界感を印象付けるための過剰な説明」や、「感情移入がすぎてGMの設定したイベントに対して本気で怒るPL」なども同様です。
 
 ここでは、より強い疑似体験を得るための話をしてるだけで、その結果の是非にまで踏み込むつもりは私にはありません。
 「GMのイベントに本気で怒ってセッションを台無しにするか?」、それとも「その怒りをゲームへの熱意に変換してセッションを盛り上げるか?」は、その当のPL自身の問題であり、その責任を、私のTRPG論にまわしてくるのは、ちょっと、やめていただきたいんですよ。(なんか、これって、少年犯罪が起きるたびにテレビゲームが槍玉にあげられるのと同じなんでは?)

2000年12月29日:02時45分02秒
【疑似体験】 現実における目的のある行動と、ゲームにおける挑戦的要素の差 / SHiN

(鍼原神無さん)
>例えば、あんなふうに、「どんな・タイプ」のシナリオなら、「挑戦的要素がないシナリオ、またはマスタリングができる」ってご説明いただけませんか?
 
 これを説明するには、次の話を理解してもらう必要があります。
 
 鍼原さんは、開放系にも挑戦的要素が生まれるという事を示すために、『リアルな株式取引』を挙げてらっしゃいますが、「挑戦的要素は基本的に開放系ゲームには生まれない」というのは、『定義』です。開放系ゲームは、非閉鎖系ゲームである。それゆえ、ルールに穴があり、その穴をつかれればゲームは成り立たない。こういう、『開放系ゲームは非閉鎖系ゲームである』という定義から表現が転じただけの事なわけですから。
 
 よって、本来、反駁の余地は無いはずです。
 
 にもかかわらず、『リアルな株式投資』に、挑戦的要素が存在するならば、それは『閉鎖系』であるという仮説が成り立ちます。
 で、この仮説が正しければ、逆説的に、私の言う「開放系では挑戦的要素は成立しない」という定義の妥当性が増すって事ですね。
 
 まず、鍼原さんの『開放系ゲームでも挑戦的要素を持つ場合がある。リアルな株式投資などがそうだ』という意見。これは、矛盾してる点があるのです。
 以前、私とmyrtさんが行った「MTGで使用されるリソースは、その場のデッキの分か?それとも、市販されてる全てのカードか?」という話題、覚えていますでしょうか。これは、MTGをどういうゲームとして捉えるかによる、っていうすごく当たり前の結論を確認しあっただけでした。が、このあたりまえの話が、今回の鍼原さんの話では崩壊している。
 
 鍼原さんが、「リアルな株式投資」と言っている以上、そのリソース範囲(ルール系)は、リアル、つまり『現実世界』すべてを含みうるはずです。現実世界は、「閉鎖系」です。つまり、「リアルな株式投資」は、「閉鎖系ゲーム」なのです。それゆえ、「挑戦的要素」が成立しているだけなのです。
 一見、「開放系」に見えるのは、「リアルな株式投資」が、人為的に作られたシステムではないからです。
 閉鎖系ゲームとしては、「リアルな株式投資」は、完備情報ゲームに分類されるでしょう。ところが、そのシステムが人為的にデザインされたものではないため、使用しうるリソースが全て判明していないのです。それゆえ、開放系同様の特性をもつだけ(もしくは持ってるように見えるだけ)なのです。
 
 【法則】
 明確な目標を持つ「現実」の事象を「ゲーム」として持ち出す場合、それは常に「閉鎖系ゲーム」となるが、その特性は「開放系ゲーム」のそれをも合わせ持つ。
 
 これは、画一的にこうなります。いかなるテーマ、いかなる事象に関しても、そのリソース範囲が、『現実世界』である以上、このようになるのです。
 現実世界には、それのみで完結する閉鎖系の物理法則と、完備情報ゲーム形態でのリソース完備が施されているので、そこに「目標」さえ与えてやれば、常に挑戦的要素を持つことになるのです。が、その完備情報は、人為的に定義されたものではないので、我々は、まさに「ゼロから発見していくかごとく」それを利用せねばならない。ここで、開放系の特性が生じてくるのです。
 
 もし、疑問がおありでしたら、逆に、目標が存在しているにも関わらず、挑戦的要素が十分に成立しない『現実の事象』を挙げてみてください。さらに、開放系特性を持たない現実の事象を。絶対不可能なはずです。
 
 それゆえ、現実の事象に関しては、開放系・閉鎖系に基づいたゲームの分析・評価論は、全面適用することは不可能となります。開放系の特性や、閉鎖系の特性に関して、個別に処理することは可能ではありますけれど。
 
 私が、以前、「ゲームというのは、システム化されたものである」という前提が存在すると指摘したのは、このような問題を回避するためでもあるのです。
 
 たとえば、TRPGにおいて、物語の生成を試みる場合、これは、現実を舞台とした行為となり、自動的に挑戦的要素が発生します。いいかえれば、私が「挑戦的要素なんかない、いらない」と言ったのは、このことではないって事です。 
 私の言ってるのは、TRPGのゲーム世界内での、挑戦的要素のことです。これなら、鍼原さんにも十分想像できるんじゃないですか?(そうでないなら、あらためておっしゃってもらえれば、事例を挙げて説明しますが)
2000年12月29日:02時31分11秒
【開放系・閉鎖系】 擬似閉鎖系の意味 / SHiN
 
To 鍼原さん
 
 とにかく、気長にひとつひとつ、問題をクリアしていきましょう。
 (ただ、あまりに膨大なんで、些細な点は、チャットでもしてクリアしたいと思うんですがいかがでしょう?)
 
(鍼原神無さん)
>SHiNさんは「開放系/閉鎖系」ってどゆう意味で使っているのでしょうか?
 
 確かに重要ですが、なんか、すごく今更な質問ですね、というのが正直なところです。
  
 過去ログ61:2000年12月15日:01時38分29秒
 【TRPG用語】開放系ゲーム、閉鎖系ゲーム / SHiN
 の投稿、
 及び、過去ログ62:2000年12月16日:17時19分40秒
 [用語]コスティキャン的ゲーム / 匿名希・望
 2000年12月17日:02時38分37秒
 【TRPG用語】 閉鎖系とコスティキャン / SHiN 
 
 といった、一連のやりとりで、明確になってると思ってました。(さらにいえば、その都度、最低限の説明もしていたつもりです)
 
 で、閉鎖系ゲームについては、匿名希・望さんとのやりとりで明確にさせていただいたとおり、完全情報ゲームと完備情報ゲームの総称として用いてますし、開放系ゲームについては非閉鎖系ゲームとして使用しているつもりです。
 閉鎖系ゲームは、比較的明瞭に定義されてるわけだから、現在、閉鎖系と開放系しか概念がなければ、開放系を非閉鎖系として扱うのは、当然だと思ってあまり言及しませんでしたけど……鍼原さんはちがうの?
 
 『ある与えられた環境の下にあり、その環境から影響を受けるシステム』、これが、鍼原さんの考える開放系の説明なんですよね?
 では、なぜ、そのシステムは、周囲の環境から影響を受けてしまうのでしょうか?
 システムが閉鎖系を築いていないからですよね?
 ってことは、非閉鎖系って事でしょう?私と同じだと思うのだがなあ。
 
 それに、もし、開放系≠非閉鎖系でないとしたら、開放系でも閉鎖系でも無いなにか?(もしくは両方である何か)が存在することになる。が、これについて言及されてはいませんよね? 
 
 (鍼原さん)
 >ところで、SHiNさんは上のA、BどちらでもないものがTRPGだと言っているのですよね(?)
 
 いや、たぶんBの事いってるんじゃないかなと。ただし、
 
 >B.細部の閉鎖系と閉鎖系の間に「隙間」がないなら、全体としても閉鎖系であって開放系ではない。
 
 というよりも、
 
 『細部の閉鎖系と閉鎖系の間で、未定義リソースの定義が行われる(隙間って、これのことだよね?)ので、全体としては開放系である』
 
 …って言い方の方がよさそうですが。
 
 ちなみにAについては、この解釈自体がおかしい気がします。
 
 >A.細部の閉鎖系と閉鎖系の間に「隙間」がある限り、全体としては開放系であり、細部は疑似閉鎖系にすぎない。
 
 擬似閉鎖系って言葉、私が説明不足だったせいかな。
 私が使用した「擬似閉鎖系」という造語は、開放系を、ルール以外の影響で閉鎖系たらしめてる状態の事です。
 ですから、こういう場合に用いるのは不適切。『細部が擬似閉鎖系である』なんて定義はありえないのです。開放系が、擬似閉鎖系になるかどうかは、ルール系の外の情報次第なんですから、ここで言及されてる以外の要素によって決せられます。
 
 よって、これは、次にように言い換えられる事になります。
 
 A.細部の閉鎖系と閉鎖系の間に「隙間」がある限り、全体としては開放系であり、細部は開放系にすぎない。
 
 ……なんか、わけわからないですね。
 
 おそらく、重要なのは、開放系・閉鎖系ではなく、むしろ『擬似閉鎖系』の解釈でしょう。最初に、私がこの言葉を使用した投稿を鍼原さんが読んだ段階で、私がこの言葉に込めた意味が、うまく鍼原さんに伝わらず、スレ違いが生じたんじゃないかなって思います。
 
 で、ちなみに、「TRPGは、閉鎖系の積み重ねだが、全体としては開放系」であるっていう私の話は、すごく単純で、ポーカーや、将棋、オセロやすごろくといったゲームを、延々、続けていくゲーム大会ってイメージです。一応、それぞれのゲームで優勝した場合は、次にやるゲームを自分で選べるってルールを、これに付加しましょう。 
 で、この場合、ひとつひとつのゲームは、閉鎖系ゲームだけど、このゲーム大会全体で考えると、勝利条件や終了条件が無いから、系が閉じていない。よって、開放系ってわけです。
 
 これは、TRPGを示すアナロジーとしては、簡略化しすぎてますが、TRPGにも、こういう雰囲気あるってことはわかってもらえるんじゃないでしょうか?
 
 あと、アキトさんの、カタイコト、ヤワラカイコトに関しては、これは、開放系・閉鎖系より、未定義リソースやゲーム中デザイン関連の話題として整理した方が良いんじゃないかなって個人的には考えてます。 
2000年12月28日:01時44分41秒
[【TRPG論】疑似体験]挑戦的でない行為選択について / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>SHiNさんへ
@SHiNさんWrote (「[【TRPG論】物語生成]RE:物語内容と疑似体験」,当掲示板,2000年12月26日:11時18分20秒)
>>アタシは、TRPGでの疑似閉鎖系での「意思決定」と、もっと広い開放系での「行為選択」とを分けて考えています。(引用終わり)
>じゃあ、なおさら、意思決定の意味は「挑戦的なもの」として狭くなるんでしょう?
>じゃあ、ますます、
>『TRPGにおける意思決定ってのは、「挑戦的なもの」ばかりじゃない』という私の意見に反するじゃないですか。だって、私の言う意思決定は、鍼原さんの「意思決定」+「行為選択」(というか、「意思決定」⊂「行為選択」なんだから、=「行為選択」でいいのかな)なのですから。
 
 うえは、アタシの書き方が悪かったかもしれません。
 もう一度細かくご説明しなおしたいと思います。
 いろいろ質問しましたし、誤解要素は整理しておいた方がいいと思って。
 
 とりあえず、「意思決定@SHiNさん」=「『行為選択@カンナ』+『意思決定@カンナ』」、とします。(SHiNさんの言う通りです)
 #もし、[物語生成]の話をするなら、「行為選択」=「non『意思決定』+『意思決定』」とでもしなくては、話が混乱するかもしれないのですが。ここでは、そこまで細かく考えないことにします。
 
 この場合、「行為選択@カンナ」は、「意思決定@SHiNさん」に含まれます。
 「意思決定@SHiNさん」⊃「行為選択@カンナ」、です。
 
 ですから、「『意思決定@SHiNさん』は、挑戦的なものばかりでない」って件は、アタシも同意してます、って申し上げたつもりでした。
 
 「意思決定@カンナ」は、必ず「挑戦的なもの」に関わりますので、
 「『行為選択@カンナ』+『意思決定@カンナ』」には、「挑戦的なもの」も「挑戦的でないもの」も含まれます。
 
 ですから、次のSHiNさんのご意見には異存はありません、って意味で、「(表現上の)スレ違いでは」、と言いました。
>鍼原さんの「TRPGは挑戦(意思決定)×アルファ」という表現に不満があるのは、TRPGにおける意思決定ってのは、「挑戦的なもの」ばかりじゃないって事を言いたかったのです。
@SHiNさんWrote (「【疑似体験】 TRPGに存在する、疑似体験を発生させる、さまざまな要素」,TRPG総合研究室 LOG 062,2000年12月22日:04時52分29秒)
 
 しかし、「『挑戦的なもの』ばかりじゃない」と、「挑戦的要素なんていらない、存在しない」では意味が違います。
 「【TRPG論】物語生成」RE:物語内容と疑似体験」 (SHINさん記,当掲示板,2000年12月26日:11時18分20秒)、で言われたご意見ですが。こちらのご意見には、アタシは、今のところ同意しかねます。
 その点は、「すれ違いだけではない」ってSHiNさんの言われる通りなようです。
#アタシには、これは急に出てきた話題のような感じなんです。
#もしかしたら、SHiNさんとMyrtさんの間では意思疎通がとれていた話題なのかもしれませんが。
 
 以下の部分のSHiNさんの真意がわかりません。
 
>なのに、鍼原さんは「TRPGは意思決定(挑戦)×アルファ」だと言う。わたしは、原則として、TRPGに挑戦的要素なんていらない、存在しない、と言ってるのです。
>そりゃ、欲しければ作ればいい。その手法も、提供するつもりです。が、それは、原則として恣意的に構築される必要のあるものなのです。
>その点を理解してもらいたくて、「基本的に開放系ゲームには挑戦的要素は存在しない」、原則としてTRPGに挑戦的要素などいらない、と言ってるわけです。
 
 もし、SHiNさんが言う「恣意的に作られる挑戦的要素」に、アタシの言う「主観的だけど勝手気侭ではないもの」が含まれるのならば、同意できるかもしれません。
 アタシはもともとTRPGのプレイヤマスタリングから、主観的なものは排除しきれない、と考えていますので。(が、SHiNさんの発言の真意が掴みきれないでいます)
 
 ここで、質問をしたいと思います。(いろいろ質問してすみませんが)

 「欲しければ作ればいい」では、どんなタイプのシナリオを創ることが想定されているのでしょうか? あるいはどんなマスタリングで提供されるのでしょうか?
 SHiNさんにしてみれば、それを説明されてる途中なのだと思うのですが。
 もし、予告みたいな感じで、一例でも挙げていただけると助かります。
 
 よければ、「『サザエさん』みたいな」、とかいった喩ではなく、例えば、――昔LABOでノリ重視関連(だっけな?)のときに話題に出されたような「初期障害をプレイヤーに与えるだけのシナリオで、後は放っておくマスタリング」みたいなことをSHiNさんが提唱されたことありましたよね。(ちょっと過去LOGまで調べきれませんでしたけど)
 
 例えば、あんなふうに、「どんな・タイプ」のシナリオなら、「挑戦的要素がないシナリオ、またはマスタリングができる」ってご説明いただけませんか?
 
 もしそうした例示を出していただけたら、アタシにも、少しはイメージ掴めるかもしれません。
2000年12月27日:23時16分09秒
[【TRPG論】疑似体験][疑似体験]についての質問 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>SHiNさんへ
 続けてですみませんが、アタシ的用語をできるだけ排してSHiNさんの論に質問を差し挟みます。
 やはり根本的なことと思います。
 
 「【疑似体験】疑似体験の三原色」 (SHiNさん記,当掲示板,2000年12月27日:02時10分17秒)、での整理について質問します。
 SHiNさんの[疑似体験]の整理では、なぜ「感情移入」と「臨場感」に関連して「表現」の要素が考慮されないのでしょうか?
 
@SHiNさんWrote「【疑似体験】 TRPGに存在する、疑似体験を発生させる、さまざまな要素」 (TRPG総合研究室 LOG 062 ,2000年12月22日:04時52分29秒)
>「GMはいかにしてPLの望むリアクションを知るのか?」って話がありましたよね。それを考量するには、それぞれのアクション(意思決定)が、いかなる動機の元で行われてるかを見極める必要がある。その動機を調べるには、そこでどのような疑似体験要素が発生してるかを分析する必要があると思うのです。
 
 GMにしろプレイヤーにしろ、扱うキャラクターを表現して、表現意図がうまく伝わったり伝わらなかったりすることに楽しみを見出す人は多いです。これも、立派な動機になるはずです。
 
●B´:表現により臨場感が高まる場合の疑似体験
 「臨終の淵の少女を見守る」という行為から生じる疑似体験で、「仲間のPCとNPCの少女に対しなんらアクションが可能で・ない・場合でも」臨場感が感じられることはあります。
   
 もしかしたら、これは前SHiNさんが言っていた「芸術表現に類すること」なので、例外と考えられているのかもしれません。
 
 しかし、次のようなことはよくありますし。TRPGでは許容されるはずです。
GM:少女は死にそうです。
PL1:じゃぁ、黙って見守るよ。
PL2:何にもしないの?
GM:もう手のつくしようはないとわかる。
PL1:〔PCは〕「せめて見守るだけはしたい」、と思った。
PL2:あぁ、なるほど。
 
 日常語では上のGM-プレイヤー間、プレイヤー-プレイヤー間での会話(コミュニケーション)――演劇脚本で言うト書きに類したような性質の発話は、普通は「表現」には含まないかもしれません。
 しかし、TRPGではいわゆる「表現」(セリフなど)にプレイヤー発言を複合させることは許容されます。
 
 上の事例では、会話コミュニケーションの結果、プレイヤー2にとっても「臨場感」があがって、疑似体験の強度が生じているわけです。
 「PL2:あぁ、なるほど」ってゆうからには、そのプレイヤーにとっては、「臨場感」があがった、と判断してよいはずです。
 
 この事例は、SHiNさんの整理だと「●A´(ダッシュ):ロールプレイのためにキャラクターの性格などを考察する場合に生まれる疑似体験(対象を理解しようとする場合に生じる疑似体験)」に含まれるのかもしれません。
 
 しかし、「●A´(ダッシュ)」の事例では、(例1)で、プレイヤーがリアクションを返す場合のことしか、挙げられていません。

 「臨場感」や[疑似体験]が論じられるのに、表現や、コミュニケーションの要素が考慮されていないのは、アタシには不思議なんです。
 
 これは、アタシが思う[疑似体験]が、SHiNさんが論じているのと何か別の内容だからなのでしょうか?
 それとも、SHiNさんの論に、何か意図があってのことでしょうか?
2000年12月27日:22時35分36秒
[【TRPG論】疑似体験]「開放系/閉鎖系」についての質問 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>SHiNさんへ
 では、アタシ的用語をできるだけ排してSHiNさんの論に質問を差し挟みます。 割と根本的なことです。
 
 SHiNさんは「開放系/閉鎖系」ってどゆう意味で使っているのでしょうか?
 ほかにも、「臨場感」とか「感情移入」とか基本的な言葉ほど、違和感を感じる言葉がたくさんあって、[疑似体験]のお話がはじまっていらい、アタシは混乱してるのですが。
 多分、この投稿で質問する「開放系/閉鎖系」についてが一番根本的かと思うので質問します。

@SHiNさんWrote (「[【TRPG論】物語生成]RE:物語内容と疑似体験」,当掲示板,2000年12月26日:11時18分20秒)
>逆に、先行予見の過程を、きっちり閉鎖系ゲームの積み重ね(TRPGは、全体としては開放系だが、細部は、単純な閉鎖系ゲームの積み重ねなのです)として成立させておかないから、うまく閉鎖系に移行できなかったりするのです。
 
 ここでSHiNさんの考えている「開放系/閉鎖系」の内容ががよくわかりません。
 他の個所でも違和感を感じることが多いのですが、特にここで強く感じます。
 
 ですから、「疑似閉鎖系からの脱却」を言われると、賛成も反対もしかねます。SHiNさんが理解する「開放系/閉鎖系」とアタシが理解するそれで、内容に違いがあるのかもしれない、と思えるからです。
 
◆アタシが理解する「開放系/閉鎖系」
 ちょっと前、Myrtさんとアキトくんのやりとりで、キャンペーン形式のSLGの話題が出ていました。
 キャンペーン形式のSLGはほとんどの場合「細部は、単純な閉鎖系ゲームの積み重ね(連続)」ですが、「全体として・も・閉鎖系」です。
#理屈のうえでは「細部は、単純な閉鎖系ゲームの積み重ね(断続)」で「全体としては開放系」ってSLGキャンペーンも考えられますが、アタシはそうした実例を知りません。
 
 アタシの「開放系/閉鎖系」理解では、「全体としては開放系だが」「細部は、単純な閉鎖系ゲームの積み重ね(連続)」ってことはあり得ないように思えます。

 リアルなマネー・ゲームのように、「開放系としてのリソースから、疑似閉鎖系を抽出しつつ挑むゲーム」と言うのはあり得ます。しかし、その場合疑似閉鎖系のゲームは必ず、1「『断続』する」、または2「『閉鎖系』までのセッティングが開放系のリソースで、セッティング以降は『閉鎖系』ゲームが連続する(つまり、「ゲーム」は、閉鎖系がセットされた後だけのこと)のどちらかになるはずです。

 これは、アキトくんが提起した「開放系/閉鎖系」の概念規定、「ちなみに開放系システムというのは『ある与えられた環境の下にあり、その環境から影響を受けるシステム』のこと。(出典:『数学は世界を解明できるか』中公新書1475、丹羽敏雄著)。RPG が開放系ルールだというのは、ルールがプレイ現場という環境から影響を受けて変容するから」より、そのように判断されます。
 
 アキトくんの整理を参照して「開放系/閉鎖系」についてのアタシの理解を書いてみます。
#@アキトくんWrote「開放系ルールとしての RPG」 ──あるいは RPG は将棋ではないという話
#@アキトくんWrote「付け足しなんかつまらない!──続・RPG は将棋ではないという話」(半完成)
 
A.細部の閉鎖系と閉鎖系の間に「隙間」がある限り、全体としては開放系であり、細部は疑似閉鎖系にすぎない。
 ここでアタシが「隙間」と呼んでいるのはアキトくんの整理で「ヤワラカイ部分と硬い部分の複合・関与・付与」などと呼ばれているファンクションを指します。
 「隙間」と呼んでいるのはアキトくんが「閉鎖系(疑似閉鎖系)の断続」と呼んでいる、「断・続」の「断」の面、と言ってもよいです。

 
B.細部の閉鎖系と閉鎖系の間に「隙間」がないなら、全体としても閉鎖系であって開放系ではない。
#アタシ的な用語での説明を参照用に記しておくなら、「一意な論理システムで全体が記述されるならそれは閉鎖系」ってことです。SLGのキャンペーンで、複数の閉鎖系のゲームが継続するように思えても、それは見かけのことにすぎません。ゲームに使われるシステムは一貫して連続(断続ではなく)することになるので、キャンペーン全体も閉鎖系となります。

 
 これがアキトくんによって提唱された「開放系/閉鎖系(のゲーム)」の整理であるはず、とアタシは考えています。
 
 ところで、SHiNさんは上のA、BどちらでもないものがTRPGだと言っているのですよね(?)。
>TRPGは、全体としては開放系だが、細部は、単純な閉鎖系ゲームの積み重ねなのです
 
 ここが、アタシには根本的にわかりません。開放系リソースから疑似閉鎖系ではなく、きちんとした閉鎖系ゲームが構築されるなら、それ以降「ゲーム」には開放系は関与しないことになります。
 
 「開放系/閉鎖系」の理解が、アタシとSHiNさんの間で違うのでしょうか?
 
 だとしたらSHiNさんはどんな理解をしていて、どんな意味で「開放系/閉鎖系」を使っているのでしょうか?
 
 そこを納得できれば、「疑似閉鎖系からの脱却」の内容も分かり易くなると思います。アタシも助かります。
2000年12月27日:22時30分46秒
[【TRPG論】議論のスタンス]立場表明 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕

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>SHiNさんへ
@SHiNさんWrote (「[【TRPG論】物語生成]RE:物語内容と疑似体験」,当掲示板,2000年12月26日:11時18分20秒)
>で、立場表明なら、私に理解しやすい言葉でお願いします。
>スレ違ってることがわかってるのに、依然として、鍼原用語で語られてしまうと、スレ違うばっかりじゃないんでしょうか?
 
 これについては、すみません。

 何度か言い訳してましたけど、アタシにはSHiNさんの論が根本的なところでわからないので手探り状態なんです。
 特に[疑似体験]の話題に入ってから、それ以前より急に論旨がわかりづらくなりました。
 
 新しいSHiNさんの投稿で気づいたんですけど。
 根本的には、SHiNさんの言ってる「開放系/閉鎖系」がアタシの理解と違うようです。
 「臨場感」や「感情移入」も、新聞や雑誌などで読める、映画や小説のレヴューや批評文での使い方とは微妙に違う意味で使われているようです。
 きっと「TRPGにとって」の「臨場感」なり「感情移入」なりが意味されていると思いますが。
 
 それやこれやで、文脈を読もうとしても、混乱しています。
 
 後、「挑戦的要素が存在しないTRPG」と言うのもアタシには想像困難です。まるで「丸い三角形」と言われてるみたいで混乱してます。
 
 とゆうわけで、SHiNさんの真意を理解したくて、質問したり、コメントしたりしてみたつもりなんです。なんとか理解の糸口を掴もうとしてのことでした。
 
 申し訳ないですけど、「SHiNさんの『用語系』でアタシの意見を説明して」と言われても、多分見当違いの発言が多くなると思います。
 
 いろいろ考えて、この辺、別投稿に分けて、SHiNさんが使ってる、根本的な言葉について二、三、質問をさせてもらおうと思います。アタシなりの用語はできる限り使わないようにして質問しまみます。
 
◆立場
@SHiNさんWrote (「[【TRPG論】物語生成]RE:物語内容と疑似体験」,当掲示板,2000年12月26日:11時18分20秒)
>〔前略〕「基本的に開放系ゲームには挑戦的要素は存在しない」、原則としてTRPGに挑戦的要素などいらない、と言ってるわけです。
>が、擬似閉鎖系ゲームは、弊害が多すぎるのです。もっとも、その弊害を楽しむポジティブな人もTRPGファンには多いですけどね。
>鍼原さんもその一人でいらっしゃるようですね。
 
 アタシのことは、SHiNさんが言う意味での「ポジティブな人」と思っていただいて構いません。
 
 アタシは、TRPGならではの楽しみは、閉鎖系のゲームでは楽しめない、と思っています。
 一例、「TRPGの参加者間のインタラクティヴなコミュニェケーションで疑似体験できる物語内容」と、「所詮は機械仕掛けであるRPGソフトの操作で疑似体験できるストーリー」とは性質が違うと思っています。
 
 アタシが思うに、TRPGで使われるコミュニケーション自体が開放系だからです。そして、解放系のコミュニケーションと複合させて「ゲーム」も扱われる、と考えています。
 従って、セッションで扱われるゲームは疑似閉鎖系にならざるを得ない。って言うのがアタシの考えです。
 
 そうゆう考えなので、「疑似閉鎖系からの脱却」を言われると、今のところ、賛成も反対もしかねています。

 SHiNさんの論が・もし・Myrtさんと同様に「TRPGを・より・ゲーム的に楽しむ為の一方法論」なのだとしたら、もっと楽に色々言えると思います。
 
 でも、SHiNさん、関連の議論の途中で何度か、一般性の高いTRPG論を目指してるみたいに言ってられますよね。
 
 Myrtさんとのやりとりで発言したことありますが、TRPGのシステムを使って、セッション前に、閉鎖系をしつらえ、それを断わって遊ぶのはユーザーの好き好きと思います。
 それもTRPGシステムを使った遊びかたのひとつではありますので。
 
 しかし・もし・「TRPGでは一般的に、疑似閉鎖系を脱却して遊んだ方がメリットが大きいのだ」、ってのがSHiNさんの主張だとしたら疑問が多いです。
 
 ただ、異見を言うにしても、もっと、全体像が見えてこないと、見当違いの突っ込みしか発言できないと思います。
 
 アタシの立場表明、ってことで言いますと、アタシにはSHiNさんが言われているこ「疑似閉鎖系の弊害」は、「弊害が多すぎる」とも思えません。
 
 TRPGジャンルの特徴とみなしていますので、「弊害」と言うより「対処すべき難点」だとは思っています。
 「実際に弊害が生じてるではないか」、って意見を持つ方もいるでしょうから、その辺のコメントは後述することにします。
 
◆議論のスタンス
 前振りが長かったですけど、[疑似体験]について、アタシの議論のスタンスを再度明瞭化します。
・「基本的にはSHiNさんが『疑似閉鎖系の弊害』と呼ぶものは『弊害』とは思えない。いろいろな困難は生じさせても、開放系下の疑似閉鎖系って特徴から、TRPGジャンルならではのいろいろ独特の面白さが生じる」だから「困難には実際的に対処してった方がTRPGらしく遊べる」、って考え方です。
・TRPGLABOでも過去にアタシが分析してる「物語生成」を重視する遊びかたは、TRPGらしい遊びかたの一種類と考えています。
 
・一方、今のところSHiNさんの論の全体像や細部はアタシにはよく理解できない点が多いです。
・SHINさんの用語系で質問しようにも、用語の意味や用語法自体に疑問を感じる事も多く、どうしてもアタシなりの発想からの疑問提起が増えます。
 これについては[【TRPG論】疑似体験]の識別子では、できるだけSHiNさんの用語系の意図を推測しながら質問なりをするようにしようと思います。
 
・先の投稿、「[【TRPG論】物語生成]物語内容と疑似体験」 (TRPG総合研究室 LOG 062,カンナ記,2000年12月24日:10時26分24秒)、はアタシのつもりとしては次のような意図で投稿しました。
 
 アタシとしてはSHiNさんの【疑似体験】関係の論は、全体として何を目指しているのか、とか、細部に今のところ理解困難な点が多い。
 しかし、SHiNさんの議論の意図「〔プレイヤー:カンナ補記〕それぞれのアクション(意思決定)が、いかなる動機の元で行われてるかを〔GMが:カンナ補記〕見極める必要がある。その動機を調べるには、そこでどのような疑似体験要素が発生してるかを分析する必要があると思う」、は理解できるし、賛同できる。
 
 だから、SHiNさんの論とはまた違う、アタシなりの観点(物語生成)でサイドから、サポートすることができると思う。
 例えば、SHiNさんの[疑似体験]論で、これこれと言われてることを、[物語生成]の観点から説明すれば、また別のように説明できる(が、ほとんど同じ事象の別の面を説明できる)とか、そうした性質の投稿には[【TRPG論】物語生成]の[識別子]を使っていきたいです。
 
 一方、アタシにはSHiNさんのいう「疑似閉鎖系の弊害」は、ある意味さほどたいした問題でないと思えます(後述しますがそれなりに有効な対策法はあるからです)。
 でも、対策方法は複数あっても構わないので、その意味でSHiNさんの議論にも寄与したいと思っています。
 
 しかし「疑似閉鎖系からの脱却が」一般的に有効なTRPGの方法だ、と言われるとその意見には賛成しかねます。アタシには疑問と思えることが多いからです。
 「TRPGを・より・ゲーム的に楽しむための一つの方法」だ、と言うお話ならば理解可能です。

 
 ところで「[【TRPG論】疑似体験]異論:ゲームソフトの疑似体験と小説などの疑似体験」 (TRPG総合研究室 LOG 062,カンナ記,2000年12月24日:10時33分06秒)、はその前の「物語内容と疑似体験」とは別の発想で投稿しました。
 一応説明しておきます。
 これは、アタシの投稿内で異論を表明した部分、いろいろなジャンルの疑似体験についての整理が説明不足で、例えば小説や映画など、投稿で言及されてる他ジャンルに親しんでいる人たちに理解不能になっていると思い、異論を表明しました。
 
 SHiNさんは、「単なる表現の問題」って考えてられるようですが。 
 
 アタシが思うに、意識しない内に、TRPGファン間だけの常識に縛られてしまっているTRPG論には弊害が多い、と思っています。「馬場講座」にも重要なポイントでそうした欠点がみられます。
 
 例えば、TRPGファンの以外では通じないファンタジー論とか、歴史観とか、とっくに否定されているストーリー観とか、のことです。
 無論、他のジャンルで、ファンタジーなり、歴史なり、疑似体験なりに(「ゲーム」についても同じと思います)、どんな説や論があるかを踏まえて、「しかし、TRPG中心から論じればこうなる」と断わられるなら、それは構わないと思います。
 
 けれど、そうした説明がはぶかれている場合は、弊害が生じます。と、言う観点からの異論表明でした。
 
◆SHiNさんの言う「開放系の元での疑似閉鎖系」の弊害への対処
 実際論としては、充分な準備をしたうえで、何度か同じシナリオを別メンバーのプレイヤーさんで廻し、その都度セッションで生じた事をシナリオにフィードバックして改良してゆけば、SHiNさんが言われる「疑似閉鎖系の弊害」は生じなくなると思います。
 あくまで、対処方法のいとつとして提案しているだけですが。
 
 例えば、プレイヤー間の前提知識を揃えるためのペーパーを用意する(ルール以外に一シナリオで最低限必要な前提知識なんてたかがしれてるはずです)。
 例えば、プレイヤーがPCとの分離を考えるべきポイントもペーパーで示唆する。(これは水準的なシステムならば、システムに準拠して一定のガイドラインが作れるはずです)
 
 実際論ですので、はじめは互いによく嗜好や方向性が分かっているプレイヤーさん相手にセッションをして、同じシナリオを、だんだんとあまり知らない人もメンバーに加えていけば、シナリオの改良作業も効率よく進めていけると思います。
#それ以前に、充分な準備をするだけでも、相当に弊害を減らせると思っています。
 
 具体的な準備のTipsは、ここのところ「セッション運営研究室」に連続して投稿しました。
 アタシに言わせてもらえば、充分な準備をしないで、トラブルが生じるのはこれはある意味当然なように思っています。
 
 それでも、トラブル回避の方法は複数あった方がよいと思っています。
 ですので、SHiNさんの論も進めていただいた方がよいと思っているわけです。
 

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2000年12月27日:13時24分36秒
[【TRPG論】疑似体験]疑似体験の悪影響 / myrt
(Re:2000年12月26日:13時02分19秒[【TRPG論】疑似 体験]交渉ゲームと疑似体験 / myrt)
> 「交渉下手なPLの演じる交渉上手なPC」を認めた場合、「交渉上手なPLの演
>じる交渉下手なPC」よりも交渉において有利であるように 扱う必要がありま
>す。例えば「顔や雰囲気、言葉尻が気にくわない」として解決する方法があ
>ります。しかしこの場合、そのPCが交渉上手なPLの腹話術人形になってしま
>う場合が多いように経験上感じられます。こうなるとゲームと疑似体験両面
>から好ましくありません。

 さて、GMにとってストレートな解決策は交渉上手なPLの発言を禁じることです。 リプレイ形式で考えてみましょう。

PL B: さて、交渉だ。お前の交渉力でかたづけてくれ。
PL A: えーっと、そのなんていうか、○○ということで。
PL B: おいおい、○○○のことも言ってくれないと。
GM : 交渉力の低い人が口を挟むと、相手の気にさわったということで 判定を不利にするよ。
PL B: (沈黙)
PL A: それから○○○。ダイスふっていいかい??
PL B: (不足している項目を補足したいが、交渉力の問題で口が出せない立場 を疑似体験中)
GM : うーむ、それだったら-20修正で振ってくれ(それでも60%あるし)。
PL A: それっ、あらら、82で失敗だ(修正がなくても)。
PL B: まったく、何やってるんだ(補足されていればプラス修正すらもらえたはずだ)!!

 さて、PL Bは誰の立場で誰に向かって何が不満で怒っているのでしょうか??

 疑似体験性は、対象の立場とPLの立場を混同させることのある諸刃の剣です。 一部混同させることが目的ですからなおさらです。注意深くコントロールされ ねばならないでしょう。「ファンタジーは現実逃避だ」とか「凶悪犯罪や、 ライダーキック転落事故の原因だ」とか言われたりするわけですし。
2000年12月27日:12時53分50秒
[【TRPG論】疑似体験]四つ目の項目は特別だろうか / myrt
(2000年12月26日:13時02分19秒[【TRPG論】疑似 体験]交渉ゲームと疑似体験 / myrt)において ダイスロールと意思決定の疑似体験は異なる気がすると書きましたが、撤回します。 意思決定において「PCとしての判断」と「GM補助」の立場が両立するように、 よりわかりやすい形で「思った目が出てほしい」と「作為的であってはならない」 が両立すると思います。

 そう考えると、GMがうまくランダマイザを用いることによって「PLに責任転嫁を して疑似体験性を高めつつ思い通りにはさせない」手法を分析できると思います。 カウンティング(表になったカードから次に出るカードを確率的に予測すること)が できる場合なんかは、意思決定(予想と宣言)と行為(気合いを入れて引く)と結果 がズレているのでなかなか面白いと思います。

(Re:2000年12月27日:02時10分17秒【疑似体験】 疑似体験の三原色 / SHiNさん)

> A、感情移入によって生まれる疑似体験
> B、臨場感により生まれる疑似体験
> C、ゲーム世界への介入に伴う疑似体験

 BとCは「意思決定の宣言前と、宣言後からリアクションまで」を分けている ということで良いのでしょうか。「とりあえず待機」は宣言ですから。

 Dは完全にB-Cに含まれると思います。部分集合として分けるなら、「設 定されたゲームに対する意思決定においてのゲーム世界への介入に伴う疑似 体験」でしょう。

 また、B-Dも感情移入度が低ければ疑似体験度が低くなるので(B-Dの行為自身が 感情移入度を高めることは多いが)、Aとの差は「能動的か否か」だけだと思います。

--
 なぜ将棋に疑似体験性が少ないのか。それは、将棋でPLが演じる対象が 感情移入困難なものであるからです。似た例として はStarcraft(リアルタイムCSLG)があります。PLが演じるのは指令官なのでザ コ兵士がリアルな画像で殺されてもあまり痛みを感じませんが、生産拠点を壊滅させ られるとものすごく「痛い」です。将棋で大駒を取られたときも、同じくらい痛いの ではないでしょうか??

 さて、感情移入には想像力が必要でしょうか。

 状況に対する理解力は必要ですが、想像力が必要だとは限らないと思います。 DooM系のコンピュータゲームを見れば一目瞭然でしょう。ただし、その理解を 想像の範疇(記号と現実の差を埋めるわけだから)と捉えるなら必要だと言える でしょう。
#学習の範疇に入ってしまう気も。

 ファイアーエムブレムは、素材として優れているために想像力を刺激 し、理解を越えて、ない物まで想像させるような例だと思います(この場合は物 語性--ただし一部作品においては競争馬育成要素だという声があったよう な気が)。この「想像させる」こ とはTRPGをさらに面白くするひとつの要素だと思 いますし、GMの表現から具体例を把握するには想像力が必要な場合が多いと思いますが、 必ず必要かと言われるとそうでない気がします。
#PLが 誰を演じているかがなかなかナゾなゲームなので(ウイザードリィみたいだ) 例として適切でない気も。
#それを言い出すと、Starcraftでも指令官が出撃してた気がしてきた...

--
> これは、要素Dが、疑似体験に必ずしもプラスに働くものではない、
>という事が言えます。
それには同意しますが、

> 一方、A〜Cの疑似体験の三原色は、全てプラスに働きます。

 ダウト。すでに書きましたが、「感情移入度」を高めるための「PCが傷ついたら PLを殴ろうシステム」がプラスに働くとは限りません。同様に「世界感を印象付 けるための過剰な説明」や、「感情移入がすぎてGMの設定したイベントに対して 本気で怒るPL」なども同様です。TRPGではゲーム要素を調整しなくてはならない ように、疑似体験度も適度にとどめておくべきでしょう。
2000年12月27日:02時10分17秒
【疑似体験】 疑似体験の三原色 / SHiN
 
 受動的、能動的な疑似体験という用い方に、問題が生じているようですので疑似体験の記述の仕方として、別の定義を設定します。
 
 この話は、もう少し後に行うつもりだったのですが、予定を繰り上げます。よって、もしかすると、まだわかりにくい、もしくは認めがたい前提なんかが含まれてるかもしれませんが、それらの点については、指摘して下されば追って説明させていただくという事で。
  
 TRPGにおける疑似体験は、次の3つの要素から成り立っていると言う事ができます。
 (もちろん、もっと細分化する事も可能です。が、最小の定義で最大の効果を上げるものこそが良い理論であるという考えにのっとり、ここでは3つの要素で限定します)
 
 A、感情移入によって生まれる疑似体験
 
 B、臨場感により生まれる疑似体験
 
 C、ゲーム世界への介入に伴う疑似体験
 
 この3つです。
 それぞれについてTRPGにおける事例を交えて細かく説明していきます。
 
 ●A:感情移入によって生まれる疑似体験
 …対象への介入が不可能な場合の疑似体験(映画を観てる時などとほぼ同様の疑似体験)
 (例1)既に無力化されてしまった自分のキャラクターの行方を傍観者として見守る場合。
 (例2)罠の回避判定などでGMがダイスロールを行い、自分のPCがことなきを得た場合。
 (例3)シナリオ上、ルール上、GMによって定められた事象を見守るしか無い場合。
 
 A´(ダッシュ):ロールプレイのためにキャラクターの性格などを考察する場合に生まれる疑似体験(対象を理解しようとする場合に生じる疑似体験)
 …自分のPCの設定などを考慮つつリアクションをロールプレイを通じて行う場合。
 (例1)GMの「目の前で美しい白鳥が息絶えた」などの情報に対し、キャラクターの性格や立場を加味して「とても悲しむ」などとリアクションを返す場合。
 (※自分で考えた設定通りにロールプレイする場合、単純に『リアクション』と言えるかどうかは、感情移入行為を「能動的」と呼ぶか「受動的」と呼ぶかというのと同様、表現上の問題。どちらにしろ質的には「A:感情移入によって生まれる疑似体験」と同じである。自分で書いた小説に自分で感動できる事と同じであると思って欲しい。リアクションでなく能動的なアクションとしてロールプレイを行う場合は、この「A」と、次の「B」や「C」との複合になる)
 
 ●B:臨場感により生まれる疑似体験
 …自分にゲーム世界への介入の余地がある状態での疑似体験
 (例1)仲間のPCと、NPCが決闘している場に立ち会ってる場合
 (例2)酒場で依頼主の話を聞いている場合
 (例3)罠の回避判定などでGMがダイスロールを行い、自分のPCが罠にはまった場合。
 
 ●C:ゲーム世界への介入に伴う疑似体験
 …なんらかの方法で、ゲーム展開に影響を与えた場合に得られる疑似体験
 (例1)美しい花が咲いていたので摘んでみた場合。
 (例2)罠の回避判定などで自分でダイスロールを行って、成功にしろ、失敗にしろ、その結果がゲームに反映された場合。
 
 この三つです。TRPGにおけるほとんどの「疑似体験」は、この3つの要素の複合で、十分に説明する事が可能です。
 さて、しかし、ここに、もう一つだけ加えておきます。
 
 ●D:知的挑戦に伴う疑似体験
 …問題の解消を目指す思考過程に伴う疑似体験
 (例1)ミッションをクリアするための戦略を練る場合
 (例2)より有利な条件で冒険するために装備を考える場合
 
 これは、前3つに比べかなり異質なものです。たとえば、この要素「単独」では疑似体験は正確には成立するとは言えません。
 この要素D、『知的挑戦に伴う疑似体験』は、次のように言い換えた方が適切かもしれません。
 
 D、『知的挑戦に伴うゲーム体験』
 
 で、疑似体験とゲーム体験を分ける要素は何かっていうと、疑似体験はPLの想像力を必要とするが、ゲーム体験はそんなもの必要としないって事です。言い換えると、知的挑戦に想像力を働かせる要素がある場合、そこには疑似体験が発生しているって事ですね。(将棋には疑似体験要素はほとんど無いが、ファイヤーエンブレムなんかは高いですね。多くの場合、物語性の有無がそれらを決定付けるのでしょう)
 一応、この4つが、疑似体験を説明するために最低限必要な要素と言えます。
 で、TRPGにおけるほとんどの疑似体験に関しては、それを分析すれば、この4つの組み合わせで説明できるんじゃないかな、と。
 
 たとえば例の、「臨終の淵の少女を見守る」という行為から生じる疑似体験は、
 
 A:感情移入によって生まれる疑似体験
 …少女への感情移入
 B:臨場感により生まれる疑似体験
 …少女に対しなんらかのアクションが可能であることによる臨場感
 C:ゲーム世界への介入に伴う疑似体験
 …少女を見守るという意思決定
 
 という、3つの要素の複合による疑似体験であると言えます。
 これが、そのPCの持ち主であるPL本人が得ている疑似体験です。
 
 で、一方、周囲のPLにとっての疑似体験は、
 
 A:感情移入によって生まれる疑似体験
 …仲間のPCと、NPCの少女への感情移入
 B:臨場感により生まれる疑似体験
 …仲間のPCとNPCの少女に対しなんらかのアクションが可能であることによる臨場感
 
 ということになります。さらに、これが別行動を取る事になると、
 
 A:感情移入によって生まれる疑似体験
 …仲間のPCと、NPCの少女への感情移入
 
 のみとなり、当のPCを担当するPLと比べると、極めて疑似体験の強度は低くなるでしょう。つまらない、という事です。
 
 で、いわゆる「挑戦的な意思決定」が生じる場合、非疑似体験要素である『第4要素』が加わります。これは、疑似体験要素ではありませんが、疑似体験をよりを深める要素として位置付ける事ができます。
 で、A,、B、C、Dの4つの要素全てが発揮されるので、単純計算的に考えると、まあ、この場合が疑似体験の強度はもっとも高いだろうって事になります。
 
 よって、かつて一般論として、「TRPGの本質はゲームである」と語られていたという事実とも整合しますね。
 
 が、実際の疑似体験の強度は、これら要素の各強度の複合した値です。(「積」か「和」か、それとももっと複雑な式になるのか。詳しい相関を論理式で記述する事はできませんが。)
 
 よって、「D:知的挑戦要素」の欠如した冒険者の日常シナリオが、挑戦的なダンジョンシナリオよりも、疑似体験の強度が強いって事も十分にありえるわけです。
 なぜなら日常を描く事で、Aの感情移入が高くなり、Dの知的挑戦要素の不足を補うからです。
 一方、ダンジョンものはDの要素はあるが、Aの要素が小さくなる傾向がありますからね。 
 
 でも、ここで忘れてはならないのは、知的挑戦要素を拒否する人達もいるという事です。
 嗜好の違いとして、「遊びでまで頭悩ましたくない」って人、結構多いと思います。
 それだけならともかく、知的挑戦要素の導入で、テンポが悪くなるというのは、実際にも多くみられる致命的な要素です。
 これは、要素Dが、疑似体験に必ずしもプラスに働くものではない、という事が言えます。
 一方、A〜Cの疑似体験の三原色は、全てプラスに働きます。
 
 よって、要素D(知的挑戦)は、A〜Cとは異質な存在であり、諸刃の剣のごとく疑似体験に影響を与える要素として、バランスに気をつけつつ慎重に用いるべきでしょう。
  
 で、実はD以外にも、疑似体験の価値をに影響を与える要素は、多く存在します。
 たとえば、身振り手振りを加えたり、演技過剰な口調で話すというのもその一つです。
 
 ただし、要素Dともども、その存在が、必ずしも疑似体験にプラスに働くとは限りません。この点が、上記、三原色との違いなのです。
2000年12月26日:13時02分19秒
[【TRPG論】疑似体験]交渉ゲームと疑似体験 / myrt
(Re:2000年12月26日:00時38分05秒 【疑似体験】 疑似体験と意思決定、知的挑戦と挑戦 的疑似体験 (RE:意思決定と疑似体験と「意思決定時の疑 似体験」 ) / SHiN)

> ただ、意思決定だけじゃなく、ダイスロールに対する刺激に関しても、
>同様の事が成立するんじゃないでしょうか。

 同意します。ただゲーム的に同じかというと、ダイスロールは「作為的であっては ならない」のに「思った目が出てほしい」というジレンマ(??)がありますので 若干違うような気がします。

> 例えば、PCの知力などを用いて行う判定(ダイスロール)は、「知的
>挑戦の疑似体験」と位置付ける事が出来るでしょう。

 またもや出展を失念してしまったのですが、「PLより知識のあるロールプレイは 可能だが、PLより賢いロールプレイは不可能である」という格言を思い出しました。 簡単に解決する問題ではないと思います。全体を語ると発散しそうなので、 とりあえず交渉の件だけに絞ってみます。

 PLがPCを直接演じて交渉し、弊害が発生しないならばそれで良いと思います。 このような直接的な状況はゲームと疑似体験両面から非常に好ましいと思えますし、 PL-GM直接交渉の良い点はSHiNさんの書かれた通りだと思います。

> 戦闘においてPLの戦闘力が影響を与えないから、交渉においても同様と
>すべきであるっていうのは、ここらへんの認識と考察を忘れた、杓子定規
>な解釈と言えるでしょう。

 ゲーム要素だけを重視するスタンスを徹底した結果だと思います。 馬場講座ではPCの交渉能力値が低いのに 交渉をPLの口先で片付けようとする「自称ロールプレイ重視派」の悪影響を 示しており、「交渉の能力値が低いPCで、PLが感情移入したままゲーム的に全力で交渉するTips」を考察する基板になると思います。

 「交渉下手なPLの演じる交渉上手なPC」を認めた場 合、「交渉上手なPLの演じる交渉下手なPC」よりも交渉において有利であるように 扱う必要があります。例えば「顔や雰囲気、言葉尻が気にくわない」として解決 する方法があります。しかしこの場合、そのPCが交渉上手なPLの腹話術人形に なってしまう場合が多いように経験上感じられます。こうなるとゲームと疑似体験 両面から好ましくありません。

 そこで交渉は前提条件と判定だけにしてしまうのも一つの方法だと思いま す。これなら交渉下手なPLでも「口先だけで戦争を止めてしまう 外交官」を演じられるかもしれません。

 この例の場合、ゲーム性を高める、感情移入度を高めるためには他の面から アプローチする必要があるでしょう。「交渉で相手を直接説き伏せるゲーム」 は実現困難ですから、「交渉相手に接触するゲーム」や「時間制限の中どの順番で 交渉するかゲーム」に変換してしまう方法が考えられます。その中の要素とし ての「直接交渉すれば、どんなヨタ話でも信じさせられる」能力は、ゲーム的にも 疑似体験的にも大きな要素となると思います。

 交渉能力の存在するルールを選んだ時点である程度は割り切るべきだと 思います。これは、「戦闘ルールは戦闘能力ダイスロール一回の達成値で決める」 ルールを使っているようなものですから。そのルールで戦闘を楽しもうと思えば、 戦術面よりも戦略面に重点をおくべきでしょう。

...T&Amp;Amp;Tの戦闘はさまざまな要素が噛むにもかかわらずダイスロール1回(??)で勝負 が見える場合がありますので、妙なローカルルールを作るときには参考になるか もしれません。実際、交渉をシナリオの山場に持ってくるなら何らかの工夫が 必要だと思いますし。
2000年12月26日:11時18分20秒
[【TRPG論】物語生成]RE:物語内容と疑似体験 / SHiN

(鍼原神無さん)
>アタシの用語系にSHiNさんの用語系とのちょっとしたズレがあるので、スレ違いが、生じたようです。
 
 うーん、私にはそれだけとは思えませんが。
 で、立場表明なら、私に理解しやすい言葉でお願いします。
 スレ違ってることがわかってるのに、依然として、鍼原用語で語られてしまうと、スレ違うばっかりじゃないんでしょうか?
 私は、ここまで鍼原さんの話を聞いてきたうえで、「用語のズレだけの話ではない」と考えています。そうでないというなら、私の「用語系」で鍼原さんの意見を説明してもらわないと、わからないです。
 
 (鍼原神無さん)
>アタシは、TRPGでの疑似閉鎖系での「意思決定」と、もっと広い開放系での「行為選択」とを分けて考えています。(引用終わり)
 
 じゃあ、なおさら、意思決定の意味は「挑戦的なもの」として狭くなるんでしょう?
 じゃあ、ますます、
 『TRPGにおける意思決定ってのは、「挑戦的なもの」ばかりじゃない』という私の意見に反するじゃないですか。だって、私の言う意思決定は、鍼原さんの「意思決定」+「行為選択」(というか、「意思決定」⊂「行為選択」なんだから、=「行為選択」でいいのかな)なのですから。
 なのに、鍼原さんは「TRPGは意思決定(挑戦)×アルファ」だと言う。わたしは、原則として、TRPGに挑戦的要素なんていらない、存在しない、と言ってるのです。
 そりゃ、欲しければ作ればいい。その手法も、提供するつもりです。が、それは、原則として恣意的に構築される必要のあるものなのです。
 その点を理解してもらいたくて、「基本的に開放系ゲームには挑戦的要素は存在しない」、原則としてTRPGに挑戦的要素などいらない、と言ってるわけです。
 
  この認識が欠けると、現状、主流となってしまっている「擬似閉鎖系」になってしまう。が、擬似閉鎖系ゲームは、弊害が多すぎるのです。もっとも、その弊害を楽しむポジティブな人もTRPGファンには多いですけどね。
 鍼原さんもその一人でいらっしゃるようですね。
 
 (鍼原神無さん)
 >「疑似閉鎖系が構築される過程」は、物語内容に対する先行予見が検証されてく楽しみがあって、それも、「TRPGとしの楽しみ」の内と思っています。  
 
 これの事です。で、これが弊害であるという理由は、
 
 (鍼原神無さん)
 >先行予見が理由もなく裏切られて、うまく疑似閉鎖系に移行しなかったらストレスが生じたり、いろいろが起こる、と説明できます。
 
 これがあるからです。
 先行予見など、『成立しない』という認識が無いから、ストレスが生まれる。
 逆に、先行予見の過程を、きっちり閉鎖系ゲームの積み重ね(TRPGは、全体としては開放系だが、細部は、単純な閉鎖系ゲームの積み重ねなのです)として成立させておかないから、うまく閉鎖系に移行できなかったりするのです。
 これは、同じ問題の裏表です。そう、擬似閉鎖系という問題の多いゲームスタイルの、です。
 
 今回、一連の私のテーマは、「擬似閉鎖系からの脱却」であると宣言しておきます。
2000年12月26日:00時38分05秒
【疑似体験】 疑似体験と意思決定、知的挑戦と挑戦的疑似体験 (RE:意思決定と疑似体験と「意思決定時の疑似体験」 ) / SHiN
 
(myrtさん)
>・意思決定とそのリアクションは対象への感情移入度を深める1手段である。
>・感情移入された対象の「体験」をPLは「疑似体験」し、その強度は感情移入度による。
>・意思決定に対する刺激は、大抵対象の「体験」として返される。
 
 このmyrtさんの解析は、概ね適切であると私には思えます。
 ただ、意思決定だけじゃなく、ダイスロールに対する刺激に関しても、同様の事が成立するんじゃないでしょうか。もちろん、ダイスロールの結果なんて所詮は「偶然」の産物ですが、十分な感情移入のもとでなら「擬似的(擬似体験的)」に、「意思決定」と同等の価値を持つ場合もある気がします。(そして、ゲーム的には完全に同等の価値を持ちます)
 
 例えば、PCの知力などを用いて行う判定(ダイスロール)は、「知的挑戦の疑似体験」と位置付ける事が出来るでしょう。
 もっとも、実際にこの手の「知的活動」の疑似体験度の高いTRPGシステム(つまり、うまくシミュレートされているTRPGシステム)って、私はあまり知りませんけど。交渉ロールもなんかも同じ。
 だから、多くの場合、プレイヤー自身の知力や交渉能力で代用されたりするのが普通なのでしょう。(もちろん、修正要素として、PCの知力や交渉能力も考慮されはするでしょうが)
 
 馬場講座なんかは、このやり方は不適切であるかのような事が書かれていましたが、この点において馬場講座での解説は簡略化しすぎであり、十分な妥当性が無いと指摘できます。(一理ある話ではあるのですが、現実には、常にあのとおりプレイしている人は少ないでしょう)
 
 ゲーム性重視で考えるなら、最低でも、『ゲームにおける知的挑戦要素』と、「戦闘を疑似体験する」のと同様の「知的挑戦を疑似体験する」場合とを、混同することなく語ることが必要です。(馬場講座などでは、ここらへんんが曖昧であるという点は、指摘させていただかざるを得ません。それは開放系ゲームというTRPGの特性に目をつぶり、疑似体験要素を軽視した当然の結果です)
 戦闘においてPLの戦闘力が影響を与えないから、交渉においても同様とすべきであるっていうのは、ここらへんの認識と考察を忘れた、杓子定規な解釈と言えるでしょう。
 
 交渉判定において、戦術の余地が無い(交渉技能判定が、単純なダイスロールで決せられるようなゲームシステム)場合、
 GMの操るNPCを、PCの交渉技能を用いた判定によって説き伏せるのは、あくまで「疑似体験」(※)。
 GM演ずるNPCをPL自身の力で説き伏せるという事こそが、「知的挑戦」なのです。
 
 知的挑戦要素を含まない疑似体験はたとえ挑戦的であってもゲーム性が低くなる傾向があります。(すごろくが好例です。すごろくはモチーフとして競争を扱っており、挑戦的な疑似体験ではありますが、ゲーム性はあまり高いとは言えません)
 
 会話は一種の開放系ゲームであり、ここに、交渉目的という目標とロールプレイという制限が加わり、交渉ゲームが成立します。しかし、完全な閉鎖系にはなりません。勝利条件や採点方法がルール上不明確だからです。そこで、GMが勝利条件の成否や採点機能を努め、他のPLがそれを監視することで、ルール以外のもので判定系が閉じられる『擬似閉鎖系ゲーム』とも言うべきものが成立し、知的挑戦要素が成立するわけです。(これは、リソース作成時においても使用されるパターンです。これが、以前、政治ゲームと呼ばせていただいた要素です。但し、リソースデザイン時のものがゲーム外で行われるのに対して、交渉はゲームトークンを通じて行われます。ですから、もちろん、ゲームリソースを交渉材料とする事も可能ですし、この交渉過程も後のゲームに影響を与えるゲームリソースになります。これは、アキトさんが示された開放系ゲームの事例のバリエーションの一つです)
 そして、PL自身の交渉能力にPCの交渉能力を修正として加えて行うのは、「疑似体験要素を含んだ知的挑戦」になります。TRPGにおいて、もっともメジャーな「知的挑戦要素」が、この疑似体験要素を含んだ知的挑戦要素でしょう。
 
 (※:交渉シーンを想定してPCのキャラクターメイキングを行っていたのであれば、全体として見た場合、一種の戦略的な知的挑戦過程の一部と言えるかもしれませんが……これは、結構ケースバイケースのややこしい問題です。詳しくはまた、別の機会に)
 
 話がちょっとそれました。意思決定と、ダイスロールの話に戻しましょう。
 
 で、TRPGゲーマーのほとんどは、ダイスロールが好きですから(笑)、素晴らしい意思決定と同じくらい、素晴らしいダイスの出目に価値を見出します(感情移入)。とくに、TRPGの場合、意思決定の素晴らしさはなかなか客観的評価が受けられない事も多いけど、ダイスロールはそこらへん明確ですしね。  (クリティカル3発でドラゴンを倒した、というのは完全にPLの手柄。うまくドラゴンの裏をかいて倒したっていうのは、多くの場合、GMが「裏をかくことを認めてくれた」だけの話って場合も多いですから。ここらはインチキや手加減、GMとPLの馴れ合い要素の発生する余地〜そして信頼しあう必要〜がある部分ですね。TRPGの特性とも言えますが、『ゲーム好き』な人間としては、是正したい要素ですね。でも、これをうまく処理するのは比較的難度が高いマスタリングと言えます。よって、ゲーム性を重視する場合、一般的には戦闘は『閉鎖系』として行われるわけです)
 
 その意味で、このmyrtさんの考察においては、意思決定をダイスロールなどと置き換えても成立すると思います。もちろん、その妥当性は、ダイスロールに対するPLの感情移入の強さに比例します。
2000年12月24日:10時55分40秒
TRPG総合研究室 LOG 062 / sf

 TRPG総合研究室 LOG 062として2000年12月16日から2000年12月24日までのログを切り出しました。



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