[KATARIBE 29921] [HA06N]小説『幻桜譚 −血−』

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Date: Tue, 23 May 2006 17:34:07 +0900
From: 葵一 <gandalf@petmail.net>
Subject: [KATARIBE 29921] [HA06N]小説『幻桜譚 −血−』
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 こんにちは、葵でっす。
 えーと、続きですが……(右見て、左見て)ぢゃっ!(脱兎

幻桜譚−序−:http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29800/29869.html
幻桜譚−慄−:http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29800/29874.html
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−血−
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 「血がっ!?」

 史久の手で砕かれた女の幻影が蛍の光のような淡い光点となり消え去る頃、
和久の切羽詰まった声が背後から響いた。

 「尊さんっ、大丈夫ですかっ!?」
 「大丈夫……かわしたと思ったけど……ちょと引っ掛けられちゃった」

 痛みに眉を顰めながらも、てへへ、と苦笑する尊を、顔色を変えた和久が抱
え起す。
 左肩口から肘にかけて尊の白いトレーナーが攣れたように裂け、じわじわと
紅い染みが広がっていく。

 「とりあえず、そこのベンチへ」
 「あちゃー……ちょっと……油断しちゃったかな」

 街灯の明かりに照らされたベンチに座らされると改めて血の色に顔をしかめる。

 「大丈夫ですか? ちょっと見せて下さい」

 隣に腰を下ろした史久が無造作に袖を捲り上げる。

 「っ! くぅ……」

 傷口に引っかかる布地の痛みを唇を噛んで耐える。
 めくられたトレーナーの下から、白い二の腕と、刃物で切られたような痛々
しい二筋の傷が現れた。

 「くそっ! 酷い傷じゃないかっ!」

 傷つけられた尊本人よりも激しい眼差しで和久が女の幻が消えた空中を睨み
着ける。

 「ふむ……筋や神経には達してないか……和久、止血を」
 「はいっ」

 傷口を確かめた史久がホッと息をついた。
 和久が包帯代わりに躊躇い無く自分のネクタイを外し、ハンカチを当てて手
早く止血する。

 「いつつ……ゴメン……かえって迷惑かけちゃった」
 「そんなことより、早く病院へっ」
 「だ、大丈夫だよ、そんな大げさにしなくても」
 「ダメです、傷でも残ったら大変ですよっ!?」

 そのまま抱き上げて走り出しかねない和久の剣幕に苦笑しつつ史久が車のキー
を放る。

 「和久」
 「はい?」

 狙い違わず、すとんと和久の手の中に入るキー。

 「僕の車を使いなさい、応急手当が済んだら中央病院で見て貰うといい」
 「はいっ」
 「ああ、それと」

 史久が続けて何か言おうとした時。
 何処からか、鈍い振動音が聞こえた。

 「ん、僕か」

 内ポケットから折りたたみの携帯を取り出すと着信ボタンを押す。

 「はい、本宮ですが……ええ……はい……」

 一瞬、曇った史久の表情に和久と尊は嫌な予感に顔を見合わせた。

 「解りました、これから日赤に向かいます。 現場はお願いできますか、
ええ、一般警官は撤収させました、じゃお願いします」

 カチリと携帯を閉じ再び胸ポケットに収める。

 「和久、如月さん、残念な知らせでした」
 「!?」

 沈痛な面持ちで、それでも淡々と語られた史久の一言が二人の胸に突き刺さった。

 「そ……んな……」

 血の気の引いた口元を両手で覆い、尊がうめく。

 「最善を尽くしたそうですが、どうにも衰弱が酷くて……」
 「くそっ! 見つけたらただじゃ置かないぞっ!」

 力なく首をふる史久の側で、和久が幻影の消えた虚空を睨み、火を噴かんば
かりに歯噛みする。

 「和久、現場は増援が来てくれるそうだから、病院へは僕も行こう……遺族
への説明と……余り気は進まないが司法解剖の立会人がいるそうだからね」
 「じゃぁ、俺が運転します、急ぎましょう」
 「そうしてくれるか」

 和久が尊を促し、公園横に止めてあった乗用車に乗り込む。
 二人の後を追おうとした史久がふと立ち止まった。

 「……桜?」

 史久の鼻腔を微かな桜の芳香がくすぐった。
 宵闇に包まれた公園、ぽつぽつと幾筋か灯る街灯。
 まだ何処にも咲いている桜は無かったが、確かに史久には桜の香りが感じら
れた。

 「史兄ぃ!」
 「ああ、今行く」

 じっと公園奥の闇を見据えていたが、やがてゆっくりと背を向け、車に乗り
込むと、車は闇に消えていった。


 暫時。


 どの位経っただろうか、街灯の明かりの届かぬ闇を、切り取るように滲み出
た者があった。
 あの『女』であった。
 もしこの女の姿を見たものが居たなら気付いたであろう。
 桜柄の振袖は変わらずとも、屍蝋のように白かった肌に柔らかな張りが戻り、
くすんだ赤だった唇が艶やかに輝きを増している事に。

 「ふ……ん……妾の影を読んだ者がおるのか……」

 ポツリと呟いた女の声は、りん、と鈴を鳴らしたようであった。
 姿を現した女はゆっくりと公園を睥睨すると、ベンチに目を止めた。
 ゆっくりと空を滑るようにベンチに近づき感情の無い視線で眺める。
 今は誰も座っていないベンチであったが、痕跡は残っていた。
 紅い血が。
 その血点を認めた女の眼が、スイ、と細まった。
 ゆっくりと手を伸ばし、しなやかな細指で拭い取ると、それを唇に含んだ。
 その瞬間、女の背がビクリと反り返り、全身が瘧のように震え出した。

 「おぉぉぉ……」

 低い呻きがその口から漏れ、能面のような女の顔が法悦に蕩ける。

 「……甘露……甘露……なんという……」

 ぶるぶると震えながら、炯々と見開いた瞳で虚空を睨むと、にぃ、と口の端
を吊り上げ寒気のする笑みが浮かんだ。

 「欲しい……欲しい……ぞ……クク、クククククククククク」

 女の眼がゆっくり辺りを巡ると、一点を見据えて留まった。
 史久、和久たちが去った方角を。

 「クク……ククククク」

 愉悦に満ちた含み笑いと共に空を滑ると、女の姿が再び闇に消えた。




 そして、公園には再び死が訪れた。


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まだ続いたりしますよ
いつ終わるんだオイ orz

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葵 一<gandalf@petmail.net>


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