[KATARIBE 29869] [HA06N]小説『幻桜譚』

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Date: Sun, 30 Apr 2006 02:32:02 +0900
From: Aoi Hajime <gandalf@petmail.net>
Subject: [KATARIBE 29869] [HA06N]小説『幻桜譚』
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 こんにちは葵でっす。
 まだ取りかかりも取りかかり、まったく進んでないのですが
 とりあえず流してみます。

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小説『幻桜譚』
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−序−
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 吹利駅の裏、ちょうど商店街と住宅地の境目にあたる公園。
 その公園の入口近くに、暗い街灯に照らされ一本の桜の古木が立っている。
 その桜は枝を折られ、樹皮には刃物でつけたらしい無惨な傷が無数に付いて
いた。
 周りの桜も多少傷付けられてはいたが、その桜は特に酷い傷を負っていた。
 そのせいだろうか、春爛漫近い三月下旬、他の桜が咲き誇るその時の為に蕾
を膨らませているが、その桜だけは蕾を付けていなかった。
 死んでいるのだろうか。
 否。
 僅かに残った枝先には懸命に花開こうと小さな蕾が顔をのぞかせていた。
 と、その枝に手を伸ばす者があった。

 ボキリ。

 乾いた音と共に枝が無造作に折り取られた。

 「公園の入口で街合わせったって、こんなとこじゃ暇つぶしも出来ねえじゃ
ねえか」

 古木の下に佇む茶髪の若い男が寒さに身を震わせながら折り取った枝を玩び
ながら所在なげに独り言を漏らした。

 「……ったく……いつまで待たせんだよぉ」

 ぶつぶつこぼしながら、手の中の枝をなおも弄ぶ。
 暫くそのまま枝を振り回したりしていたが、そのうち飽きたのか今度はポ
ケットに持っていた鍵で樹皮を削り始めた。
 この桜はこの場所に立つが故に目印にされ。
 そして、傷つけられ続けてきた。
 ふざけ半分の男が樹皮を人の名前に削り取った頃、駅の方から声がかけら
れた。

 「ゴッメーン!」

 駅の方から駆けてきた派手な化粧の若い女が息を切らせて男に駆け寄る。

 「おせーぞ、ったくこんなとこ暇つぶしもできねーじゃねーか」
 「ゴメン、ゴメン、さ、いこ!」

 男の不機嫌にはかまわず女は桜の傍らに止められていたバイクの後ろにさっ
さと跨り、媚笑いを向ける。

 「んじゃいくかぁ」

 この後の事に思いを馳せているのか嫌らしいニヤニヤ笑いを貼り付け自分も
バイクに跨り、スタンドを外す。

 「しっかり掴まってろよぉ」

 後ろの女に声をかけるとヘルメットも被らずエンジンをかけ、耳障りな爆音
とエキゾーストを残し男女は去っていった。


 それからどれぐらい経っただろうか。
 静かな公園の空気が微かに動いた。
 風は無い。
 人も居ない。
 にも関わらず公園内の桜の枝がザワリと動いた。

 ――まるで波打つように吸い寄せられるように一点を目指して。
 入口に立つ桜を目指して。

 ――い……た……や。

 ザワリと枝が動く度にいずこからか微かに女の呻き声が聞こえる。

 ――いたや。

 悲しみと。

 ――痛や。

 怨みとが合い混ざったかぼそい女の声が。

 ――あな、いたや。

 ――咲きたや……。

 ――花開きたや……。

 『声』が響く度にザワリ、ザワリと公園内の桜が波打ち、そのたびに古木の
すべての傷から血のように紅い液体がじわりと滲み、一筋、また一筋と紅い液
体がまるで怒りの血涙を流すようにしたたり落ちる。

 ――オ・ノ・レ。

 と。
 明確な感情の籠もった一言を合図にピタリとざわめきが途絶えた。
 怨嗟の情が。

 ――サキタヤ。

 ――ハナヒラキタヤ。

 オノレ。
 おのれ。
 おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!。

 その瞬間。
 絶叫と共に公園の桜がすべてベキバキと嫌な音を立てて干上がり枯死した。
 入口に立つ古木を除いて。
 いや、その古木は既に無かった。
 代わりに立つのは。

 「おのれ……必ず咲いてくれようぞ……なんとしても……花開いて……」

 能面のように美しい女であった。
 闇に溶ける漆黒に桜の花びらを散らした振袖を纏い、腰まで伸びる黒髪と静
脈の浮く白い肌。
 夜目に浮き上がる艶やかな深紅の唇。
 そして。
 狂気と怨みと怒りに燃える切れ長の双眸。
 その相貌を爛と輝かせ、にぃ、凄絶な笑みを浮かべた女は紅い舌でチロリと
唇を舐め、歩き始めた。

 「……精が……タラヌ……傷を……癒すには……咲くには……精が……」

 ゾッとする程冷たい声で呟き、公園の外、住宅街の奥に向け、ぺたり、ぺた
りと素足で歩き出した。
 やがて。
 女の姿は街灯の光の届かぬ闇に消えていった。


−起−
------


 「はい、こちら吹利県警こども電話相談です、今日はどんな相談かな?」

 電話の呼び出し音が2コール以上鳴る前に受話器を取って耳に当てる。
 左手に受話器、右手はボールペンを持ってメモパッドの上に。
 もう何百回と繰り返した手慣れた動作だ。

 「あのね、さくらの木がみんなかれちゃったの」

 5歳くらいだろうか、女の子の舌っ足らずな声が受話器から漏れる。

 「桜の木が枯れちゃった?どこの桜かな?」
 「うん、おうちのちかくのこうえんなの、みんなかれちゃってるの」

 少女の可愛らしい声に和久が微笑む。

 「そっかぁ、桜が枯れちゃったのかそれじゃ暖かくなってもお花見られない
ね」
 「うん」
 「それじゃ、その公園の名前を教えてくれるかな?」
 「うん、ふうりだいさんこうえんていうの」
 「吹利第三公園だね、じゃぁ公園を管理してるおじさんに伝えておくね、今
日は知らせてくれてありがとう」
 「うん、じゃぁね、お兄ちゃんバイバイ」

 がちゃり、と受話器を戻すと手早く手元のメモ用紙に公園名を書き込む。

 「ふぅ」

 立て続けの電話に喉が渇き、コーヒーでも飲もうと立ち上がろうとした瞬間、
横からスッと湯飲みが差し出された。

 「ご苦労さん」
 「あ、桃実課長」

 いつの間にか後ろに立っていた桃実課長がお茶の入った湯飲みを差し出して
いた。

 「す、すいません、課長にお茶くみなんてさせて」

 慌てて立ち上がろうとする和久を片手でそれを押さえ、湯のみをデスクに置く。

 「なぁに良いんだよ、どうせ自分のお茶のついでだしね、それにしてもさっ
きから立て続けに十本、多いねぇ」

 にこにこ笑いながら隣のデスクから椅子を引っ張って横に座る。

 「まぁ、ちょうど春休みですし、あ、すみませんお茶頂きます」

 ちょうど飲み頃のお茶を一口ふくむ。

 「で、どんな相談事かね」
 「ええと……」

 手元のメモを見返す、新しい学校が不安、お父さんによく怒られる、etc……。

 「それと、公園の桜が枯れちゃった、ですかね」
 「桜が枯れた?」

 桃実の眉が不審気に寄せられる。

 「おかしいな、吹利の公園管理はけっこうしっかりしてるはずなんだが」
 「何か病気でしょうか?」
 「解らん、まぁ病気だったら広まるとまずいな、公園管理に連絡しておいた
方がいいかもしれん」
 「解りました、報告書にまとめたら私から市の公園管理に連絡しておきます」
 「頼むよ」

 対して不審に思わず、和久は報告書の作成にかかった。
 後で考えれば、もしこのとき電話をくれた少女があと一言、こんな風に伝え
ていれば状況は変わっていたのかもしれない。

 「桜は『昨日までは枯れて無かった』」

 と。


−花−
------

 「ありがとうございましたーっ!」

 明るい声で花束を抱えたお客を送り出すエプロン姿の尊に思わず和久の顔が
ほころぶ。
 吹利商店街、FLOWER SHOP Miko の店先。

 「あ、本宮君」

 少し離れた場所に立っていた和久を見つけた瞬間、尊の顔がぱっと華やぎ駆
け寄ってくる。
 接客の時とは違う、溢れんばかりの笑み。

 「こんにちは、帰りがけなんでちょっと寄ってみました」
 「あたしもちょうどそろそろ閉店にしようと思ってたんだ、それであの……」

 続けて何か言いかけてそっぽ向いて、えとえと、と。
 和久も何となく解るんだけど、でも。

 「あーお姉ちゃんにお兄ちゃん、片付けはわたしがやっとくですから、二人
とも二階あがるです」
 「え、あの、夾ちゃん?」

 二人の背中をぐいぐいと押して二階に押しやる。

 「お姉ちゃん、お兄ちゃんに晩ご飯一緒に食べて貰うんでしょ? じゃない
と一人分余っちゃうです」
 「きょ、夾ちゃんっ!?」

 反論の余地無く小気味良く畳み掛ける言葉に、尊の頬がみるみる頬が朱に染
まる。

 「さあさあ、片付けの邪魔ですから二人とも二階あがるです」

 二人の背中を押すように二階へ上がる階段に押しやる。

 「そっ……その……晩御飯、良かったら……」
 「あ、ありがとう……」

 ございます、と続ける筈だったが。
 突然鳴り響いた携帯の着信音がそれを遮った。

 「っ……はい、本宮です……はい……はい……えっ」

 手早く携帯に出た和久の顔色がサッと青ざめた。

 「はい、解りました、現在吹利駅近くにいますのでこちらから至急現場に向
かいます」

 カチリと携帯を折りたたみ内ポケットに戻す。

 「すみません尊さん、折角誘っていただいたのに」
 「ううん……それより、事件?」

 ただならぬ顔色に尊も吊られて緊張する。

 「詳しいことは解らないんですが……吹利駅の向こう側の住宅街で女性が襲
われたって一報が入りました」
 「吹利駅の向こう側? すぐ傍じゃない!」
 「吹利第六公園って事ですからちょうど向こう側の住宅街のど真ん中ですね」
 「強盗、なの?」
 「いえ、物取りでは無いようです」
 「え?」
 「襲われた女性……ちょっと語弊があるんですが、一般的な意味で暴行され
た訳じゃ無いんです」
 「どういう事?」
 「……その……どうやら何か得体の知れない奴に襲われたらしくて」
 「それって……」

 尊の柳眉がしかめられる。
 『若い女性』が『得体の知れない奴に』。
 ただ襲われたのならそんなふうに伝えられる事はない、その事実が意味する
ところは。

 「ええ、俺達の扱う『仕事』かもしれません」

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続いちゃったりします。

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Aoi Hajime  gandalf@petmail.net

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