[KATARIBE 29874] [HA06N]小説『幻桜譚 −慄−』

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Date: Wed, 03 May 2006 01:01:12 +0900
From: Aoi Hajime <gandalf@petmail.net>
Subject: [KATARIBE 29874] [HA06N]小説『幻桜譚 −慄−』
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 こんにちは葵でっす、続き行きます。

幻桜譚−序−:http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29800/29869.html
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−慄−
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 「さがって! さがって下さいっ」

 『KEEP OUT 立入禁止』と書かれた黄色いテープに囲まれた住宅街の一角。
 パトカーが数台並び、厳めしい顔で並ぶ警官達が興味本位で覗き込む野次馬
を押し返している。
 普段は近所の子供達が遊ぶ小さな公園がそこに似つかわしくない物々しい興
奮に包まれていた。

 「すいません! 通してください」

 不安げに並ぶ野次馬をかき分け和久が顔出すと、手帳を片手に数人の男女か
ら話を聞いていた史久が振り返った。

 「和久、こっちです」
 「すみません、遅くなりましたっ!」
 「いえ、こっちも今来たところですが……」

 閉じた革表紙の手帳を上着の胸ポケットにしまいつつ、和久の後ろで頭を下
げる娘に会釈を返す。

 「如月さん? どうして?」
 「すみません、御邪魔かと思ったんですがお役に立てればと思って和久君に
無理言って連れてきて貰いました」
 「いえ、ちょうど良かった、今回はこちらから応援をお願いしようかと思った
ところです」
 「じゃあやっぱり……」
 「とりあえず、詳しい話は向こうで……ああ、君」

 すぐ傍で警備指示を出していた警官を呼び止める。

 「被害者も搬送したし、後は我々でやるから野次馬の処理をして撤収を」
 「……しかし……」

 まだ被害者を運んだばかり、しかも現場検証は完全に終わってはいない。
 異を唱えようとする警官の目を史久の眼光が射竦める。

  ・・・・    ・・
 「いいんだ、後は『僕ら』がやる、復唱は?」
 「はっ、直ちに撤収準備を行いますっ」

 穏やかな眼差しの史久の指示を受けた瞬間、まだ若い警官はゾクリと背筋を
震わせ挙手敬礼を取った。
 警官も感じたのであろう、この事件が普通の事件では無いことを。

 「じゃ、頼みます」
 「はっ」

 にこり、と微笑む史久の顔を再び見ることも無く、警官は慌てて背を向けて
駆け去っていった。
 辺りが静まるのを待ち、史久は少し離れたベンチに二人を誘う。

 「で、一体……何があったんですか?」

 和久と尊はベンチに座り込んだ史久を挟むように座り、差し出されたコーヒー
のカップを受け取る。

 「僕もついさっき到着したばかりで詳しい話はまだ聞けてないんですが、ど
うやらあまりタチの良くない『モノ』が出たようです」

 最近は平穏だったのですが、と、溜息交じりに小さく付け加える。

 「被害者……は?」

 尊の問いに史久は黙って一枚のポラロイド写真を差し出した。

 「っ!」

 受け取った尊が一目見て息を飲む。
 通常、現場写真はフィルムカメラを使うのが通例だが、関係者だけに写真を
手早く見せるためと、もう一つ、ネガという証拠を残さないため、時折ポラロ
イドが使われることがある。
 今回の用途は明らかに後者だった。

 「所持していた免許証で確認したんですが、被害者24歳です、幸い命は取
り留めましたが……」

 史久の言葉が重苦しく途切れる。

 「……酷い……まるで……ミイラだ……」

 手元のコーヒーを飲むことも忘れ、和久もひりつく喉から辛うじて絞り出し
た。
 写真は救急車内部と思われるストレッチャーの上に横たわる干からびたミイ
ラのような老婆を写していた。
 綺麗にショートカットに切りそろえられた髪はすべて白くなっており、こけ
た頬、窪んだ眼窩、皺だらけの額と、史久の言葉と身につけた若々しい服装が
が無ければとてもこれが24歳の女性とは思えなかった。

 「どうやら吸精タイプの奴らしいですが、これ程強烈なのは過去にもあまり
例が無いですね」
 「ええ……」

 ポラロイドを睨みつける尊に、言いづらそうに痛ましげな視線を向ける。

 「『あたしの時』とは別の、本当に『精』だけ吸う奴らしいですね」
 「ええ、ですから被害者の意識が戻れば多少なりとも話を聞けると思う
んですが」
 「でもそれじゃ! 意識戻るまでは打つ手無しって事ですか!」

 見えざる犯人に敵愾心剥き出しで和久が身を乗り出す。

 「落ち着きなさい、こちらも零課のメンバー全員に招集がかかった、おっつ
け『読める』メンバーも到着するでしょう……」

 史久も悔しげに言葉を切った。
 時間。
 それが問題であった。
 この手の事件の場合、時間が経過すればするほど残存する情報は失われる。
 今回、市民からの通報により出動となったため、一般部署の後塵を拝した史
久らは『通常の』捜査手順によって荒らされた現場からの捜査開始となった。

 「現場は……どこですか」

 ベンチから立ち上がった尊が幾分青ざめた顔を史久に向ける。

 「あそこです」

 指さした先は、街灯の明かりがギリギリ途切れる薄暗い公園の外れ。
 まだ、立ち入り禁止のテープは外されておらず地面には生々しく人型が
チョークで描かれている。

 「ちょっと……『探って』みても……よろしいですか?」
 「尊さんっ!」

 尊の言葉に和久も顔色を変えて立ち上がる。

 「無茶ですよ! 相手がどんな奴かも解らないのにいきなりなんて!」
 「和久」

 慌てる和久の声を史久が遮る。

 「和久の言う通り、かなり危険ですよ? それでも?」
 「ええ、無理はしないようにしますから」
 「尊さんっ!」
 「大丈夫よ和久君、それに……ちょっとでも手がかり有ったほうが良いで
しょ?」

 街灯をバックに微笑むと、ぱちり、と鮮やかなウインクを送ってよこす。
 途端に和久の頬に朱が上る。

 「むっ、無茶しないでくださいね?」
 「ん、ありがと……じゃ……」

 ゆっくり深呼吸し、艶やかな髪を一本引き抜き抜くとポーチから取り出した
小さな和紙に挟み足下にそっと置いた。
 行きます、と小さく呟き二人の前にまっすぐ立つ。
 ひゅっっと鋭い呼気と共に、手早く手刀で九字を切り、次々に因を結ぶ。

 ――おん びろばくしゃ のうぎゃ ぢはたえい そわか
 ――おん びろばくしゃ のうぎゃ ぢはたえい そわか
 ――おん びろばくしゃ のうぎゃ ぢはたえい そわか

 尊の唇から低く高く朗々と真言が漏れる。

 「ほう……広目天映幻法か、これなら」
 「それって……?」

 何が起きるかと怪訝な顔の和久が問う。

 「須弥山の守護神である四天王が一人、広目天王の力を借りて見えざる
ものを映し出す術です、普通は護摩火が必要なんですが……」

 言葉を切って見つめる視線の先では、徐々に、徐々に真言詠唱のテンポ
が早まる。
 と。

 カサリ。

 足元の紙が小さなつむじ風に巻かれ舞い上がると、燐光を発しくるくる
回り始めた。

 オン ビロバクシャ ノウギャ ヂハタエイ ソワカ

 一際高く呪言を唱えると同時に眼を開き、回る紙片に組んでいた印を叩きつ
けた。

 「あっ」
 「ほう」

 和久と史久の口から同時に声が漏れた。
 印で叩かれた紙片はその瞬間砕け散り、細かな光の粒子となって辺りに
飛び散ったが、数瞬の後その粒子が再び空中の一点に集まり徐々に形を取り
始めた。
 人型を。
 それは、徐々にはっきりと人型を取り始め、やがて女の姿となった。

 「……これが……犯人?」
 「女……ですか」

 組んでいた印をゆっくり解き肩の力を抜くと女の姿に背を向け、二人を振り
返る。

 「ええ、ここに残っていた微かな思念を形にしてみたんですが……」

 月光をバックに美しい、と評して良い女の姿がそこに浮かび上がっていた。
 長い髪、艶やかな唇、臥せられた瞳。
 女の姿と尊、尊が陽光とすれば、浮かび上がった女は月光と言えた。

 「これで少なくとも顔は」

 解りますよ、と、尊が続けようとした瞬間。

 「危ないっ!」

 和久の切迫した声が尊と史久の耳に届く前に女の口元が歪んだ。
 嗤いの形に。
 和久が尊を抱えて押し倒すのと、鋭い爪を持つ女の手が尊が立っていた空間
を薙ぎ払うのとどちらが早かったか。

 「史兄っ!」

 和久に言われるまでも無く、音もなく踏み込んだ史久が倒れた二人の間に立
ちふさがっていた。
 女は史久を新たな標的と認識したか、両手を振り上げ瞬時に間合いを詰めて
きた。

 「おっと」

 軽く頭を振ってひょいと避けた史久の眼前数ミリを、轟、と風を切って爪が
振り下ろされた。

 「残留思念にも攻撃意志が有るんですか……物騒ですね」

 ゆるりと構えを取りながら緊迫感の欠片もなくのんびりと呟く。

 「眉間に『核』がありますっ! そこをっ!」
 「承知」

 執拗に振り回す女の腕をかいくぐり、苦もなく懐に踏み込み無造作に女の顔
を掴む。

 「もう良いんですよ」

 ふっ、と穏やかな微笑みを浮かべ。
 頭を。

 「お引き取り下さい」

 砕いた。

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Aoi Hajime  gandalf@petmail.net

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