TRPG総合研究室 LOG 023

TRPG総合研究室の1998年11月06日から1998年12月03日までのログです。


1998年12月03日:22時35分08秒
Re:Re:「群像型物語」類とTRPGへの適合性との検討 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>PALM-12さんへ
 一連の検討では、毎回とても参考になるご意見をありがとぉございます。
#ご承知のよぉに、当初アタシは「TRPG未経験者がセッションので生成される物語のイメージを持つ参考」って考えていました。
#ちょっと路線を修正して仮のまとめに入りたいと思うんです。
 
 「群像型物語」(「物語中の最上位プロットの中心となる主人公格の人物がひとりに特定しがたいタイプの物語」) は、TRPGへの適合性が高い。このタイプの物語にはTRPGの参考になるものが多いと思われる。
 参考には、「プレイヤーの参考」、「(GMの)シナリオソース的参考」、「(デザイナーの)アイディアソース的参考」などがある。
 しかし、「群像型物語」すべてが、あらゆる面でTRPGの参考になるわけではない。したがって、参考にふす目的に応じて、限定条件をたてて「群像型物語」内からさらに絞り込みをしていくことが望ましい。

 
 アタシとしては、こっから先は、ちょっと必要性を整理しながらでないと、絞り込み急げない気がしてきました。
 自分で言い出しておいて申しわけないんですけれど。異論並立ってことで、いかがなものでしょぉか(?)。
#もしこの先の検討をするなら、具体的な物語の題も例示して検討が為されたほぉが、有効かって気もしてます。
#「未経験者」の参照のほぉは、ちょっと時間をおいて、ルール別掲示板のほぉで意見をつのったりしてみたく思っています(考え中)。
 
#で、まぁ、急いで絞り込むつもりでないんですけれど、PALM-12さんのご意見へ、アタシの“感じ”をチョロっとだけお伝えしてみたく思います。
●プレイヤー(TRPG経験者)への参考について
 キャラクター表現のネタをゲットするって面はあると思います。
 でも、経験者ならば、「群像型」でないタイプの物語からでもネタをゲットしてTRPG用にアレンジすることもできますよね。結局、経験者のプレイ参考には「群像型」であってもなくっても関係なくなるのかな(?)
 
●「キャラクター駆動」タイプの物語
 アタシは、『うる星やつら』とかをイメージしてました。「蓬莱」云々のそのイメージでの意見でした。
 
●2人以上からの適合性
 これは、何の参考にするのかの目的によって違ってくるのかもしれません。
 もしかしたら、「未経験者の参考」って目的だけが浮いてるかもしれませんけれど。例えば、「ダーティ−ペア」(小説)とかはちょっと未経験者の参考としてはもんだいあるかな(笑)って気はします。
1998年12月02日:17時12分52秒
RE:「群像型物語」類とTRPGへの適合性との検討 / PALM−12

>●物語中の主要人物が4〜6人程度のものは適合性が高い

ボクは、「0、1、たくさん」の人なので、2人以上からで良いと思いますね。鍼原さんの「主人公格の人物がひとりに特定しがたい」との定義にもありますが、物語の構造上の1人と2人の違いは大きいですが、2人と4人に大差はないと思います(いやちゃんとあるんですけど、TRPGの適合性に関しては影響が少ないということです)。
最大数に関しては、PLの人数に依存するのは問題ないと思います。GMの処理能力がついて行けるとしてもシナリオが水っぽくなりそうですから(でも、クトゥルフなら以外とOKかな)。
これについては、
●物語中の最重要プロットに関わる主要人物の目的が1〜4種類程度のものは適合性が高い
という検討方向もあるのかな?(考え中)

他に言うことは無いです。サイバーパンクとかも包括できて、いい感じですね(というか、この話は現代モノ、サイバーパンクで特に重要になる定義でしね)。

あと”事件への〜直接的コミットメント”ってところですね。どう表現しようか、悩んでいた所だったんです。で、他と合わす(特に意味はない)為、パーソナル・ゴールとの関連性というのをチョイスしてみたんですが。うーん、前の「焦点」−>「視点人物」の事といい、鍼原さんの話は勉強になるです、はい。

ではでは
1998年12月01日:18時56分50秒
キャラクター駆動によって進行していく物語のTRPGへの適合性について / PALM−12
以下,鍼原さんへのレスです。

> 98年11月30日:09時11分18秒
>再度「群像型物語」の概念規定 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
> それは、「特権的な主人公はいない「群像型(仮)」の物語だけどTRPGの参考になりづらいものの一類型:
>キャラクター駆動により進行していく物語」のケースです(「『群像型(仮)』の物語だけどTRPGの参考に
>なりづらいもの」当掲示板,98年11月27日:16時47分26秒)。
>登場人物の行動(主にバカさ加減や勘違い、トラウマに起因するもの)が掛け合う事によって物語が進行
>していくもの。もしくは、解決するもの。
> 
> PALM-12さんはこのタイプの物語を、シナリオソースとしてはTRPGの参考にしづらい例、として
>挙げられいます。その意図はアタシも了解しています。
> えっと、現状では「しづらい」だけですので、例えば「蓬莱学園」新版とか、あの類のにんげん関係
>ルールを発展させたよぉなシステムが、ハウスルールや同人システムででも考案されれば、TRPGの参考
>にもなる可能性は出てくると思います(キャラクター駆動の群像型物語でさらに参考になるものとなら
>ないものが細分化されてうくと思われます)。アタシ的には、少なくともその可能性が保留されている
>ことを明記したく思います。

「蓬莱学園」は初回のPBMしか知らないので、「にんげん関係ルール」について何も言えないですが、我見を述べさして貰います(って、ずっと我見だってば(^^;)。
残念ながら、ボクはこの件に関しては、多少違う意見を持っています。
当然、「あの類のにんげん関係ルールを発展させたよぉなシステム」が発展すれば、キャラクター駆動により進行していく物語がTRPGで可能になるかも知れません。しかし、それが良い事なのかというとボクは素直にうなずく事ができません。
TRPGに「キャラクター駆動型の物語」が不適合なのは、PC達のキャラクター駆動こそがTRPGの揺らぎであり、多様性であり、他のゲームと一線を画す部分ではないかと考えているからです。それをモデル化し、システムに組み込む事になれば、PC達の意思決定とインタラクションの矮小化は否めないと思うのです。ちょうど、レコードをサンプリングしてCD化するようなものです。これはきっとTRPGの魅力を猫の引きずってきたような何かにしてしまうのでしょう。もしくは、別の名前を持つ魅力あるゲームに変えてしまうかです。
もちろん、コンベンション等で初対面のPLが早急にPC間の人間関係を構築する必要がある場合、こういったルールが有効かもしれません。初めてのPLでもデザイナーの保証するレベルでのセッション参加が可能になるかもしれません。が、そこまでのような気がします。最低限のレベルは保証されますが、また上の限界も見えてしまう様な気がします。想像してもドキドキしないんですよね、カードゲームやボードゲームみたいで。

少し角度を変えていいます。CRPGなどではデザイナーとプレイヤーしか要素が存在しません。また、極論的になりますがプレイヤーの権限はゲームをプレイするかしないかしかありません。非常に小さな権利といえると思います。しかし、TRPGではデザイナーとゲームマスターとプレイヤーのパワーバランスが等分です。これがTRPGのユニークなところですね。想像ですが「あの類のにんげん関係ルールを発展させたよぉなシステム」は、この天秤を崩し、プレイヤーの権利を猫の引きずってきた何かみたいにしてしまうんではないかと思います。

以上、アナクロな判断基準とアナログな判断方法ですが「キャラクター駆動によってしていく物語」をシナリオソースとして展開していく事には、将来的にもTRPGにおいては不適合だと考えています。ただし、キャラクター駆動の要素をはぎとる事でシナリオソースへの展開は可能な為、「シナリオソースとしての参考になりづらい例」として挙げました。

#といってもやはり鍼原さんの仰しゃられる様に”現時点では”の注釈付きです。
#可能性自体を否定する事はネガティブですし、ボクの主義にも反します。
#また、自体が存在していない以上飽くまで空論ですし、それが出現し許容された時点で、
#上記の問題点は何らかの「銀の弾丸」的の手法により、回避されているでしょうから。
#もちろん、無芸の人であるところのPALMの考えてるモノと「TRPG」が違っている
#可能性も含めてですが......

ではでは
1998年12月01日:18時50分00秒
RE:再度「群像型物語」の概念規定 / PALM−12

眠たいです。以下レスです。

>■群像型物語の概念規定(今度はイケテるんじゃないかと思うの)
> 「群像型物語」とは、「物語中の最上位プロットの中心となる主人公格の人物がひとりに特定しがたいタイプの物語」、
>と規定してみたいと思います。

 PALMは良いと思います。「最上位プロット」という言葉を入れる事によって、オムニバス形式とかとの差分も明確になってますし。

>(1)ガジェットを所持する権利
>(2)「運命」を持つ権利
>(3)物語の中心,「焦点」となる権利
> 、は、「TRPG以外のジャンルの物語」のレベルでの妥当な類型化だって言えると思います
>(<この言いかたに、PALM-12さんも異論はないと思っているのですが)。

> TRPGで生成される物語では、もともと「主人公」を特定キャラに固定すべきでないわけです。ですので、
>うえの(3)はともかく、(1)や(2)がTRPGに適合性が低いって断定はできないと思われます。だって、
>原則的にない存在の性格が適合性の度合いを左右するなんてヘンですよね(笑)。

ああ!「銀の弾丸」だけ不採用だ!一番の”お気に”だったのに(笑)
ってな話は置いといて、だからこそ原則的にない存在を存在させるような行為を行ってはならないという事です。GMにはできちゃうでしょう、これ。まあ、失敗するけど。
「ガジェット」に対しては、「もし与えるのであれば、それは同時にセッションorキャンペーン終了を意味すべきです」。「運命」に対しては、「「運命」を持つPCは,PLが設定した内容でない場合はそれがプレロールドであってもPL−PC間の関係を結ぶ事が難しくなります」と以前に書いています。「ガジェット」については、鍼原さんが定義しておられるのよりも一段階強力なものをイメージしているのではないかなと思います。「運命」に関しても......なんか変ですね、定義が......。まあ、PCよりも「運命」の方が大きくなると辛いぞGM君、注意したまえ!って感じですか?

「TORG」のギズモや、トレードマーク、「深淵」の[運命](これは来るなと思っていました......)のようにシステムにサポートされ、あらゆるPCが持つ権利を許される場合、「主人公的な特権」は

>98年11月27日:09時07分46秒
>群像型(仮)物語の整理 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
> ちょっと異論が出るかもしれませんけれど、「主人公的な特権性」って物語内の人物の相対的な
>差だって見なすこともできると思うんです。

となって、どこまでもフラクタルっぽく、みんなに権利を与えると「主人公的な特権」という言葉の権利もよりクリティカルになるだけで、定義自身は変わらないかな?と(ちょっと弱気)。

> 誤解されるとマズイんですけれど(以下略)
大丈夫ですよ。
そっち方向の誤解は、しませんよ。
大体、ただでさえ理論展開が危ういのにそんなことに脳の処理を使っていられません(笑)

あと、「キャラクター駆動型」に関しては少し長いので別途書き込ましてもらいます。

1998年11月30日:09時15分54秒
「群像型物語」類とTRPGへの適合性との検討 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
#早速、「群像型物語」類の内から「TRPGに適合性の高いもの」の条件を絞り込んでみたいと思います。
#今回の検討では、PALM-12さんの「『群像型(仮)』の物語だけどTRPGの参考になりづらいもの」98年11月27日:16時47分26秒)をとてもたくさん参照させていただきました。
#PALM-12さんが為された整理を、アタシなりに書換えさせていただいた個所があることをお断りしておきます。言うまでもなく、書換えたことによって派生する文責はアタシにあります。
 
 ここでは、「再度『群像型物語』の概念規定」でアタシが規定してみた、「物語中の最上位プロットの中心となる主人公格の人物がひとりに特定しがたいタイプの物語」、と概念規定された「群像型物語」を前提にしています。
 「群像型物語」の内、さらに以下の要件を満たすものは、TRPGに適合性が高い(いろいろな意味で参考にでき易い)のだと思います。
●物語中の主要人物が4〜6人程度のものは適合性が高い
●物語中の主要人物たちの間で、最上位プロットに関わる度合いと、関わり易さりの格差が甚だしくないこと
#やや抽象的ですけれど特権的主人公の特権性をプロットとの関わりから規定してみました。
●物語中の最上位プロットで扱われる事件への主要人物達それぞれの直接的コミットメントが密であれば密であるほど適合性は高くなる。
#PALM-12さんが「登場人物のパーソナル・ゴールに関連性のないもの〔は適合性が低い〕」と整理された記述を変奏してみました。
●物語中で主要人物たちの言動が同一の時間幅、空間域で為されることが多い場合、多さに応じて適合性が高くなる。
 
 さしあたり、以上の絞り込みで、当面は充分ではないかと思うのですが(?)。いかがなものでしょぉか?
1998年11月30日:09時11分18秒
再度「群像型物語」の概念規定 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
 再度「群像型物語」の概念規定を試みたいと思います。
 
■群像型物語の概念規定(今度はイケテるんじゃないかと思うの)
 「群像型物語」とは、「物語中の最上位プロットの中心となる主人公格の人物がひとりに特定しがたいタイプの物語」、と規定してみたいと思います。
#ここで「最上位プロット」と言うのは、「主人公格の人物がひとりに特定しがたい」ならば、物語のプロットは幾つかのサブプロットから構成されることになると思われるからです(困ったことに例外もありますけれど)。 この規定は、さしあたりTRPG以外のジャンルでの物語りの内での「群像型物語」を規定する概念規定です。 すでに検討されていますよぉに、この規定で絞られた「群像型物語」の内からさらに「TRPGに適合性の高いもの/低いもの」は絞り込まれる必要があります。
 
 一連の検討が進められるならば、当面、「TRPG以外のジャンルの物語での『群像型物語』の検討(アウトケースの検討や、概念規定の妥当性の検討)」と、「TRPGに適合性の高い物語のタイプ」の検討とは一応別の課題である、として二段構えでおこない、相互に参照しあっていったほぉがよいかと思います。
 迂遠なよぉですけれど、「TRPGに適合性の高い物語」を性急に求めると、検討から勘違いが生じる可能性もあると思われるからです。
 ちょっと具体的な例を挙げてみたいと思います。
 
 例えば、「主人公の特権性」と「群像型物語」の関係ですけれど。
 PALM-12さんが「『特権的な主人公がPCにいない物語』が何故TRPGに適合性のある物語のタイプなのかに関する考察」(当掲示板,98年11月26日:16時50分14秒) で整理された、
(1)ガジェットを所持する権利
(2)「運命」を持つ権利
(3)物語の中心,「焦点」となる権利
 、は、「TRPG以外のジャンルの物語」のレベルでの妥当な類型化だって言えると思います(<この言いかたに、PALM-12さんも異論はないと思っているのですが)。
 けれど、注意されるべきなのは、「TRPG以外のジャンルの物語」では特権的な主人公は上の(1)〜(3)のどれかの要件(複数かもしれません)を満たしているけれど、だからといって上の要件がTRPGに不適合だ、とは断定されない、ってことだと思います。
 
 TRPGで生成される物語では、もともと「主人公」を特定キャラに固定すべきでないわけです。ですので、うえの(3)はともかく、(1)や(2)がTRPGに適合性が低いって断定はできないと思われます。だって、原則的にない存在の性格が適合性の度合いを左右するなんてヘンですよね(笑)。
 
 (1)に関しては、「TORG」のギズモや、トレードマークのよぉに、PCが選択するしないも含めての所有の機会がプレイヤーに公正に提供されているシステムならば、TRPGにも適合し得ます。
 (2)に関しては、「深淵」の[運命]のよぉに、あらゆるPCが、ルール的な[運命]に規制されるならば、TRPGにも適合し得ます。
 とゆぅ感じなので、「TRPG以外のジャンルでの『群像型』物語の検討」と、「TRPGに適合性の高い『群像型』物語」の検討は一応別々に検討し、相互に参照してゆくよぉにしたほぉが、より精密な検討ができると思うんです。
 
 主人公が持ちうる特権性についての記述を、(1)ガジェットを持つ権利>(1)′ガジェットを占有する権利、(2)「運命」を持つ権利>(2)′「運命」を占有する権利、と書き換える手もあります。
 それでも、例えば次のよぉなケースは検討されてよいと思います。
 それは、「特権的な主人公はいない「群像型(仮)」の物語だけどTRPGの参考になりづらいものの一類型:キャラクター駆動により進行していく物語」のケースです(「『群像型(仮)』の物語だけどTRPGの参考になりづらいもの」当掲示板,98年11月27日:16時47分26秒)。
>登場人物の行動(主にバカさ加減や勘違い、トラウマに起因するもの)が掛け合う事によって物語が進行していくもの。もしくは、解決するもの。
 
 PALM-12さんはこのタイプの物語を、シナリオソースとしてはTRPGの参考にしづらい例、として挙げられいます。その意図はアタシも了解しています。
 えっと、現状では「しづらい」だけですので、例えば「蓬莱学園」新版とか、あの類のにんげん関係ルールを発展させたよぉなシステムが、ハウスルールや同人システムででも考案されれば、TRPGの参考にもなる可能性は出てくると思います(キャラクター駆動の群像型物語でさらに参考になるものとならないものが細分化されてうくと思われます)。アタシ的には、少なくともその可能性が保留されていることを明記したく思います。
 
 誤解されるとマズイんですけれど、アタシのこの書込は、PALM-12さんの検討の揚足取りやあら捜しを目的にしてるわけではありません。PALM-12さんの意見は、現状の実践論として妥当だし、アタシ自身とても参考にさせていただいています。
 ただ、PALM-12さんの本意も、TRPGの可能性の性急な断定、限定にはないだろぉと思われます。
 アタシの「未経験者がセッションのイメージを抱くための参考」、PALM-12さんの「シナリオソースとしての参考になりづらい例」との限定は、将来開発される可能性のある新システムに関する断定は含んでいないと思っています。その辺明確になったほぉがよいかと思い、いろいろ書いてみました。
 
追記:「群像型物語」で、「TRPGにも適合性が高い」と思われるもの例示>「コンバット」
1998年11月27日:16時47分26秒
「群像型(仮)」の物語だけどTRPGの参考になりづらいも / PALM−12
アウト・ケースの検討です。
(ちなみにPALMはこういう駄目なパターンを見つけるのが好きです)
また内容については、
>群像型(仮)物語の整理 / 鍼原神無さん
>「群像型(仮)の物語」で、TRPGの参考になりづらいもの
を元に、主に『シナリオソース的に参考になり得るもの』を検討してみたものです。
ボクは、『プレイヤーの参考になり易いもの』という物語については、すべてが同レベルで参考になるだけと考えている事に気が付いたので止めておきます。また、初心者の場合についてもTRPGの特徴(GMがいるとか、殺したモンスターはみんな蒲焼きにして食っていいとか)を説明してしまったら、後は実際にやった方がいいと思います(GMとPLに一人づつ経験者がいる事は、結構重要ですが)。実際、リプレイもやり方がわからん時に読むものと考えているので、経験者がいる、もしくは想像がつく場合は読む必要はないと考えています(もちろん読み物として面白ければ別ですが)。初心者の場合、基本的に「習うより慣れろ」というか、やった事がないと何がTRPGの参考になるのかすらわからないと思いますんで。


●特権的な主人公はいない「群像型(仮)」の物語だけどTRPGの参考になりづらいもの

(1)登場人物のパーソナル・ゴールに関連性のないもの
 鍼原さんが挙げられている『ファミリー・タイズ』の様に登場人物がお互いの関連性の薄いパーソナル・ゴールしか持たない(もしくはパーソナル・ゴール自身を持たない)為、インタラクション性が低い。

(2)登場人物が同じ時空間に存在しない
 共通もしくは関連性の強いパーソナル・ゴールを持っているが、『モナリザ・オーヴァー・ドライブ』『マーズ・アタック!』の様に同じ時空間に登場人物が存在せず、行動結果だけがお互いに影響し合うもの。登場人物間で意志の疎通が無い為、インタラクション性が低い。

(3)世界観or設定が終わっているくらいに特殊なもの
 『パラノイア』や『トゥーン』の様にすでに世界観に対するシステムの当て書きが必要な為、通常シナリオだけでは実現出来ない。
 基本的に『エヴァンゲリオン』『ファイブ・スター・ストーリーズ』とかもこの分類だと思う(下記(4)との混合型である可能性が高いが)。人物ルールに『クトゥルフ』、ロボット(?)・ルールに『メック・ナイツ』でも持ってくれば可能かな?

(4)キャラクター駆動により進行していく物語
 登場人物の行動(主にバカさ加減や勘違い、トラウマに起因するもの)が掛け合う事によって物語が進行していくもの。もしくは、解決するもの。
 セッション中、同形式の物語が偶発的(ごくまれに故意)に発生するのがTRPGの面白さであるがシナリオ化は不可能。やろうとするエグ味ある『熱血専用』というか吟遊詩人GMになってしまう危険性が大。
 例としては、(......思いつかん(^^;))八兵衛の活躍する回の『水戸黄門』とか。


全くの長い余談:
>群像型(仮)物語の整理 / 鍼原神無さん
> PALM-12さんのご意見とはちょっとズレるのですけれど、「鬼平犯科長」は、ちょっとTRPG未経験の人には参考になり
>づらいかもしれないと思います。たいていの人は、やはり、主人公である鬼平を中心に物語を読んじゃうと思うからです。

意見がズレるのは多様性があって良いと思いますが、しかしながら鬼平はえらいけど科長じゃないです「鬼平犯科帳」です(笑)。一括変換出来る自分の辞書も悲しいけど(^^;)。一応、TV版の方を見て下さいね。それも鬼平があんまり出てこん話を見てみてください(難しい注文だなぁ)。
 それにしても多分、事前策としていろいろ検討していて興味があるのは、「TRPG未経験者がセッションで生成される物語のイメージを持つため」の「プレイヤーの参考になり易いもの」だと思います。本意からは離れて行ってしまっていると思いますので、m(_ _)m。

>第二シリーズ“Next Generation”ですと、(中略:PALM-12)主要人物間では“物語上の特権制”の格差、ずいぶん減ってる気がします。

 基本的には、ボクもそう思います(でも好きなのは、Dr.マッコイ)。でも、ネタバレですが映画版を見る限り、あれ以降の世界はピカード船長の夢としか考えられません。その特権性の大きさを考えると恐くて見ていられません。いつピカード船長の頭から毛がはえてくるのか心配で(あの髪型がカッコイイのに)。

ではでは
1998年11月27日:09時07分46秒
群像型(仮)物語の整理 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
 さて、一連のやりとりでは「TRPGに適合性が高い物語のタイプ」として「(特権的な主人公)のいない群像型(仮)の物語」が考えられてきてます。
 ちょっと、「群像型(仮)の物語」を細分化した整理を試みてみたいと思います。
 
「群像型(仮)の物語」で、TRPGの参考になりづらいもの
 一例.『ファミリー・タイズ』」
 『ファミリー・タイズ』は、群像型(仮)の物語の要件を満たしています。けれど、概ね主要人物は個別に克服すべきもんだいを抱えています(例外的に、主要人物2名間で、対立が起こるエピソードもありますけれど)。 個別のもんだいを抱えた以外の人物は、当人が自分のもんだいを解決するの直接手助けをしません。ほとんど、助言をするだけです。このタイプの物語は群像型ではあっても、TRPGの参考にはなりづらいし、適合性も高くないかもしれません。
#もしかしたら、にんげん関係を部分的にでも表現するルールや交渉をゲーム的に処理するシステムが考案されればTRPGとしてプレイアブルなものになるのかもしれませんけれど(人気が出るかどぉかは別問題ね;笑)。
 
 例.大河ドラマ風の歴史物語で、いわゆる英雄史観が強いものなどは、群像型であっても、人物の歴史とのかかわりが、一部の人物に「運命的」に偏ってるとみなされたりすることもあり、参考になりづらいし、TRPGへの適合性が低い気がします(私見)。例としては『天と地と』とか。
 
「群像型(仮)の物語」で、TRPGの参考になり易いもの
 既に例が出てるものでは「スタートレック」シリーズなど、だと思います。私見では第一シリーズより第二シリーズのほぉが、TRPGの経験がない人にとっても、誤解少なく参考になり易いかと思ってます。
 PALM-12さんのご意見とはちょっとズレるのですけれど、「鬼平犯科長」は、ちょっとTRPG未経験の人には参考になりづらいかもしれないと思います。たいていの人は、やはり、主人公である鬼平を中心に物語を読んじゃうと思うからです。
 
 ちょっと異論が出るかもしれませんけれど、「主人公的な特権性」って物語内の人物の相対的な差だって見なすこともできると思うんです。
 まだ充分考えてないですけれど、映画「007」の物語と、TRPG「007」のセッションで生成される物語の違いは、その相対的な特権性をうまくシステムに導入してるところから出てるんじゃないかな(?)って気がします。
 いじょぉです。
1998年11月27日:08時23分43秒
特権的な主人公についての話題 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
#昨日は書込をアップしたら、PALM−12さんの「『特権的な主人公がPCにいない物語』が何故TRPGに適合性のある物語のタイプなのかに関する考察」がアップされたんで、ビックリしちゃいました。
 
 アタシは「主人公(にありがち)の特権性とは、主人公にかかわる御都合主義的な展開の多さ」って書いたんですけれど。
 PALM−12さんの、「主人公的な特権」とは、、
(1)水戸黄門の印篭,金田一君の武技言語(「おれのじっちゃんの云々」)といったいわゆる「銀の弾丸」的な手法,ガジェットを所持する権利
(2)ニーベルングやシティ・オブ・ネバァー等のような避けられない「運命」を持つ権利
(3)物語の中心,「焦点」となる権利
 、って整理は、具体的だし、TRPGが念頭におかれてるし、いいなぁって思いました。
 
 えっと、この関連の話題は、、
・特権的な主人公を持つ物語
・特権的な主人公はいない「群像型(仮)」の物語だけどTRPGの参考になりづらいもの
・特権的な主人公はいない「群像型(仮)」の物語でTRPGの参考になるもの
 
 、、を分けて考えてみたほぉが話題が混乱しないかと思いました。
 
 で、そのあと「TRPGの参考になるもの」でも、、
・プレイヤーの参考になり易いもの
・シナリオソース的に参考になり得るもの
 、、も一応区別したほぉがいいかもしれません。
 
#アタシが関心を持ってる「TRPG未経験者がセッションで生成される物語のイメージを持つため」ってのも「プレイヤーの参考になり易いもの」の一種です。
#あと、たいていの物語は参考になるだけってポイントも確認したほおぉがよいですね(この件はできたら改めたいです)。
 
 さて、普通「特権的な主人公がいる物語」、ってゆぅと連想される典型例には、「007」シリーズ(映画)や、菊池秀行の「トレジャーハンター」シリーズ(八頭大)のよぉなタイプの物語があると思います。
 ところで、「007」はTRPGが出てて、評価してる人も少なくないですよね。
 TRPGを遊んだ経験のある人なら、もとの「007」の物語と、TRPG「007」のセッションで生成される物語の違いは直感的に理解できると思われます。
 その「違い」を踏まえたうえなら「007」の物語もTRPGの“参考”にはできるわけです。その意味で、どんな物語でも、まったくTRPGの参考にならないってことは無いです。この辺も話題を進めるとしたら(混乱を避けるための)注意点かな、と思います。
 
 異論も出るかもしれませんけれど、さしあたり以上のよぉなことを考えました。
1998年11月26日:17時43分48秒
「群像型(仮)」の物語 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>PALM-12さんへ
 「群像型」って言葉、別にアタシの造語ではなく、まま使われる言葉だとは思います。 でも、申し訳ないんですけれど、これは使う人によってニュアンスがかなり異なる、その意味で定義の定まってない言葉ではないかと思います。
 ふざけてるわけでなくって、もし「群像型」の定義が定まっていたら、「TRPGに適合性の高い物語のタイプは何か?」もっとあっさり指針が見えてくるかも(?)、って類の話題である気がします(私見)。
#例えば「グランド・ホテル形式」って言いかたがありますけれど、これは「小説、または映画の『グランド・ホテル』みたいなタイプの物語」って含みですよね。定義を求めても、人によって定義が異なってきちゃうと思います。「群像型」も同様ではないかと思うんです。
#一応、手もとの文芸批評用語辞典類をみてみましたけれど、「群像型」の項目は出ていませんでした(困)。
#もしかしたら、映画の用語辞典には「グランド・ホテル形式」の項目はあるかもしれません。
 
 って感じだから、「群像型」の定義を性急に煮詰めるのでなくって、いくつか要件を考えてみたらどぉかなって思いました(「TRPGの適合性の高い物語のタイプ」を念頭におきながらってことです)。
 
 「群像型(仮)」の物語
・「群像型(仮)」の物語を仮に、「特権的な主人公がいなくて主要人物それぞれのプロットが、物語の総体の内で同等のサブプロットとして機能するタイプの物語」って考えてみたらどぉか?
 この場合、主人公(にありがち)の特権性とは、主人公にかかわる御都合主義的な展開の多さって考えてみてはどぉか(?)。
・そのうえで「群像型」の物語、とは、「主要作中人物の間に“物語上の特権性”に関する格差がない(または些少な)物語」って考えてみるとよいかもしれない。
 
 例えば、「スタートレック」なんですけれど、主要作中人物の間には、作品内設定上、艦長であるとか副長であるとか、立場上の格差が定まっています。でもこの作品内の立場的格差は、いま考えてる「主人公の(物語上の)特権性」とは質が違いますよね。
 「スタートレック」でも第一シリーズだと、カーク船長ってそれでも特権的主人公に近いんじゃないかって気もしますけれど(私見:笑)第二シリーズ“Next Generation”ですと、主要人物が、立場にかかわず、服することが期待されてる「(連邦)艦隊の誓い」って設定がうまく使われて、主要人物間では“物語上の特権制”の格差、ずいぶん減ってる気がします。
 
 えっと、こぉしてみると、アタシが考えてみよぉとしてるのは、PALM-12さんの挙げられた例の内だと、「(2)登場する人物に個性(ユニークではなくキャラクター)があり,それぞれが意志判断を行う事で成立する物語」の路線ですよね、きっと。
 「それぞれが意志判断を行う」が「主要人物ごとのサブプロット」の内に含まれるんじゃないでしょぉか(?)。
 
#たぶん、いま時点でのもんだいは、PALM-12さんも言われてるよぉに、うえに挙げた要件を満たす物語であっても、「焦点(主人公とはニュアンスが違うかもしれませんが)が存在します」ことが多いだと思います。たぶん、PALM-12さんが言われてる「焦点」は文芸批評で言う「視点人物」に近似ってことでよいんじゃないかと思います。
 あんまり急いでもしょぉがない類の話題かと思いますので、さしあたりこの辺で止めてみます。
 よければまたよろしくお願いいたします(礼)。
1998年11月26日:16時50分14秒
「特権的な主人公がPCにいない物語」が何故TRPGに適合性のある物語のタイプなのかに関する考察 / PALM−12
少し考えたのでUPしておきます。一応,マスタリングの方に置く事も考えましたが,PLさんにも読んでもらいたいのでここに置かせていただきます(雑考の可能性有りです......)。

まず,ボクは「主人公的な特権」とは,
(1)水戸黄門の印篭,金田一君の武技言語(「おれのじっちゃんの云々」)といったいわゆる「銀の弾丸」的な手法,ガジェットを所持する権利
(2)ニーベルングやシティ・オブ・ネバァー等のような避けられない「運命」を持つ権利
(3)物語の中心,「焦点」となる権利
であると考えています。

何故これをPCに与えてはいけないかというと,
(1)についてはセッションの終了を意味するからです。もし与えるのであれば、それは同時にセッションorキャンペーン終了を意味すべきです。もしPLが文句を言ったらこう言って説得すべきですね。あとは水戸黄門と一緒だからって言って。
(2)については「運命」を持つPCは,PLが設定した内容でない場合はそれがプレロールドであってもPL−PC間の関係を結ぶ事が難しくなります。また,ゲーム中の意思決定も無意味です。まずダラけるかシリーゲームになってしまいます。
(3)についてはPC一人に当てる事になるので他PCのPLは,バイプレーヤーに演じきって満足感を得るか,睡眠で昨日の疲れをとる事になります。

以上の理由により「主人公的な特権」をPC持たせる必要があるような物語はTRPGの”シナリオソース”としては不適合だという事ですね。

ちなみに特に注意しなければいけないのは(1)で,この中には機転や思い付きも含まれています。主人公の超常的な閃きや推理力をPLに求める事は無茶というものです。少なくともセービング・ロールでクリアさせるチャンスを与えるべきだと考えます。でないとオーガが出てきた時に戦士PLとGMは少なくとも殴り合うべきだと賢者PLたちは主張すること間違い無しです。この辺については,10年ぐらい前にウォーロックで連載されていたゲームマスター養成講座(著:水野良?)に詳しかったと思います。
#余談ですが,逆にゲームブックやCRPGのようなソリティアには「主人公的な特権」をPCに持たせる必要がある物語は適合性が高いですね。まあ,CRPGに関してソリティアでも無くなってきているんですが。

ではでは
1998年11月26日:16時38分44秒
RE:(RE:RE:TRPGに適合性のある物語のタイプ#2) / PALM−12
>で、PALM-12さんの言われる「特権的な主人公がPCにいない物語」って、まさに「TRPGに適合性が強い
>物語のタイプ」なわけですよね。(中略)
> えっと、そぉしたタイプの物語ってTRPG以外になんか例はあるでしょぉか? 小説でも、小説でなくっても。
>(<未経験者の人の参考にならないかな? って発想です)PCってTRPG固有のものだから、
>あくまで類似の例があるだけかもしれないですけど。やっぱ、「スタトレ」はそぉかもしれないですよね。

 いや,違います。そんないいモノではなくて,朝,仕事の合間に思い付いてペコペコ打っただけの代物を検討も推敲もせずUPした為,PCって普通の小説とかには出てくるわきゃない言葉を使っているのです。ダメダメですね,ボクは。「特権的な主人公をPC内に持たない群像型の物語」なんて,単にTRPGの真っ当なシナリオ作成時の注意点みたいなもんですよね。もう恥ずかしくて「きゃあきゃあ」って感じです。ま,所詮,雑考は雑考止まりって事ですね。すみませんでした。

で,とりあえずお詫びといっては何ですが,「未経験者の人の参考にならないかな?」の参考にこんな作品はどうでしょうか?

映画:「セブン」「ブレード・ランナー」
小説:「旅のラゴス(筒井康隆)」「リング(鈴木光司)」「死して咲く花,実のある夢(神林長平)」
漫画:「OZ(樹なつみ)」「一天四海(華不魅)」「この世の王国(井上宣,入手困難)」
TV:「鬼平犯科帳」「スタートレック」「名探偵ホームズ」

なんだか,どこが未経験者向けなんだかわかんないですけど,
一応,選出基準は
・面白い,理解しやすい,入手しやすい
・TRPGを行う上での調査系,情報収集系の行動等が描写されている
・シナリオ展開できる。また,PCの意志判断によりシナリオの結末が大きく異なる
 (PLの知っている作品でもプレイ意欲が湧く)
・できる限り様々な分野のもの(かなり片寄ってますが)

ちなみに「群像型」の定義って何何でしょうか?(考えてるうちに判んなくなった>PALM)
(1)なんだかよく分からないがたくさん人が出てくるモノ
(2)登場する人物に個性(ユニークではなくキャラクター)があり,それぞれが意志判断を行う事で成立する物語
(3)不特定多数の人間による無作為な選択により事象認識が決定される手法をとった物語

やはり(3)か?

ではでは
1998年11月26日:06時21分26秒
RE:RE:TRPGに適合性のある物語のタイプ#2 / 鍼原神無〔はりはら・かみなし〕
>PALM-12さんへ
 先にいただいたResの主旨、ひとばん考えたら、PALM-12さんの意図がわかりました。ごめんなさい。やっぱりアタシの書込の表題がよくなかったですね。それから書込の中身もアタシ自身、自分でつけた表題に引っ張られちゃって混乱しちゃってました。申し訳ない。
 アタシがつけるべきだった表題は、「TRPGに興味を持つ未経験者で小説が好きな人にとって、セッションやプレイのイメージを掴んでもらうために参考になる物語のタイプは何?」って感じだったんです。
 
 で、PALM-12さんの言われる「特権的な主人公がPCにいない物語」って、まさに「TRPGに適合性が強い物語のタイプ」なわけですよね。うんうん、一晩考えたらわかりました(一晩考えなきゃいけなかったのも、自分が書いたつもりの内容に目を曇らされていたからです)。
 えっと、そぉしたタイプの物語ってTRPG以外になんか例はあるでしょぉか? 小説でも、小説でなくっても。(<未経験者の人の参考にならないかな? って発想です)PCってTRPG固有のものだから、あくまで類似の例があるだけかもしれないですけど。やっぱ、「スタトレ」はそぉかもしれないですよね。
1998年11月25日:13時20分02秒
RE:RE:TRPGに適合性のある物語のタイ / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
#あ、困っちゃった。せっかくPALM-12さんにいただいたResの論旨がちょっとわかんない(困)。
#PALM-12さんの書込はいつも分かり易いから、これはアタシの元の書込がヘンだったに違いない(困)。

 えっと、もしかして、PALM-12さん、「TRPG愛好者として将来有望な未経験者」つまり、先々つつがなくTRPGをプレイできる見込みが有望な人、とかのお話されてますでしょぉか(?)
 もし、そぉだとしたら、きっとアタシの元の書込がいけなかったんだと思います。アタシの書込、ノヴェライズのファン層って「TRPG未経験だけど興味を持ってる人が結構たくさんいる層」として有望って、話のつもりだったんです。
 
 妖魔夜行のサイトとか行くと、たまに掲示板なんかで、「小説読んでてファンなんだけどTRPG遊んだこと無い」とか、そもそもどこに行けばTRPGって遊べるのか知らない(でも興味は持ってる)とか、そぉゆぅ人見かけます。
 アタシ的には、このタイプの人ほっとくのはもったいない気がするんです。
 でも、小説のイメージだけでプレイするとうまくいかないこともあると思うんで、どぉフォローしたらよいか(?)とか考えてみたかったんです。
 アタシの書込の表題がよくなかったかもしれませんね。
 もぉちょっと、個別に絞ったほぉがよかったかな「『妖魔夜行』の小説ファンの人がはじめてTRPGをプレイするとします、どんなもんだいが予想されますか? どんなアドバイスをしますか?」とか、、でもこれだったら「妖魔夜行」の掲示板に書いたほぉがよいですよね。
 ちょっと考え直してみますね(失礼しました;礼)。

#“戦隊モノ”はいい手かもしれませんね(笑)。相手がそぉゆぅの嫌いな人でなかったら、何本かの戦隊モノの最終話エピソード(大抵最終回近辺は続き物ですよね)を一緒に観て、「ね、同じキャラクターでもこんなに話が違うんだよ」、とか(爆)<これは冗談です。
#TRPGに関係ない余談》アタシは「ジェットマン」ちょっと関心しないんですけど(人気あったのは知ってますけれど)。雨宮監督って“カッコイイ画”は撮れる人だけど、お芝居は退屈だと思うのだ『ゼイラム』くらいじゃないかな? ちゃんと役者さんがお芝居できてるのって、「ダイレンジャー」のほぉがおもしろくないですかぁ?。
 
#ところで、PALM-12さんの言われる「特権的な主人公をPC内に持たない群像型の物語」って具体例としてはどんな作品とかですか?「鬼平犯科帳」、、とかをイメージしてよいのでしょぉか?
#「スタートレック」がTRPGに向いてるってのは、アタシも言える気がします。「連邦宇宙艦TRPG」みたいの、いかにもありそぉな気がしますけれど。米国にはないんでしょぉか? (どなたかご存じですか??)
1998年11月25日:10時50分27秒
RE:TRPGに適合性のある物語のタイプ / PALM−12
以下、雑考に近いかもしれませんが......

>TRPGに適合性のある物語のタイプ / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>#それから、アタシの持論で、TRPGの新規プレイヤーの獲得先としては「ノヴェライズされたTRPGのファンでプレイ未経験者」
>はかなり有望な層だろぉ、って気がしてるからってのも理由の一端ではあるんです。

 これについてはPALM−12は危険だと思いますね,逆に。先入観に支配されると逆にドラマチックなプレイに走りやすいというのが理由です(あれ?鍼原さんも下で注意されてる?)。個人的には,剣と魔法の世界であれば「コナン・ザ・バーバリアン(グレートだっけ?)」を見知っているぐらいの方が良いですね。あと他にノヴェライズされたTRPG以外のメディアのファンというか何らかの専門的な知識を持つ人間っていうのが必須ですね(というボクはムゲリスト(無芸の人の意)だったりするんですけども)。まあ,前者の方が引き込みやすくてマスタリングするにも偏差が少なくて楽なんですけど、プレイする楽しみは薄いというのがボクの実感なんですね。
#あ,なんか自分でいうのもなんだけどドラマチック・プレイって良いなぁ。強いキャラクタープレイよりも語感が
#しっかりしてて、ユーモラスなところが。喜劇的なのか悲劇的なのか判らない所を含めて。

> で、とりあえず、「特権的な主人公がいない群像型の物語」がTRPGに適合性が高いタイプの
>物語なんじゃないか、とか考えてみました。

 うーん,むしろ「特権的な主人公をPC内に持たない群像型の物語」の方が良いのではないでしょうか?。もちろんこれは,ダンジョンアタック(オンリー)系ではないストーリー型のシナリオと仮定してのことですが。群像型の中にも必ず焦点(主人公とはニュアンスが違うかもしれませんが)が存在しますからね。で,基本的に焦点はNPCです。ただし,そのNPCは自力ではパーソナル・ゴールに一歩及ばない(これはもしかすると特権的ではない?)。それで,PCの出番というわけです。この場合,GMにはNPCの性格付けを行っていれば全体的なハンドリング方向を操作できますから,マスタリングを行いやすい事が利点となります。また,PL視点からは「特権的な主人公」を持たないストーリーに見えるので,NPCが強くなければ(これは,単純に能力だけではなく,その時の状態・情勢を含みます),PLの腕次第で満足のいくプレイが可能です。
#PL視点は,TRPGの特徴ですね。GMがどうハンドリングしようと基本的に物語はPL独自の
#一人称ないし三人称でつづられます。これを理解しないと吟遊詩人マスターとはいかないまでも
#PCに動機づけを与えることができない初心者GMの汚名は免れないでしょうね。
#まあ,世界観を含むシステムで提供してくれていたり,巻き込まれ型の導入なんかもあるんで
#深刻になる必要はないんですが,続くと食傷気味になる事は否めないですね。

 また,同じPCを使い続けるのであれば,各PCが持っている(当然持っていればですが)パーソナル・ゴールに対応したシナリオ内では[特権的な主人公」であってもよいかと思います。もちろん「特権」の意味は「対象PCに焦点が当てられる権利」という意味です。それ以上では決してないです。当然これは公平を期すべきで各PC毎に主人公を持ち回りにし,パーソナル・ゴールを持たないPCについては,GMが巻き込まれ型でも良いので初期の伏線としてパーソナル・ゴールを与えてやるべきでしょう。そして,始めにPLにそのことを理解させておくべきです。でないと,他のPLはシナリオを破壊しようと試みるでしょうからね。多少TVドラマ的なテイストは強くなりますが,そういう遊び方とプレイヤー&マスターが納得できるのあれば問題無いと思います。ただし,初心者に対しては,後回しにした方が良いと考えます。先にプレイ経験者にまわして,観せておくという事は結構大事ですね。この手法であれば,やった事の無いプレイ方向,例えば,金と経験値にしか興味を示さないPLを恋愛空間に引きずり込んだりとか,お地蔵さんPLをルーニー(もしくはキレンジャー)の真似をさせるとかを試させる事も可能です。ただし,GMの実力と覚悟(恋愛空間......),そしてPLとの強い信頼関係が必須となりますね。
 キャンペーンの間とか「世界の歴史や運命を左右するよぉな英雄譚」のインターミッションとして持ってきても目先が変わって面白いと思います。

>#別に対象を小説に限る必要もないんですけれど、映画などでは、視点人物(主人公)が限定され
>る傾向はある気がするんですよね(そんなことないかな?)。群像型の映像作品、ってゆぅと
>『七人の侍』とか、「仕掛け人」とか、かなぁ?

 ボクのお勧めは「鬼平犯科帳(字あってます?)」「スタートレック」「ホラーもの(デモンズ,キングダム,ファンタズム2etc.etc.)」なんかですね。前の二つは連続ドラマでも1話だけでは,群像型には見えないですが,サイド・ストーリーに注目して全体を通して観るとバッチリ良い感じです。というか一話完結タイプのドラマには,群像型指向が見られますね。そうでないとネタが持ちませんしね。あと,目先は変わりますが「戦隊モノ」なんていかがでしょう?あの色分けとキャラクターの設定は,絶妙のステレオタイプです。戦わない戦士とか作ってるパッパラPLは「戦隊モノ」を観てベースアップを計るべきですね。中でも「鳥人戦隊ジェットマン」はトレンディドラマ指向でかなりいけてます。みんな,カルマを背負っていて面白いですよ。

ではでは
1998年11月25日:01時17分54秒
TRPGに適合性のある物語のタイプ / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
 唐突ですけれど、ここんとこ「TRPGに適合性の高い物語、低い物語」ってのを考えてみてました。「TRPGに適合性の高い物語のタイプにはどんなのがあるかな?」ってとこなんですけれど。
#今現在、個人的にTRPG未経験でファンタジー小説ファンの人たちとTRPG遊んでみよぉ('99年1年がかりのスケールで考えています)とかって予定があるせいもあります。
#それから、アタシの持論で、TRPGの新規プレイヤーの獲得先としては「ノヴェライズされたTRPGのファンでプレイ未経験者」はかなり有望な層だろぉ、って気がしてるからってのも理由の一端ではあるんです。
#まぁ、上記は、一応アタシの個人的な動機付けってことで。
 
 で、とりあえず、「特権的な主人公がいない群像型の物語」がTRPGに適合性が高いタイプの物語なんじゃないか、とか考えてみました。
 ここで「群像型の物語」ってゆぅのは、エンターティメントジャンルですと、エド・マクベインの「87分署」シリーズみたいのとかです。
#小説(ライトノベル:?)ファンの人はTRPG新規プレイヤーの獲得先として有望だとは思うんですけど、“自分のPCだけが主人公”的な勘違いが生じると、セッションがうまく展開しづらいことがあります(この手のセッション障害はアタシも経験あるんです)。で、誘う相手の人が好むジャンルに応じて「87分署」みたいな群像型の物語を例に出して、「『○○』みたいな感じ」って言ってイメージ抱いてもらったらよいかなぁ(?)、とか考え中なんです。
 で、日本語版も出ている「ワイルド・カード」シリーズ(モザイク・ノベル)も群像型ではあるんですけれど。あれは、キャラクターデザインにクセが強すぎるところが難で、未経験者にTRPGのイメージ抱いてもらう例示としては不適当かな、って気がしています。
 「群像型」ならなんでもいいってわけでもない、ってとこで、考え中(こればっか;笑)なわけです。
#一遍にいろんなこと話すとアタシ自身こんがらがっちゃう(笑)から、今回は詳しく書きませんけれど、「群像型」って言っても“大河ドラマ”風の歴史物語タイプのものは、実は未経験者〜ビギナーはちょっと戸惑うんじゃないかなぁ〜(?)、って気がしてます。
 
 一方、「ある世界の歴史や運命を左右するよぉな英雄の英雄譚」タイプの物語を読んでそのイメージだけで未経験者の人がセッションに臨んだら、じつは無理が生じ易いかもしれないな(?)、とかも考えました。
 あくまで、未経験者をTRPGに誘う際のイメージ伝達のもんだいとしてご了解いただきたく思います。
 やっぱ、「世界の歴史や運命を左右するよぉな英雄譚」は、キャンペーンプレイに適合性が高いと思われるので、キャンペーンプレイ可能な環境にアクセスし得る人でないと向いてないんじゃないかな? とか思いました。
 アタシとしては、さしあたり小説好きのTRPG未経験者を念頭に考えてみたいと思っています。

#別に対象を小説に限る必要もないんですけれど、映画などでは、視点人物(主人公)が限定される傾向はある気がするんですよね(そんなことないかな?)。群像型の映像作品、ってゆぅと『七人の侍』とか、「仕掛け人」とか、かなぁ?
1998年11月18日:08時01分12秒
RE:死への不快感 / まこ

現在、TRPG改善委員会ボードで討議されている
「不快感」とは性質が違います。念のため。

●asukaさん
>「楽しい」時間をすごす、「不快な」気分を味わうの主語は、何で
>しょうか? 「自分」でしょうか?「参加者全員」でしょうか?

参加者全員です。
今回のD&Dのセッションでは、PCが死ぬことがあるという
条件を確認の上、オープンダイスでプレイをおこないました。
敵の命中を判定してしたのはDMであるわたし、
死んだのはプレイヤーのキャラクターです。
誤解があるようですが、ここでプレイヤー&DM間の
トラブルは発生していません(不満の声は出ていません)。
また、今回のPCの死に関しては、プレイヤーの行動、
DMの裁量とも問題はなく、ランダマイザーによる結果
であると参加者全員がとらえています。

以上の状況をふまえた上で・・・。

それでも「死」は不快です。
「プレイヤーがひまになる」というプレイ環境的要因だけ
ではなく、純粋にPCの死に対しての不快感がプレイヤーと
DMの両方に広がりました。
ここでいう「死」は、物語上の「死」もさることながら
「キャラクターの喪失」という部分が大きいと思います。
D&D以降のTRPGの多くが死を避ける方向にルールを
変えていきましたが、これはこの「死への不快感」を避ける
方向に他なりません(最近は、物語成立/制御のための
「死」のコントロールというタイプもありますが)。
ただ、「死への不快感」を感じたものの、今回のケースで
「死への不快感」の有効性について再認識したのも確かです。
「死」に対して、それを回避するわけでもなく、
あるいは理由付けによって演出するわけでもなく、
まっこうから「不快感」の洗礼をあびる、
そんなプレイがあってもいいかなと思ったまでです。
「死への不快感」すら再現する、RPGの可能性を感じました。

もちろん、万人にすすめるものではありません。
1998年11月14日:07時24分44秒
NIFTYでの、セッションの失敗への大きな不快感の原因の考察 / 宇津見
 NIFTYのFRPGMでGenich!氏が、他のゲームならプレイ時間が短いので、失敗してもすぐに次のプレイでの挽回に挑むことができるが、RPGの場合だとセッション時間に数時間かかり、すぐに次のセッションをすることができないために、そうした不満が大きくなるという考察をしていました。
 解決案として、最近のセッション時間の話題でも引き合いに出された、限定されたシーンのみを短時間プレイするというスタイルが提案されました。

 余談ながら、ボックス版クトゥルフのルールブック分冊P75には、同じシナリオを再度プレイして挽回するというプレイスタイルが提案されています。


1998年11月13日:23時25分13秒
Dead or Alive / stealth
死は不快か?生は快適か? 生も死も、結果の一つにすぎない。 死は失うこととイコールではない。 死んだからといってゲームを失うことはない。 結果を楽しむのではない。結果に至るまでを楽しむのだ。
1998年11月13日:10時58分55秒
楽しい時 / asuka
まこさん wrote:
>本来ゲームって言うのは、「楽しい」時間をすごすためのものであって、
>「不快な」気分を味わうのは目的じゃありません。
質問です。「楽しい」時間をすごす、「不快な」気分を味わうの主語は、何で
しょうか? 「自分」でしょうか?「参加者全員」でしょうか?
確かにそれはわかるのですけど、「何を楽しむか?」、「何が楽しいか?」って
人それぞれですからねぇ。
「勝てば(生き残れば)、自分は楽しいから手段を選ばない」とかも楽しみ方の
1つかもしれないし(周りが楽しいかどうかはともかく)、「何故、失敗したのか
(何故、PCが死んだか)考えて、次にはこうしよう」と考えるのも楽しみの1つと
思いますでから。
ただ、TRPGって1人で遊ぶものではないから、少なくとも周りが楽しくないように
なる原因を作ったらいけないとは思うです。
話題にでた戦闘に関しては、プレイヤーにも考える部分はあるはずなので、死んだから
といってGMとかに文句を言うのは、どうなのかなぁと思うです。
1998年11月13日:01時10分40秒
【中間報告】PCの不慮の死について / まこ

【議題】
敵との戦闘時、GMのダイス目がよすぎてPCを殺してしまった場合、
これは「まずい」マスタリングでしょうか?


以上の議題について予想以上たくさんのみなさんから
意見をいただき、正直いってびっくりしました。
意見を書き込んでくださったみなさんと、
書き込まなかったけど心の中でつぶやいてくださった
みなさんに感謝。
みなさんの意見は大別して以下の3パターンになるかと。

1.文句言ってもしょうがない。死を受け入れる。
 河嶋さん(苦笑)、spudさん、stealthさん
 でぶ猫さん(ダイスごまかしの状況分析を含む)
 asukaさん(戦闘のリスクを考える)
2.物語的によければ受け入れる。
 鍼原さん、エイジさん
3.ミスしてないのに死ぬのはいやだなぁ
 猫又さん

おおざっぱな分類でもうしわけありません。
あと、どの意見が正しいなんてことは意味ないと思います。
むしろ、こういう視点で「ゲームタイトル」を選んで
いくんだなぁ、となんとなくわかった感じです。

ここからは雑感。
今回はオープンダイスで「いきのこりゲーム」を遊ぼうと
十分承知の上でプレイしたのですが、
さすがにPCが死んでしまうと、プレイヤーにもそして当のGMにも
かなりきまずい雰囲気が流れてしまいました。
(ちなみに、その戦闘は冒険の目的物を守っている
リビングスタチューとの戦闘でした)。
本来ゲームって言うのは、「楽しい」時間をすごすためのものであって、
「不快な」気分を味わうのは目的じゃありません。
でも、最近の「死を遠ざける」プレイスタイル、あるいは
「死を演出する」プレイスタイルでは久しく忘れていた、
純粋な「死への不快感」を味わえたのはよかったかな、と思います。
「不快」を楽しむなんてなんだか変だな、とは思うんですけどね。
1998年11月12日:14時39分05秒
補完:“物語(疑似体験)”におけるキャラの死 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
下のアタシの書込中
>、同時に“物語”の、実在感〔アクチュアリティ〕も戦闘の緊張感を受け入れてなりたっている場合
 、の箇所は
>同時に“物語”の実在感〔アクチュアリティ〕が、戦闘状況を、潜在的に孕んでなりたっている場合
 、のほぉが小説読みに、納得し易くなると思います(下線付け部が補完箇所)。
 ですので、訂正させてください。
1998年11月12日:14時06分42秒
“物語(疑似体験)”におけるキャラの死 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
 取り急ぎ、手短に、、。
 一言に“物語”と言われましても、その実在感〔アクチュアリティ〕には様々な幅があるわけでして。極論、「恋愛物語」の類で、キャラ(主要キャラ)が“事故死”したら、それは、しかるべく作品内にんげん関係に波及効果を及ぼしてくれないと、物語として納得しがたい、といったことも起こり得ます。
 ですので、あるTRPGセッションが戦闘ゲーム的要素を内包していいて、同時に“物語”の、実在感〔アクチュアリティ〕も戦闘の緊張感を受け入れてなりたっている場合、その受け入れの強度に応じて、キャラの不慮の死は“物語”的にもあり得ることかと思われます。
 例えば、近代戦の戦場が舞台になった“物語”であったなら、非戦闘員キャラでも、不慮の死は、“物語”的にも起こり得ると思わるわけです。
#「(不慮の死が)“物語”的に起こり得る」ってゆぅのは、必ずしも、キャラが不慮の死を覚悟している、とは限らないって意味です。
 
 アタシは、まこさんによる問題提起の、D&Dをプレイしたことはありませんけれど、例えば「猥雑な国際都市の暴力的な底辺でアウトローでもあるチンピラをキャラとする『サタスペ』」ならば、不慮の死もあり得るかと思います。
 もんだいは、“戦闘ゲーム”的観点からみた「ゲーム的緊張感」の要請と“物語疑似体験的”観点からみた、「不慮の死の必要性」及び、「物語的波及効果」の要請とを兼ねる必要があった場合(<この必要は常に生じるわけでもありません)、どんな方法が考えうるか、、ではないでしょぉか?
 その前に、TRPGの“戦闘ゲーム”的要素と“物語疑似体験”的要素との混在の様態を、セッション毎に、いかにインタラクション〔相互了解〕していくか、の方法論が問われるべきなのかもしれません。

#アタシがこの書込で言ってる、「“物語”の実在感〔アクチュアリティ〕」は、従来のTRPG用語では「ゲームの『世界観』」の内に含められて語ってこられてと思います。
#ここでは、「世界観」の語であまりに多くのことが語られると、「ゲーム」に詳しくないにんげんには大変わかりづらく、混乱する、って指摘をしたいと思います。
#まぁ、アタシの「“物語”の実在感〔アクチュアリティ〕」が、わかりやすいとも思えませんけれど(困)。
#この件に関して、アタシとしては、朱鷺田祐介氏が一時「RPGマガジン」で書いていたゲームレビュー(「RPG ALL CATALOG’95」に所収されていますね)で、「ゲームのフレーバー」とゆぅ要素を重視してたことに着目したいと思います。 以 上

P.S.あむぅ、「取り急いで」の書込だから、とても、ぶっきらぼうですねぇ。やだなぁ(困)。他意はありませんの、ごめんあそばせぇ(苦笑)。
1998年11月12日:14時06分30秒
PCが死ぬ時 / asuka
asukaです。
エイジさん wrote:
>あまりに無意味な戦闘で、クリティカルが出たからとPC殺すのは良くないと思います。
>シナリオの流れの中で、重要な戦闘時でしたら全然かまわないと思います。
確かに中盤で死んでしまうと、そのプレイヤーは暇になるし、そのプレイヤーが何か言い出せば、他の人にも影響が出ますからね。
ただ、GMのダイス目はオープンしない限りドウにでもなるし、オープンだったらあきらめろというし、あきらめるし、その前に戦闘をやる段階でPCサイドにも問題はあると思うなぁ(回避できないのか?、自分から戦闘を仕掛けていないか?とか)。戦闘をやると決めた段階で、少しはPCが死ぬ覚悟はしないと、それこそ無敵のスーパーヒーローでないですから、PCは。
私がマスターする場合、戦闘は最小限に止めます(それは私の趣味ですが)、そうならないようにする方法も考えています。
中には戦闘を行なう予定ではないところで戦闘を始めてしまうPCが居たりします。
(情報収集等で、町中で武器をおおっぴらにして歩いてたりして警官に見付かって、逃げればいいのに戦闘を始めるとか)
その時には、遠慮無しで適当なNPCを見繕って戦闘をします。当然運が悪ければPCが死ぬこともあります。
それは、PCの判断したことなので、あきらめてくれと言っていますが、たまにはどうしてなんだと攻められることもあります。
1998年11月12日:12時53分17秒
PCが死んだ時 / エイジ

こんにちは〜、エイジです。


 >【議題】
 >敵との戦闘時、GMのダイス目がよすぎてPCを殺してしまった
 >場合、これは「まずい」マスタリングでしょうか?

私は、状況によると思います。
私がPCなら、最後の最後でラスボスとの戦闘中とか、何か目的がある
(仲間を助ける為、死を覚悟してオトリになる等)時に、戦闘時クリ
ティカルで死んだ場合は、笑って済ませます。特に後者の場合は、死んで
も目的が達成できたら、感動してマスターに御礼言っちゃいますね。
でも、開始早々ワンダリングモンスターに、クリティカルで殺されたら文句
が出ちゃいます。
私も鍼原氏と同じで、“物語疑似体験”を楽しむタイプですから、
何にも出来ないで、こんな三下的死亡には納得出来ないからです。(笑)
もちろん、そういうキャラをやってる時は別です。

あまりに無意味な戦闘で、クリティカルが出たからとPC殺すのは良くない
と思います。
シナリオの流れの中で、重要な戦闘時でしたら全然かまわないと思います。
1998年11月12日:10時12分23秒
キャラクターの死亡に関して / 猫又
>敵との戦闘時、GMのダイス目がよすぎてPCを殺してしまった
>場合、これは「まずい」マスタリングでしょうか?

正直言うとミスしてないのに、死ぬのは嫌だなぁ。というのが猫又の意見です。
#ミスして死んじゃったのは仕方ないけど(^^; 特に、終盤、最後の戦闘で息絶えるのならともかく、中盤当たりで死んじゃうと セッションの残り時間が暇になると思いますしね。 システムにもよります(うん、クトゥルーとかだと死んで当然みたいな感じだなぁ
(^^;)けど、ガープスみたく細かいところまでキャラクターを設定できるゲームだと、
文句の一つも出ちゃうんじゃないかなと思います。
#「せっかく昨日一晩かけて作ったキャラクターがぁ(;;)」とか しかし、D&Dは比較的死にやすいシステムだから、プレイヤーたちもそれをわ かってるのなら「まずいマスタリング」とは思わないですね。
1998年11月12日:07時58分22秒
PCの死 / でぶ猫
 >【議題】
 >敵との戦闘時、GMのダイス目がよすぎてPCを殺してしまった
 >場合、これは「まずい」マスタリングでしょうか?
 
 いわば事故死ですね。これはどうしようもありませんな。しかしこの危険がないと戦闘に 緊張感が発生しません。(戦闘でPCが死なないとしたら、ただのいぢめぢゃないですか)
 この時にマスターがダイス目をごまかす動機があるとすれば・・・
 
 ○プレイヤーに非難されたくない。
 ○セッションを成功に導くためにはここで死なれても困る。(死なすならもっともりあがるとこにしたい)
 
 といったものがあると思いますが、ダイス目をごまかすというのはつまり「インチキ」で上記二つはどちらも「逃げ」でしか ありません。ごまかす時は自覚しませう。
 マスタリングでまずい点があるとすれば、ザコが強すぎる等のバランスなどの失敗でしょう。
(あるいは戦闘がデッドリーなゲームなのに、戦闘を数多く強要するなど)
1998年11月11日:23時42分21秒
PC dead / stealth
D&Amp;DでPCが死ぬのは、至極当然のことです。
どんなにロールプレイで生き残ろうが、死ぬときは死にます。そういうゲームなんです。
だから、マスターが恥じることなんてありません。
わたしがD&Amp;Dのマスターするときは、フロアタイルもフィギュアもつかいます。 そうすると、もっと予想外に死にますが、みんな納得してくれます。
プレイヤーは、きゃらくたーの死をもっと受け入れるべきです。
アメリカみたいに自殺してもらっても困るが。
1998年11月11日:09時38分49秒
あきらめも、怒りもしません / spud
こんにちは>まこさん
 
 あきらめるのも怒るのも、精神衛生上あまり良い事ではないと思います。
 河嶋さんも言ってるように「不毛」だとも思いますし。
 私はキャラクターが死んだ状況を楽しむようにしています。
 
 システムやプレイヤーにもよるでしょうが、死ぬ危険が感じられないマスタリングでは興醒めになってしまいます。
 #もちろん不意にあっけなく死んでしまったら悲しいですけどね。
1998年11月11日:08時59分23秒
あう(涙) / 河嶋陶一朗
 下記の河嶋の書き込み、リンク間違ってました。
 リンク先の左のメニュー、「D&D」からたどれます。
 キャラ供養だと思って見てやってください。お願いします。
1998年11月11日:08時43分53秒
Re:GMのサイコロでPC死亡 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
#まこさん、はじめまして
【議題】
 敵との戦闘時、GMのダイス目がよすぎてPCを殺してしまった場合、これは「まずい」マスタリングでしょうか?

 
 ・・・こないだD&DでPCを1人殺しちゃったもので。
 
 アタシは「D&D」未だ遊んでないんですけれど。
 マイキャラは基本的には死にたくないんで、死を覚悟するときほど、死なないよぉに、アレコレを準備してくから、GMさんに怒っちゃたりはしません。
 ただ、アタシはゲーマーとしてそんなに練れてないので、もし表情とかに出ちゃっても、それは勘弁してほしぃ(笑)。
 
 えっと、アタシはTRPG、“戦闘ゲーム”的に楽しむよりも、“物語疑似体験”的に楽しむタチなんで、もしキャラ死んじゃっても、マイキャラの言動が“物語”に活かされれば、OKです。もちろん、そのためにもアレコレをするわけですからマイリスクですけれど。
1998年11月11日:07時48分25秒
はい、死にました(笑) / 河嶋陶一朗
 ぬぬぬ、人の死をネタに……
 はい、まこのダイス目が走り、キャラが殺された河嶋陶一朗です(笑)。
 努力?
 んあ〜、って感じです。
 だって、D&Dのトラップに対して努力できても怪物のサイコロの目が走るのはどうしようもないし(笑)。
 
 で、自分の努力が足りなかった訳ではないと思いますが、河嶋ならじぇんじぇん「死」を受け入れちゃいます。
 んで「死んだ」という事実を楽しんじゃうのだ。
 少なくともD&Dなんてゆー、シビアなゲームをやる時はあきらめんで、どーするって感じです。
 キャラが死んだ時、少なくとも文句をいう対象として「マスター」、「ゲームデザイナー」、「自分」の三人がいると思いますが、
 誰に文句をいっても不毛だしね(苦笑)。
 河嶋の場合、「マスター」と「ゲームデザイナー」はある意味「信用」しないとセッションというプロセスにいたらないので、
 「あちゃ」と思った時って、自分の「目」が曇ってたことになりますし、
 かといって、「自分」を責めるなんて行為はバカらしいのでしません(冗談っすよ、冗談)。
 
 というわけで、ま、死んじゃってもいいんじゃないですか?
 せっかく「死」もルール化されてんだから、使ってあげましょうよ(笑)。
 
 んで、ただネタにされただけだとしゃくなので、河嶋の死んだキャラでも見に来てやってください(笑)。
 Sinical Pop Dungeon Theaterにいます(爆)。
1998年11月11日:04時17分05秒
RE:GMのダイス目でPC死亡 / 3327
えー、細かい事ですが文庫版ならマスターズ255ページ、親和なら青の25ページに誤魔化せる旨が書いてあります。
まぁ、曖昧な文章と言えなくも無いですけどね。
さて本題。
キャラクターはともかくプレイヤーは「キャラクターをどう生き残らせるか」を考えるようにしていますので、自分の努力を上回ってダイスが走ったようなときは仕方ないので受け入れます。
自分の努力が足りなかったワケですから泣く泣く受け入れます。
しかし、受け入れますが「そのあと」 にマスターに何とかならないかを申し入れます。死ななかったコトにして欲しいのではなく、事後処理での復帰や代替案を要求します。
むぅ。イイワケしてるだけでぜんっぜん受け入れてないやん(笑)
1998年11月11日:03時40分43秒
GMのサイコロでPC死亡 / まこ

プレイヤーキャラクター(PC)の死について、
関連性のある議題をひとつ。

【議題】
敵との戦闘時、GMのダイス目がよすぎてPCを殺してしまった
場合、これは「まずい」マスタリングでしょうか?


・・・こないだD&DでPCを1人殺しちゃったもので。

ここからは私見です。
そういうことがないように、GMはマスタースクリーンの
裏でダイス目を修正すべきなのだ、という意見が
あるかもしれませんが、この時はオープンダイスで
マスタリングをしていました。
理由は簡単。
D&Dのルールブックには「ダイス目をごまかして
いい」と書いてなかったからです。
TRPGに何を求めるかによってマスタリングの
スタイルはかわってくるとは思いますが。

ダイス目で殺されちゃったとき、ルールだと
思ってあきらめますか?
それともGMに怒っちゃいますか?
1998年11月10日:23時29分00秒
traps! / stealth
いしのなかにいないほうがわるい
1998年11月10日:20時00分22秒
罠について / エイジ
好みの違いとは思いますが、私にとり罠とはあくまで場を盛り上げる
小道具扱いですね。
従って、デストラップは殆ど出しません。
代わりに罠発見は、失敗確率高くしてます。
罠の種類も発見や解除を試みたキャラだけでなく、2、3人からパーティ全てを巻
き込むタイプの罠を設置する事が多いです。
失敗したら、遠慮なく発動させます。
特に、「罠を調べる」と宣言しなかった場合は問答無用で発動させてしまいます。
ただし、即死させず危機的状況に追い込みますね。
ウォータートラップで、ドアを開けたら大量の水が出てきて流される。
その先は底の見えない、へんなうなり声が聞こえる落とし穴が待って
いる。このトラップを発動させてしまったら、即落とすのではなく、落ちる
までに脱出を試みれるようにしてます。
用心して調べれば、発動した時対処出来るような設定を考えます。
ダンジョンとか入って用心もせず、バタバタ扉開ける輩には遠慮無しの致命的
毒針攻撃食うらう事になりますが。
折角考えた罠だからはまってもらいたいという気持ちが、なきにしもあらず
なんですけど…
みんなで罠にはまり、そのピンチから脱出するシュチエーションが好きなのです。
緊張感としては「罠は無い」と「罠は見つからない」の言い回しの違いで味わって
もらう様にしてます。
それにより、プレイヤーに、心の準備を促すようにしてます。
見つけ易くして掛からないのではなく、掛かってしまったけどどう切り抜ける
かで楽しめるような罠が好みです。

1998年11月10日:19時38分00秒
私が死んだ時 / ディアス・ダロ
 コンベンションのセッションの中で死んだ事はあまり有りません。
普通は死なないセッションが行われているという事でしょう。
 セッションの中で死んだのは、
クトゥルフの中で、狂気に陥って他のPCを射殺しようとしたとき、そのPCの反撃で死にました。
もう一回もクトゥルフ。敵の前で意識をなくしてENDだったから死んだでしょう。
あとはRQのプライベで自分のファンブルで一回。こりゃあしょうがない。
 罠にはめられて二回。あと覚えたてのころ二回とそんなもんですな。全部覚えています。キャラクターロストはそれだけのインパクト有りますよ。
 マスターとして殺したのは市販シナリオのストームブリンガー 「カローンの試練」をやったときです。
何人か死んだので切り上げました。生き残りの最後の運命が面白いんですよね。これ。 
私の好きなシステムのせいでも有りますが、マスターが考えたバランスの狂いで死んだ。というのは少ないと思います。
 罠にかけられたときは、その時のマスターが確信犯として出したと思っています。ダンジョンの罠じゃなかったですからね。捜索や解除の余地の無い罠は罠じゃあない。
それ以外は自分のファンブルやPC同士の殺し合いで死ぬ事が多いように思います。

 プレイヤーとして他のPCを殺した事もありますよ。深淵で一回やりましたな。RQでは二回止められた。なかなか最後まではやらせてくれないものです。
1998年11月10日:14時07分12秒
ありがとうございます / 琴羽乃彩
参考となる意見を多数ありがとうございます。 よりよい、シナリオが構築できるよう(むろん、マスタリングも)に、取り入れてやってみます。
1998年11月10日:13時15分05秒
PCの生死について / エイジ

こんにちは〜、エイジです。

PCの生死について一言。
手前のセッションでは、基本的にやってれば死なない様な展開にします。
私の信念で、「キャラクターはヒーロー(ヒロイン)である」と思っており、
ストーリーのメインキャラは滅多に死なない、ハッピーエンドな話が好きだからです。

ですので、プレイヤーにはプレッシャーを与えますが、結構助けを出します。
ダイスはオープンでなく、スクリーンの後ろで振って、キャラが死にそうな時にクリテ
ィカルとかマックスダメージが出た時は、誤魔化してますね。
代わりに強力なモンスターや、危機一髪的状況をだして、プレイヤーを驚かす様にしてます。
釣り天井とか、崩れてるビルの最上階から脱出とかです。
もちろん、脱出手段は用意しておきますし、ナイスなプレイならそれもOKです

ただ、余りに非常識だと思われる行動に対しては、結構殺ってしまいます。
シリアス展開なストーリーで、30人のマシンガン持った兵隊に囲まれて、武器
も持っていなく、逃げ道は確保しているのに、「貴様は憎い」といってボスに突っ込まれると
殺ってしまいますね。
このケースでも、シュチエーションによってはNPCの助けを出すとかは可能ですので
助けるべき時は助けますけど、その基準に結構悩みます。
基本的に周りの迷惑省みないスタンドプレイヤーや、生き残ろうと努力しない、マスター頼りっ
ぱなしプレイヤーの死亡確率を非常に高くしてます。
パーティー全滅とかは滅多におこしません。
そーなりそーな場合はNPCに助けださせ、ミッションインコンプリートで終わらせてます。

まとめると、ダイス目や偶然ではなるべく殺さない様にするけど、シナリオ展開、もしくは
プレイヤーの行動によっては死なすという感じです。

1998年11月09日:21時12分08秒
PCの生死バランス / 寺田大典
PCの生死バランス

 しばらく前に私が書いた生死バランスに関する文章です。
 参考になれば幸い。ここで話題にしてもらうと面白いかも。
 個人的には、「最適行動でサイコロの出目が普通ならば全員生き残り」で、
 「普通に行動してサイコロの出目が普通なら、GMの出目次第で1人ぐらい死ぬかも」
 というバランスがハラハラしていいかな。
 でも、どんなバランスでもGMとプレイヤーの同意さえあればいいと思いますが。
1998年11月09日:13時32分04秒
RE:罠に関して / 3327
ども、3327です。
やはり、罠は発見を簡単にして解除を難しくした方がいいと思います。
状況修正なしでダイス目平均値を出した場合の発見率は7・8割でいいと思います。
もちろんキャラが新米であるとかそういう分は修正として加えて、低くしていいと思いますが。
理由は簡単で、プレイヤーにもキャラクターにも対処の仕様が無くなってしまうからです。
罠が無いと思ったのなら、普通にあけたり開いたり動かしたりしますよね?
セブンフォートレスのように瞬間的に援護魔法が使えるシステムならともかく、そう言ったフォローが出来ないほとんど全てのシステムでは、あけた人間が被害を受けるしかないのです。
むかし良く言われた、「シーフは調べるだけ。開けるのはダメージ受けても死ににくい戦士ね」は、シーフが嫌われる要因の大きな一つです。しかも不可避の。

XXだと言う事が分かった。じゃぁ、どうやって対処しようか?
ゲームって、こうやって進みますよね?
まず、分からなかったら、考えられなくなってしまいます。
それとも、あろうが無かろうが関係なく毎回必ずあらゆる予防策をつぎ込むのでしょうか? そんな事が可能なのでしょうか?
残念ながら、それはメンド臭いし、疲れるし、時間くうし、楽しくないです。
XXタイプの罠か。じゃぁ俺が防いでみせるよ。
XXタイプの罠か。じゃぁ俺の避けてみせるよ。
XXタイプの罠か。じゃぁ直後に治せばいいんだね。
XXタイプの罠か。じゃぁ今は避けて通ろう。

コンピュータゲームのウイザ−ドリーもこうなりましたよね。罠がなんだかわかったら(誤認識もあったけど)、そのあとで対処をきめる。無視する事も出来る。
このように、私が思う限りではトラップ関係は発見率は高く、解除は難し目がよろしいかと思います。

TRPGを数値シュミレーションではなくしているのは個性の反映だと思っていますので、個性を反映させるために、その判断の情報を与えるべく考えるべきだと思います。
で、死亡率ですが、上記のように少しでも考えて個性を反映する足しにするべく、(%ではなくて)誰かひとりが死ぬようにするのがいいと思います。
誰だってその誰か一人になりたくないでしょうから、全員が素晴らしい個性を見せてくれると思います。
1998年11月09日:12時57分28秒
罠に関して(ちゃちゃ) / アキト
わかりやすい罠、というのは次のわかりにくい罠をかくすための罠なのです。罠をみつけてもう罠はないわななどといったら、次の一歩目で罠にかけてしまいましょう。
1998年11月09日:12時28分30秒
罠に関して / 琴羽乃彩
 ダンジョンものをやった時の話なのですが、罠の発見率を五分五分程度に計算して作ったと、言ったところもっと低くないとだめだと言われました(解除は難しくてもいいから、発見させろと言うことらしいのですが)
 こういう、トラップ系列の隠蔽物はどの程度の発見率が最も楽しめる確率なのでしょうか?
 ついでに、戦闘メイン単発のシナリオ(ダンジョンなど)では、生存率はどの程度に設定したら最適だと思いますか?
 個人的には、九割ちょっとがスリルがあっていいと思うのですが。
1998年11月06日:07時45分30秒
TRPG総合研究室 LOG 022 / sf
TRPG総合研究室 LOG 022として1998年10月25日から1998年11月05日までのログを切り出しました。

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