[KATARIBE 31468] [HA06N] ふたりの 3

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Date: Fri, 21 Dec 2007 01:01:44 +0900
From: Subject: [KATARIBE 31468] [HA06N] ふたりの 3
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[HA06N] ふたりの 3
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登場人物
--------
 蒼雅 紫
 蒼雅 渚

前回
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http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31400/31463.html


「やっぱちょっと寒い……丈長いコート着てきたらよかった」

 うっかりショート丈のコートを着てきたことを、少しだけ後悔した。手持ち
の冬服の中で一番可愛い、お気に入りのコーディネートだから、その後悔はす
ぐに消えてしまったが。

(でもがまん。一応限界近くまで)

 ニーソックスの具合を確かめながら、渚は紫に目を向けた。肩のあたりに、
小さな糸くずがついていたから、それをつまんでぽいっと捨てる。

「大丈夫ですか?」
「うん、まだ大丈夫。紫は平気?」
「はい!」

 目が合うと、紫が手を握って、ぴったりとくっついてきた。
 ほんのりと頬が染まっているものの、いつも通りの元気な口調で応える。
 紫は、ニットのミニタイトワンピースにコートを羽織り、ロングブーツを履
いていた。コートの丈は膝まであり、渚より暖かそうに見えた。渚はというと、
ショート丈コートで、その下はVネックのセーターに、ショートパンツ。ニー
ソックスにブーツ、といった組み合わせだ。コートの襟にはファーがついてい
るから、肩から冷えることはあまりなさそうだが、足下は少し厳しそうだ。

「じゃ、いこっか、紫」
「はい、渚さま」

 二人ともくっついたまま、歩き出す。お互いに手を握って、寄り添って。
 不思議と、紫は暖かい。体温が高め、ということもないのだが、冷えにくい
のかもしれない。心肺機能や新陳代謝が、渚よりも強く活発なのかもしれない。

「……紫って、前から思ってたけど、暖かいよね」
「渚さま、寒くないですか?」
「うん。寒いけど、紫が暖かいから平気。でも、歩きづらかったら言ってね」

 そんなことありません、と紫は微笑んで囁いた。確かにがまんでも忍耐でも
なく、紫はそう言わないだろう。渚の歩調に合わせるのには、慣れているよう
だった。

「光の紀元」
 それが、今年のルミナリエの作品テーマだ。
 Webサイトの作者のメッセージには、「その輝きは、過去への誘いととも
に、人と人の出会いを育んでくれる。」とあった。
 思えば、去年のルミナリエから、二人の関係は動き出したと言ってもいい。
そして今年、またルミナリエにやってきている。ルミナリエで始まった、二人の
過去。ルミナリエに育んだ、二人の現在。
 だからこそ。
 つい先日目にしたニュースが気になっている。

「もしかしたら、来年はやらんくなるかもって、この前テレビで言ってた」

 運営費用がかさむのに、企業からの出資が減ったのだという。余剰金を取り
崩してなんとか今年は運営出来ているのだが、このままでは来年の運営は厳し
い、と。

「……さみしい、ですね」

 紫の手に力が少し入って、渚の手をぎゅっと握る。

「うん、ずーっと毎年やるって思ってたのに……」
「最初に、二人できたルミナリエ……今でも昨日のことのように覚えてます」
「うん。うちも……楽しかったし、びっくりしたし……」
「……大切な……思い出ですから」

 大切な思い出の場所。これからもずっと、毎年来られると無邪気に考えてい
た。それが無理な話になるかもしれない。そしてそれが、今年いきなりそんな
状況になるとは、二人とも思ってもみなかった。だから、今年はじっくり、目
に焼き付けていこうと思った。大切な記憶をさらに強固なものにして、いつで
も笑って思い出せるように。

「ね、うさぎさん覚えてる? なんかやたらフレンドリーなうさぎさん」

 顔をあげた渚の表情は、普段通りの明るさを取り戻していた。

「あの時、うち、うさぎさんにめっちゃ嫉妬してたんやで」
「え? あの……」

 いたずらっぽく笑う渚。目をぱちくりさせていた紫は、すぐに去年のうさぎ
さんとのやりとりを思い出す。風船を配っていたうさぎの着ぐるみを、紫は大層
気に入って、ハグしたりしていた。
 渚はとても険しい表情で、そんなうさぎさんをにらみつけていたのだった。
紫に対して怒ったりすることは全くない。紫が楽しいのなら、それが一番で、
正しいことだ。そう頭では思っていても心はまったく別の考えでいた。当の紫
は、今そう言われるまで、そんな渚の心境にまったく気づいていなかったのだが。
 そんなことを口にしたものの、渚にとっては、もう過ぎた過去の話で、小さな
思い出話の一つだった。
 去年の今頃は、まだ二人はこうして一緒に生きることを選んではいなかった。
あくまでも、親友同士としてのつきあいで、渚の想いが、紫に向かっているだ
けだったのだが。

「渚さまってば」

 先ほどまで気づいていなかったとはいえ、不機嫌そうにしていた渚を想像し
てみた。申し訳ないなんて気持ちは全く起こらなかった。むしろ、そんな渚が
愛しくて、可愛くてたまらない。
 くすくす、と小さく笑って、渚をぎゅっと抱きしめる。

「……渚さまだけですよ……」

 そして今は。
 二人とも、お互いだけを思って、今こうしている。こうなるまでの半年と少
しの間にも、いろいろなことがあった。その間、渚はずっと紫の側にいて、支
えて守って、二人で歩いてきたのだ。

「……これからも、ずっと」

 抱きしめたままの紫の声は、とても優しかった。

「……うん。ずっと、うちも紫だけ」
「はい、私も……
「……うさぎさん、またおったら今年はダメって言ってもええ?」
「渚さまは誰にもわたしません」

 即答で、紫が断言した。
 誰にもわたさない。
 そう言われるだけで、少しドキドキしてしまう。何度も口にしてきた、ずっ
と側にいるとか、愛してる、大好き、という言葉とは、また違う意思がこもっ
ているように思える。意思をもって、愛する人を確保する。そんな強い、想い
のこもった言葉を口に出来る紫が、とても頼もしく、凛々しく思えた。何より
誇らしい。そう言える紫が、自分のパートナーであること。そして、そんな紫
が、自分を選んでくれたこと。
 このまま、身を預けたままでいたいと思う。そして同時に、紫のように、受
け止めて支えられるようにありたいとも。
 まず、今日はそうありたい。でないと、きっと紫と釣り合わなくなってしまう。


折り重なる光
------------

「あ、うさぎさんおった」
「あ、本当です」
「去年と同じ人かな」
「でも、だめですよ?」

 知ってか知らずか、フレンドリーな仕草でこちらに向かってくるうさぎさんに
見せつけるように。紫は握り合った手を胸の高さまで上げた。それを目の当たり
にして、うさぎさんはぴたりと止まる。なかなかの動きだった。

「渚さまは渡しませんよ」
「うん、うちもはなさへんもん」

 そして見合わせて笑い合って、空いている手でうさぎさんに手を振って、二
人は流れに混じって歩いていく。うさぎさんはしばし硬直したまま見送ってい
たが、大きく飛び跳ねて、上機嫌で風船を配りだした。

 ゆっくりと歩いて、光の城門を何度もくぐった。少し先を見れば、幾重にも
折り重なって、厚みを持った一つの城門のようにも見える。


「あ。紫、ちょっとあっち行っていい?」
「え? はい」

 人混みの向こうに、ちらりと特設のブースが見える。手を握ったまま、渚は
人混みの隙間を縫って渡ろうとしていた。なんのブースだろう。紫は少し気に
しながら、渚に寄り添って着いていく。
 そこでは、寄付の受付が行われていた。渚が言っていた、来年の開催が危ぶ
まれているという話。バッグからお財布を出しながら、渚はすぐ隣の紫にこう
言った。

「……来年も来たいし、それに……なんやろ、感謝の気持ち」
「そうですね……また来年も、その先も……また、渚さまと一緒に……きたい
です」

 大切な大切な、二人の思い出の場所。

「いつか、なくなっちゃうかもしれんけど……でも出来るだけ、来たいから」
「……はい……ほんの少しでも、力になれるなら」

 紫も倣って財布を取り出し、寄付をする。人混みからは少し離れているせい
か、夜風がコートの隙間に差し込んでくる。
 思わず、渚は身震いしていた。

「寒いですか?」
「ん、うん、ちょっと冷えたかも。今は暖かいよ。紫は平気?」

 コートの襟を確かめる渚を、ふわっと抱きしめる。暖かくて、柔らかい、紫
の抱擁。こうして、紫の腕の中に居られることが、何よりも嬉しい。でも、い
つも包んでくれる紫はどうなのか。自分を暖めてくれている紫は。
 もし、自分より寒い思いをしているのなら、暖めることが無理だとしても、
それを少しでも和らげたい。渚の手は自然と、紫の手に重ねられた。

「大丈夫です……渚さまと一緒だから」

 紫の手はやはり温かかった。スエードの手袋越しでも、ほんのりと伝わって
くる。紫は、嘘をつかない。知り合ってから今日まで、一年半と少し。その間
にただの一度も。
 だから、紫の言葉が本当に胸に響いた。一方的に守っているだけでも、守ら
れているわけでもない。紫は本当に、自分のことを見てくれているとわかった。
頼りにしているのだと、だから離さないし、誰にも渡さないのだと。

「……うん、うちも大丈夫……でも、今日はもう……終わっちゃうね」
「……はい」

 少し強く抱きしめて、重ねられている手を握って。
 頬をくっつけて、紫が囁く。

「今日は、ずっと一緒です」

 今晩は蒼雅の屋敷に戻らず、渚の家──正確には、渚の実家に泊まる予定だ。
実家とはいえ、渚の両親は殆ど居ない。渚はそんな両親の留守を、何年も一人
で守ってきていた。蒼雅の家に嫁いでからも、月の三分の一から半分は、実家
で過ごしている。紫もそれに倣って、渚と過ごすようになっていた。渚を独り
にさせる理由なんてないし、渚の両親、紫にとっての義父母も、むしろ歓迎し
てくれている。
 それからは、人混みの端っこをゆっくりと二人で歩いた。去年も確か、途中
からこうしていた気がする。こうやって歩いて、そして──。

「あ……紫、ここ」
「はい?」

 なんの変哲もない、いたって普通のビルの前で。
 渚は立ち止まって、少し嬉しそうに壁を見つめた。

「……ここは?」
「ここも、思い出の場所」
「……あ」

 なにかあったろうか。
 渚の少し照れた表情を見た瞬間に、紫も思い出した。
 二人が初めて、キスした場所だった。
 あの時は、お互いに緊張の限界寸前で、周りがまったく目に入っていなかっ
た。だから紫が今、すぐに思い出せなかったことは、まったく気にならない。
 小さく、小さく息をのんで、紫が少し目を伏せる。その頬の赤さがかすかに
強まっているのが、渚にはよくわかった。
 紫は黙って、渚に寄り添った。
 去年とは違う。場所と、二人で来ていること以外は何もかも。

「紫、ありがと、大好き」

 今、こうして隣にいてくれること。何より、自分を選んでくれたこと。もう
何度も口にして、伝えた言葉だが、どれだけ言っても言い足りない。
 去年の今頃、ここで。紫が渚にそうしたように、紫の両頬を抱いて口づけた。
去年よりも長く、ゆっくりと。どうしてもそうしたかった。またここに来れる
とわかったときからずっと。

「……そろそろ帰ろ、紫」
「はい……また、来年も来ましょう」
「うん」

 しっかりと、手に手を取って二人は歩き出した。

時系列と舞台
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12月中旬。
ルミナリエで。


解説
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ただでさえ強固な二人の絆がどうしようもないくらい固く。


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Toyolina
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