[KATARIBE 30785] [HA06N] 小説『紳士と少女 〜雨の日の光景』

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Date: Sat, 10 Feb 2007 19:24:21 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30785] [HA06N] 小説『紳士と少女 〜雨の日の光景』
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2007年02月10日:19時24分20秒
Sub:[HA06N] 小説『紳士と少女 〜雨の日の光景』:
From:久志


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小説『紳士と少女 〜雨の日の光景』
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登場人物
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 小池国生(こいけ・くにお)   http://kataribe.com/HA/06/C/0628/
     :小池葬儀社社長。実は正体は鬼。
 品咲渚(しなざき・みぎわ)   http://kataribe.com/HA/06/C/0636/
     :関西弁乙女。かつて空手の稽古中に膝を痛めた。

雨の日に
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 その日は、冬の日には珍しく昼過ぎから空が濁った雲に覆われ、天気予報で
は30%程度の降水確率だったにもかかわらず、昼を過ぎて日が傾くや否や、
程なくして大粒の雨が街に降り注いでいた。

 小池国生は、ほぼ体の一部といっていいほど着慣れた喪服の上にケープ付の
コートを羽織り襟を立て、使い込んで手に馴染んだ木製のハンドルの絹張りの
傘を手に、一人、歩いていた。
 冬の雨。今年の冬は異様なほどに暖かいと言えど、降りしきる雨の中、頬を
撫でる風は凍りつくように冷たく、じわじわと体をしめつけていくのを感じる。
 少し足早に道を歩いていると、ふと見覚えのある少女の姿が目に止まった。


 道路と歩道の間に溜まった水溜りを避けながら、品咲渚は重い足取りで一人
帰り道を歩いていた。注意して歩いていたとはいえ、降り続く雨の中で濡れそ
ぼった靴は重く、一歩踏み出すのも億劫な程だった。
 中学二年の時に壊れてしまった膝。あれから五年経った今も、凍える冬の日
や雨の降る日に、軋むような鈍い痛みに襲われる。いつもならば寒さ対策の為
の厚手のタイツなどを用意してこまめに調節していたのだが、今日のような日
に限って対策をうっかり忘れてしまっていた。
 一歩踏み出すたびに膝に響く鈍い痛みに耐えかねて、渚は近くの軒先で足を
止めて膝頭を撫でた。家に帰り着くまではまだ少し道のりは遠い。

「お嬢さん」

 ふと、すぐ前方から響く低い声。
 渚が見上げると、黒コートに黒帽子黒い傘を手にした白髪の男が立っている。
「あ。えーっと……餅つきのときに」 
「お久しぶりです」 
 傘を手にしたまま小さく会釈する。
「すみません、呼び止めてしまった。なにか、見ていてお辛そうだったので」 
 ふと渚の足元を見て。
「足にお怪我でも?」 
「あ、えーっと、はい、昔ちょっと膝やっちゃってて」
「……なるほど」 
 ふと、小池が空を見上げる。降り注ぐ雨はまだ当分止む気配はない。
「晴れてたら平気なんですけど、雨降るとなんかだんだん動かんくなってきて。
って、ごめんなさい、こんなこと言って」 
「いいえ、構いませんよ。見ていて辛そうだったので、私もつい呼び止めてし
まって」 
「あー……ありがとうございます、今日はちょっと油断してました」 
 足元を見て苦笑する。
「無理はなさらないほうがいいです、傷の痛みは辛いものですから」 
 ふと、一瞬考えてから。
「少し、どこかのお店に入って休んだ方がいいですね」 
「あ、は、はい」 
 慌てて頷く渚を促して。
「近くに友人とよく行くお店があるんです。少し足を休めたほうがよろしい」
「ありがとう、ございます」


カフェにて
----------

 小池に連れられるまま、近くにあった少し大人っぽい店構えのカフェへと足
を踏み入れる。
「わあ」
 渚は思わず声を上げそうになり、慌てて口を押さえた。
 いつだったか、紫と息抜きの際に見ていた情報誌に載っていた少し高級そう
な雰囲気のある。大学に入ったら挑戦してみようと二人で話していた店だった。
 一見敷居の高そうなこの店に、自然と当たり前のほうに入っていく小池の姿
を見て、思わずため息が出そうになった。
(かっこええなあ……自然やわ……)

「いらっしゃいませ」 
 丁寧に会釈する背筋のしっかりした店員に案内され、席へと案内される。
「すみません、ブランケットを一ついただけますか?」
「かしこまりました」
 飴色に光る木製のテーブルセット、引いてもらった椅子に少し緊張した面持
ちで腰掛ける。
「どうぞ、お使いください」
「は、はい、お借りします……」 
 ふわりと指を滑らすようなやわらかい感触。触っているだけでぼんやりしそ
うなほどの手触りのブランケットをかけて軽く膝をさする。
「少し温めた方がいいでしょう、痛みが和らげばよいのですが」 
「い、いえ、えっと、助かります、今日膝掛け忘れて来ちゃって」 
「お役に立てたならば、幸いですよ」 
「い、いえ、ならば、やなくて、えーっと……助かってます……はい」 
(わー、なんか、お話のできごとみたいやわ……)
 昔読んだ物語にでてきた場面。
 魔法使いが杖を一振りするだけで一変する、そんな雰囲気。
 いつの間にか運ばれたハーブティーが目の前で湯気を立てている。
「あ、すみません……いただきます」
「ええ、どうぞ」
 包むようにもったカップ。じわりと伝わってくる暖かさ、一口また一口と飲
んでとろけるように体が温まってくる。
 ついさっきまで、雨の中で痛む膝をさすって辛い思いをしていたのがまるで
嘘のようで。一瞬、自分が夢でも見ているのかと錯覚を起こしそうになった。
 ぼんやりとした渚の姿を、小池はカップを片手に穏やかに見守っている。

 ふと、しばらく雲の上のような感覚に浸っていた渚が顔を上げる。
「……あ、あの、お仕事中やないんですか、もしかして、お時間とらせてし
まってるんやったら」 
 まるで何か悪いことをしたかのように話す渚を軽く制して。
「いえ、今日はオフなんですよ。暦どおりの休みがある仕事ではないので」 
「あ、オヤスミやったんですか、それやったら、ちょっと、気ぃ楽になりまし
た」 
 ほう、と息を吐いて。安心したように力を抜く。
「ええ、お陰で友人らと休みがなかなか会わなくて」 
「ああ、そっか、普通の人は土日オヤスミですもんね……飲食店とか、そんな
かんじのお仕事してはるんですか?」 
 小首をかしげて軽く握った手を口元に当てて考える。仕立てのいいスーツ、
穏やかな物腰、平日休めない仕事という枠から考えて当てはまるものをあれこ
れ考える。
 頭をひねる渚の様子を楽しげに見て、一瞬間をおいてから小池が口を開く。
「葬儀社です。いつ仕事が入るかは……わからない仕事ですからね」 
「ああ、なるほど……なんか納得しました」
 やっと得心が行ったとばかりに、頷く。
「お嬢さんは塾帰りですか?」 
「あ、はい、塾の自習室で勉強してまして。一応受験生なんで」
 少しはにかんで頭を軽くかきながら笑う。受験生という立場ながらも親友の
紫と一緒に目標をもって頑張るのは辛いながらも楽しくもある。
「そうでしたか、大事な時期です。体も大事にしてあげなければ、ね」 
「あ……はい、そうします」
 軽く片目をつむって笑う小池に、どこかふわりとした暖かいものを感じる。
「あ、なんか思い出したみたいでアレなんですけど……お礼言わなあかんって
思ってたんです」 
「お礼?先日の」 
 最初に小池と会ったとき、餅つき大会で話していたこと。
「はい。あのときの話は、あの子らには、まだ全然してないんですけど……
でも、こうしたらええよっていうの、教えてもらって、だいぶ楽になったん
です」 
「一人で思いつめてしまっては何事もうまく回りませんから。時には、吐き出
すことも頼ることも大事だと思います。そのお役にたてたならば……私もよい
ことをしたと思えますよ」 
「ええ、紫もなんか、うちのこと心配してたみたいで、頼ってください、って
言ってくれたんです」
 思い出して、ふと笑う。
 自分から離れていってしまうのではと、怯えていたのが今はおかしい。
「ほっとしましたか? 必要としてるのは自分だけではない、と。わかるのは
嬉しいことですよ?」
「はい、ほっとしたし……すごい嬉しかったです。ちょっとびっくりもしまし
たけど……なんかお姉さんみたいになっちゃったって」 
「嬉しいけれど……少し寂しい?」
「んー、それ、あります。ありますけど……うちも負けるかって感じでお姉さ
んになろうかと」 
「いいことですよ、そうやってお互い高めていける。認め合える人がいてこそ、
自分が成長してると感じられますよ」 
「うん、あ、違う、はい、そういう子がすぐ側におったんやってわかって」 
 慌てて言い直す渚の姿にくすくすと笑って。
「もっと自然でいいですよ」 
「あ、……そ、そうします」
 頬を染めてハーブティーを飲んで誤魔化しながら。


 しばし、時間が過ぎて。まだ雨は止まない。
「そろそろ帰りましょうか。少々お待ちいただけますか? 近くに事務所があ
るので、車を回してお近くまでお送りします」
 席を立つ小池に慌てて頭を下げる。
「今日はありがとうございます、ほんとお世話になりっぱなしで」
「構いませんよ。まだ雨もやみそうにありませんし、いまは大事な時期でしょ
う? 体を壊してしまっては元も子もありませんよ」 
「はい……」
 出て行く小池の後姿を見送って。
 魔法の終わり。
 少しだけカップに残ったハーブティーを名残惜しく飲み干した。


時系列と舞台
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 2007年1月下旬。商店街にて。
解説
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 雨の降る日、渚を見かけた小池。

 Wiki 紳士と少女 http://hiki.kataribe.jp/HA06/?GentlemanAndGirl
 [HA06L] チャットログ『紳士と少女 〜雨の日の光景』
 http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30700/30709.html
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以上


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