[KATARIBE 30779] [HA21N] 小説『還ってくる者 〜発端』

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Date: Fri, 9 Feb 2007 21:59:28 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30779] [HA21N] 小説『還ってくる者 〜発端』
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2007年02月09日:21時59分28秒
Sub:[HA21N]小説『還ってくる者 〜発端』:
From:久志


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小説『還ってくる者 〜発端』
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登場人物
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 安西志郎(あんざい・しろう)
     :整体処・解し屋店主。触手使い。
 真越誠太郎(まこし・せいたろう)
     :西生駒高校、化学教諭。不治の病の息子を持つ。
 中嶋和人(なかじま・かずと)
     :画家。妻とは死別、一人息子も不治の病で数年前他界。

プロローグ
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 夜、失われたはずの湖で。
 月光の冷たく照らす湖面に浮かんだ小さなボート。一人の男がひっそりと佇
んでいる。虚ろな目、無精髭に覆われた魂の抜けかけた顔。その手には白い紙
で包まれた何かを持っていた。
 紙の擦れる乾いた音を響かせ、手の平の上にさらさらと零れ落ちた白い粒子。
 かつて男の息子だったもの。とうにその若い命はつき、か細い身は荼毘に付
せられ、最後に残った遺骨の成れの果て。
 細かに砕いた真珠を思わせる遺骨の粉を両手にのせ、静かに湖面に手を浸す。
 さらさらと、手から滑り落ちていく、白い粒子。
「……さあ」
 暗い水面に沈んでいく遺灰をじっと見つめる、淀んだ目。
「……還っておいで」
 そっと、優しく囁きかけるように。


尋ねる者
--------

 整体処・解し屋。吹利県、霞山駅より十五分ほど歩いた歓楽街はずれのにあ
る雑居ビルの地下で営業をしている、整体業を請け負うマッサージ屋。
 西生駒高校卒業生である、安西志郎が新たに開いた店でもある。

 雑居ビルの前、グレーのスーツ姿の中年男が何度か手にしたメモと看板とを
見比べながら足を踏み入れた。地下へと降りていき『整体処・解し屋』と書か
れたドアを押す、抵抗無く開いた店の中へわずかに躊躇してから真越誠太郎は
一歩足を踏み出した。
 四畳半ほどの狭い待合室、壁沿いに並んだベンチとホワイトボードが置かれ
奥には施術室につながっているらしい頑丈そうなドアが見える。時間が合わな
いせいか待合室にはまだ客らしい人の姿は見えない。
「こんにちは」
「おや、これは先生」 
 目の前、安西志郎が驚いた様子も無く小さく会釈した。
 西生駒高校化学教諭である誠太郎にとっては教え子にあたり。かつて誠太郎
が過ちをおかした際にこれを解決し、誠太郎が教師となるきっかけを与えてく
れた人物でもある。
 ひとつ息を吸って、誠太郎は遠慮がちに口を開いた。
「ああ、久しぶりだね」
 少しおどおどした様子の誠太郎に椅子を勧めて安西が席を立つ。
「立派なお店だね」
「狭くて汚いですがね。気楽にやっている」 
 入り口のドアの札を休業に変えて、奥へと引っ込んでいく。
「いや、すまないね。気を使わせてしまって」 
「お構いなく。所詮は閑な仕事だ」 
 やかんを手にお茶を入れながらこともなげに答える。
 湯飲みの乗った盆を手にしたまま戻り、テーブルの上に湯飲みを置く。

「……実はね、」 
 向かいの椅子に安西が腰掛けるのを待って。
「少々、君に相談したいことがあってね」 
「なにかね」 
「……実は、私の知り合いのことなのだが」 
「ほぉほぉ」 


 誠太郎が古くからの知人だった中嶋和人に会ったのは、今からおよそ二週間
ほど前のこと。

 お互いに時間流動障害という不治にして短命という病により最愛の妻を失い、
その一人息子もいずれ病に命を落すという運命を背負った者同士。
 そして中嶋は六年前、十五歳という若さでたった一人の息子を失った。
 息子の葬儀以来、中嶋は己の殻に閉じこもり誠太郎とも顔を合わせることも
無く、ずっと音信不通となっていた。
 だが。
「やあ、真越さん。お久しぶりですね」 
 六年ぶりに顔を合わせた中嶋、その晴れやかに笑う姿はかつて息子が生きて
いた頃そのままで。
「ええ、お久しぶりです……中嶋さん……どうお過ごしですか」
「ああ、勇もすっかり大きくなってね。倫太郎くんとも会いたがってるよ」
「…………え?」
 思わず平和に笑う中嶋の顔を思わず見返した。
 亀裂が入る現実、明るい笑顔の影に仄見える狂気の影。
「……中嶋さん」 
 誠太郎はとっさにかける言葉を見つけられなかった。
 どう言えばいいのか。
 現実を突きつければいいのか。
 だが彼の逃避を否定しうるだけの義が自分にあるのか。
「そうだ、真越さん。今度うちに遊びに来ませんか? きっと勇も倫太郎君に
会いたがってると思いますよ」
 微かに淀んだ色の見える虚ろな目。
 悲しみや辛さを忘却へと押し流した悲しい姿。
「……いえ、すみません……少々忙しくて」 
 搾り出すような声でそう答える以外、誠太郎にはできなかった。


 ことん、と。空になった湯飲みがテーブルに置かれる。
「……最初は、寂しさのあまり……彼は精神的にどうにかなってしまったのか
と思ったのだけど」 
「ふむ」 
「だが、最近……中嶋さんの様子がどんどんおかしくなっていると、聞いて」
「確かめたのかね」 
 安西の問いに青い顔で口をつぐむ。

「……実は」

 中嶋と会った数日後。
 同じく中嶋と会ったという知人や病院関係者らの話から、中嶋の様子が最近
常軌を逸しているらしいという話を聞き、失礼を承知で誠太郎は中嶋の家を訪
ねていた。
 自宅前で中嶋が家を出て行くのを遠目で確認し、誰もいないはずの戸を叩い
てみた。
 無論、返事はない……はずだった。

 微かにドアの向こうから聞こえる物音。
 確信はできないが、誰かがドアの向こうに立ったという直感的な気配。

 ほどなく、細く開いたドアの向こうに。

「…………居たんだ」 
 青ざめた顔で口元を押さえる。

 色白の肌、色素の薄い痩せた髪、十五歳にしては成長の遅いか細い手足。
 そこにいたのは、まさしく、六年前にこの世を去ったはずの中嶋勇そのもの
だった。

「もう、無我夢中で」
 悲鳴をあげたかどうかすらも誠太郎は覚えていない。ただ無我夢中でその場
から這いずるように自宅へと逃げ帰っていた。
 中嶋はどうなってしまったのか。
 あの少年はいったい何者なのか。
 悩んだ誠太郎が向かったのは、かつての恩人でもある教え子のところだった。

「……“観”させて貰おうか」 
「……はい」 
 淡々とした口調で答えると、すっと手を伸ばし誠太郎の額に手を翳す。
 指先が額に触れると、僅かに熱を持って侵蝕を開始する。

 安西の視界へと流れ込んでくる映像。
 細く空いたドアの向こう、澱んだ目に細い手足の青白い顔をした少年が立っ
ている。濁ったどぶの水を思わせるような、生気のないビー玉のような瞳。

「……死者を穢したか」 
 ぼそりとつぶやいて、必要な情報を読み取って侵蝕を解く。
「……彼は一体」
 微かに語尾が震えている。
「見たとおりのモノですよ」 
 傍らの急須を手にとって、お茶を注ぎなおしながら安西が事も無げに答える。
「当たって見ましょう。さし当たっては……」
「…………死者が、還る……そんなことが?」
 黄泉がえり。
 言葉では知っている。
 そんなことがありえないことも。
「余計なことを考えないことです」 
 湯気の立つ茶が目の前に置かれる。
「……ああ、そうだね」 
「生者が望み死者を呼び戻す。良くある話だ」 
 ひょいと安西が肩をすくめる。
「だが、思いませんか」
 眼鏡の向こうの瞳が誠太郎を見据える。
「所詮は、生者の独りよがり。思い出の中の存在が戻るなら、只の人形遊びで
すよ」 
 まるで見透かされたように、誠太郎が居心地悪げに目を伏せる。
「…………ああ、これでは…………勇くんが可哀想だ」 
「倫太郎に話すといい。『お前の友達が、その父親によって玩具にされている』
と」
「それは……」
 かつて短命の宿命を負った息子の為に、誠太郎は一度道を踏み外しかけたこ
とがある。心の弱さにつけこまれ、魔性のものに取り憑かれ、他人の魂を奪お
うとしたことが。
 中嶋も、また。
「お人形遊びは、仲間をほしがる。ゴッコ遊びに憑き合わされない様に気をつ
けることだ」 
「…………そうだね」 
 かつての自分の姿を思い、誠太郎は深くため息をついた。

時系列と舞台
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 2007年1月
解説
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 安西の元に、相談に訪れる誠太郎。
 還ってくる者 http://hiki.kataribe.jp/HA/?Revenant
 小説『十年の長さ』
    http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/28500/28532.html 
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以上。


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