[KATARIBE 30741] [HA06N] 小説『紳士と少女 〜どこか近しい二人』

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Date: Mon, 5 Feb 2007 00:04:34 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30741] [HA06N] 小説『紳士と少女 〜どこか近しい二人』
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2007年02月05日:00時04分34秒
Sub:[HA06N] 小説『紳士と少女 〜どこか近しい二人』:
From:久志



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小説『紳士と少女 〜どこか近しい二人』
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登場人物
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 小池国生(こいけ・くにお)   http://kataribe.com/HA/06/C/0628/
     :小池葬儀社社長。実は正体は鬼。
 品咲渚(しなざき・みぎわ)   http://kataribe.com/HA/06/C/0636/
     :関西弁乙女。かつて空手の稽古中に膝を痛めた。

新年
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 2007年、新春。
 吹利町内会主催イベント、新春餅つき大会の会場にて。
 特設会場は興味深げにあちこち見回しながら行きかう人で溢れ、掛け声とと
もに勢いよく杵を振るう若者や町内会の役員らの姿、有志らの演出による獅子
舞踊りに振る舞いの甘酒を配る巫女姿の女性の姿もある。
 毎年行われている大会ではあるものの、昨年までは閑古鳥とはいかないが、
あまり目立って華やかなイベントではなかった。それが今年、町内会の代表に
なったお祭り好きの戸萌不動産社長・克五郎が音頭をとり、地域活性化の一環
として大々的に宣伝を打ち、町内会から人手を集めて、市議にまで話を通して
一大イベントに押し上げたという。努力が功を奏して、今年は例年にない賑わ
いと熱気に満ちている。
 小池国生は黒スーツの上に参加者全員着用のカッパのデザインされたハッピ
を羽織って、少し冷めかけたお茶の入った紙カップを手に小さく息をついた。
 小池葬儀社の社長であり、今回の町内会主催イベントの協賛者として小池も
また社員らと共に手伝いに来ていた。他にも商店街のあちこちの店から手伝い
や市民有志の参加者が黄色地に緑のカッパがデザインされたハッピを着込んで
せわしなく動き回っている。
 空になった紙カップをくず入れに捨て、手伝いの続きに戻ろうとした小池に
背後から声がかけられる。
「社長」
「ああ、幸久か」
 頭に鉢巻、地下足袋にハッピ姿の幸久が声を掛ける。
「これから向こうで獅子舞の出し物に出てきます、こちらは一旦たかなしさん
方に引き継いでもらいます」
「そうかい、じゃあ私もそちらのほうへ行こうか」
「いえ、こちらは私と笹本の二人で大丈夫です。社長はあまり無理をなさらず
少しお座りになってお餅を召し上がっていてください」
「そうかい? 私は平気だよ、あまり老人扱いしないで欲しいな」
 小池の言葉に軽く眉を吊り上げる。
「そう言ってまた体調を崩されたらどうされます、今は少し暑いですがだんだ
ん風も出てきましたし、若手にまかせてお休みになってください」
「はいはい、わかったよ。心配性だね」
 拗ねた子供のような表情になる幸久に軽く手を上げてその場を後にした。


少女、一人
----------

 行きかう老若男女の姿。特設会場のあちこちに置かれた臼、その周りで杵を
振るって餅をつく者、タイミングにあわせて餅をひっくり返す者。
 その中に品咲渚のよく知る顔があった。

「せいっ!せいっ!」
「ちょっ、蒼雅さん。早い早いって!」
 長い髪をひとつに結んで上気した顔で杵を振るっている蒼雅紫。寒空の下で
短いスカートにハッピという格好ながら寒さというものをまるで感じさせない
力強さと逞しさに満ち溢れている。その傍ら、同じくカッパのハッピを羽織っ
ておっかなびっくり餅を返している御厨正樹。

 少し離れた位置で餅をつく二人を見守りながら、渚はなんともいえない距離
感を感じていた。
 紫と正樹と渚。
 同じ学校、同じ部活で短い間ながらも共に充実した学生生活を送ってきた。
渚にとって掛け替えのない存在であり、絶対に失いたくない大切なものだった。

 ずっと三人でいられれば。
 掛け声を掛け合いながら餅をつく二人の姿、どこか近寄りがたい何かを感じ
ながら、ぼんやりと何をするでもなく眺めている。


壁の花
------

 テントの下に並んだ長テーブルと椅子の置かれた休憩所にはつきたての湯気
が湧き上がる餅に粉をまぶし、餡子やきな粉、ゴマだれといったそれぞれの味
付けがされて振舞われている。手が空いたのはいいものの、小池は特に餅に手
をつけるでもなく会場を見回した。

 ふと一人の少女の姿に目を留めたのは偶然だった。
 高校生くらいだろうか。肩にかからないほどのすこしはねた髪の少女が一人、
ぽつんと外れた位置で立っていた。暇をつぶしている風でもなく、興味がない
でもなく、ただどこか寂しげな――どこか共感を覚える――瞳でぼんやりと佇
んでいる。どこか何かをあきらめたような、遠くから何かを見送っているよう
な歳に似合わぬ疲れたような姿。
 小池は席を立っていた。


一声
----

 現実に引き戻されるように。

「お餅、めしあがらないんですか?」
「え?」
 突然目の前に現れた小池の姿を見上げて、渚は一瞬目を丸くした。
 一瞬答えに詰まったが、にこやかに笑う小池の顔を見てちょっと気まずそう
に頬をかいた。
「え、えっと……あんまり食欲なくって。おせち食べ過ぎて、今お腹ちょっと
アレなんですよー。お気持ちだけ」
 ちょっと釣り目がちの目をさ迷わせて、遠慮がちに口を開く。
「そうですか、少しお座りになりますか? あちらのテントにストーブがあり
ますよ。動いてないと冷えますから」
 小池の言葉に今気づいたように渚が小さく身震いした。言われなかったら、
冷えていたことにすら気づかなかったのかもしれない。
「あ、そうですね、ちょっと寒なってきたし、そうしよっかなあ」
 ちらり、と。視線が横を向いて、掛け声をかけあいつつ餅をつく紫と正樹の
姿をちらりと見て、そのまま振り向かず、小池の後についてストーブの置かれ
たテントの椅子の前へと移動する。
 まるで後ろ髪惹かれる何かに耐えているように。

「どうぞ、お座りください。少し暖まったほうがいいでしょう」
「すみません」
「甘酒でもお持ちしましょう、振る舞いですから」
 渚が恐縮して礼をいうより早く、二つの紙カップに甘酒を注いだものを受け
取りひとつを渚に差し出した。
「あ、ありがとうございます……」
「ええ、体を冷やしてはいけませんよ」
 熱い甘酒に息をふきかけつつ、ちびちびと飲む渚の向かいの椅子に腰掛けて、
小池は会場を見やった。

「せい!」
「はいっ!」
「よいしょっ!」
 餅つき大会特設会場でひときわ元気欲杵を振るう一人の男。
 五十をとうに過ぎていながらも、歳を感じさせない若々しい動きと活力に溢
れた親友の姿。大学時代、初めて出会った頃から変わらぬ力強い生命力に満ち
た身体に、人を惹きつける意志の強さをもった瞳。
 かつて互いに同じ一人の女性に心をときめかせたかつての恋敵。それでいて、
掛け替えのない親友であり続ける小池にとって何よりも失いたくない人。

「……ついてる人、たのしそーですね」
 ぽつりと小池の隣でつぶやく渚の声。小池と似たような想いのこもった目で
餅をつく紫と正樹を見ている。
「いい歳して、やんちゃな人ですから」
 眩しさにこらえるように、かすかに目を細めて尚久を見つめる小池。
「あはは、うちも似たようなもんです」
 穏やかな小池の顔を少し見上げて、二人のことをなぜこんな表情で見守れな
いのかと渚は内心自己嫌悪に陥った。
「……お友達、ですか?」
 微妙に沈んだ渚の表情を見て、視線を追う。その先に仲良く餅をつく少年と
少女の姿。
「はい、二人とも、すっごい大切な……友達なんです。親友、ううん大親友」
 後半は、どこか自分に言い聞かせるように渚が答える。
「……そうですか。本当に……大切なんですね」
 ふっと表情を柔らかくして。
「いいものですよ、大切な人がいるということは」
 視線をめぐらせる、先ほどまで餅をついていた尚久は手を休めて妻の麻須美
と親しげに話している。

 彼と彼女。
 少年と少女。

「ええ、すっごい大事です……えっと、おじさまも……」
 小池の視線を追って、見るからに仲のよい夫婦の姿に目を留める。
「ええ、大切な親友です。二人とも、かけがえのない」
「こうやって見てられるだけでも、ほんとは満足せなあかんのかなあ……」
 大切な親友、かけがえのないもの。
 渚の心に鈍く響く。
「お嬢さん。貴方が本当にあの二人が大切なのは、見ていてよくわかります」
「はい」
「お二人にとっても、貴方は大切な人なのではないでしょうか」
 仲睦まじく話す夫妻を見ているのか、互いに声を掛け合いながら餅つきに夢
中になっている正樹と紫を見ているのか。
「ええ、最近そう言われたんです。両方に。だから、頭ではわかってるんです
けど……」
「心は、難しいものですよ。思うとおりになってはくれません」
 肩をすくめて小さく笑う。
「……この歳になっても、ね」
 渚の顔を見て、軽く片目をつぶってみせる。
 一瞬、きょとんとした顔になり、ほっとしたように笑う渚。
「……あはは、そうやったんですか、そっか……てっきりうちが子供やからこ
ういう風に、悩んでるんかと思っちゃいました」
「悩みは尽きませんよ、いくつになっても。それを無理矢理押し込めるのは
……よくありません」
 少し驚いたような顔をして小池の顔を見上げる。
「大人の人って、なんでも納得出来ちゃうって、そう思ってたんですけど……
よかった。なんかちょっと気が楽に」
「大人になることは、なんでも割り切れることではありませんよ。辛いことは
辛い、そうと思いつつも割り切れないこともある、そういったことをちゃんと
理解することではないでしょうか」
「理解すること……そうですね、今とか、ホント、そういう感じなんで……
次あったら、なんとなく大丈夫そうな」
「閉じこもってしまっては、いけませんよ。自己犠牲は……決して尊いとはい
えない、貴方を大切にしたいと思っている人にとっては、特に」
 小池の眉根がよせられ、少し悲しみを帯びた顔になる。
「ん、やっぱお見通しですね……それも言われたんです。でもなかなか、気を
つけてるんですけど」
「私は……怒られましたね、彼に」
 視線を上げて、再び楽しげに餅をつく尚久の姿を見る。
 親しみとどこか物悲しさを感じる小池の横顔を見て、ちびちびと甘酒をなめ
ながら、渚が遠慮がちに口を開く。
「うちは……怒られてはないですけど、馬鹿かとか言われました」
「ちゃんと怒ってもらえる、馬鹿と言ってもらえる……それが嬉しいんでしょ
うね」
 自分に言い聞かせるように。
「だから、大切な人の為に自分を大事にしてください、貴方も」
「……はい。そうします。紫も、正樹も大切やって言ってくれたし……あ」
 うっかり名前をだしてしまったことに気づいて思わず口を押さえる。
「ええ、大切にしてあげてください」
「はい……」
 甘酒のおかげか、心なしかさっきまで渚の中でわだかまっていたものが溶け
て穏やかな気分になっていた。
「落ち着かれたようですね」
「あ、はい」
「折角のイベントです、雰囲気を楽しみましょう。ね?」
「ん、はい、そうします……っと、ありがとうございます、おじさま、親切で
すね」
「これでも紳士のつもりですよ? 可愛いお嬢さん」
 くすっと笑って片目をつぶってみせる。
「全然嫌みじゃないです、ほんまの紳士や……」
 はにかんだように笑う。
「これでカッパのハッピでなくてタキシードとかスーツだけやったら、女の子
にモテモテですよ、絶対」
「……あまり得意ではないんだけどね」
 少し意地悪い笑いを浮かべる渚の言葉に、小池はどことなく困ったような顔
になる。

 空になった紙カップを手に小池が立ち上がる。
「では、そろそろ私も彼の手伝いにいきます。ああ、そういえば名乗ってもい
ませんでしたね」
 背筋を正して渚に向き直る。
「あ、はい。あ、えっと」
 思わず、つられてばたばたと渚も立ち上がる。
「小池国生です、今日はおつき合いいただいてありがとうございました」
「あ、は、はい、品咲渚です、えっと、吹利高校の三年生で……こちらこそ、
ご親切に、ありがとうございました」
 少し緊張した面持ちになる渚に軽く会釈して。
「はい、では失礼します。お嬢さん」
 広場の方へと歩いていった。

「はい、こちらこそ……はー……リアル紳士や……かっこえーなー……」

時系列と舞台
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 商店街の新春餅つき大会で。

Wiki 平成19年新春餅つき大会
http://hiki.kataribe.jp/HA06/?FuriChounaikaiMochitsukiTaikai2007NewYear
[HA06L] 紳士と少女
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30600/30614.html

解説
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 品咲渚と小池国生、どこか近しい何かを感じる二人。
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