[KATARIBE 29667] [OM04N]小説『酒の肴の代わりに』

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Date: Thu, 12 Jan 2006 01:25:36 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29667] [OM04N]小説『酒の肴の代わりに』
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ふきらです。
鬼舞話。[KATARIBE 29660] [OM04N]小説『朝政の惨事』
(http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29600/29660.html)
の続きです。

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小説『酒の肴の代わりに』
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登場人物
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 烏守望次(からすもり・もちつぐ):見鬼な検非違使。

 秦時貞(はた・ときさだ):鬼に懐疑的な陰陽師。

本編
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 夕刻。
 太陽は西の空に沈みかけ、空は赤く染まっている。
 まもなく日が暮れる。通りを行く人は足早に自分の帰るべきところへと向
かっていた。
 その流れの中を時貞は一人ゆっくりと歩いていた。右手に持った瓶子が歩み
にあわせて揺れている。
 彼は通りから脇道に入り、人通りの少ない道を抜けて小さな屋敷の前にたど
り着いた。入り口の門は閉じられているが、時貞は構わずに門を少し開けて中
へと入り込む。
 奥の方の土間から人の話し声が聞こえてくる。どうやら食事の準備をしてい
る使いの者たちのようだ。
 時貞は音を立てないように、壁沿いを歩いて、庭へと出た。
 庭に面した屋敷の縁側には望次が難しい顔をして胡座をかいていた。
「よう」
 急に声をかけられて一瞬びくっとしたようだったが、声の主が時貞だと気付
くと、望次は苦笑して立ち上がった。
「何だお前か。入ってくるときはせめて声をかけてくれ」
「まあ良いではないか。それより、一杯どうだ?」
 時貞は持っていた瓶子を目の前に揚げた。
「む…… いただこうか」
 そう言って彼は奥の方へと消えると、杯を二つ手にして戻ってきた。時貞は
屋敷には上がらず、縁側に腰掛けた。
「残念だが、肴になりそうなものがないのだ」
 申し訳なさそうな顔をする望次に、時貞は口の端を少しつり上げた。
「では、今朝の出来事でも肴にしてもらおうか」
「今朝の出来事?」
「政務所でのことさ」
「ああ、あれか」
 望次は眉をひそめた。
「何か気にかかることでもあったか?」
「いや……いや」
「どちらだ」
 時貞が苦笑する。
「何にせよ詳しいことを教えてくれないか?」
「……なんだ知らないのか?」
 望次は呆れた顔で時貞を見た。
「いや、辨官が何者かに首をちぎられたということくらいは耳にした」
「そもそも、お前はあの場にいたのではないのか?」
「お主に会ってから、そのまま引き上げたさ」
「……何しに来てたんだ?」
 時貞は杯に残っていた酒を飲み干した。
「まあ、気にするな。大したことじゃない」
「まさか、あの事件に関わってるとか言うんじゃないだろうな」
 時貞の杯に新しく酒を注ぎながら望次が言った。
「それはない」
「本当か?」
「本当だ」
「……なら良いが」
 望次はそう言って庭に目をやった。辺りは既に暗く、木々の輪郭が闇に溶け
こもうとしていた。ふと、隣にいる時貞に視線を移す。明かりを付けていない
ために、すぐそこにいるはずなのに、そこにいないような感じがした。
「暗いな」
「明かりでも付けようか」
 時貞はそう言うと、懐から一枚の符を取り出して息を吹きかけた。
 息を吹きかけられた符の端がぼんやりと光り、やがて火が起こる。その火は
小さいにも関わらず、辺りを照らすには十分の明るさを持っていた。
 持っていた符をそっと床に置く。床の木にはその火は燃え移らず、微かに揺
らめいている。
 望次はその符を見つめて首をかしげた。
「相変わらず不思議な術だ」
「気にするな。それよりも詳しい話を」
「う、うむ……」
 望次は持っていた杯を床に置くと、今朝の事件のことを自分が見た範囲で話
し始めた。
 まず初めに現れたのは辨官で、彼に頼まれて望次は明かりを取りに行った。
政務所に明かりを灯したときは別に異常はなく、部屋には当然誰もいなかっ
た。そして、辨官を呼びに行き彼が政務所に入る。しばらくしてから、息を切
らせた史生の男が望次の脇を抜けて政務所に行き、悲鳴を上げて出てきた。
 悲鳴を聞きつけた望次たちが政務所に入ると、中で首をちぎられた辨官の死
体があった。その時部屋を見回してみても、誰もいなかった。
「……ということだ」
「それで辨官を殺したのは鬼だ、ということになったのだな?」
 「鬼」という言葉を言うとき時貞の口元が少し歪んだのを望次は気付いてい
た。
「そうだ…… お前は納得できてないようだな」
「それを言うお主もではないか?」
 二人は顔を見合わせて互いに苦笑いを浮かべる。
「お前が鬼を疑うのはいつものことだろうが」
「まあ、な。不可思議なことがあったら何でも鬼のせいにするのが気にくわな
いだけだ」
「では、あれが人の仕業だと言えるのか?」
 真剣な表情で時貞を見つめる望次。その視線から逃れるように時貞は顔を庭
へと向けた。
「どうも聞いた話だと無理なようだが、な。無理矢理説明できないこともな
い」
「ほう」
 そう言って望次は身を乗り出す。
「聞かせてくれ」
「あまり、本気になって聞くなよ」
 時貞は照れ笑いを浮かべて頬を掻いた。
「まず問題は「本当に政務所にいたのは辨官だけだったのか」ということだ」
「ふむ。しかし、周囲を見たときには誰もいた気配がなかったが」
「例えば、辨官の座っていた畳の下の床が剥がされていた、とか」
「……」
 望次の沈黙に時貞は苦笑する。
「おいおい、本気にするなよ……って、見てないのか?」
「うむ。……しかし、そこに隠れていたとしてどうやって出ていくのだ? あ
の騒ぎがあってから政務所はずっと見張っていたから、床下から抜けることは
できない」
「辨官の死体はどうした?」
「え、ああ…… 彼の使いの者たちが運んでいったが」
「その様子は見ていたのか?」
「む…… 誰かが見ていただろうと思うが、それが?」
「その時に使いの者に混じって出ていった、とかだとどうだ?」
「うむむ……」
 腕を組んで考え込んだ望次を見て時貞は小さく笑った。
「そんなに深く考えるな。一番大きな問題として、どうやって首を切ったかと
いうのが残ってるんだ」
「む、そうか」
「まあ、実は辨官が現れたときには既に死んでいた、とかだと別に深い謎でも
ないが」
 時貞の呟きに、望次は怪訝な表情を浮かべた。
「現れたときに死んでいた? じゃあ、俺が見たあの辨官殿は何だったん
だ?」
「首から下は別の人が入っていた、というのは無理か?」
「……ああ、無理だな。じゃあ、辨官殿の体が残っていることが説明できな
い」
「そういうことだ」
 そう言って時貞は杯を飲み干した。そして、瓶子を傾けるが、口からはポタ
リと雫が落ちてくるのみである。
「ふむ。酒も尽きたし、この辺りで帰るとしようか」
 時貞はふわりと立ち上がった。
「おい、結局どうなのだ?」
「何がだ?」
「あれは鬼の仕業なのか、人の仕業なのか。どっちだ?」
「俺は直に見ていないから何とも言えないな」
「何だ、中途半端だな」
「まあ酒の肴の代わりだ。酒が尽きればそこでお仕舞い」
 腑に落ちないような表情のままの望次を残して時貞は庭を進んでいく。半分
ほど過ぎたところで、望次の方を振り返って手を挙げる。
「では、また」
「おう、また」
 そして、時貞は闇の中へと姿を消した。

解説
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[KATARIBE 29660] [OM04N]小説『朝政の惨事』の続き。
真相は分からぬまま話は進められます。

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