[KATARIBE 29660] [OM04N]小説『朝政の惨事』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Mon, 09 Jan 2006 03:09:08 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 29660] [OM04N]小説『朝政の惨事』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200601081809.AA00148@hikaru-h8akl379.blue.ocn.ne.jp>
X-Mail-Count: 29660

Web:	http://kataribe.com/OM/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29600/29660.html

ふきらです。
鬼舞04の話。とりあえず書いたので投げてみるのです。
解説にも書いていますが、元ネタとして今昔物語のある話を使っています。

**********************************************************************
小説『朝政の惨事』
==================

登場人物
--------
 烏守望次:見鬼な検非違使。

 秦時貞:今回は顔出しだけ。

本編
----
 京は闇に包まれ、静かに時を刻んでいる。
 何処かで鶏が甲高い鳴き声を一つあげた。その声は四方に霧散していく。そ
れに答える声はなく、再び京は静寂に包まれる。
 月は既に西の山に姿を隠している。しかし依然として空は暗いままであっ
た。それでも東の空はほんの少しだけ青みがかっている。
 夜明けまであと数刻といったところだった。
 その誰もが眠っているはずの京に明るい場所がある。朱雀大路を真っ直ぐ
上ったところの大内裏である。この日は朝政、即ち夜が明ける前から政務を行
う日であった。
 その入り口である朱雀門の両脇で篝火が赤々と燃えている。その斜め前には
弓を持った検非違使が二人立っていた。
 静かな緊張に満ちた大内裏を烏守望次は歩いていた。彼も検非違使である。
左脇に弓を抱え、右手で松明を持っていた。
 一歩足を進める毎に砂利が音を立てる。
 時折立ち止まり、辺りを見回す。異常のないことを確認すると再び足を進め
ていく。
 朱雀門に一台の牛車が到着した。簾が小舎人によって上げられ、濃い青色の
直衣を着た男が牛車から降りる。齢は四十過ぎであろうか、冠の下から見える
髪には白いものが混じっていた。
 門の見張りが彼に向かってお辞儀をした。彼は軽く頷くと門を入っていく。
「これは辨官殿。おはようございます」
 望次が彼に向かって頭を下げた。
「うむ。さすがに少し冷えるの」
 辨官は両手を擦りあわせた。
「ところで、誰か来ておるのか?」
「いえ。辨官殿が一番にございます」
 望次が答えると、彼は小さく唸った。
「いかがなされましたか?」
「なに、せめて一人くらいは来ておるだろうと思っておったのでな。多少当て
が外れた。すまぬが、東の政務所に明かりを持ってきてくれぬか」
 かしこまりました、と望次は足早に主殿寮の方へと向かった。
 内裏を進んでいる途中で、望次は視界の隅にゆらりと歩いている男の姿を見
つけた。被っている冠を見ても検非違使ではない。彼はその男に近づいていっ
た。
 男は色の薄い直衣を着ている。その手は袖の中に隠されていて、明かりは手
にしていない。
「何者だ」
 望次が言った。男が彼の方を向く。
 松明に照らされて、男の顔がはっきりと見える。
「何だ、お前か」
 その顔を見て望次は安堵の溜め息を吐いた。男の名は秦時貞。陰陽寮に仕え
る役人である。
「何だ、とは失礼な言い草だな」
 時貞は口元を斜めに上げた。望次と時貞の二人は年が同じということもあっ
て、暇があれば酒を酌み交わしている仲であった。
「何しに来たのだ」
 望次が尋ねると、時貞は肩をすくめた。
「たまには明け方の散歩も良かろうと思ってね」
 望次は何か言いたげであったが、口を閉ざすと主殿寮へと歩き出した。その
後を時貞がついてくる。
「……お前、ただの散歩というわけではないだろう」
 彼の方を向かずに、望次は言った。彼は何も答えない。静かな大内裏を二組
の足音が響く。
 主殿寮で明かりを受け取り、東の政務所に灯す。部屋の中がぼんやりと明る
くなった。
 望次は辨官の元へ向かう。その間、時貞は一言も発しなかった。
「明かりを灯して参りました」
「ああ、ご苦労」
 辨官はそう言うと、時貞をちらりと一瞥してゆっくりと東の政務所に入って
いった。その後ろ姿を見届けてから、望次は再び警備へと戻っていく。振り向
くと、時貞はいつの間にか遠くにいた。
「……本当にただの散歩なのか?」
 望次は首をかしげる。そのうちに、友人の姿は闇に紛れて見えなくなってし
まった。


 やがて半刻ほど過ぎ、見回りをしていた望次の横を史生の一人が息を切らせ
ながら、政務所の方へと駆けていった。その横顔はやけに焦っているように見
えた。
「まだ政務が始まる時間ではないが……」
 望次は不審に思ったが、よく考えたら上司である辨官が既に到着しているの
である。さすがに、まだ始まる時間ではないとは言え、急がねばならないだろ
う。
「なかなか大変なものだな」
 彼は苦笑した。
 その時である。
 静寂を切り裂いて、男の悲鳴が内裏中に響いた。
 望次は急いでその方へと駆けていく。
 その悲鳴は政務所の方から聞こえてきた。望次が政務所に到着すると、既に
何人かの検非違使たちが集まっていた。彼らの横には男が一人座っている。顔
を見ると、先ほど望次の横を駆けていった史生であった。
「何事です?」
 望次が尋ねる。彼らの一人が答える。
「いや、俺たちも先ほど来たところだ」
 そして、座っていた男に顔を向けた。
「おい、何があったんだ?」
「く、首が……」
 男は非常に動転しているようで、うまく答えられないでいる。尋ねた検非違
使は舌打ちをすると、水を持ってくるように近くにいたものに言った。
「とりあえず入ってみましょう。先に着いていた辨官殿が気になります」
 望次は言った。
 政務所の中は物音一つせず、静かであった。松明を持って先頭に立った望次
は鼻を突く匂いに顔をしかめた。
「この匂いは……」
「血、か」
 後ろに続いていた検非違使が言う。
 政務が行われる予定の部屋の明かりは灯されたままで、そこに近づくにつれ
て血の匂いは濃くなっていく。彼らは早足でその部屋へと向かった。
「べんか……っ」
 中に踏み込んで叫んだ望次たちは、部屋の惨状に息を呑んだ。
 辨官の席を中心にして血が多量こぼれていた。そこには文机があり、その上
に何か置かれている。松明をかざしてみると、それは辨官の頭部であった。
「なんてことだ……」
 望次の後ろで、検非違使が呟いた。
「一体誰が……」
 彼らは周囲に目をやる。特に変わった様子はなく、誰かが潜んでいる気配も
ない。
 辨官の死体の近くには扇が一つ落ちていた。それにはその日行われるはずの
政務の予定が書かれているようだが、半分ほど血でにじんで読めなくなってい
る。
 二人は次に頭部へと目を移した。辨官の表情は何かに驚愕したように目が見
開かれたままである。
「辨官殿は何を見たのだ?」
 望次は首をかしげた。
「分からん。ところで、お前あの史生の他にここへ向かっていた者は見た
か?」
 彼は首を振る。ふむ、と検非違使は難しい顔をした。
「俺もこの近くを回っていたのだが、あの男とこの辨官以外にはここに入った
者を見ていないのだ」
「では、一体誰が……」
 しばらく二人は何も言わず考えていたが、やがて同僚が何かを思いついたか
のように顔を上げた。
「ひょっとしたら、鬼かもしれぬ」
「鬼?」
「見てみろ、この切り離された部分を」
 切断部分を見るからに、鋭利な刃物で切られたというよりは引きちぎられ
た、という感じである。
「人がこのようなことをできると思うか?」
「……無理だろうな」
「となると、鬼の仕業ということになる。そうなると、他にこの中に入った者
がいないというのも納得できる。鬼なら姿を見せずに動くことなど造作も無か
ろう」
「うむ……」
 同僚の言葉に頷きながらも、まだ望次は納得していない表情を浮かべた。し
かし、人の仕業としてこの状況を説明することはできなかった。


 結局、この事件は鬼の仕業であるとされた。それ以来、この政務所では朝政
は行われなくなったという。

解説
----
元ネタは今昔物語 巻第二十七の
「第九 官の朝政に参れる辨官、鬼の為に食はれし語」です。

$$
**********************************************************************
 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/29600/29660.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage