[KATARIBE 28762] [HA06N] 小説『墜落』

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Date: Mon, 16 May 2005 01:56:25 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 28762] [HA06N] 小説『墜落』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2005年05月16日:01時56分25秒
Sub:[HA06N] 小説『墜落』:
From:久志


[HA06N] 小説『墜落』

 久志です。

 このところ絵描き神ばかり降りてましたが、
やーっともの書き神が足つっこんできました。
というかこっちかかないと先輩が斬る話にたどりつけない(涙)

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小説『墜落』
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登場キャラクター 
---------------- 
 本宮史久(もとみや・ふみひさ) 
     :吹利県警刑事課巡査。屈強なのほほんおにいさん。昼行灯。 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。おネエちゃんマスター。 
 軽部真帆(かるべ・まほ)
     :自称小市民。多少異能有り。毒舌家。

史久 〜沈みゆく
----------------

 まるで飲み込まれていくように。
 ゆっくりと。
 決して小柄ではない体が沈んでいった。

「……せ」
 何が起きたか状況は理解できる、その理由も、でも。
「先輩っ!」
「相羽さんっ」
 その場に居合わせた自分と同僚が駆け寄る中、その場に居合わせた人間全て
の視線が集中する。
 普段の人を食ったような笑いを浮かべた顔が、表情もなく生気が失せて。

「誰か、救急車を!早く!」


 先輩が倒れてから。
 病院に運ばれて、点滴をうたれ、ようやっと一息ついた頃。
 ソファに腰掛けて、大きくため息をついた。

 莫迦です、あなた。
 本当にもう、どうしてあなたはそうなんですか……

 僕が刑事課課長補佐である奈々さんと入籍したのは四月半ば。
 正直、その頃は僕は仕事以上に身内のことでバタバタしていた。
 弟が起こした結婚騒動の収拾に、自分の入籍に関しての親族達への根回しと
押さえ。もともと僕と奈々さんとのことは、つき合い始める前から先輩も知る
ところであったし。今回の入籍のことも、さんざん僕のことをからかいながら
も祝福してくれているのもわかっていた。
 でも、入籍したとはいえ、この手の仕事は楽になるわけでも手を抜いていい
わけでもない。とはいえ、それでも家庭を持ってる同僚には僕らは少なからず
心を砕いていた。刑事課で独身なのは僕と相羽先輩しかいなかったし、どちら
からとは言わないまでも、出来る範囲で家庭を持ってる他の同僚達のフォロー
をしていた。

 わかっていたはずなのに。


相羽 〜悪夢
------------

 夢を見た。

 どこからともなく耳障りな音が響く、引っかくようなテレビの放送終了後の
砂嵐の音がずっと鳴り響いている。
 自分は何もない薄暗がりの中で立ちすくんだまま、動けない。

 目の前に黒い穴がある。
 ぽっかりと空いた真っ暗な穴。

 それがいつからそこにあるのか、どうしてそこに穴が開いてしまったのか。
よく思い出せない。

 その穴は、深く冷たく澱んでいて。底なし沼のように自分の中にあるあらゆ
るものをどんどん引きずり込んでいく。
 目を閉じると、魂をじわじわと吸い取っていく黒い穴の存在を感じる。

 ぼやけた視界の向こうで、黒い穴から何かが這い出してくる。
 四つんばいで、ありえない方向に異常に関節をくねらせた、黒い人影。ずる
ずると這いずるように手であたりを確かめながら一歩一歩確実に自分に近づい
てくる。
 叫びたくても、言葉は一言も出てこない。
 逃げ出そうにも、足はぴくりとも動かない。

 ひたりと、黒い手が足に触れた。
 足の感触を感じるが早いか、にじり寄るまでののろのろとした動きから一転
して、飛び上がってしがみついてくる。

 黒い手が爪を立てて肩に食い込む。
 喉元に空気が漏れるようなひゅうひゅうという息遣いが聞こえる。

 そのまま崩れ落ちるようにその場に倒れ伏した。
 倒れた自分の上にのしかかるように、黒い人間が哂っている。

 目を閉じた。
 何も感じない。
 自分には失うものはもうないはずだ。

 黒い穴がある。
 それがいつからそこにあるのか、どうしてそこに穴が開いてしまったのか。
よく思い出せない。
 それは埋めようもないものだということを理解するか、または、その穴その
ものの存在を忘却するか、あるいは暗い穴に引きずり込まれてしまうか。

 どれが正しいのか、答えはわからない。


史久 〜一報
------------

 彼女がどこにいるか。
 自宅に連絡がつかないし、今時めずらしく彼女は携帯電話も持っていない。
 おそらくは……

 病院の公衆電話で架けなれた番号をプッシュする。
 一瞬置いて、コール音が響く。すぐには出ないだろうとは思うけれど。
 一回、二回……
 十二回目のコールが鳴り響いた後、声が聞こえた。

『…………もしもし』
「もしもし、真帆さんこちらでしたか」

 先輩と彼女の関係。
 署内でもさんざんっぱら噂になっていて、そして噂の確認としてあきれるほ
どあちこちから僕に話がまわってきたけれど。
 僕から見て、人が噂にするようなそういう仲ではないと断言できる。

 なんとも思っていない相手に弁当を作るのか、とか。あの女たらしで悪びれ
もしない相羽先輩が本当に、とか。色々言われたけれど。
(女の人云々のあたりは僕もフォローのしようもないけど)
 人が噂するような関係以上に、あの二人にはなんとも言いようもない、何か
もっと重いというか、切実なというか……なんだろう。
 見ていてあやうさを感じながらも、どこかお互い似たようなところに惹かれ
ている。当たり前のように一緒にいて、居る事が当然のような空気を作れるく
せに、どこかお互い譲らない一点と、一触即発なあやうさが混在してる。

 お互いがお互いを尊重して大切にしたい。
 その相手のためにならぬと分かれば、一刀の元に相手も自分も斬り捨てられ
るだろうというような、そんな危なっかしさ。

『あの、面会可能ですかっ?!』
「はい、まだ大丈夫です」
『…………有難うございます』

 では、と言って、受話器を置く。
 彼女は、怒るだろう。
 何より自分自身に対して。本当に心から先輩を案じて。

「どうして……気づかないかな」

 ぽつりと、つぶやく。

 先輩も真帆さんも。
 お互いがお互いに大切で必要で、もうどちらも手を離せないことに。

「どうして……わかりませんか、先輩」

 傷だらけで、ただ仕事にひた走って、振り返りもしない。
 自分を大切に思ってくれることなんて、欠片も思いもしない。
 どうしてそんなに難儀なんですか、あなた達は。


相羽 〜蜘蛛の糸
----------------

「……この、莫迦がっ!」 

 やれやれ、開口一番これか。
 まあ、実際莫迦だしね。

 どうしてそんなになるまで気づかない、と。
 あの後病院で気がついてから、史の奴を初めとして同僚の石垣やら他の県警
連中にさんざっぱら言われた。
 しかし、どうしてかねえ、まったく。
 このとこ油断が多いね、こないだの……あれ、とか。ここ十年程さっぱりな
かったはずなんだけどね。

 目を閉じて、額に手を当てる。
 一つ、深く息を吐いた。

「……寝る?」 
「少し寝るわ」 
「……うん」 

 沈み込むように、意識が落ちていく。



 耳障りな砂嵐の音。
 すぐ足元には真っ暗な穴が誘い込むように口を開けている。

 心斬っても、血は出ない。
 記憶も、時間と共に忘れ去っていく。

 けど?

 痛みを忘れてほったらかされた傷はいつまでも癒えることなく、ただ目を背
けて走り続けるしか道がない。
 記憶には重みがある。さらさらと流れていく時間の中で、わだかまった記憶
は流されることなく、しこりのようにいつまでも留まっている。

 黒い穴がある。
 それがいつからそこにあるのか、どうしてそこに穴が開いてしまったのか。
よく思い出せない。
 まるで、眼下に見える空のように……

「……っ」

 黒い穴から手がのびる。
 足首をつかんだ節くれだった手は、見かけからは予想もつかない力で自分を
穴へ引きずり込もうと引っ張る。
 一本、二本……
 次から次へとのびた手が、腕に足に体中をつかんで行く。喉元をつかんだ手
に力がこもる。
 引きずり込まれる……

 落ちる間際に、何かをつかんだような気がする。


史久 〜縋る者
--------------

 仕事の合間。
 というか今の仕事自体は既にひと段落はついていて、細かな調書や報告書も
大体は方がついていて。こんな言い方もなんだけど、そんな時でも仕事一辺倒
なのかと、正直あきれてしまう。
 病院の廊下を歩きながら、ふと考える。
 彼女はいるだろうか。
 いや、来ていることはほぼ確信しているけれど。

 ノックしてドアを開ける。

「失礼します」 
「……あ」
 こちらを見ているのは真帆さん。
「あ、真帆さん」 
「…………いいとこに来てくれた」 
「どうしました?」 
「……手が」 
 視線が落ちる、と。
「……あ」
 のびた手の先、しっかりと真帆さんの手をつかんでいる、手。
「……大丈夫ですか、真帆さん」 
「いや、大丈夫だけど」 
 細いように見えてがっしりした先輩の手が真帆さんの手をしっかりとつかん
でいる。
「……外れなくて」 
 先輩。
 なんというか、なあ。
 いや、わかってますよ。
 どうして、ここまで追い詰められないと動けないんですか、あなたは。
 うーん、この分だと親指は外れそうにないな。とすると小指から一本一本は
がすしかないかな、これは。

「……結構、腕力あるんで、この人」
「うん」
 ああ、つかんでるとこ白くなってるし。寝てるからしょうがないんだろうけ
ど手加減してないな、こりゃ。
「……何か、夢見てたんだろうけど」 
「…………夢、ですか」 
「多分」 

 それで?

「手が動いてて」 

 夢……か。
 先輩が高校二年の頃、お父さんが事件で亡くなってからしばらく、事件担当
した丹下さんに連れられてカウンセラーを受けた、と言っていた。
 細かいことは先輩も丹下さんも語らない、だから僕もあえて問わなかった。

 でも多分、あの頃から先輩の夢は続いてるんだろうと思う。

「……しょうがない、人。だなあ」 
「…………いや、こちらもつい手を出しちゃったから」 
「……まったく、この人は」 
「ご、ごめんなさいね」 
「いえ、これが外れないほうが大変ですから」 

 それにしても、先輩が誰か人がいる時に寝入るという事のほうが驚いた。
 確かに、仕事の時に助手席で寝てることはあったけれど、こんな風に他人が
見ている時に寝入るなんて僕でもほとんど見たことはない。
 それは……先輩にとって、良いことなんだろけど。

 一本一本、最後に残った人差し指と親指が離れて、つかむものを失った手か
らかくんと力が抜ける。

「……外れましたよ」
「ありがとう」
 真帆さんが何度か手を開いて握ってを繰り返す。
 痛そうだなあ。
 本当、手加減無しに握り締めていたみたいだし。
「手、大丈夫ですか?」 
「あー……だいじょぶです」 
 そのまま力が抜けた先輩の腕を布団に戻す。

「…………悪い夢でも、見てたんでしょうかね」 
「かも、しれない」 

 ベッドに寝ている先輩の顔を見る。
 青ざめた顔でじっと目を閉じて眠っている。

「そんな顔、してましたよ」 
 はあ。
 本当、この人は。
「……どうしようもない、意地っ張りですから、この人」 
「……同感」 
「……どうしてこんなになるまで」 
 本当に、どうして。
 ここまで意地っ張りなんですか、あなたは。

 どうして、わからないんですか。
 どうして、気づかないんですか。

 二人とも。

「……余計なこと、したかな」 
「いえ、そんなことはないです。こちらこそすいません」 
「……いえ」 
「ご心配、おかけしまして……」 
 頭を下げる。
「心配、は、しましたけど」 
 ああ。
 あなたも、ろくでもないこと考えてますね。
「……こちらの配慮足らずじゃないか」
 だから、あなたも。
 どうして、そんな考え方をしますか。
「……いえ、真帆さんのせいではありませんよ」
 自己管理については責任は先輩自身であるし、先輩の配慮に甘えてしまって
いた同じ課全体での責任でもある、それになにより。
「……先輩自身のせいですし、相棒の体調にきづかなかった自分にも責任はあ 
ります」 
 僕も、相棒として仕事をしていながら、どうして気づかなかった。
 自分の頑丈さ故に他人の体調を気遣えなかった事も自分の事に追われていた
ことは言い訳にならない。

「…………なんていうか、やっぱりこの稼業は激務なんで」 
「ええ」 
「……刑事課で過労で倒れたことないの僕しかいないので」 
 今まで三回先輩は倒れている、いずれも過労。そのうち一回は栄養失調もお
こしていた。あの時は事件が重なっていて、倒れてそれでもあの人は栄養注射
うって現場に戻っていったっけか。
「いや、わかります」 
「……ご心配かけて、すみません、本当に」
 深く頭を下げる。
 責任の受け取りあいでもなんでもないけれど。
 真帆さん、あなたに責任はありません。

「……相棒さんの健康管理、行き届かずにすみません」 
 ぺこりと、真帆さんが頭を下げる。
「失礼します」 
「はい、すみません……」 

 そのまま、ちらと先輩を見て病室を出て行った。

 閉まる扉。
 しばらく、そのまま真帆さんが出て行った扉を眺めた。

「……先輩」
 その返事はないけれど。
 振り向いて、眠ったままの先輩に問いかける。
「どうして、気づかないんですか?」
 あなたたち二人揃って。
「……どうして」

 必要だと言えませんか、あなたは。


時系列と舞台
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 2005年4月最終週のはじめくらい。 
解説
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 過労で倒れた相羽と、同僚史久、そして友人である真帆。

 小説『斬繋』の史兄&相羽先輩サイドのお話です。
 http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/28700/28715.html
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以上

 やっぱりろくでもない夢をみているようです、先輩。



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