なんでも自作してしまおうとすることによって発生している再作業、車輪の再発明のたぐいってのが、ずいぶんとありますよね。時間や作業労力にたいするコスト意識がないと「全部自分で作れば金を払わなくて良いじゃないか」という考えになってしまうんですよねぇ。で、欲しいとは言うけど、現物を前にすると金は払わない、という現象が広く発生していると。
このあたりの意識改善のためにも、作業労力の金銭コスト換算を明確に提示することにより「金を払ったほうがオトクですよ」と数値的に示していけると、売り込みの役にたつのかも知れないですね。
まあ、作ること自体の楽しみってものもあるから、TRPGだと素直にはいかんだろうけど。
たまにしかセッションのできない人が、思いついたネタをシナリオに全部盛り込もうとしたりすることがあります。ゲームシステムのデザインについても、思いついたギミックをすべて盛り込もうとしたりします。
キャラクター設定にも、キャンペーンのセッティングにも、すべてについて、なんでもかんでもできるように「すべてを一つのものに盛り込もうとしてしまう」という罠に陥ることが、良くありますよね。
なんにしてもアイデアはほどほどに投入しないといけませんよね。そうしないと、理解しにくく共有できないうえに、複雑で難解、使い物にならない物ができてしまうと思います。
実在する神様(とくに、たくさん)の居る世界では、神様は「あたりまえの存在」だから、あんまりありがたみがないのではなかろうか、という気がします。
無制限で絶対の救済を求める心理からいえば、けっきょくは実在しない神のようなものを信仰するような宗教が必要になるのではないか、とか思ってみたり。
スキルや呪文、装備やクラスなどなど、TRPGにおいてデータ類は欠かせないことが多いわけですが。実セッションでは、それらをうまく整理した早見表になるチャート類があると便利ですよね。
最近は巻末などにコピーしやすいようにチャート類をまとめたルールブックもけっこうあるわけですけど。サプリメントや雑誌サポートの増補改定などで変更や追加がされたデータについては、そのままでは載っていなくて、結局は自作せざるをえなくなる……といったことは多いように思います。
取りあえずサプリメントでは、これまでのデータを整理・参照しやすくするためのチャートのようなものは、ついていて欲しいものですね。
世間一般の組織運営、たとえばファーストフードの運営マニュアルなどに利用されるルールブックというものの持つ機能には、
といったものがあるように思います。
手順や資材の標準化については、TRPGでも記述されていることが多い(あーまー手順についても不足してるかも)とは思うんですが。
例外発生時の対応の標準化については、TRPGのルールにおいては、極めて未整備なんじゃないでしょうか。マスターのノウハウとか、モラルとか、そういうものであいまいに規定されているだけなんですよね。
だから、問題が起きなければスムースに機能するけど、一度問題がおこると手に負えないことになってか害するんでないかなぁ、とか思ってみたり。
GMが何もかもを造らなければいけないことが、GMをする上での負担になっているという傾向はあるわけですよね。世界設定、データ類、シナリオの課題。
そういった準備事項をプレイヤーが作って楽しいようにする、プレイヤーに作らせるための手順やルールを用意するってのは、それなりに有用な方法で、実際にこれまでも奥の人が試みてきているし、いつくかのルールには明記されていたりするわけですが。
なかなかこう、受け入れる度量とか、どこまで受け入れられるのかとかが、ゲームマスターによってちがってくるのが難点なのかな。これまでのルールで遊んできたゲームマスターだと、準備そのものを楽しめないと続けられない傾向もあったわけで。そういう人だと、プレイヤーが何か作るのを拒否したくなったりするかもしれませんしね。
○○ものTRPGです。○○を楽しむTRPGです。という表現があります。
ホラーものTRPG、悲劇を楽しむTRPG。ヒロイックなセッション。なとなど、われわれ、無意識のうちに多用していると思うのですが。
たとえば悲劇を楽しむとして。たとえば
のどちらであるのか。プレーヤー間でその認識が違っていると、えらいことになるわけですよね。じっさい、この認識のちがいによって、セッションが破綻することは、かなり多いように思います。
似たようなものとしては、クトゥルフの呼び声に典型的だと思いますが、
の認識のちがいがあるわけですよね。たぶんルールブックの記述的には後者だと思うんだけど。前者で認識している人のほうが多いような気がする。
ほかにも、PCは英雄である、といわれた時に
のどちらをイメージしているかによって、ゲームシステムやシナリオにたいして不満が生じたりするわけですよね。
ゲームの雰囲気を把握してもらうための説明では、このあたりに気をつけないと、たいへん酷い目にあいますね。気をつけたほうがよさそうです。
TRPGに限らず、製品紹介を見ていていつも思うことなのですが。専門用語や造語が多発して意味がとりにくいってのは、良くありますよね。
英単語や略語を多用すると、なんとなく「かっこよさげ」で「凄そう」に見えるような気になれるし。わかってるヒトには伝わりやすいわけですが。
読んでわかる人間にはたいした新しさがないようにみえ、門外漢には意味不明。そんなありさまになっていると、役にたたないんですよね。
気をつけないとなぁ。私も。
ロールプレイングには実績も効果も権威もある。文部省も利用してるし。
ゲーミングにも実績も効果も権威もあるよ。防衛庁も利用してるし。
とか言った言い方ができるのはたしかだけど。だからといってロールプレイングゲームがどーかってことは言えないわけですよね。
じっさいのところ、ロールプレイングゲームをロールプレイング+ゲームとして解釈するのって、うまくないんでないかな。イメージはともかく、じっさいにやっていること、その目的や動機づけを考えると。ロールプレイングでもゲームでもない別物になっている、そう考えたほうがいいのかも知れない。
どんなに優れたルールやシナリオがあろうと、どんなに優れた進行手順があろうと。
うまく運用するためには、そのルールなりに必然性が有る、価値がある、守るための意義が有る。そう利用者が感じなければ、まったく意味がないんですよね。
ルールの必然性を理解して、自らの行動を律する。それが可能になるための環境って何なんだろう。それこそがTRPGを遊ぶうえでもっとも重要なものなんだろうけど、難しいですよねぇ。
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