TRPGな一言:1999年06月中期分


目次


1999/06/11:TRPGは友人と遊ぶゲームである

友人以外とはTRPGを遊ぶ気があまりない、という人のほうが多数派であろうということは、色々みていると痛感します。

友人とTRPGを遊ぶことのメリットとしては、

などがあるわけです。

問題が発生しにくく、発生したとしても回避しやすいとなれば、TRPGの欠点のひとつである安定して楽しみにくいという問題が出てきにくいわけで。それを望むのも当然といえば当然ではありますか。

1999/06/12:葛藤を使いきらないために

葛藤をルール的にし込むようなシステムも最近はありますけど。

葛藤が解決されてしまうと、それでPCが使えなくなるという問題があるわけですよね。

葛藤の解決がさらなる葛藤を産むようにできめるといいんだろうな。

1999/06/13:現状認識のすれちがい

TRPGでは架空世界の法則と、PCの置かれた現状を理解することが、次にどんな行動をすべきかにおいてたいへん重要ですよね。

でも、マスターとプレイヤーの間で認識のすれちがいってのはけっこうおきやすくて。そのあたりをどうにかできると遊びやすいんでしょうけどねぇ。知識や認識の違いがあると、色々と難儀です。

典型的には粉塵爆発問題とかね。それが可能か、どの程度のリスクや成功率や効果があるのか、のあたりの認識がズレてると、プレイヤーは「せっかく工夫したのにマスターが強権で押しつぶした」と感じるし、マスターは「無知ななんだからまったく」とかなったりするわけですよねぇ。

1999/06/14:食用虫

採集社会なんかでは昆虫のたぐい、とくに幼虫をメインの蛋白源として活用しているのが多かったと思いますが。

巨大な虫のいる世界では、食料に困らないのかも知んない。などと思ってしまうのでありました。逆に、そやつらの餌が必要だから人間の食う物がなくなりそうな気もするけど。

1999/06/15:一人遊びではないのに……

CRGPの感覚を持ち込むのを問題視する意見は色々とありますが。基本的には本当かよってものが多いと思っていたのですが……。

ほんとに問題になりえそうなものあるんですね。「一人遊びでは他人が介在しないので好き勝手できる」ってのが。

一人遊びでは他に影響がないから、自分の利益を追求するだけでいい。

しかしTRPGなどではコミュニケーションが必要なので、そのあたり誤解すると齟齬が生じる。「自分だけが遊んでいるんじゃないんだ」ってのが理解できていないとまずい。

「楽しければ良い」のはホビーだから当然だけど、「自分だけが楽しければ良い」となっては、結局自分の得られる楽しみも無くなりやすいんですよね。

囚人のジレンマでの両者が最高の利益を目指して、結局両方とも利益が低かったり損をしたりするようなもんですね。

1999/06/16:シナリオの準備要素

シナリオを作成するのに最低限用意しておとく要素を考えてみました。

あたりかな。

目標は単純でなくジレンマを産むようになっていると便利である、っと。

1999/06/17:ロールプレイってなんだろう

例によって『無血戦争』を読んでいると、ウォーゲームにおいてのロールプレイングの概念というのがありまして。いろいろと興味深い。

でまあ、基本的にはロールプレイングとはゲームにおける『プレイヤーの情報的・能力的位置づけ』が『特定の意志決定者である個人に相当する』ことを示す用語のようですね。

ゲーム内世界の個人の立場にあわせて、情報が制限され、可能な行動や行動結果の影響が制約されると。

この見かたからいえば、確かにTRPGはロールプレイングゲームの名にふさわしい存在として誕生しているといえますね。

1999/06/18:ルールブックの最低限の要素

ルールブックに最低限書いてあって欲しいことってなんだろう、と聞かれたので、

を上げてみました。

とかも要るかな。他にもありそうですね。

1999/06/19:魅力的な謎

シナリオを作るうえで「なんでこんなことが起きたんだ、ぜひとも調べたい、ちょっかいをだしたい」というような魅力的な謎を提示できると、やる気も俄然違って来るんですが、上手く作るのはなかなか難しいですね。

キャラクターや世界の設定を上手く利用して「あるはずがないけど可能なこと」を作るってのは手なんですが、うまくやらないと世界像を破壊しかねませんからねぇ。

ちなみに、良い謎を思いついたからといって、謎を解くこと自体をプレイヤーに求めようとすると、漫然としてしまうことがけっこうありますから、謎は引き的に活用して、アクションに持っていったほうが安定した楽しみになりやすいかもしれません。引きずり回して部分回答を単純に分割して与えていくだけになったりしないようにするのも気をつけたほうが良いですね。

1999/06/20:世界観の触媒

世界観の重要な役割として、PCの解決すべき課題(障害なども含めて)を産み出すというものがあります。

もし小説のように世界観を使い捨てできるなら、世界のテーマを具現化した存在に真っ正面にぶつかることで、相対的には容易に話を産み出すことができるわけですけど。一回ものの話ならそれは素晴らしい効果を生むでしょうけど、TRPGではそうはいかない。再利用性のためにより困難な道をたどらなければならないわけです。

私は、なんどもつかえる存在をたくさん産み出せる世界観を生むためには、

「そのような立ち向かいうるテーマの具現物」をふくさん製造できるだけの触媒効果というものが大変有用であると考えています。

どんなガジェットでも問題でも、それに触れると「その世界の問題」に変容してしまう、ミダスの黄金の指が欲しいと。

妖魔夜行の妖怪のありかたなんか典型かな。なんでも「思いによって生成した妖怪」と処理することで妖魔夜行らしくなる。

シャドウランだと、デミヒューマン差別。現実の差別問題を覚醒に関係した問題にすり替えれば、それでもうシャドウランらしくなる。これこそがTRPGの世界観のキーなわけです。

D&Dの触媒は「戦闘に使うための魔法体系」という概念そのものだったのかも知れませんね。異世界魔法戦闘ファンタジーの概念は、TRPGから誕生してその他に大きな影響を与えた唯一の世界観とも言われるだけあって、確かに効果絶大ですね。

ちなみに私作の狭間であれば、どんな伝承/ファンタジーでも多界の住人として現実に重ね合わせればいい。どんな現実の組織・存在でも多界の存在との関係をつければ狭間の組織になる。といったところかな。触媒としては弱いのは確かですよね。

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