TRPG総合研究室 LOG 046
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TRPG総合研究室の2000年04月23日から2000年04月24日までのログです。
2000年04月24日:23時40分21秒
[ジャンル論]ゲーム世界の内と外 / Genich!
鍼原さんの[ジャンル論]空間情報の不完全公開 へのコメントです。
>一般的に、TRPGでは、ゲームの領域を、GMによって最初は暗示され、PLの反応に応じて徐々に明示化されてゆきます。ですので、セッションの遊ばれ方としては、ゲームの空間は不明瞭なわけですね。
それはなんか話がズレてますよ。
ここで出ている「ゲーム世界の内と外」というのは、例えば
- プレイヤーの知っていること(ゲーム世界の外) vs PCの知っていること(ゲーム世界の内)
- PC同士が対立しているようなケース(ゲーム世界の内)での、プレイヤー同士の人間関係(ゲーム世界の外)
などのことです。この区別は、決してゲームマスターから暗示されるようなものじゃあないでしょう。
それで例えば、プレイヤー同士で会話(言語コミュニケーション)が行われればプレイヤーの知っていることは増えるわけで、これを縛るルールは普通ありません (GURPS Ice Ages のような特殊例もあるにはありますが)。しかしPCの知っていることはPCの設定に依存し、つまりルールや世界設定に従うというのが普通ですし、RPGによっては「PC間の会話」に「言語が通じたかどうか」の判定を要求するものもあります。
つまりそういうところを区別するか、という話。私は割と明確に区別してます。
2000年04月24日:19時43分05秒
[ジャンル論]空間情報の不完全公開 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
#アタシ的には、[ジャンル論]はTRPGジャンルの類的特性は何か――正確には何と何をキーにしてジャンルの領域を考えたら、他のジャンルのゲームと顕著に違う特性が明瞭化するか、の話題と考えています。ジャンル論ってそうゆう事ですよね。
#「TRPGはゲームだ」ってゆうのは前提にすぎません。「どうゆうゲームか?」が[ジャンル論]の課題です。
@紙魚砂さんWrote (「re:言語コミュニケーションの暗示的な部分をどこに用いるか」,当掲示板,2000年04月24日:02時28分35秒)
>そもそもTRPGでは「ゲーム世界」が曖昧なために「ゲーム世界内」と「ゲーム世界外」の境界が不明確なのではないですかね?
そうですね。結局その辺の事なんですよね。
TRPGが、どうゆう特徴を持ったゲームジャンルか、を明確化してくためのポイントは。正確に言えば、ポイントのひとつ、ですけど。
ここで紙魚砂さんが言ってられるのは、よくあるSLGの盤面とは違って、普通はTRPGのゲーム空間は領域が限定されていないってことですよね(?)。違ってたらそう言ってください。
ただ、アタシの意見だと、「TRPGのゲーム空間は領域が限定されていない」ってことと、「メッセージコミュニケーション(暗示や含みを持ったコミュニケーション)」は、間接的にしか関係してきません。
「メッセージコミュニケーション」はあくまで、自然言語のコミュニケーション(=情報交換と相互了解の混在)が、セッションの展開に必要不可欠であることの、結果にすぎません。
また、必要不可欠とゆうことと重要度はまた別です。
ですので、ジャンル論としては、自然言語によるコミュニケーションの遊びかたへの介在は、「ジャンルの類的特性としては、共通項」だけど「重要度はシステムとシナリオによって違う」とするのが妥当だと思います。
で、話を、紙魚砂さんの意見「『ゲーム世界内』と『ゲーム世界外』の境界が不明確」にもどします。
アタシは、これは、システムの類的特性、「TRPGシステムでは、論理システムが言語システムに含まれた<構造>である」の運用結果と考えるのが妥当と思うんです。
一般的に、TRPGでは、ゲームの領域を、GMによって最初は暗示され、PLの反応に応じて徐々に明示化されてゆきます。ですので、セッションの遊ばれ方としては、ゲームの空間は不明瞭なわけですね。この辺でも自然言語のコミュニケーションが活用されます。
はじめから、ゲーム空間の情報が、予めプレイヤーに全て公開された、完全情報型ゲームはTRPGジャンルでは例外と言って構わないと思いますよ。
そうですねー。「ガープス」の「武神降臨」とか、「リング★ドリーム」で、試合だけをやるとか。これもTRPGですけど、それぞれシステムのポテンシャルは十分活用されていませんね。
「いろいろなルールや設定が極度に制限されたTRPGとしてはやや偏った遊び方」って評価で構わないと思います。別に誰も「TRPGではない」、とかは行ってないわけですし。「TRPGらしくはない(らしさに欠ける)」、と「TRPGではない」この二つの評価は随分違うと思います。
2000年04月24日:18時55分36秒
[セッションでのコミュニケーション]「演技」の技法と位置付け(一行掲示板抜出連載:長いけど面白い☆) / 抜出転記者:鍼原神無
★この投稿の末尾へジャンプ
>LISTさんへ LISTさんが「なんとか言語」って言ってられるのは、「自然言語」「論理言語」「自然言語のコミュニケーション」って関連を持った一連の題材について、ですよね。
アタシはこの一連の題材を、「TRPGジャンル論=TRPGはどんな特徴を持ったゲームか」、「TRPGのシステム解釈=ユーザーがシステムを評価する仕方」、「セッションでのコミュニケーション技法⊃ことに『演技』の位置付け」って関連で論じています。
確かに、関連した題材が、いくつものテーマに関わってるので、錯綜した感じはあると思います。
ちょっと前までアタシは[識別子]分けてたんですけど。確かに、話題の流れが不明、意図不明の投稿があって、アタシも困惑してます。
丁度よい機会ですので、LISTさんのご提案の様に、当掲示板の過去LOGでやってたように、[識別子]分けてゆこうと思います。
ただ、アタシ的には、そんなにわかりづらい話題かな、って気もあります。
試みに、一行掲示板から関連話題の抜出転載を持ってきました。よければ読んでみてください。
ちょっと長いですけど結構面白い話題が多いと思います。
この抜き出し投稿の内容が、[セッションでのコミュニケーション]だけか、ってゆうと、少し疑問もありますけど。大体はその関連と思います。
#この投稿は、まほろば一行掲示板のガイドライン、「有用な投稿内容については工房・匠の各掲示板に必要に応じて整形して転載することは推奨されています」を受けたものです。
#アタシが、面白そうな話題と思ったものを、一行掲示板から勝手に抜き出し転載させていただきました。
#元の投稿は、2000/04/24:08:51:26〜2000/04/24:14:26:08
#話の流れがわかり易くなるよう整形、前後関係の入れ替えなどの編集作業を加えました。
#〔 〕内は転記者の補注です。
#投稿者各氏のお名前は、LOGの表示のままで、敬称は入れていません。
らむだ:演技のさい、その表現自体と、自分がそこに期待する結果とを決めつけちゃうからいかんのですよねえ。「『...(ノリノリで)』って言ってみるけど、どう?いぢめる?」とかいう程度の謙虚さがいいのかなあ。
カンナ(鍼原神無):うん、もうひとつ細かく考えるとね、演技する方が、自分のプレゼンテーションの「表現上の効果」と「その影響」を分けて考えてないと、ダメなんんですよね。
「自分が予想したような反応は返ってこなかった」けれど「自分が狙った表現上の効果は伝わった(手応えがする)」←これがTRPGでの演技の一番やりがいのある状況と思います。
もちろん、「『...(ノリノリで)』って言ってみるけど、どう?いぢめる?」とかいう程度の謙虚さ、も大事ですよね。要は演技の強度の使い分けなんですよね
らむだ:要は演技の強度の使い分け<そう、それそれ!
ベンジャミン:昨日、コンベンションで久々にこゆい演技(成りきり?)と同じ卓になった。PCがティーンエイジの女の子の段階で嫌な予感はしたが、セッションが始まると完全に男の声で女の子の口調(すべて台詞)、声色を使おうと努力している。
端で聞いていると、気持ち悪いというか恐く感じて注意もできなかった。
そして結構自己の世界に入って行ったようでした。セッション後、その人の感想を見せてもらうと、「ノリの重要性が良く判りました」。なんか違うだろう。
カンナ(鍼原神無):あー、うん♂の♀声色は一番難しいもののひとつだと思います。アタシもTRPG「では(苦笑)」ゼッタイやらないもん。
転記者注)じゃぁ、どこならやるのか? ってゆーと、そんなことはヒ・ミ・ツ・よ☆(笑)
MAT.N:テクノロジーが発達すればそのうちボイス・チェンジャーによって男でもキャピキャピな声音がだせるかもしれなひ。しかし・・
現物が目の前に転がっているわけだから、実にシュールな光景になるでしょうなあ。
カンナ(鍼原神無):最近よそのサイトでも書いたんですけど、語彙>語彙の組合わせ>ストレス(発声の強弱と区切)>イントネーション(発声の上げ下げと伸縮)>声色、って段階があると思います<声色をやるならば<でも、TRPGではそなとこまでやる必要はないし
アタシの能力だと、ストレス〜イントネーションのあたりまで、たまたまできちゃうと、それはノリのよいセッションでしたって感じ(笑)
#普通「口調」と呼ばれてる事象は、主に「ストレスとイントネーション」を指すと思う。(違うかな?)
ヴォイス・チャンジャーはカラオケBOXでもシュールですよね☆(笑)
こー、最近思ったんだけど、アタシずっと、あまり意識しないで、カラオケで、語彙・語彙の組合わせ・ストレス・イントネーションの研究してたと思う(笑)。
例えば、ラブ・ソングを歌うとして、♀の観点で歌うか、♂の観点で歌うかで、歌い方を変えようと工夫したり(実際どこまでできてるかは別ね:笑)<カラオケは物真似ばかりではない☆
ベンジャミン:大変シュールなものでした(^^;。発している語句を拾っていけば、まぁそれらしく(かなり倒錯してましたが)あったのですが、悪いと思いながらもPLの真面目にやってる顔とどう見てもひどいオカマ声が情報としてはいると厳しいものが(^^;。
MAT.N:まあ、やっぱりまずは語彙ですやね、たしかに。もっとも「男の想定する女性」と「実際の女性」。あと微妙な食い違い(微妙でないか)ありますやね。
カンナ:こーね、田舎者PCは、馴染みの無い相手は役職など社会的立場(お父さんとか、お役人さんとか)で呼びたがり、馴染みを感じると、本名やニックネームを使いたがる、とゆー“演技”方針を最近考えました<よそのサイトの掲示板交流で<二人称について
つまり、貴族とか騎士だと改まった局面では「◎◎殿」とか、固有名詞+敬称を選択するけど、逆に田舎出身PCが「☆☆様」から「騎士様」と二人称を変調したら、それは、「PCが今はあらたまった状況だと認知した」ってゆー暗示、と思います。<語彙の選択って、そーゆー事と思うんです
はたの:あぁ、割とやりますねぇ<意図的な人称の変更。日曜日のセッションでも「おばさん」から「ラフィネ」へ変えることによって、実は隣にいる29歳の女性が自分(ちなみに自分は12歳(+コールドスリープ分20年で暦年齢32歳))の妹であるところの「ラフィネ」に気がついたということを示した。ってことをやりました。*ただし*わたしは「暗示」でとどめることはせず「と呼び方を変えたよ。つまり真実に気が付いたってことだよ〜」とはっきり言います。でないと通じないし。暗示って頼りないからね。
カンナ(鍼原神無):うん、それは、あるんですよね<暗示って頼りない
で、「セリフ+説明」で暗示を補強する方針と、「セリフ+身振り」で暗示を補強する方針があると思うんです<さっきの「状況があらたまったって、認知」ならば、プレイヤーがきちんとした姿勢に座り直し、かしこまった口調を使う、とかですね<もちろん「セリフ+描写」でゆく手もある。
Sf:意図と状況認識はきちんと説明しよう〜。
カンナ(鍼原神無):うーん、それは反対ではないのですが<意図と状況認識はきちんと説明しよう<しかし、GMさんも「描写の形式」に含みとして説明を込めて表現する手法を多用する人もいると思いますが。
#えーと、先の発言の意図は「描写の含みとしての説明も、コミュニケーション様態としては暗示である個とは違わない(強度や、頼る程度は違うけど)」です。
もちろん、そうしたGMさんは、「今の(描写)は、これこれってことですか?」ってPLの質問にも応えてくれるからOKなんですけど。
Sf:最近こう、暗示とか、黙示の意図表明とか、婉曲表現・間接表現とかは、こう、信用できないなあと。
まあ、じつのところ説明してさえ理解されないので。確認や復唱、相手の認識を話してもらうなどしないと駄目なのは。掲示板などでもご承知の通りですね。
カンナ(鍼原神無):はい、それはそう思います<確認や復唱、相手の認識を話してもらうなどしないと駄目なのは。掲示板などでもご承知
ただ、指摘するなら、掲示板交流と、対面コミュニケーションでは、表情・ボディランゲージ・口調などの条件が決定的に違う、ってのは事実だと思います。
はたの:わたしは「『台詞+説明』で暗示を補強する」立場ですらなくて「説明で明示する」立場になりますね。いくら説明で「暗示」を補強しても、暗示は暗示でしかなくその意図が通じるかどうかとなると非常に頼りない
で、しばしば「身もふたもない」「おざなり」と言われたりするわけだが...。
カンナ(鍼原神無):えー、そんなこと言うの?<「身もふたもない」「おざなり」
これはさー、きっと認識のズレだと思うんですけど、前はたのさんも参加して「アリス」やったとき、終盤、「わたしがアリスと結ばれてよいのでしょうか?」みたいなのあったでしょ<あれはたのさん的にはPLの説明の意図だったかもしれない。でも、アタシの主観的解釈としてはPCの「セリフ(演技)」として聞いたのね。
で、もし、これを準客観的に区別してくなら、「わたし」が何を示唆するかで判断するしかない、と思う。<セッションの現場ではそんな事言いあう必要ないのだけど。
はたの:先の例で行くと「妹であることに気がついた」というのが「意図」です。台詞は「ラフィネ!!下がって」としますね。これに説明で「さっきまでは君に頼るような声音であったけれども、この台詞はそれとは違ってもっと力強い意思のようなものを感じるよ」を追加したとします。この説明では単に暗示を補強しているに過ぎません。一方「と呼び方を変えたよ。つまりキャラクタは君のキャラが妹であることに気がついたよ」と言う説明の場合。これは意図の暗示の補強といわずに、意図の明示といいますよね。説明はどちらにも使えます。
カンナ(鍼原神無):うん、それはそうですよね“説明”は明示・暗示のどちらでも使える。
で、アタシは先の方を「描写」、後の方を「説明」と区別する基準をとりあえず仮提出したわけなんです。この場合、「力強い意思のようなものを感じる」のは、まず、物語世界内の立場と解釈されるから。
「まず、解釈される」ってゆーのは、文言の表層の意味がそうだってことね、もちろん「PLもそう意図した」って意味も含まれています。
一方「と呼び方を変えたよ。つまりキャラクタは君のキャラが妹であることに気がついたよ」<こちらの語りの主体がPLの立場にあることは明瞭と思います。
#あー、えっと「仮提出」したのはTRPGのための言語技術の部屋> 「[発話技法]発話形式の基礎分節:暫定版」です。
はたの:むぅ。〔先の投稿に〕に「セリフ+説明」って書いてあるから。
カンナ(鍼原神無):はい、それは、アタシが、「セリフ+説明」の形式〔で演技の狙いを明示〕と書くべきでした。<いや、アタシも最近ようやく考えがまとまったところなんで、こーゆー、うっかり多くてごめん
はたの:まぁ、補強するのが説明であろうと、描写であろうと、身振りであろうと、暗示が暗示である以上はやっぱり頼りない。ってのがわたしの思い。
#ちなみにBeastBindで「○○とおねがいするよ〜。彼女/彼に絆チェックさせておくれ〜」は身もふたもないらしい。ちなみにこの場合セリフの意図「お願いした」ということ。
#でもって「絆チェックをさせろ」ってのも意図か。
カンナ(鍼原神無):はい、その立場・意見はもちろん理解できます<暗示が暗示である以上頼りない
実際「セリフ」の補強に「説明」の形式しか使わない人の意見としては説得力ありますもの。ただ別の人が「セリフ」の補強にに「描写」も使っているなら、ちょっと説得力欠けるかな、とか、そーゆー感じです。
はたの:まぁ、暗示ですべてを伝えるというのはチャレンジングで興味深い越えるべき山なのかもしれないけどね。でもわたしはケーブルカー(明示的説明)で上っちゃうよ。遭難(意図が通じない)したら迷惑だし。
あー、常に明示的に意図を説明してる勝手いうと怪しいなぁ<オレ。常に明示的な意図をもってキャラクタを動かしているわけでもないし。意図がないのに説明できるわけないし。
意図を知らせないで混乱してもらう(含みを解釈してもらう)ために意図を説明しない。ってのもあるかも。まぁ、本当はこれも「キャラの意図としてはホゲなんだが、プレイヤの意図としてはそれが非常に通じづらくて、君は読み間違って誤解してくれるを期待しているよ」とかいうといいのかもしれんが、それはそれで「誤解してくれることを期待する」ってのが押し付けがましくてうっとおしいし。
#...と書いていると、高度にメタ的なプレイをしているように見えてくるが、もちろん処理能力の問題があってそんなにやっていないんだぞ。
カンナ(鍼原神無):えっと、もしアタシが「暗示ですべてを伝える可能性を考えてる」って仮定があるとしたら、それは違いますと、伸べさせてください<はたのさんがそう言ってるって断定はしてないつもりですけど<ちょっとこりたもので(笑)<暗示ですべてを伝えるというのはチャレンジングで興味深い越えるべき山なのかもしれないけど
PALM-12:ボクは「まあ、誤解するだろうとは思うけど」とか「現状の立場じゃあ、理解してくれないだろうけど」とかは、PCの意図を説明した後に普通に言いますね。 むしろ、隠すことが多いのは、PLとしての意図かなぁ。。。
Sf:まあ、わたしも事前にどれだけできるかってとあれですけどね。事後に認識の再確認を行なって、状況や行動の意図の共有と調整をはかるのが、マスターとしては便利というか、有用かな。
はたの:人をダイス代わりに使う...その人が解釈したとおりの意図だったことにする...なんてこともあるのかな。マスタなんかはこういうやりかたありですよね。プレイヤがやる。ってのもありかなぁ。
カンナ(鍼原神無):あー、少し関連するかな・しないかな?>えーっと三國志演技で「馬賊の血をひく女傑」やったときに、序盤でNPCの山賊に「暴れ者の、☆☆が来たぞ」って言われて、PL(そっかアタシのPCは暴れ者・とみなされてるのか)と演技方針を少し「暴れ者」に調整したことがあります(笑)<その人が解釈したとおりの意図だったことにする
sf:人をダイス代わりに使うのは、ありだと思ってます。語り部では、結果のランダマイズはプレーヤーの相互作用で十分、という思想でデザインしてあります。(ギャンブル的な結果の機械的ランダマイズも有用ですが、意図的にそれを限定してると)
ちなみに語り部だと、そこで『暴れ者』の特徴をその場でつけて認識のルールデータでの定着を行なえる、というしかけになってます。
PALM-12:ボクも人をダイス代わりには、結構当たり前だと思いますよ。 大体、PCの意図とPLの意図は別ですから、何故、そんなセリフを言ったかをPCの意図から解説する限り、PL本人にとって、他のPLは、ある種のランダム要素だと思います。
はたの:ふむふむ。ルール推奨事項で精度は高くなくてもいいから読み取って口に出せ。ってしておくと面白いかもなぁ。#天羅とかは暗黙のルールの方がそういう感じか。
NiKe:通常、暗示は無くても描写は可能だと思いますが、暗示的部分なくしてはニュアンスが伝わらないでしょうね。
相手に合わせてキャラクターの設定を埋めていくのは、私も当たり前の手法だと思います。
カンナ(鍼原神無):えーっと、言語学的には一応それは無いことになってまして<「暗示は無くても描写は可能」<描写からは必ず暗示も読取られてしまうってことで<ただ、TRPGの場合、今はセッション中だ、今は◎◎のゲームをプレイしてる、etc、って状況が限定されてるので、暗示解釈の方向性が絞られることになります<ところが、その「今は◎◎のゲームを〜」って理解の部分が(以下略:笑)
NiKe:うむむ、なんというか、ツマづいてしまった(苦笑)。>言語学的に無い // 「明示的でない表現(非言語的表現か?)が実は描写にいくらかは不可欠なのであろう」っていうところで御勘弁を。
ヒトが世界を完全に捉えられない以上、他者の視点無くしては仮想人格の十分な描写が出来ないのはむしろ自然かもしれませんね。
カンナ(鍼原神無):あー、いえ、ただ指摘しただけのつもりですので、こちらもご勘弁を<Nikeさん
はたの:自分のキャラクタの性質のヴェリファイを周りもやってくれるって感じか。それだと明示的に説明していても「そうは言ってもホゲホゲな感じじゃん」って言われてみんなうなずきゃ、本人は納得がいかなくても(笑)ホゲホゲということになると。描写の補足も勝手に周りがやってくれるってことか。あぁ、面白いかも(楽だし)
カンナ(鍼原神無):最近言わないけどさ〜、昔「インタラクション〔相互作用〕」で示そうとしてたのその辺の面白さなのね<自分のキャラクタの性質のヴェリファイを周りもやってくれるって感じ
今では、「インタラクション〔相互作用〕」は相互了解コミュニケーションの結果・影響だと認識してます。で、「インタラクション」使わなくなったのって、「相互了解」は言語学の広く認められた用語だから、こっちの方がよいよね、って思って。
PALM-12:というか、セッションを通して、キャラクターの設定が埋まって行くのがTRPGの面白さの一つだと思うんですよね。 曰く、「巨大なお約束の組み上げ」「共有認識の作成」。。 > 当たり前の手法
はたの:ヴェリファイの結果が自分の意図と同じ。ってのはうまくやっていた証拠ってことでうれしいかも。自分の思っていたように描写の補足を他の人がやってくれたりすると「あぁ、ちゃんと意図どおりに補完してくれている」ってことが明示的にわかって気持ち良いかな。
#普通は他人のキャラの描写を勝手にやるって事はないので(^^;; うまく伝わってるか確認する方法ないです。そこを積極的にさせるメカニズムを作ると...まぁ「勝手に描写しない」って言うのもちゃんと理由があることだからなぁ。あぅ〜。
カンナ(鍼原神無):うん、後ね、「アタシの意図はあの人の観点からこれこれに解釈されるのか」って手応えがあるときも興味深い〔おもしろい〕のね、(誤読や曲解ではなく)。「馬賊の血をひく女傑」のときはアタシは「異邦人」が狙いだったから、「中華な人には暴れ者と言われる異邦人」をやったりとか、そーゆーの。
PALM-12:あう、僕の前の発言の「キャラクターの設定」には、キャラクターに関する交友関係や周りからの認識といった情報も含まれていますです、はい。#ちょっと舌足らずでした(;^^)
カンナ(鍼原神無):うん、だから、「三國志演技」だから「異邦人+暴れ者」ってヴェリファイは、許容範囲と主運けですよね<これが「眼鏡娘+暴れ者」だと、妄想になる、とか(三國志時代にメガネは無いから)<「キャラクターの設定」には、キャラクターに関する交友関係や周りからの認識といった情報も含まれています<それがシステムの解釈ってことでさ
Sf:ほかのプレーヤーのPCを描写するのでなくても、プレーヤー発言として「えらい暴れん坊やな」「そやねー」「あはは、そう?」とかやり取りしたら、それを定着させるとかでいいと思うのであった。
カンナ(鍼原神無):えーっと、結局、NPC・PCセリフの方が“強い”んですよね<PCを描写するのでなくても、プレーヤー発言として〜
NiKe:英文RPGの「Everway」だと、キャラ作成の最終ステップで “質問ステージ”というのがあるんですよ。プレイヤー間で相手のキャラについて質問しあう、という。
これなんか、意図的に他のプレイヤーを使ってキャラを固めてます。ただ、プレイ前にやるんですけどね
カンナ(鍼原神無):なるほど、それはPC紹介タイムのルール化・明示化ですよね☆
NiKe:まあ紹介に止まらず、設定の補完を行うんですけどね。1人の視点では限界があることを見越しているようです。
余談ですが、これにはプレイヤー間で話をする機会を与える、という意図もあるようです。デザイナーのJonathan Tweet はどうもそういうことに気を使う人らしいです。
(この人がデザイナーの1人である Ars Magica では、能力値決定で隣のプレイヤーとサイコロを振り合ったりします(^^;)
PALM-12:例外かもしれませんが、お約束の部分で人から行動を先に言われるのは「気持ちいい」と思うんですけどね
#ハモられたりすると特に(笑) > 他人のキャラの描写
NiKe:(関西人のメンタリティ(笑)>ハモるとうれしい)
PALM-12:イイ感じですね。 テンプレート型のシステムを除くと、大抵はPC紹介のルールなんて明示されてないんでセッションの前半部分を無駄にしちゃうこともよくありますし。#今度のセッションで使って見よう、っと。 > 質問ステージ
らむだ:すごくためになる会話だなあ>いまのここ 「当たり前の話」と言われればそうかもしれないけど、でも。
はたの:でも、先にPCの決めセリフが言われるのはなんか腹立たしいっていうのはある見たいだけど。つうか目撃したというか(^^;; このせりふを言うために今までキャラクタ描写積み重ねてきたぜ。ってセリフ取られたら怒るよねぇ(笑)#昨日の深淵セッション。なんかサンプルとして役に立ちまくり(笑)
#というわけで、ブレカナでマスタ以外が勝手に宴宣言のセリフ取るのは禁止。あれは宴宣言するためにマスタやってるようなもんだろう(嘘)
カンナ(鍼原神無):ふーん、「深淵」でかー、状況わかんないから謎だわ<先にPCの決めセリフが言われるのはなんか腹立たしいっていうのはある<ブレカナはまーそーゆーシステムなんだろうと推測するけど
NiKe:ハモるのは自分も主役だけど、先に言われたらなんもできませんからねえ。
はたの:さあいうぜって感じで「タメて」いるときに、しれっといっちゃぁいけないよねぇ(^^;;
YAN:「おざなり」かはともかく、「身もふたもない」気はしますのぅ。>「と呼び方を変えたよ。つまり真実に気が付いたってことだよ〜」とはっきり言います
「身もふたもない」のが良いか悪いかはまた別ですけどねー。時間が押している時は「身もふたもいらん」でガリガリ進めちゃいますし、
PALM-12:あう、さすがに他人が言っていいセリフと悪いセリフの2種類がありますから。。。 なんでも、ハモればOKとは、言わないです。
#もちろん、GMの宴宣言を取るなんてのは、最低の部類です
NiKe:いや、千葉繁みたく言えばドラマチック(笑)>はっきり言う
YAN:ああ、悔しいですよね>暗示に気付かれないまま、他のプレイヤーが「彼女って○○の妹じゃない?」「なるほど、そうか!」「よく気が付いたなぁ!」「…。」と、先を越されてしまう
それを逆手にとって、ヒントを出して他のPCに謎を解かせる「名探偵コナン」風のプレイも出来ますけど、シナリオの関係でメインを張るシーンの時はねー
GMの反応(顔を見合わせてニヤリと笑うとか、「彼女はハッとした表情で君を見上げる」とレスを返すか)があれば、けっこう安心出来るんですけどね
PALM-12:ちなみに「つまり真実に気が付いたってことだよ〜」が、身もふたも無いかもしれませんけど、「目を見れば解るけど、多分真実に気がついたみたいだね」と言ってるやると、なんか良さげ。 ボク的には、ですけど。
#ちなみにどんな目が、真実に気付いた目かは、想像にお任せします
YAN:あー。そういえば知人が最近やってました>ナレーションプレイ。「その時彼の目は、雨の日に捨てられた子犬のような悲しい色をたたえていたのであった…」
寡黙なPCだったので、非常にマッチしてました>ナレーション
PALM-12:まあ、ナレーションも演技の一種なんで、やり過ぎるとうっとうしいんですけどね。
#ずっと森本レオのナレーション口調のPLとか(笑)
ちなみに今まで自分が遊んだ中で、ダメだった描写法は、「オペラ調ナレーションニング」でした。 うるさいし、疲れるので1分30秒ぐらいで飽きました。#ちなみに「狂言調(長唄調?)」も同じくらいダメです。。。
MAT.N:行動描写だけしていた・・っていうのもありますな。「たばこの煙をふかして表情を隠す」「煙草の投げ捨て(^^;をする)とかなんとか。(しかし、森本レオ口調はインパクトありすぎ)
OTE:演技(TRPG的な奴ね)をする事を前提としたシステムってどんなのがあるかな?また、その方向性を煮詰めた遊びはどんなものになるであろう?
ベンジャミン:熱血専用とか天羅でしょうか?>演技(TRPG的な奴ね)をする事を前提としたシステム
多分、その方向で煮詰めて行くと、ルールとかシステムとかがいらなくなって、下手な即興劇みたいなものになるのではないでしょうか?
PALM-12:『ゲイシャ・ガールズ・ウィズ・カタナ』や『れれれ』もそうだと思います(笑) > 演技(TRPG的な奴ね)をする事を前提としたシステム
うーん、観客を想定しないから”下手な即興劇”には、ならないと思いますね。 まあ、「ごっこ遊び」「ままごと」の延長線上だとは思いますが、ネガティブなイメージはないですね。
もちろん、途中で”即興劇”に派生して行く可能性は、あると思いますが、それはゲームの中にTRPGが混ざってしまったみたいな誤解や特殊な例の一種になると思います。
ありよし:ブレカナの場合は「殺戮者による“悪徳”を見せ付けることでPC(PL)に憤りを感じさせる」ってのが入っていると思います。つーか、そこでなにも感じないPLとやっても、楽しくないです。
G!さんは「技法としての演技」と「感情吐露としての演技」では後者の方が問題だとおっしゃってますが(TRPGやるなとまでも!)、どのような問題があるか書かれているのは、過去ログのどのあたりでしょうか?
というか、みなさん「演技による問題点を理解している」という前提として書かれているので、非常に読みにくいです
??「自然に演技ができてしまう人」が「演技に熱中」することってあるんでしょうか?
「自然に演技が出来ない人」が「演技をするために集中して、他のことがおろそかになる」ならわかりますが
NiKe:マンチキンがダメであることはルールを研究して有利なプレイをすることの否定にはならないわけですが。
視野狭窄なプレイヤーもこれと同様、RPGにおける演技やストーリー重視を否定するものにはならないと考えますが、如何。
ベンジャミン%少しはポジティブに:多分、相当に気の合う仲間内でやるならば、楽しめる様な物にはなるのではないかと思います。
「下手」になるというのは、一種の思いこみではないかと考えます。演技主体をコンセプトにした製品が不可能とは言えないでしょう。
宇津見:基本的には、「演技に熱中するあまり、判断が視野が狭くなるとか、どの過ぎた感情移入をしてしまうとか、下手糞な素人演技で同席者に不快感を与えるとか、それをアーティスティクな事をやっていると勘違いするとか」。実体験は何件も味わっています。
そこまでいかなくても、セッション現場で、「行動宣告では演技をしなければならない」というのが、演技を楽しんでいる人以外にはプレッシャーにしかなっていないというのも、いやというほど実体験しています。ですから、経験則でだけなら、「演技をやりたければやってもいいが、必須じゃないし、他の人の迷惑にならないように」つう結論には同意しています、私。結局演技って、RPGシステムの直接的な運用以外での、個人的な資質とか練度に依存しすぎているんですもの。
べんじゃみん:不可能ではないでしょうけど、それこそ今までのTRPGに新しいノウハウが加わることとなるでしょうし、他人との擦りあわせ等を入念にやらん限り、単なる自己陶酔、独り善がり的なものとなり、「下手な」ものになり易いと思います。
「自然に演技ができる人」が本当にそうとは限らない。自称「演技が自然にできる人」(自己陶酔君)かも知れないし、誰が判断するの?
ありよし:「研究室」にはちょっと書きこみにくいなあ
NiKe:それは自称「ベテラン」と同じですよん>自己陶酔な人
ありよし:するってーと「自然に演技ができる人」は全て「自称『自然に演技が出来る人』」であるという前提のもとに、議論が進んでいるわけですな。なっとく>TRPGLABO
宇津見:「限界を見極めた上での、演技の向上方法」とか「やりたい人向けの演技方法」「演技をする動機の掘り下げ」なら(ハリハラ氏主張ってこれでいいんでしょうか?)、何の文句も無いしむしろやってくれればいいんですけど、「演技はみんなできるはずだし、演技をみんなうけいれてくれるはずだ」だと、そら違うだろうと経験から思わざるを得ないし、本当に出来るというなら実演して欲しいとなる。
カンナ(鍼原神無):宇津見さん≫前者ですよ。ただ、1点「演技をみんなうけいれてくれるはずだ」とも思いませんが、演技の善し悪しには観察者の解釈力(言語センス)が決定的に介在する、とゆう事は認められるべきと思っています。
極論言えば、セッションのヴィデオ撮影したって、アメリカ人がヴィデオ観たなら演技の善し悪しなんて判断つくはずがない
あるいは、実演したって、言語センス無い人や解釈しようって姿勢の無い人には通じるはずが無い。
その意味で演技は客観でないことは明白です(とゆうとPALM-12さんとかからは異論が出ると思いますが)、とアタシは思います。
ベンジャミン:実例からいうと、逆に言語センスや他人に理解してもらえるように表現する意志のない演技者が何やったって、通じることもないでしょうね。
カンナ(鍼原神無):はい、それもそうです<ベンジャミンさん<言語センスや他人に理解してもらえるように表現する意志のない演技者が何やったって、通じることもない
だから、口調でなくて「ストレス&イントネーション」だ、とか、それ以前に語彙+語彙の組み合わせと選択だ、とか論じる必要があると思うのですね<アタシ的には
あ・アタシの立場だとこれは書いとかないと(いつも書くけど)言語センスは磨けば伸びるし、伸ばす具体的訓練法もある<演技した人も、解釈するだけの人も。
PALM-12:「自然に演技ができる」ということは、自然に自分で自分を騙しているんですね。 ”騙している”ではなく、偽の入力情報を脳に送り込んでいると言ってもイイです。 で、結果として、出力に演技が出てくるわけです。 > 「演技に熱中」
セッションを通して、この偽の入力情報の量が増大してくると演技者自身が騙されてしまう場合があるんです。コントロールできないほどに騙されてしまう。 それが暴走状態なわけですね。 ちなみにこのパターンは自己陶酔とは、少し違います。 > 「演技に熱中」
逆に演技が出来ない人は、元から偽の入力情報を脳に送り込むのが下手なので、演技に熱中ではなく、”演技をすること”に熱中してオーバーヒート(顔を真っ赤にして、喋れないとか)してしまうわけです。
本来、芝居では、この自分を騙すという行為をコントロールして行くかも非常に重要なテクニックなんですね。。。 もちろん、TRPGでも無視されているわけではなく、「PLとPCの切り分け」等と呼ばれるテクニックがこれに対応していると思います。
ありよし:結婚詐欺師が詐欺をしかけた相手に惚れてしまうようなもんですか?>自然に演技ができる人の暴走
PALM-12:そうです。 いわゆる「詐欺師の本気」ってヤツです > 自然に演技ができる人の暴走
宇津見:「RPGセッションで素晴らしい演技」なら、実は声優の古谷氏(アムロ役)がガンダム系RPGのプレイで見事にシャアの演技をしてみせたという実例もありますし、”理屈の上で”なら訓練なり資質なりによる素晴らしい演技力で実践できる。しかし、演技派の人たちの演技力ってそんなに無いでしょう。あるいは素晴らしい演技は具体的にどんなものかとか。私が勝手に実例を挙げると、昼のNHK教育で時々見たれる物語の一人語りとか、せめてあれぐらいまで行かないと、効率的な情報伝達や感銘を他者に与えられる演技とは認められない。
NiKe:似て非なるものかもしれないけれど、ゲームしていて勝ち負けで頭が一杯になって節度を忘れる、というのが対極かも。>演技に熱中
PALM-12@暴言気味(;^^):一方的に受け取るから、そう言う目に遭うんですよ、宇津海さん。 相手を観るんではなくて、相手の出した情報を自分を騙すための補強に使うんです。 、、通常TRPGで使われる演技は、そういう単純な「ごっこ遊び」の演技だと解釈すべきです。
ありよし:ううむ。ありよしは他のPCを裏切るつもりだったのが、NPCの女の子に転んで、改心したことがありますが、それも悪いことなんだろうか…?(裏切り自体は、あらかじめGMと「可能性のひとつとして」打ち合わせておりました。GMとしては「感情的に裏切りを阻止」しにきたのかもしれません)
宇津見:いや、ごっこ遊びの演技ならそれでいいんですが(私だっていつもやる)、どうも何年も「演技擁護」の主張をみていると、あまりに限界の見極めが無いまま” 素晴らしい”とのアピールばかりに熱中する人が多くて>PALM-12
悲しい現実として、「自分は素晴らしい演技をしている」と勘違いしている人も何軒か見てきましたし。
PALM-12:あれは、演技擁護派の内の自己陶酔派閥なんでしょう。 声はでかいけど、実はないです。 ゲーム派と称するデータッキーと同じです。 本当に凄かったら、役者になってるでしょうしね(笑) > 「自分は素晴らしい演技をしている」
NiKe:なぜそう判断するのか、ちょっと聞きたいんですが。>「限界の見極めが無い」
ありよし@極論:つまりは「酒飲みはみんなろくでなしだ」というのと同様なんですね(爆)
PALM-12:もちろん、役者の中にもいます。 悲しい現実ですが(笑) > 「自分は素晴らしい演技をしている」
で、ろくでなしの酒飲みほど、自分が酔ってないことを主張するわけですね(笑)
MAT.N:酒飲みはやはり、「ただ酒が旨い」のが立派な酒飲み・・ :)
宇津見:まあ、私も一時期それを増長させるマスタリングをやっていた時期もありましたからなあ....若くて馬鹿だった。さて、仕事に戻ろう。
ベンジャミン:そこまでは言わんけど、悪い実例が良い実例に比べて圧倒的に多く見られるのが原因なのかもしれないですね。>「酒飲みはみんなろくでなしだ」というのと同様
ありよし:酒飲みだってよい実例なんてないでしょう。あるのは普通の実例と悪い実例だけです。そして普通の実例は目立ちません。
だから「演技」も……というわけです
PALM-12:ちなみにごっこ遊びの演技だからと言って、技術の向上が必要無いわけではないと思います。 相手を騙す為の情報と自分を騙すためのフィードバック情報の品質向上は悪くないと思いますし、その品質に騙されきってしまわないためのテクニックも必須だと思います。というわけで、カンナさんの”アタシ的には”にも賛成です。
MAT.N:パラダイス・フリート・ガンダム・バリエーションで古谷氏がやったシャアが「声はアムロなのにちゃんとシャアしている」のはなぜかというあたり、つっこんで分析すれば色々面白かったろうと思ってます。
まあ、そういう意味合いで「ビデオ撮り」ってぇのも意味あるかなとも思うのですが、まあ古谷氏と朱鷺田さんをもう1回呼ぶというのも困難でしょうし・・
ありよし:まあ「酒飲み」を「パチンコ打ち」とか「馬券師」とかに買えてもよし。あるいは「賞金稼ぎ」とかでもなおよし。ちなみにうちの父は「公務員」に置き換えてました(爆)
ありよし@とーとつ:そーいえば「言語コミュニケーションの不要なTRPG」で「ヒーロークエス ト」というボードゲームを思い出しました。あれはGMがいるし、シナリオもありますから、ああいった形で遊べば、「言語コミュニケーションのないTRPG」といえるかもしれません
NiKe@ヒーロークエストは山ほど(マスター役で)やりました:なるほど、それは気がつかなかったです>ありよしさん
ありよし:でも「言語コミュニケーションのないTRPG」だと「GMを人間がやる必要」もないかもしれません。カプコンのコンピュータゲームD&Dのように
あ、D&Dでも言語コミュニケーションいるなあ「これから呪いの剣空振りするから、ボス殺さずにはめといて」とか
NiKe:ただ、言語コミュニケーションを省いたら、全くのボードゲームになってしまうような気もしますね(笑)>ヒーロークエスト
そもそも、純粋なゲームとしては成立してないよーな気もするし……
ありよし:ヒーロークエストはいいゲームだと思いますけどね。ただ、言語コミュニケーションなしのゲームなので、戦闘のバリエーションだけでシナリオを作らなくてはならないし、そうすると、付属シナリオ以上のものを作れなかったので、長続きしませんでした(海外シナリオはルールが違っていて、そのまま使えないし)
NiKe:あ、私は本体が英語のだったんで、未完のクエスト(シナリオ)が山になっております。(^^;
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2000年04月24日:17時36分45秒
[ストーリー生成ゲームとしてのRPG] 動機付けの強さと失敗原因の認知 / Genich!
匿名希・望さんの[ストーリー生成ゲームとしてのRPG]Re:面白い物語を生成するゲームへのコメントです。
>結局の所「上手くいく可能性」を感じられるかどうかだと思いますが。
それには私も同感です。
実は私、NIFTY の方で 同じような話 を書いていまして、
要約しますと、「あそこで○○してさえいれば成功してたのにっ」という具合に失敗の原因がはっきりわかり、それさえクリアできていれば OK だった、ということになると、「悔しい」という思える、という話です。逆に、どこがまずかったかわからないと、なかなか難しい。この辺は、動機付け心理学における帰属理論ともよく整合します。
これはギャンブルにおいて特に顕著で、例えば「2-3を買っていればっ」「あそこで降りていればっ」「あそこで一筒切りを思いとどまってさえいればっ」などなど。
それを踏まえて、「物語を生成する場合だと、面白くなるかどうかに多種多様な要素が複雑に絡まっているため、失敗した原因がわかりにくく、そのため悔しさにつながりにくいのではないか」という仮説を現在検討中です。
2000年04月24日:17時20分30秒
ゲームマスターによって完成されるゲーム / Genich!
紙魚砂さんの「言語コミュニケーション」はゲームか?への別のコメントです。
>TRPGでないゲームは「言語コミュニケーションによる暗示的なゲーム」の揺らぎを極力廃す方向で作られていることが多いが、TRPGにおいては、そうではない。
この点について、また別の角度から考えてみました。
RPG のルール (ゲーム世界内を律するルール) がシステムとして不完全なのは、「ゲームマスターによって完成されることが想定されている」と考えるべきではないでしょうか。自らもRPGのデザイナーである山北篤氏が昔何かのセミナーでそういうことを言っていましたので、それがデザイナーの考えであるととって間違いないと思います。
例えば、非常に多くのゲームマスターが(時としてプレイヤーさえも)「ハウスルール」を作りたがります。市販RPGのシステムにある曖昧で不完全な部分をハウスルールという形で論理化することにより補おうとしているわけです。Steve Jackson Games が発行しているゲーム雑誌 Pyramid オンライン版の4/7号でも、Perfection というタイトルで「市販RPGにハウスルールを加えて完璧なものにしよう」という趣旨の記事が載っています。
このようにRPGでは、ゲームマスターがハウスルールを作ったり、あるいは解釈を示して「見えないルール」として残したりすることで、デザイナーの仕事を一部肩代わりしている、と言えます。そう考えると、ルールブックに書かれているルールが不完全なのも、プレイ中に暗示的なコミュニケーションを推奨しているというより、ゲームマスターにco-デザイナーとしての創作の余地を残すためだ、と考えた方が正解でしょう。
もちろん、ゲームマスターが「暗示的なコミュニケーションを楽しむのだ」と思ってその方向に進むのであれば、それは仕方ないでしょう。しかし、「暗示的なコミュニケーションを楽しみたいと考えるゲームマスターも世の中には存在する」と捉えるのが正解であって、「RPGが暗示的なコミュニケーションを目的に作られている」と捉えるのは間違いでしょう。
全然関係ありませんが、うまい識別子を思いつかなかったのでごめんなさい > LISTさん
2000年04月24日:17時07分33秒
[ストーリー生成ゲームとしてのRPG]Re:面白い物語を生成するゲーム / 匿名希・望
・Genich!氏
>参加者は「生成された物語が面白くなかった場合、プレイヤーは悔しがりつつもゲーム自体は楽しむことができる」と、お考えでしょうか?
「できる」というのが「可能性がある」という意味ならYESです。
「あらゆる場合において」という意味なら残念ながらNOですが、それは他のゲームでもあり得る事ですね。
#実の所自分も、格ゲーであまりにも実力差のある対戦は負けても「悔しい」というより「つまらない」と思ってしまうタチです
結局の所「上手くいく可能性」を感じられるかどうかだと思いますが。
#此処ら辺、案外『ヒカルの碁』が参考になったりして
「いい物語とはどういうものか」についてはまた後日
2000年04月24日:16時25分28秒
なんとか言語などに付いて質問 / LIST
正直なトコロ、最近のここのカキコミ内容がさっぱり分かりません。
何の話をしたくて、そのために何について話しているのですか?
そしてそれはどんな役に立つのですか?
そもそも話しに参加してる人たちは共通のコトについて (建設的に) 話しあっているのですか?
また、話題の錯綜が起きてるのか起きてないのかも良く分かりません。
例の識別子 (題名を [ ] でくくるやつ)を付けてもらえると助かりそうな気がします。
他の話題を振りたい人が混乱せずに書き込めるようになるでしょうから、せめて識別子くらいはは付けて欲しいです。
2000年04月24日:10時47分59秒
ゲーム世界の内と外 / Genich!
紙魚砂さんの
re:言語コミュニケーションの暗示的な部分をどこに用いるかへのコメントです。
…というよりは、そもそもTRPGでは「ゲーム世界」が
>曖昧なために「ゲーム世界内」と「ゲーム世界外」の境界が不明確なのではないですかね?
うーん、私がRPGをプレイするときは、その境界を意識して、分けるようにプレイしています。ゲーム世界内とゲーム世界外をいっしょくたにするといろいろ問題が起きるので、できるだけはっきりわけるべきだ、と考えています。
2000年04月24日:02時28分35秒
re:言語コミュニケーションの暗示的な部分をどこに用いるか / 紙魚砂
>Genich!さん
>(TRPGと、そうでないゲームの違いは)「暗示的な部分をゲーム世界内の動きに直接反映させるかどうか」という点でしょう。
…というよりは、そもそもTRPGでは「ゲーム世界」が曖昧なために「ゲーム世界内」と「ゲーム世界外」の境界が不明確なのではないですかね?
2000年04月24日:02時23分14秒
Re:「言語コミュニケーション」はゲームか? / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>紙魚砂さん
>TRPGでないゲームは「言語コミュニケーションによる暗示的なゲーム」の揺らぎを極力廃す方向で作られていることが多いが、TRPGにおいては、そうではない。
そうですね。
チェスのような論理的な情報交換では、指し手の狙いは論理的に判断・推測されるわけです。
TRPGのように言語コミュニケーションが直接・間接に関与すると、GMとPLの意図の探りあいには、解釈の要素が介在する。それを“揺らぎ”と言ってよいでしょう。
ちなみに、ルールが文章で書かれていれば、解釈が必要、なんてのはナンセンス。
文章で記述されたゲームのルールが曖昧性を持つ、とは限りません。
例えばチェスやチェッカーのルールは、きっちりした文章論理で、無矛盾に記述されています。
トランプのカードゲームのルールブック(ルール集)を観ても、無矛盾なルールが文章論理で記述されています。
これらのルール記述には、解釈は介在しません。判断と単一の正しい理解があるだけです
自然言語の下論理性ってゆうのは――、
自然言語はその本性からして多義的で示差的なので、全体としては論理的な構造を持っていない。
しかし、自然言語もその運用(用法)にいろいろな限定をくわえてゆくと、論理的に「も」使える。
この使用法によって、論理的にも使え、論理的でなくも使える性質が、自然言語の下論理性と呼ばれる――ってことだから。
TRPGシステムに含まれる自然言語システムの下論理性ですが、いわゆる曖昧性って言葉でイメージされるものとはかなり違います。
特に、デザイン思想的に本来論理的完結がめざされたルールに、いわばケアレスで曖昧さが生じるって性質のものでもありません
えーっと、ポーカーとか、ああゆうギャンブルの類での、ブラッフってゆーのは、ルール外の、コミュニケーション(言語コミュニケーション+表情など)で相手プレイヤーの論理的判断に揺さぶりをかけるもの、っては言えるかもしれません。
#もちろんTRPGがそうしたギャンブルのようだ、って言っているわけではありません。
#自然言語の相互了解コミュニケーションってもっと別の性質のものだから。
2000年04月24日:02時13分08秒
言語コミュニケーションの暗示的な部分をどこに用いるか / Genich!
紙魚砂さんの「言語コミュニケーション」はゲームか?へのコメントです。
>TRPGでないゲームは「言語コミュニケーションによる暗示的なゲーム」の揺らぎを極力廃す方向で作られていることが多いが、TRPGにおいては、そうではない。
それはちょっと違うように思います。
RPG以外のゲームでも言語コミュニケーションは、暗示的なものも含めて、積極的に使われています。
例えばマルチプレイヤーゲームにおける「他プレイヤーを裏切りに引き込む」交渉においては、RPGに負けないほど明示的・暗示的取り混ぜた深いコミュニケーションが展開されています。
私が「ゲームにおけるルールの機能」の中で Diplomacy における交渉のやり方もこの3.のルールで規定されている と書いたのを思い起こしてください。この交渉のやり方についてのルールは明文化されておらず、システムとして不完全です。「交渉ではこれだけのことしかできない」と規定を厳しくすれば、交渉も面白くなくなってしまうでしょう。ですから、RPG以外のマルチプレイヤーゲームも、この部分について、RPGと同様に、不完全なシステムによって暗示的なコミュニケーションを積極的に許容している、と捉えるべきです。
では違いいったい何なのかと言うと、「暗示的な部分をゲーム世界内の動きに直接反映させるかどうか」という点でしょう。
上で挙げたマルチプレイヤーゲームにおける交渉の例は、暗示的な部分をゲーム世界外の操作に応用する場合である、と考えられます。
暗示的な部分をゲーム世界内に直接反映させるゲームというのは限られます。と言っても全く無いわけでもないでしょう。例えば「ジェスチャーによる伝言ゲーム」は暗示的な部分を競うゲームの典型例と考えてよいような気がします。
それでは、RPGだと暗示的な部分をゲーム世界内の動きに直接反映させているのか、という点ですが、これには、
直接反映させるようなプレイ方法と、直接反映させないプレイ方法の、
両方があります。
この辺は先に「言語コミュニケーションがゲーム展開に影響するかどうか」で書いたとおりです。
2000年04月24日:00時59分01秒
「言語コミュニケーション」はゲームか? / 紙魚砂
もしゲームであるならば、TRPGというのは「ルールブックに記載された明示的なゲーム」と「言語コミュニケーションによる暗示的なゲーム」を複合させて遊ぶ遊びで、人によってどちらに重点を置くかが異なっている。で、さらに言うならTRPGのシステムの不完全性は、「言語コミュニケーションによる暗示的なゲーム」の存在を(場合によっては積極的に)許している。
TRPGでないゲームは「言語コミュニケーションによる暗示的なゲーム」の揺らぎを極力廃す方向で作られていることが多いが、TRPGにおいては、そうではない。
…という新説を考えてみたんですが、どうでしょう?
2000年04月23日:16時04分46秒
シナリオ作成原器としてのルール / Genich!
「RPGのルールはシナリオ作成の原器だ」という考え方があるようですが、これも別にRPGに限ったことではなく、戦術級ウォーゲーム全般について言えることだと思います。もともとRPGというのが戦術級ウォーゲームのようなもの(ミニチュアゲーム)から発展したものですので、その性質を受け継いでいるのだ、と考えられるでしょう。
例えば、Harpoonという海戦ミニチュアゲームがあります。トム・クランシーがこのゲームをプレイした結果をもとにして小説「レッド・オクトーバーを追え」や「レッド・ストーム・ライジング」を書いたという話は有名で、つまりこの二つはいわば「リプレイ小説」と言えるのやもしれぬ。
ちなみに日本語版で出ていた Harpoon には「レッド・オクトーバーを追え」のシナリオが付属していました。実は海戦ミニチュアゲームというやつは「ゲームマスターを必要とする」という特徴を持ちます。というか、19世紀のこの手のミニチュアゲーム(Stratego)が元となってRPGが作られたわけなので似ていて当然なんですが。このシナリオでは、プレイヤーには「訓練」としか知らされず、いざプレイ中でゲームマスターから「実は○○なので××しろ」という命令が伝えられて大変なことになる、という作りになっています。まさにRPG的だと思いませんか?
Harpoonでは、このようなシナリオをゲームマスターが作成してプレイヤーに提示する、というプレイが基本とされています。勝利条件、初期状態、途中のイベント、などを設定するシナリオです。ゲームマスター役がいない場合には市販シナリオを使ってプレイヤーだけのプレイもできるようになってはいますが、やはりゲームマスターがいた方が面白い。
RPGのルールって、「戦術級ウォーゲームのこういった面が自然に進化した」と見るか、それとも「いまだに戦術級ウォーゲームを引きずっているなんてけしからん、いい加減シナリオなんてものがなくてもプレイできるようになって欲しい」と見るかはまあ人それぞれですが、
戦術級ウォーゲームのシナリオ作成技術についてはその道の人だとかなりのノウハウの蓄積を持っているようですので、
そういった面もRPGのシナリオを考える上で参考にするといいことがあるかもしれません。
2000年04月23日:15時24分41秒
ゲームにおけるルール解釈 / Genich!
ふと思ったのですが、「論理システムは言語システムに含まれる」という考え方は、ルールが自然言語で記述されている以上、RPGに限らず全てのゲームについて言えることではないでしょうか。
つまり、ルールに解釈が必要だというのは、別にRPGに限ったことではない。
例えば、ルールの論理記述性が最も高いと思われるSPI製ウォーゲームのルールブックですら、ときどき曖昧さが残っており、解釈の余地がありました。このため Strategy &Amp; Tactics などのウォーゲーム雑誌で「Q&Amp;Aコーナー」が設けられ、「デザイナーの解釈」が示され、曖昧さを減らそうという努力が為されていました。しかしそれでもなお一意に解釈できないこともあり、「プレイ中にプレイヤー双方の合意でもって解釈を合わせざるを得ない」というトラブルのもとに為りかねない事態も発生していました。
RPGのルールはウォーゲームよりもさらに曖昧さが大きく、いろいろ問題になります。しかし幸いにしてと言うか、「ルールの解釈はゲームマスターに一任される」という不文律があり、これによって救われています。ただしこのことはゲームマスターの負荷を大きくするという別の問題も生み出しており、日頃ゲームマスターばかりやっている私としては「なんとかして欲しい」の思いもあります。
なお、ルールの解釈はゲームマスターに一任されるとは言っても、「前回は○○と解釈したのに今回は××と解釈する」というようにその場その場で解釈を変えると、プレイヤーに嫌われます。
一度解釈を出したら、それが参加者の頭に残り、以後のプレイではそれが「見えないルール」として使われる、と考えるべきでしょう。
つまりゲームマスターは、プレイしながら「見えないルールをせっせと作っている」のだ、と見ることもできるかもしれません。
2000年04月23日:13時27分36秒
補足訂正:セッションでのコミュニケーションの解読と解釈について / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
#アタシの投稿、「セッションでのコミュニケーションの解読と解釈について」(当掲示板,カンナ記,2000年04月23日:12時36分06秒)の中に、決定的な誤解を招き易い個所がありました。
#ですので筆者(アタシ)の本意がわかり易いように補足訂正させていただきます。
=訂正個所・原文=
「システムの解釈」は、より正確に言えば、1.「システムに含まれる論理システムの理解」と、2.「セッション内の展開で表されるものは何かって解釈」の複合です。
例えば、「仙人の弟子が修行としての冒険をこなして徳値を得、寿命を延ばす(央華封神)」とか、「人間の想いから生まれた妖怪たちが、自分達の存在を人間社会から隠しながら、人間に害をなす妖怪と戦う。そうした冒険の結果、妖怪の“生命力”として設定されている経験値を得る」とか、そーゆー解釈です。
=補足訂正文=
「システムの解釈」は、より正確に言えば、1.「システムに含まれる論理システムの理解」と、2.「セッション内の展開で表されるものは何かって解釈」の複合です。
「1」は、普通言われる、判定システムなどの理解です。(理論システムの理解)
「2」は、ワールド設定や、成長ルールや、基本的冒険のパターンなどを総合した解釈です。(言語システムの解釈)
「2」の事例を挙げてみます。例えば、「仙人の弟子が修行としての冒険をこなして徳値を得、寿命を延ばす(央華封神)」とか、「人間の想いから生まれた妖怪たちが、自分達の存在を人間社会から隠しながら、人間に害をなす妖怪と戦う。そうした冒険の結果、妖怪の“生命力”として設定されている経験値を得る」とか、そーゆー解釈です。
「システムの解釈」は、「1(理解)」と「2(解釈)」の総合として考えられます。
2000年04月23日:13時07分34秒
言語コミュニケーションがゲーム展開に影響するかどうか / Genich!
鍼原さんのセッションでのコミュニケーションの解読と解釈についてへのコメントです。
>TRPGジャンルが、他のゲームと顕著に異なる類的特徴の一つは、言語コミュニケーションである、情報交換+相互了解の両面が、直接・間接にゲーム展開に影響を及ぼすことにあると思われます。
「ゲーム展開に影響を及ぼすようなRPGもあるし、そうでないRPGもある」と見るべきではないでしょうか。必ずしも影響を及ぼすわけでは無いと考えています。
例として、交渉や情報収集のシーンを考えてみます。RPG におけるこういった対人交渉関係シーンの解決法には二種類がありまして、
- 実際のNPCとの会話などをプレイヤーに演技なり描写なりさせ、それをゲームマスターが解釈してボーナスやペナルティの修正をつけ、判定する。
- まず最初にルールに従って判定を行う。失敗したら失敗した会話のシーンをプレイヤーに演技させ、成功したら成功した会話のシーンを演技させる。
1.のやり方だと、言語コミュニケーションがゲーム展開に大きく影響を及ぼすことになりますし、解釈の余地も大きくなります。一方2.のやり方だと、ゲーム展開への言語コミュニケーションによる影響は極小となり、むしろ「場の雰囲気を盛り上げる」ことが言語コミュニケーションの役割となります。
2.のやり方は Shadowrun などで採用されており、また トーキョーNOVA などでもこの形で解決が行われることがよくあります。
1.と2.のそれぞれで違った面白さがあるのですが、ただし感情吐露の演技しかできない人は2.を嫌う傾向があるようです。そういう人にとっては「1.だけがRPGだ」「RPGは常に言語コミュニケーションがゲーム展開に影響を及ぼす」と思えるのでしょう。
ちなみに私は2.の方が好きです。
また「これからRPGをプレイする」という初心者がRPGをプレイする際には、
1.の方式よりも2.の方式の方が向いている、とも考えています。
2000年04月23日:13時03分49秒
コミュニケーション経路の性質 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>Dandanさんへ
えーっと、アタシの場合、今は、まずオーラルコミュニケーションの、順客観基準の整理に関心があります。
しかし、Dandaさんが提起されたコミュニケーション・チャンネル(コミュニケーション経路)の整理は参考になります。
#極、特殊なものになりますけど、後は、音の使用がありますよね。録音された効果音とか音楽とかを指しますけど。
僭越ですが、Dandanさんが整理されたコミュニケーション・チャンネルそれぞれについて、コミュニケーションの様態について整理してみました。Dandanさんの整理とはまた、別観点からの整理、とゆう事になります。
◇口頭(オーラル・コミュニケーション)
情報交換/相互了解
情報交換のコミュニケーションと、相互了解のコミュニケーションが、いろいろな比率で混在する。
混在の比率は、セッションの局面で異なる。
例えば、行為申告は、情報交換>相互了解であるべきだし、セリフ単体は、相互了解>情報交換でしか、あり得ない。
◇Body Language
相互了解>情報交換
基本的に相互了解コミュニケーションの方が優勢なコミュニケーション・チャンネル(コミュニケーション経路)
◇文字(普通のセッションで使用された場合)
情報交換/相互了解
情報交換のコミュニケーションと、相互了解のコミュニケーションが、いろいろな比率で混在する。
混在の程度は文字の使用法で異なる。
例えばプレイヤーがGMにメモを渡す場合、メモの書き方によっては情報伝達として機能する。通例は、情報交換の方が優勢な気はします。GMが用意する手掛かりなどには相互了解性がみられるものもありますが。
◇絵
情報交換・相互了解
イラスト的なものとMAP的なものではコミュニケーションの性質が異なる。
イラスト的なものは、相互了解>情報交換
MAP的なものは、情報交換>(相互了解≒0)
◇駒
情報交換>(相互了解≒0)
基本的機能は情報伝達。
とりあえず以上です。
2000年04月23日:12時36分06秒
セッションでのコミュニケーションの解読と解釈について / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>Dandanさんへ
えーっと、言語コミュニケーション(情報交換+相互了解)と、単純な情報交換コミュニケーションは、別性質のものとして考えてください。発信-受信-読解のメカニズムも違いますので。
普通のゲーム、チェスとか、将棋とかには言語コミュニケーションは不要です。
コントラクトブリッジのコールも、トランプのダウトも言語コミュニケーションではなく情報交換コミュニケーションの一環です。
ディプロマシーは、言語コミュニケーションが介在しないとプレイが成り立たないゲームです。
TRPGジャンルが、他のゲームと顕著に異なる類的特徴の一つは、言語コミュニケーションである、情報交換+相互了解の両面が、直接・間接にゲーム展開に影響を及ぼすことにあると思われます。
もうひとつの類的特性は、「実在世界の事象について取り交わされる言語コミュニケーション」と「物語世界内の事象について取り交わされる言語コミュニケーション」と、コミュニケーションの在り方が言わば二重になっていることなのですが。
それは今はおいておきます。
Dandanさんの言われる、ルールの精神も、TRPGの場合、セッションで実現してゆくには、言語コミュニケーションを介在させないとならないと思われます。
もちろん、ルールブックを妥当に解釈しなくてはならないからです。
◆セッションでのコミュニケーションの解読と解釈について
TRPGのセッションの場合、情報伝達-解読のコード集にあたるのは、システムに含まれた論理システムです。
論理システムの理解は、人によって違うと言うことはありません。
これに対して、言語システムの解釈は、同型であっても人によって差違が生じます。例えば、システムを構成する要素のどこを中心に捉えるか、とか、要素間のウェイトの置き方のバランス、などが異なるわけです。
いつも書くことですが、システム構成要素のいくつかを度外視した解釈は、誤読と呼ばれるべきです。 システム構成要素の一部に偏重した解釈は、曲解と呼ばれるべきです。
誤読も曲解も妥当な解釈ではありません。
TRPGでコミュニケーションで、状況依存性解釈の参照枠になる状況には、顕著な特徴があります。
まず、「コンベンションでのセッション」とか、「サークル例会でのセッション」と言った、実在世界でのTPO(状況)が参照枠になります。
特に、セッションとゆうものの仕組み、GMの機能、プレイヤーの機能、GMとプレイヤーの関係性、といった諸々への理解は重要です。
そして、セッション内で展開されてゆく、架空世界の物語状況が、第二のTPO(状況)となり、参照枠となります。
「架空世界の物語状況⊂実在世界」の状況、って二重の状況が、特徴です。セッションでのコミュニケーションも、この二重の状況に影響されます。
特に相互了解の側面への影響メカニズムは興味深いものがあります。
もちろん情報伝達の面にも、二重性は関わりますけど。こちらは、論理システムが解読のコードになるので、それほど複雑にはなりません。
それから、「二重の状況」のほかに次のような要素も解釈の参照枠になります。
・システム
・セッションメンバーごとのそれまでのTRPG体験
、その他
ちょっと整理してみましょう。
TRPGセッションでのコミュニケーションの内、相互了解コミュニケーションの参照枠になるもの.
・実在世界の状況(状況理解・解釈)
とくに、セッションの仕組み、GMの機能、プレイヤーの機能、GMとプレイヤーの関係性、等についての理解。
・架空世界の物語状況(状況理解・解釈)
・システム
・セッションメンバーごとのそれまでのTRPG体験
、その他
暗黙のルールとか呼ばれる体験的約束事は、過去のTRPG体験が参照枠として活用・整理されたものであるにすぎません。
基本的にはTRPGジャンルの遊ばれ方の<構造>に起因するものが大枠になると思われます。
しかし、TRPG体験の内容が異なれば、大枠はともかく、詳細が異なっても当然です。
それから、プレイヤーのゲームプレイの動機付けは、システムの解釈が介在して構想されます。(こちらにも過去のTRPG体験も影響しますけど)
GMマスターの方はの動機付けは、システム解釈(含む理解)とシナリオの解釈(含む理解)から構想されます。(こちらにも過去のTRPG体験も影響します)
「システムの解釈」は、より正確に言えば、1.「システムに含まれる論理システムの理解」と、2.「セッション内の展開で表されるものは何かって解釈」の複合です。
例えば、「仙人の弟子が修行としての冒険をこなして徳値を得、寿命を延ばす(央華封神)」とか、「人間の想いから生まれた妖怪たちが、自分達の存在を人間社会から隠しながら、人間に害をなす妖怪と戦う。そうした冒険の結果、妖怪の“生命力”として設定されている経験値を得る」とか、そーゆー解釈です。
少し細かく事例を観てみましょう。
セッション開始時には、プレイヤー達も、程度はいろいろでも、何がしかのシステム解釈(含む、論理システムの理解)を持っているでしょう。
それからGMも。特にGMは、セッション準備としてシナリオの解釈も済んでいますので、システム解釈も論理システムの理解も念入りです。
セッション前からコミュニケーションは、はじまります。
例えばコンベンションでのケース。プレイヤーとGMの質疑応答があって卓のメンバーが決まる。
ここのところなんか、システム解釈を巡っての、コード/メッセージ両面のコミュニケーションが重要なわけです。
TRPGシステムの特性は、「多様なシナリオ作成の原基」、です。ですので基本的のプレイヤー達は、これからプレイするシナリオで、システム構成要素のそれが中心になり、どの辺にウェイトがかかったバランスなのか、わかりません。
TRPGシステムの運用には解釈が避けられない、って事実はこうした事情にもよります。
もし、仮に、どんなシナリオをプレイしても、毎回同じようなゲーム性のものしか遊べないって事ならば、システム解釈の必要は生じません。一度、システムをきちんと理解してしまえば、それでOKです。
幸いなことにTRPGのシステム<構造>は、解釈を許容します。
で、卓が決まると、キャラクター・メイクがはじまります。
GMからは、シナリオを念頭に置いたシステムのガイダンスもあるでしょう。
この部分はGM主導の言語コミュニケーションで、メンバーのシステム解釈が、本日のシナリオに向けて調整されることが期待されるわけです。
例えば、GMの期待する調整方向が理解できないプレイヤーがいる、とか、闇雲に、自分のルール解釈や暗黙のルール理解に独善的な自信を持っているとか、外にもいろいろでしょうけど、そーゆータイプの人がいると、セッション前のコミュニケーションに不調が生じます。
#もちろん、セッション中の言語コミュニケーションの在り方は、また別に検討されくてはなりません。
#特に、発話の形式の整理が重要かと思います。
2000年04月23日:12時09分54秒
コミュニケーションの手段 / Dandan
鍼原さん、Genich!さん、質問へのご回答、ありがとうございました。
なんとなくわかりました。ことば自体の意味はなんとなくですが、前の論旨が理解できたと思ってます。
私は言語コミュニケーションについてですが、ある/なしは(ルールの精神に比べれば)どうでもいいと思ってる者です。というよりも、コミュニケーション自体がゲームで必須かどうかわからない(*1)。しかし、言語に限らず、どのようなコミュニケーションがあるのか、どのように使用されるのかは知りたいと思ってます。
RPGにおけるコミュニケーションは、お互いの意思疎通のためのプロトコル(規約)とすると、とりあえず、口頭、身振り手振り、文字、地図などの絵、フィギュアなどの駒の5つを思い付きました。
◇口頭
・一般のRPGセッション全体で主に使用される。
・(日本人同士において)日本語の理解が同程度なら意図が伝わる。
・最も楽なコミュニケーション手段。
・描写が細かくなるに比例しことばの量も増える。
◇Body Language
・その他のコミュニケーションを補佐する意味合いで使用する。
・意図としては伝わりにくい(だからジェスチャーゲームが存在するわけで…)が日本語の通じない人にも伝わるかもしれない。地域によって変わるかもしれない。
・曖昧であるが口頭より早いこともたまにある(手を振るとバイバイとか)
・曖昧であるが故に良く分からない。
◇文字
・WWWを利用したセッションで主に使用される。また、セッションで部分的に使用されることもある(たとえばあるPLだけ伝えたいことを秘密の手紙としてGMが手渡す、PLが他のPLに知らせないようにGMに伝えるとか)。
・意図については口頭と同じだが文字のみを判断した場合、口頭より感情等が伝わりにくい
・口頭に比べ、手段としては手間がかかるが、「酒」と「鮭」のような聴き間違えがない。時間が経っても回想できる。
・描写が細かくなるに比例し分量が増える。
◇絵
・セッションで部分的に使用される。GMが提示するものとPLが記述するもの(ダンジョンの地図とか)がある。
・絵そのものが視覚的に判断できる。
・文字以上に手間がかかるが、発信者と受信者の視点が同じになれる(たとえPLの書いた地図に間違えがあろうとも)。移動の際にポイントを指すだけでほぼ正確な場所が分かる。
・GMが提示するものはあらかじめ用意しなければならず、絵の状況が変化した場合、その絵は何の意味も持たなくなる。
◇駒
・主に戦闘時に使用される。
・絵と同様に視覚的で相対的に3次元として判断できる。
・発信者と受信者の視点が同じであり、絶対的・相対的な位置が決定されるので、呪文や飛び道具等の距離に関連した行動に関しても正確な判断ができる。移動ではフィギュアを動かすだけでよい。
・位置を指定することに絶対的な威力を発揮するが、フィギュアがPCのイメージであるかどうかは別。
でも、これって普通のコミュニケーション手段もそうですよね…。
道の迷った人には、最初口頭でわからなければ、地図を書いて、それでもわかんなかったらその人連れてってあげる(駒の移動)し。
*1 コントラクトブリッジのコールはシステムとして参加者全員へ伝えるものと同時に相棒へカードの強さを伝える役割を持つ。それが、コミュニケーションか否かって私にはわかりません。
2000年04月23日:02時37分23秒
いい物語を生成するゲーム / Genich!
FRACTUSさんの「余談ですが」へのお返事です。
>だから、その目標が果たせなかった場合、悔しくて「今度こそは」という気持ちになりますし、逆に果たせた時は至福の極地で「またやろう」って思います。
ををを。
実は昨日ぐらいから、またこの「ストーリー作成を目指すゲーム」の議論が NIFTY で復活しており、この「悔しいと感じるかどうか」のトピックが上がっています。
その中では、「ストーリーがいいものかどうかの評価が曖昧なので、
悔しいという気持ちが沸いてこない」「カラオケもただ歌っているだけだと
動機付けが低いが、点数がつくと急にみんな必死になる、ああいう工夫ができないか」などの声が挙がりました。
そこでFRACTUSさんに質問なのですが、「いい物語」とはどんな物語なんでしょうか? また「いい物語ができたかどうか」はどうやって判断されていますか?
たぶんここが重要なキーなのではないかと思うのです。
2000年04月23日:02時24分50秒
ゲームにおけるルールの機能 / Genich!
ゲームにおけるルールの機能
dandanさんへの[質問]わからないことばへのコメントです。
私は、言語システム vs 数値(論理)システム、という分け方があまり適当でない、と認識しています。
なにかよくわかりませんがRPGにおける言語的な部分みたいなものが好きな人がいて、その人がその好きな部分に「言語システム」の名前をつけて、「自分の好きなものとそれ以外」というように分けるためなら、ぴったりな分類なのでしょう。
しかし私にはあまり意味があるように見えません。
言語システムなるもの以外の部分についての考察が足りないように思うのです
(言語システムなるものについての考察が十分かどうかはよくわかりませんでした)。
そこで、私なりに「それ以外の部分」について考察してみました。
RPGのルールというかゲームのルールには、以下の三つの機能があります。
- プレイヤーを何かに向かって動機付ける
- プレイヤーがゲーム世界内に対して行える操作を規定し、それによる結果を出す
- プレイヤーがゲーム世界外で取れる行動を規定する
む、忘れるところだった。ここで言う「プレイヤー」にはゲームマスターも含みます。
1.は、通常のゲームにおいては「勝利条件を規定する」という形で与えられます。
チェスだったら、キングを詰めば勝ちだという勝利条件を規定することで、
プレイヤーはそれを目指そうとします。
阪大の西村清和さんが「電脳遊戯の少年少女」(講談社新書)の中で述べているところによると、
この動機付けがないとゲームとは言えないのだそうで(だからウィトゲンシュタインの言語ゲーム論はゲームの名に値しないらしい)。
RPGの場合は、「経験値」などで動機付けするルール的機構は一応あるのですが、
チェスなどに見られるような明確な勝利条件がないため、動機付けが弱く、
足りない部分は不文律、
すなわち「見えないルール」によって補われるか(ヒーローだったら困っている娘を助けるのが当然etc.)、
あるいはシナリオによって補われることもあります。
この動機付けの弱さはRPG普及を妨げる一因になっており、RPGを普及していくにあたってはこの部分をもっと強化することが重要です。
2.はいわゆる「判定システム」ですが、
キャラクタメイキングなどもこれに含まれます。
RPGにおいて「ゲーム世界内に対して行える操作」とは
例えば「PC をどう作ってどう動かせるか」ということであり、「それによる結果を出す」とはすなわち判定結果を出すことです。
今まで「数値システム」や「論理システム」として言及されていたものは、
おそらくこの部分を指していたのでしょう。
判定結果の出し方は必ずしもルールブックで規定されていないこともあり、
その場合は「見えないルール」によって補われます。
3.はRPGにおいてはルールブックにほとんど書かれておらず、
他のゲームにおいてもどちらかと言うと不文律の形で用意されていることが多いようです。
明文化されている例としては、
例えば将棋や囲碁の対局における「持ち時間」の規定などがあります。
明文化されておらず「見えないルール」によって補われている例としては、
例えば「これこれの行為はイカサマなので禁止」とか、「Diplomacy において交渉の手段としてはあらゆるものを用いてよい、ただし本当に金を渡して買収するのはダメ」とか。「Diplomacy における交渉のやり方もこの3.のルールで規定されている」ということは重要です。
これらのうち2.は明かに数値/論理システムと呼んでよいものだと思いますが、
1.と3.についてはどう扱うべきか割と謎です。
私はこれらを「言語システム」に入れることには否定的です。
しかし「数値/論理システム」かと聞かれると、それもちょっと違うように思うのです。
新しい分類を作って分けて考えるべきではないでしょうか。
ところで私は、RPG において言語コミュニケーションは必ずしも不可欠ではない、と基本的には考えています。
正直に言うと、実は最近ちょっと確信が揺らいでいます。「言語コミュニケーション」という言葉の捉え方がいまいち私の中で曖昧なためです。ひょっとしたら言語コミュニケーションというやつはRPGに限らず他のゲームにおいても必須なのかもしれません。もし他のゲームで言語コミュニケーションが必須でないとしたら、RPGでも必須でない、ということになるのでしょう。
例えば、「言語コミュニケーションを一切使わずにDiplomacyをプレイする」ということを考えますと、プレイは成立するかもしれませんが、交渉が全く面白くないでしょうし、人によっては「こんなんDiplomacyぢゃないやい」と言うかもしれません。実際みんな言語コミュニケーションを駆使してDiplomacyをプレイしていますし。RPGもそれと同じだと思うのです。
つまり、RPGにおける言語コミュニケーションの必要度は、Diplomacyにおけるそれとほぼ同程度である、ということです。言語コミュニケーションが必要か否かによってRPGかそうでないかを区別するのは、たぶん無理だと思います。いや、ひょっとすると「DiplomacyもRPGの仲間に入れてしまえ」という解があるのかもしれないな…
2000年04月23日:01時34分44秒
TRPG総合研究室 LOG 045 / sf
TRPG総合研究室 LOG 045として2000年04月21日から2000年04月23日までのログを切り出しました。
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