TRPG総合研究室 LOG 012
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TRPG総合研究室の1998年07月27日から1998年07月30日までのログです。
1998年07月30日:03時20分42秒
提案、というか要望 / YAN/矢野 聡一郎
>SHiNさんWROTE(かなり前のご意見ですが…)
> わたしにとっては、キャンペーンシナリオが基本です。それゆえ
> キャラクターロールプレイの自由度を確保することは、必須だったのです。
うーん。キャンペーンであれば、自然とキャラクターロールプレイは出来てしまうものではないでしょうか?
# 前もって何をプレイするか分かるから、ルールや世界観についての予習が可能、よってロールプレイを行う余裕が生まれます。予習が出来ない場合でも、プレイを重ねるごとに段々と余裕が生まれてきます。
# また、プレイ日の前からキャラの設定を考えることも出来ます。
当日のキャラメイクにも、十分な時間をかけることが出来ます。
GMやプレイヤー間の話し合いにも時間を割くことが出来ます。
(極端な話、キャラメイクに一日かけることも出来るわけです)
# 考えた設定を他の人に伝える時間もあります。
GMがキャラの設定を生かしてシナリオを考える時間もあります。
# プレイ前に十分な設定が出来なかったとしても、プレイを通じてキャラのイメージを固めることが出来ます。
(というより、そのための時間がたっぷりあります。)
# 終了時間を気にせず、ロールプレイに思いっきり時間を使うことも出来ます。
# キャンペーンをやるような間柄ですから、上手くノリをあわせる事が出来ます。
(最初は初対面どうしでも、プレイを重ねるうちに気心も知れてくるでしょう)
…ですから、キャンペーンを基本とされるなら、あえてキャラプレーを推奨する必要はないように思えます。
どちらかというと、「コンベンション等、見知らぬ方どうしでプレイするような環境で単発シナリオを行い、それでなおかつ、積極的にキャラロールを行ってもらう」「D&Dの赤箱→青箱→緑箱といった段階を踏まずに、作り立てのキャラでいきなり濃いロールプレイを行ってもらう」ためのテクニック、あるいはそれを可能にするシステムの紹介やルール解析のお話が聞きたいです〜。
> 過去に行っていた『初心者でも可能』『GMに負担なく出来る』という主張は、一度、とりさげさせていただきます。
…う〜、ちょっと残念。でも、初心者GMには難しくとも、負担はゼロでなくとも、
「出来るだけGMに負担をかけず、プレイヤーのキャラプレーを促進するテクニック」とかあったら、ぜひ教えて下さい〜。ていうか、以前書かれた、
> 1)『プレイヤーに感情移入を深めてもらう方法』
> 2)『プレイヤーの行動の自由度を確保するためのシナリオ作成法』
についてのお話を、ぜひぜひお聞きしたいです。(特に1。GMが張り切っていても、プレイヤーさんのノリが悪かったら意味が無いし〜)
…なんか要望だらけになってしまいましたが(汗)、視点を変えてみる意味でも、少し具体的な話をされてみては如何でしょう? >SHiNさん
(sf:依頼により重複削除しました)
1998年07月30日:01時59分00秒
判っていないこと / 陽陰
>SHiN氏
>わかってない、わかってないというなら、何をどのように誤解しているのかちゃんと指摘してください。
色々あります。
例えば、簡単なところを言ってしまえば、引用された部分に於いて私とでぶ猫氏の言っていることを「双方違うことをいっている」という捉え方をしてるところですかね。
私の証明の前半分みたいな書き込みを見ていただけましたですよね?
あれの続き行きます。(まあ、前提条件に対する反論はないものとしていきます)
<証明>
>でぶ猫氏
>『葛藤の要素のあるもの。失敗に終わっても、「今度はうまいことやったるで」と挑戦意欲をかきたてられるもの。 』
>陽陰
>『そちらがこうきたから、俺はこう動いて、きっとそちらはそう動くから、俺はこう動けるだろう。
>だから俺は、こう動く。 などという意志決定のこと』
でぶ猫氏の仰っていることは、「葛藤」ですね。
つまり、<定義1>から、「ゲームにおける自分の意志決定」になります。
で、私の言っていることは、<定義2>から、「ゲームにおける他人の意志決定を考慮した意志決定」になりますね。
つまり、二人のこの言葉に於ける相違点は、「他人の意志決定を考慮する」かどうかの違いです。
さて、此処で焦点のところ以外の書き込み傾向という物がでてきます。
でぶ猫氏は、「他人の意志決定を考慮した意志決定で無ければ、意志決定とは言わない」ということを(そのものズバリじゃありませんが)仰っております。
これに関しては、SHiN氏も納得されていたと思いますが。
まあ、どっちにしろ、この様になって、
<結論>「でぶ猫氏と陽陰は「同じ事」を言っている。」
Q.E.D.と、なります。
もちろん、この証明は、SHiN氏が前提条件に同意しない限りは、成立しませんがね。
(まあ、証明自体も結構省略等を行ってますが)
で、この証明によって、以下の通りになるんですよ。
今回例示した物は「同じ概念に立っている」というレベルではなく、同じ事の「表現」が違うだけである。
また、この「表現」の違いは、先にお互いに同意を得られたゲーム性を説明するときに使用した言葉であり、これを既に同意しておられるSHiNなら、理解できなければならない。
つまり、今回例示した部分が理解できていないということは、以前同意を得られた「ゲーム性」について判っていないということになる。
故に、「判っていない」と、感じる。
判りました?
ちなみに、これは一例ですよ。
ちなみに、文体が冷たいのは、数学の証明風に説明したからであって、喧嘩を売っているわけではありませんので、お気を悪くされたら済みません。
1998年07月30日:01時43分58秒
「RP」と「G」、どちらが骨格? / YAN/矢野 聡一郎
ええと、お久しぶりです。 >SHiNさん
なんとなく思い付いたのですが、「RP」と「G」の関係って、「肉」と「骨」の関係に似てませんか?
「骨」は、肉の基盤となり、また支点として動きに制限を加えながらも、その実、肉の動きをスムーズにする働きを持っている。
「肉」は、無機的な骨の外見を覆い隠し、肉体的な美しさ、躍動感を与える。
それぞれ役割が異なる以上、必ずしも「等価値」でなくとも構わない、と思いますけど、まあ、どちらも大事ではありますよね。
ちなみに、「G」より「RP」を重視しても、「骨」と「肉」の関係が入れ替わるわけではなく…単にどちらが前面に押し出されているかの違い=「外骨格と内骨格の違い」みたいなものだと思います。
たとえ「RP」を重視し、表面上に「G」は見えない場合でも、「G」は内側で「RP」を支えている…というのが良い(理想的な?)状態ではないでしょうか。
ちなみに私は、「外骨格の機能美」も好きですけど(^^)。
(外骨格の場合は、内側から「肉(RP)」が躍動感を与えてくれているわけですね。)
PS.
個人的には、「どちらがどのくらい重要か」という話より、「それぞれを上手く機能させるためには、どうすれば良いか」って話を聞きたいです〜。(暇と能力があったら、自分も語りたいです…)
1998年07月30日:00時45分03秒
将棋とキャラタクーロールプレイ / SHiN
>キャラクタープレイを将棋で表すと、どうなるんでしょう?
将棋指しがわめくとか騒ぐとかになるんでしょうかね?
えーと、ここでは、キャラクタープレイとキャラクターロールプレイはおそらく同じ意味で使われてると思ったんですが違うんですかね?
わたしは、わめくとか騒ぐは『キャラクターロールプレイ表現』と呼んでいるのですが・・
ちなみに、キャラクターロールプレイを将棋であらわすと、
「前にしかすすみたがらない。」「真後ろと真横はいやだがそれ以外なら・・」
そう表現することも出来るでしょう。
で、進行していくうちに性格がかわっていくと、
いままで引くことをしらなかったやつが、後に下がったりできるようになる。
キャラクターロールプレイでいうと人間的に成長したといえるのでしょうか?(笑)
1998年07月30日:00時44分11秒
将棋のコマのキャラクタープレイ / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>あずまさん
>キャラクタープレイを将棋で表すと、どうなるんでしょう?
>将棋指しがわめくとか騒ぐとかになるんでしょうかね?
ちょっと違うと思いますけどぉ、アタシは。「角」のコマが、ですね、「ここで俺が前に直進すれば、大恩ある親分は勝てるのだが」、「しかし俺も渡世人、そんな卑怯な真似はできねぇ」、「けれど、名を捨てて恩に報いてこそ、誠の漢〔おとこ〕」、「えぇい、名を取るか、実を取るか」とかうだうだ苦悩するのがキャラクタープレイにあたります(苦笑)。
将棋さしは、この「コマ」の苦悩をできるだけ説得力をもって演出すべくつとめなきゃいけません、だって不自然な演出だったら、同卓に参加してるメンバーがシラけちゃうでしょ? まぁ、本人に十分な、技能とセンスがあるんなら、泣き喚いてみせてもよいのですけど。重要なのは、泣き喚くことではなくって、動機づけの説得力、なんですよ。
バカバカしぃですよね。ユニットには、キャがラクタープレイの余地なんてないんですよ(←断言)。
1998年07月30日:00時37分32秒
御礼(付:言い訳):「キャラクタープレイ」とか「ゲーム」とか / 鏡
先の私の質問にお答え下さった皆さんへ。
皆さん、ご丁寧にお答え下さり、ありがとうございました。書き込まれた
すべてのお答えは、興味深く拝見させていただきました。
本来であれば、お一人ずつのお答えを、カット&ペーストの巧みによって
整理し、研究・論議の資料となすべきところなのですが・・・一身上の都合により
見送らせていただきます。
理由は、話せば長くなりますが・・・今思えば事の起こりは先週の潮干(中略)ると、不覚にも夏カゼをひいて
おったのです。軽度なれど、仕事と(検閲済)との間で、のたうちまわっておるところでして、力が今ひとつ出ません・・・どうかご容赦
を。(皆さんもお気を付け下さい)
さて、お答えいただいた書き込みを拝読する内に、自分の設問のまずさ、特に
安易に具体例を求めた失礼に気付きました。(にも関わらずお答え下さった皆様には
感謝すると共に、お詫び申し上げます。)
この件に付き、形式を変えた新たな設問を準備中(本当はもうできているけど、書き込む余力が無い)ですので、
次回に書き込ませていただきます。先にお答えいただきました皆様には、是非ともお答えいただけると
幸いに存じます。
以上、御礼の傍ら、次回質問予定の旨、ご連絡申しあげました。それではおやふみなひゃい・・・
1998年07月30日:00時23分52秒
あずまさん、アキトさんへ / SHiN
SHiN
>その前にアキトさんが整理され、「これを前提に話をしよう」と提案されていることを、
無下に却下されているように見えます。
なるほど。
だとしたら、もう仕分けなかったかもしれません。
謝罪しておきます。
ただ、わたしは、アキトさんの書き込み意図を、
「議論に参加したいが、用語の使い方がわからない。こういう理解で参加してもかまわないのだろうか?」
そういう意味だと考えたのです。
で、いくら、用語の設定をしたとこで議論のすすむうちでどんどん、混乱していくだろうことは予想できると思ったのです。
だからそれよりも用語を平易な意味で使用することにより、アキトさんや、同様に用語の壁にはばまれて参加できない人が参加しやすいようにと思いあのような提案をしたわけです。
わたしとしては、アキトさんの意図を最大限汲んだともりだったのですが・・
ひとりよがりだったかもしれませんね。
不快な思いをされたり、余計議論に参加しにくくなってしまってたとしたら本当にもうしわけありませんでした。>アキトさん
1998年07月30日:00時13分25秒
もっと、具体的に。 / SHiN
>もし、本当にそのつもりなら、どうして最初からそのように書かなかったのでしょう
? もっと短くかくこともできたはずです。
ここに参加されてる方の基本概念にさほど差がないことは、とっくに了解済みだったはずだからです。
私でさえ、根本的にはでぶ猫さんとか陽陰さんとかとかわらない。
そいう発言が、過去、なんども行われていませんでしたか?
わかってない、わかってないというなら、何をどのように誤解しているのかちゃんと指摘してください。
でぶ猫さんは、わたしがゲーム性というものをどのように理解していると認識されているのでしょう?
あと、でぶ猫さんの方は、私の概念を理解してくださってるのでしょうか?
それとも、議論中の話題を一方的に、そちらへ合わせろ、賛成せよという意味なのでしょうか?
『わかってない』『理解してない』というのではなく、議論においては全てを反論として行うべきだと思うのですが。
でなければ、野次にも等しいです。
1998年07月30日:00時11分15秒
思考実験2 ゲームの構造 / でぶ猫
さて、なんか刺激を受けたので第二弾
ゲームの本質は意志決定(dicision)だとなんか過去に連呼してたような気
がしますが、もちろんゲームを構成するのはそれだけではありません。
でぶ猫のゲーム構造論(いまんとこバージョン)
ゲームはシステムを動機(目標)と意志(dicision)によって駆動してゆくものである。
それはあたかもツーリングがバイクと目的地と運転者によって構成されているようなものだ。
○システムを構成するもの
・ルール
・小道具(マップやカードなど)
○意志決定
・目標(相手の王を先に取る、モスクワを占領するなど)
・状況(管理資源や制約など)
では、TRPGに特化するとどうなるのか?
○システム
・ルール
・小道具
ここまでは同じだ
○意志決定
・目標 ルールブックおよびシナリオによって与えられる
・状況
管理資源 キャラシートと時にいくつかのトークン
制限 キャラシートに書かれているものとシナリオによって与えられるもの
ああ、なんか同じになってしまった。
と、いうわけで今回はつまらなかったですね。
次回は目標の3態か、感情移入と妄想について。
(これは明日にします)
1998年07月30日:00時03分08秒
陽陰さんへのレス / SHiN
ちょっと、遅レスですが・・
RE:じゃあ、私論で行きます
>「人とは違う」マスターですか。後、出来るだけ、ポケットの多いマスターになりた
いと思います。
綺麗事・・・ですがね。
でないと意味がないと思うんですよ。人と同じじゃあね。
この考えに至る理由っていうのは、性格、ですか。
いや、綺麗事っていうより、必要なことだと感じます。
とくに、陽陰さんのようにコンベションに行く機会も多い方ならなおさらでしょう。
わたしのようなサークルマスターでも、『飽き』との戦いが激しいですからこのポケットの多さは必須といえますが。
で、その理由が『性格』ってのは、ちょっと・・・
もうすこし(客観的なアプローチで)踏み込まれてはいかがでしょう?
>自由度が少ないとか色々批判したくなる気も判りますが、「貴方がマスターをやると
き」には、出来るだけ、不確定に流れる条件を絞り込みたいとは思いませんか?
>それに、ダンジョン物はものすごく奥が深いですよ。
わたしの認識では、ダンジョン物の方が一般のシティアドベンチャーより自由度高いです。
なぜなら、この自由度っていうのは、プレイヤーのとりえる選択肢のうちどれくらいの割合を選択できるか?ってことですから。
無意味な自由があったって仕方ないんです。
その点、ダンジョンは、プレイヤーがとりえる選択肢をGMが簡単にコントロールできる分、プレイヤーはそのどれをも選択することが可能となります。自由度100%です。
が、シティアドベンチャーとなると、物理的にとりえる選択肢をGMが誘導やなんやでコントロールするのが困難な上、舞台設定が(一般的に)手間なのでプレイヤーの自由度はかなり制限されてしまうのです。
もちろん、アイデアを考え実現するためのフィールドは広いのでその分は自由度が高いといえますが、ゲーム的楽しみを味合うための自由度はダンジョンが最強って気がします。
わたしが以前、シナリオをパーツ化してストックしておくという方法を述べていたのは、シティアドベンチャーのゲーム的自由度をダンジョンのレベルまで向上させるためのアイデアです。
>相手のしてくる反応に適切な反応が返せないんじゃ、吟遊詩人になるしかないでしょ
う?
私のいう適切な反応というのは、プレイヤーがゲーム的欲求を満たすために行動しているかキャラクターロールプレイ的欲求を満たすために行動しているか?を適切に判断し、対応するという意味です。
RE:GMのスタンス
>これを理解できるか否かは、貴方が「ゲーム性」というものを理解しているかの問題
なのですけど・・・
これに対するレスは、でぶ猫さんへのレスで書いたとおりです。
逆に、何を理由に私がこれらを理解してないと想像されるのでしょう?
わたしはゲームについては十分に理解してますし、それをさらに拡張するためにキャラクターロールプレイの果たす役割の重要さもある程度理解してます。
この後者の方に関しては、私の方こそ、みなさんのうち、どれくらいまでが理解しているか少々疑問なのですが・・・
いわば、ここらへんが、論点になってくるのかな?
1998年07月29日:23時51分10秒
Re:『わかってないわけじゃない。(と、思う。)』 / でぶ猫
困ったものです。
>これで、問題ないのでは?また、このように直したところで私の発言意図はまったく損なわれません。これは、私がでぶ猫さ
んたちの概念を理解している証明のひとつと言えませんか?
問題ないもなにも、全然違う意味になっていますね。表現が気にいらないとかなんとかいう問題ではありません。
もし、本当にそのつもりなら、どうして最初からそのように書かなかったのでしょう? もっと短くかくこともできたはずです。
私は、あなたが私の考えをわからなくても、認めなくてもそれをもって非難する気はありません(反論はするかも知れませんが)。しかし、わかったふりをするのは勘弁ねがいたいと思います。
1998年07月29日:23時40分21秒
なんていうか、その・・・ (SHiNさんへ) / 3327
なんといいましょうかねぇ・・・
なぜ話しが食い違っているか、分かりませんか?
食い違ってるがお気に召さないなら他の表現に変えてもいいんですけど、とにかく分かってますか? 理由。
って、分かっててやってるような性格の悪い人間じゃないから突き放されてないんですけどね・・・。
たっぷり良く考えて下さい。
多角的に、いつもの自分のモノの見方と変えて、色々と。
多角的な思考法や視野は、TRPGerには必須の技能なんだがなぁ・・・
1998年07月29日:23時39分20秒
Re:思考実験1 プレイの各モデル / あずま
会社から帰る直前のあずまです。でぶ猫さまの書き込みが面白かったので、
ちょっと帰るのを遅らせて書き込み(笑)。
折角ゲームプレイで将棋の例が出ているから、ロールプレイも将棋で表現したいなと。
そうすると、歩は地味だけど基本的な攻撃・防衛システムを備えていて,
金銀は防衛と攻撃の要所で必要とされるなんて表現方法もロールプレイですね。
キャラクタープレイを将棋で表すと、どうなるんでしょう?
将棋指しがわめくとか騒ぐとかになるんでしょうかね?
1998年07月29日:23時36分53秒
ゲームとルールとキャラクターロールプレイの関係 / SHiN
でぶ猫さん
>そしてゲームとしての面白さは意思決定における葛藤のありようで決まると考えています。
はい、私も賛成です。(TRPGとして・・ではなく、ゲームとしての面白さですね。)
ただ・・この葛藤のありようってのは、具体的にどういうものをお考えなのでしょうか?
>では、キャラクタープレイなどはどこに属するのでしょう?
キャラクタープレイ的要素(長所、欠点、呪われた運命など)がルールに組み込まれ
ているのなら、そのかぎりにおいてゲームに含まれます。それはゲームを行なう上の制
限や特権、目標といったものとして機能します。
そうでないものはどこにあるのでしょう?
挑発的な表現をつかっていえば「妄想」です。
さて、論点は、ここらへんでしょうかね。
まず、ここででぶ猫さん、および同意見の人が勘違いしていると思われる点を指摘させていただくと、キャラクターロールプレイ的要素(長所、欠点、呪われた運命など)は、GARPSなどのように、不利な精神的特徴や社会的特徴としてルールで設定された場合にのみ存在するわけではありません。
これは、大きな誤解だと思います。
その誤解ゆえに、「妄想」としか感じられないのだと思います。
まず、たとえルールに組み込まれていなくてもプレイヤーキャラクター(以下PC)には常にキャラクターロールプレイ的要素が存在します。たとえ、プレイヤーが何も設定せず、表現しなくても、『無機的な性格』として認知されることもあるでしょう。
ルールに組み込まれてなくても、睡眠とったり食事したりはする必要がありますよね?
天候ルールがないからって、雨がふらなかったりするわけではないだろうし
台風の中でも晴天の時と同じように行動できるか?っていうとそうではない。
疲労のルールが整備されてないからといって、長旅の果てに宿場街にたどりついても旅の疲れを癒そうともせず「時間があるなら儀式呪文で魔法のストックつくりまーす。」なんてやるのは適切なプレイとはいえませんよね?
キャラクターロールプレイ的要素も同じ。ルールに組み込まれてなくても存在するのです。
逆にプレイヤーが適当にやってたとしても周囲から「おまえのキャラって、○○だよな。」と認識されてしまう場合もあります。
キャラクターロールプレイ的要素は、ルールに示されているいないにかかわらず
『常に存在する』という事を認識していただきたいです。
>もし、ゲームを2の次にしてまず想像ありきでゆかんとすれば(つまり、キャラプレ先行)、刺激は世界設定と自分自身の内面にあるものにもとめることになります。そしてルールによって出された結果よりイメージ的に好ましい結果、つまり願望を優先させることになるでしょう。なぜなら、まずキャラクターありきだからです。キャラクターにそぐわない結果はダイス判定の結果といえど、調整の対象となり得ます。逆に好ましい結果ならおおいに受け入れられるでしょう。
(まずゲームありきなら、判定の結果を見て「うーん、これってどういう状況だろう」
と頭を捻る楽しみがあります)
この意見の根拠がよくわかりません。
さきほども述べたように、キャラクターは周囲からの認知も加わって初めて形成されるのですから、世界設定と自分の内面だけに求めるという事にはならないと思います。
周囲のプレイヤーも、GMも、まったくそのキャラクターを無視するならば確かにそうなりますが・・・・・私には到底それが正しい形だとは思えません。
また、キャラクターありきだからといってルールが無視されるって主張もわけわからないです。
キャラクターロールプレイも、当然ルールを無視してはなりたたないのです。
ルールを無視したキャラクターはリアリティのない存在となりキャラクターロールプレイという疑似体験を楽しむことはできません。
うーん、
どうも、でぶ猫さんは、キャラクターロールプレイ重視とルール軽視を混同しておられる気がするのですが?
逆に、ルールが生みだすのは『ゲーム』だけだとも思ってらっしゃるような気もします。
ルールは、一種の物理法則です。物理法則が生むのは『存在』であり、厳密にいうとゲームではありません。
ルールはキャラクターを形づくります。そして、ゲームを形づくるのはルールではなくルールによって形を与えられたキャラクターなのです。
ルール=物理法則は『意志』を持たないのでゲームを生みだせません。
ゲームを生みだせるのは、『意志』をもった存在、キャラクターだけです。
(それゆえ、プレイヤーは雨を降らせたり地震を起こしたりという形でゲームに介入せず『キャラクターに代わって意志決定をする』という形で参加する場合がもっとも一般的なわけです。)
そして、そのキャラクターが生みだすゲームを面白いものにするのが『ルール』なのです。
ルールがキャラクターを生み、キャラクターがゲームを生み、それを面白いものにするのがルールである。これが正しい構図です。
この構図を簡略・変更し、ルールがゲームを生みだすとするのは誤解の素ではないでしょうか。
>それはゲームという枠内でこそ、共有も活性
も容易なのであって、もしゲームと感情移入がぶつかることがあれば、犠牲にすべきは
原則として感情移入(思い込み)にあるのです。プレイヤーはそうならないようにPC
の行動などを慎重に考えるべきでしょう。
よって、この最後の締めの主張は次のように言い替えられるべきだと私は思います。
『それはルールという枠内でこそ、共有も活性
も容易なのであって、もしルールと感情移入がぶつかることがあれば、犠牲にすべきは
原則として感情移入(思い込み)にあるのです。プレイヤーはそうならないようにPC
の行動などを慎重に考えるべきでしょう。』
どうです、この主張、間違っていますか?
別にゲームを骨格とする必要はどこにもない。骨格とすべきは『ルール』です。
ルールブックに書かれたものだけでなく、常識なども含めた広義の『ルール』。
そして、『ゲーム』も、『キャラクタープレイ』も、このルールの制限内で行われる以上、等価なはずです。
おそらく、これまで、私のロールプレイ尊重の意見に疑問を投じてきた人の多くが、ルールとゲームを同一化し、キャラクターロールプレイとルールを切りはなして考えていたのではないでしょうか?
だとしたら、私は、それは間違いであると改めて指摘したいと思います。
1998年07月29日:23時29分05秒
思考実験1 プレイの各モデル / でぶ猫
SHiNさんとの議論はいったんおきまして、いろいろ抽象化して
遊んでみましょう。
まず、大前提として「ゲーム」とはある目標に対して最適と
思われる手段を意志決定(Decision)していくものととらえておきます。
ゲームプレイ:目標達成の方法を考え、意志決定すること。
(例 将棋において振飛車で果敢にせめるか、矢倉でオーソドックスに地味だがバランスの
取れた構えでいくか。 RPGのシナリオでは、諸悪の根元の魔法使いに対して正面からいどむか、
事情を斟酌して取り引きをもちかけるか、からめ手からその根拠地をせめるかの選択など)
ロールプレイ:(一時的でも)利害を一致するプレイヤー同志の協力関係において、
求められる役割を果すこと。
(例 マルチゲームなら、共通の敵の背後をついたり牽制したりすること。RPGなら、魔法使いは
魔法で仲間を支援すること、戦士なら盾となり剣となって肉弾戦のリスクを引き受けること)
キャラクタープレイ:感情移入によって、駒やキャラクターのゲームプレイやロールプレイにおける
動機づけを行なうこと。上記二つを円滑にする機能がある。
ゲームプレイとロールプレイはしばしば鶏と卵の関係にありますが、一番最初にあるのはゲームプレイです。
キャラクタープレイはゲームプレイやロールプレイの動機づけでありますが、しばしばプレイヤー自身の内面
やプレイヤー間の文化を刺激として一人歩きすることがあります。
その結果、ゲームプレイやロールプレイより優先されるようになれば、ゲーム自体が機能不全に陥ります。
☆あいかわらず挑発はいってるかも(^^;
1998年07月29日:23時24分12秒
大文字、小文字、太字の意味 / SHiN
でぶ猫さん
>ゲームという言葉についての説明とか、よく考えるとコスティキャン氏の名前を出し
ただけで、ちゃんと自分の言葉で説明してませんでしたからね。同様にtRPgの大文字小
文字の差とかもちゃんと説明されてないようなので、私にはわかりません
tRPgとか、trpGとかの大文字小文字は、そのままの雰囲気で読みとってもらっても多分大丈夫だと思うのですが。
あえて、説明すると、
小文字より大文字、大文字より太字の準で、「高い価値」を持っています。
また、通常、『TRPG』と大文字で表記される関係から、小文字は「一般的水準に達していない」状態、太字は「水準以上のものを満たしている状態」を表わしています。
(ちなみに、『T』の部分は、今回、話題から外れてるので無視しておいてください。いちおう、RPとGが水準を満たしてる場合は大文字にしていますが・・無視してくれても結構です。)
で、なんで、こんな表記を使ったかっていうと・・・
これは、ロープレ派だ!ゲーム派だ!って発言している人のほとんどが、単なる「比重のかけ方」で発言しているという事実を表現しやすくしたものです。
良い例があります。
ハリハラさんの書き込みで、
>あの、、先日、陽陰さんのGMで、「深淵」のPLやらせてもらって、
>陽陰さんに「カンナさんちゃんとゲームプレイできてるやん」みたいにゆっていただいたのね。
>嬉しかったですよ、もちろん。でもアタシのこれは、「キャラクタープレイ」なのだ(苦笑)
ってエピソードが、最近、何度か出てきてますが、これはハリハラさんが普段、
『私はロープレ派』といいながら、実は「RPG派」という意味で発言していたのを、
陽陰さんは「tRPg派」もしくは「RPg派」という意味に受け取っていたのだと・・・
いや、もしかしたら、ハリハラさん自身、『G』部分に対する自分の能力を過小評価していたのかもしれません。
実際、「わたしは戦略とか苦手だし〜」ってよく言ってらっしゃいましたしね。
陽陰さんが勘違いしたのも無理ないってとこでしょうか。
で、この行き違いは、ロープレ派、ゲーム派って話題が出る場所全てで生じていると私は思います。
1998年07月29日:23時20分44秒
でぶ猫さんへ。『わかってないわけじゃない。(と、思う。)』 / SHiN
でぶ猫さん
>それがどういうことかはこれまでさんざん説明してきましたが、どうやらおわかりに
なっていただけなかったようですね。
うーん、そんなことはないと思ってるんですが。
わたしの、
>双方、違うことをおっしゃってますが、これらは互いに否定しあうものではないので、
>同居可能です。そして、お二人ともに、相手の考えを尊重されるはずだと思います。
という表現が気にいらなければ次のように言い替えます。
『双方、違うことをおっしゃってますが、これらは同じ概念に基づいているので互いに否定しあうものではないので、 同居可能です。そして、お二人ともに、同じ概念に基づいているので相手の考えを尊重されるはずだと思います}』
これで、問題ないのでは?また、このように直したところで私の発言意図はまったく損なわれません。これは、私がでぶ猫さんたちの概念を理解している証明のひとつと言えませんか?
実際、私がこれまで、でぶ猫さんや陽陰さんがつまらないだろうと思えるようなプレイスタイルを示したことがありますか?
「それは、GMに負担が重すぎる」という意見は聞きましたが「それは、意志決定の価値を損なう」といった批判を受けた覚えもなければ、受けるいわれもないです。
(一度、でぶ猫さんは、「それって面白いのかな?」って疑問を出されたことはあったけど。理由もなにも書かれてなかったので、半分茶々のようなものとして、カウントしません。あらためて述べられるのなら、反論、もしくは追加説明を行います。)
それゆえ、わたしは、でぶ猫さんや陽陰さんの用いてる概念を理解していると考えてもらっていいはずなのでは?
1998年07月29日:22時55分11秒
GMのスタンス / 陽陰
>SHiN氏へ
GMとしてのスタンスで、鏡氏の質問項目それぞれを見取ることが最も重要なのではないでしょうか?
でないと、プレイヤーの選択は全く意味を持たなくなるのでは?
さて、お二方が、私の意見とそんなに離れてないよっていっておられるので、実はいうことはありませんが、蛇足をば。
>でぶ猫氏との相違点
はっきり言って、表現の違いです。
これを理解できるか否かは、貴方が「ゲーム性」というものを理解しているかの問題なのですけど・・・
<定義1>ゲームとは「意志決定」である。
<前提1−1>意志決定というのは、「選択」である。
<前提1−2>「選択」は基本的には葛藤です。
<前提1−2>の証明
いくつかの選択肢から一つを「選択」する事は葛藤を生み出す。
<定義2>ゲームでは互いの意志決定を尊重しなければいけない。
<前提2−1>ゲームには、相手が必要である。
<前提2−2>ゲームでは相手もゲームを行う。
此処までは納得できました?
じゃあ、私とでぶ猫さんの共通点は理解できますね。
判らない/納得できないポイントがあれば、具体的に指定してください。解説させていただきます。
>S氏との相違点
何故、対立するという判断なのでしょうか?
私には、それが理解できません。
「自己表現」が完璧だとしても、システムに合致して無ければ、因果律のしっぺ返しを喰らうって書いといたほうが良かったですか?
例えば、「なんの対策もなく、高い崖から飛び降りる」という行動は、セブン・フォートレス等ならば、生き残る可能性はあるでしょうが、D&D等では生き残らないでしょう。
理解できますよね?
この、シンプルケースを発展させて、一つずつ説明する必要があります?
>マスタースクリーンの裏
別に、プレイヤーに公正だという証明が必要だとは思えません。
そもそも、「乱数」を使う必要がなければ、「通達」すれば済むのですから。
マスタースクリーンの意味を間違って捉えておられませんか?
まあ、本論とは関係ないことですが。
1998年07月29日:21時30分40秒
RE-後:鏡さんの 「キャラクタープレイ」 とか 「ゲーム」 とかに対するレス (前編:GMというスタンスで) / S
★ 補完しまーす。(^.^;)
また、「バランスが取れているとは具体的にどういう事か」 と (「私的術語」 として) 言えば……、
「既に形ある物としてのゲームシステム、これを踏まえて有利な最適行動を選択する事=ゲームプレイ的行動」、
「ゲームシステム外のキャラクターイメージを尊重する行動を選択する事=キャラクタープレイ的行動」、
この2つのバランスが取れている状態が 「ロールプレイ的行動」 である……と、僕は捉えています。ルールの適用だけでキャラ表現が一切ない状態ではなく、かと言ってキャラプレがルールを逸脱せず……という状態の事です、あっさり言っちゃえば。
そして、鏡さんに 「良いゲーム」 を問われて、「RE:『キャラクタープレイ』 とか 『ゲーム』 とか」 (98年07月27日:14時14分44秒 / S) で踏まえた通り、「TRPGとしての良いゲーム」 を答えましたから、実を言うとアレは、
良いキャラクタープレイ=僕が言うロールプレイができている
悪いキャラクタープレイ=僕が言うロールプレイができていない
良い (TRPGとしての) ゲーム=僕が言うロールプレイができている
悪い (TRPGとしての) ゲーム=僕が言うロールプレイができていない
とゆー事になり、両側面から同じ状態を指していた訳です。
いくらゲームプレイ的戦略が上手くても、いくらキャラクタープレイ的表現が上手くても、大局的にバランスが崩れてしまえばそれは 「悪いロールプレイ=TRPGの悪い遊び方」 なんです、僕にとって。(注:だから、一切のキャラ表現がないプレイ、あるいは意志決定を無意味なモノにするルールレス、これらの極端な特化は 「悪い」 と感じます。「優劣」 は、それとはまた違う軸上の問題だと思ってます。「悪く」 て、かつ 「優れた」 プレイもあるでしょうし、ウチのサークルでもそれらの実験は散々繰り返しました)
PS1.はぅー、でぶ猫さん……ちょっと言い方がキツイのでは……。(T.T)
PS2.ペース落とすんじゃなかったか、僕は。(-.-;)
1998年07月29日:21時28分29秒
RE-前:鏡さんの 「キャラクタープレイ」 とか 「ゲーム」 とかに対するレス (前編:GMというスタンスで) / S
★ いや、ちょっと待って、SHiNさん。(^.^;)
「鏡さんの 『キャラクタープレイ』 とか 『ゲーム』 とかに対するレス (前編:GMというスタンスで)」 (98年07月29日:03時38分51秒 / SHiNさん) より引用します。ただし、ちょっと順番、改行などを変えています。が、意味は変わってない筈です。
>(陽陰さんの 「良いキャラクタープレイ」 に関する書き込み)
>自己満足ではなく、(マスターを含む) コミュニケーションの上に成り立っている、「自己表現」。 また、自己の行動に対し責任を持ち、因果を素直に受け取る姿勢も重要。
>(Sさんの 「悪いキャラクタープレイ」 に関する書き込み)
>悪いキャラクタープレイ:ゲームとのバランスが破壊されている。
陽陰さん曰くの 「自己満足ではなく、(マスターを含む) コミュニケーションの上に成り立っている、『自己表現』」 だったとしても、それがゲーム性を著しく損なうものであったなら良いキャラクターロールプレイとは言えません。
なぜなら、陽陰さんにとって良くてもSさんにとっては悪いものだからです。
だから、単純に、自分の好みで 「こういうキャラプレはOK! こういうのはダメ!」 とは言えないのです。
えっと……僕が 「バランスが取れている/破壊されている」 と表現したのは、あくまでも大局的視点からであって、端的に言えば、「シナリオに対する攻略が成功する」、「各自がコミュニケーションの結果に満足する」、この2つを合わせた意味での 「セッションが成功する」、これを満たしているかどうかが最低条件となります。(注:その上で、「良い」 を通り越した 「優れている」 形があると思ってますから、あーゆーシンメトリな表現をしました)
つまり、瞬間瞬間では、キャラプレの方へ傾いていいし、ゲームの方へ傾いてもよく、天秤としては揺らいでも構わない訳です。ただ、大きな全体的視点で見た時にバランスが取れているかどうか……であって。
実際問題、どうしてもそうなっちゃうと思うし、どんな瞬間も徹頭徹尾、バランスが保たれた状態……ってのは、無理でしょ。ダイス一振りで崩れちゃうし、だからと言ってダイスロール全てに演出するのも鬱陶しいです。(^.^;)
だから、陽陰さんの言い方に対し、僕は 「悪い」 とは感じません。設問に対する 「答え」 が違うんじゃなくて、設問に対する 「答え方」 が違うだけではないでしょうか。
1998年07月29日:19時56分57秒
SHiNさんへのレス / でぶ猫
んー、いろいろコメントしようかと思いましたがかさむだけなので、わりと大事なとこを。
>たとえば、でぶ猫さんは、良いゲームとは、
>『葛藤の要素のあるもの。失敗に終わっても、「今度はうまいことやったるで」と挑戦意欲をかきたてられるもの。 』
>とおっしゃってます。それに対し陽陰さんは、
>『そちらがこうきたから、俺はこう動いて、きっとそちらはそう動くから、俺はこう動けるだろう。
>だから俺は、こう動く。 などという意志決定のこと。』
>とおっしゃってます。
>
>双方、違うことをおっしゃってますが、これらは互いに否定しあうものではないので、
>同居可能です。そして、お二人ともに、相手の考えを尊重されるはずだと思います。
>もちろん、わたしも、お二人に賛成です。どちらも『楽しい時間を過ごすこと』に貢献する考え方ですから・・
私も陽陰さんも同じことを言っています。少なくとも、同じ概念に基づいて発言しています。
それがどういうことかはこれまでさんざん説明してきましたが、どうやらおわかりになって
いただけなかったようですね。
☆これ、(少なくとも)私の主張のもっとも大事なとこなんですよ。これをこんなに軽く扱っているかぎり、もうこれ以上何を言っても理解いただけないかと思います。
1998年07月29日:17時39分37秒
Re:解釈のすりあわせ、、?>鍼原さん / あずま
ええと、ここは”おおむね長文になりやすいもの”を扱うところですよね?
と、いうことは、長文がいけないと言うことではなく、その意味では私が間違っているのかもしれません。
あずまが気になったのは、どんなに前・後編に分けようと、長文は長文ですし、
それだったら、先に後編をUpして、後から前編をUpしてくれた方が、読みやすいと言えば読みやすいです。
それと、ここが一番大事ですが。
まとめてしまえば長文にならない物まで、長文でUpされている気がします。
難しいことを難しく言うのは誰でも出来ます。
易しいことを難しく言うのはもっと誰でも出来ることです。
でも、難しいことを易しく言ったり、複雑なことを整理して言うのは訓練しないと出来ないことです。
せめて、要点だけでも箇条書きにして文頭に持ってくるとか、
まず結論を文頭に持ってくるとか、そういう努力はしても良いのではないでしょうか?
そういう意味で、SHiNさんの書き込みは、非常に読みにくいし、
長文である意味は「自分の意見を押し通そうと」せんが為にしか読めないのです。
取りあえず、鍼原さんのリプライが入ったので、補足しました。
1998年07月29日:17時38分17秒
自分なりの現状認識・後 / S
★ 創作行為の特化
1998年7月27日号の 「語り部日報」 中、「TRPGな一言」 として述べられている事ですが (引用する時はいつもちょっと心配……いいですよね?>sfさん)、
>TRPGで表現できるストーリーってのには、物語の線形性というものがある。
ゲームの性質上、どうしても時系列を追ってしか物語を展開させることができないのである。これで表現できる物語とは古典的なものだけであり、現代小説におけるような各種の物語を維持するのは困難である。
……エピソード作成との比較と検討から、以前から分かってたことだけど。
まあ。どうせならこれを打破できるくらいの方法論がみたい今日この頃。
SHiNさんは、ここで言う方法論の為に 「TRPGの構造整理が必要だ」 と述べているように見受けます。(ただ、それだけではなく、「相互補完関係」 としての等価値性を考えていった結果でもあるようですが)
私見を言えば……創作行為の特化と言う面でそれを果たすとするなら、僕自身、それ自体は大いに興味があります。
熱血は非難を免れない面が多いですし、深淵でさえ例えば鏡さんに言わせれば 「ゲームとしては割と良質なものの、失敗しないようにしただけ、という感もある。ドラマは主体的に作るものではなく、できちゃうものだ」 (RPG日本の雑感より。ただし、第一印象らしいです) となりますが、一つの可能性としてこの方向は面白いと思えるからです。
ゲームとしての形を保ちつつ、その面白さを逆に引き出す形で、「各自をセッション全体のハンドリングに参加させて行く」 という在り方なら、「暴走」、「破綻」 を防ぐ意味でも意味がある筈です。
ゆえに僕は、オリジナルシステムをこの 「プレイ環境制御」 の方向でデザインし、かつその上で 「創作行為としてのストーリーテリング、これに参加する意識をプレイヤーに持たせる」 ようにしています。
しかし、ゲームとしての形から逸脱したなら、「それはおそらくTRPGとは言えないし、受け入れられないだろう」 と個人的に考えています。つまり、SHiNさんが主張する等価値構造でなくとも、創作行為の特化は十分に果たせるのではないかにゃあ……と。
★ おまけ
「TRPGとは何ぞや」 という問いに関し、「あくまでゲーム」、「ゲームではない」 という対立は、僕がTRPGを始めた10年前から見ても、幾度となく繰り返されて来た事だと記憶しています。その両者の言い分は、僕にとっては 「自分の価値観がより優れている」 と認めさせたいが為の、一種の自己防衛のような感がありました。
実際、僕が所属するサークルでも同じような議論の衝突が何年も続いていたからです。(←つまり、偏見。(^.^A))
この内輪の確執に対して僕は、バカみたいな方法ではありますが、「TRPGをピラミッドに喩えた時、ゲームは基盤、それ以外は頂点、貴賎の差はない。『必要不可欠』 な基盤を堅固なものとした上で、『可能性』 としての頂点を求めるのが最適な在り方では」 というレトリックで、あっさり終わらせた事があります (苦笑)。
「結局、どちらも同じ事を言っていただけだから」 という幸運もありましたが、案外、どんな対立もそんなものかも知れない……というのは、今以て変わっていません。
勿論、ここでの議論がそんな浅薄なものだとは思っていませんし、むしろより深いレベルで行われているよう感じます。
だからこそ、めちゃくちゃ興味深い訳ですが。
……以上が、現状に対する僕の認識なのです。(^.^;)
PS.やっぱり推敲が足りない。(-_-;)
誰か教えて、「短い時間で、シェイプアップする方法」 (笑)。
1998年07月29日:17時35分30秒
自分なりの現状認識・前 / S
はじめまして、あずまさん。(^-^)/
「何だか>SHiNさん」 (98年07月29日:11時05分17秒 / あずまさん) で書かれた事は、僕自身の事のようにクリティカルです。(-_-;)
パラサイトな環境なんで、じっくりと時間を掛ける……って事が難しくて……書くにも読むにも。(^.^A)
だけど、状況が許す限り努力しまーす。(^.^;)
で、僕も確認しておきたい事があります。……まぁ、言うまでもない事だとは思う訳ですが、一応。
★ 立場
A:ゲーム内・過激派
TRPGに於いて、キャラクターに個性を付与させたり、演技ややり取りを以ってそれを表現する事は完全に無意味であり、全く必要ない。それどころかゲームを阻害する。キャラプレなどは一切禁止。
B:ゲーム外・過激派
TRPGはゲームではなく、付加価値として貶められている要素にこそ本質がある。よって、ゲームという枠に囚われる事こそ全くの無意味であり、馬鹿げた執着である。究極的に、ルールなど不必要だ。
C:ゲーム内外・中庸派
AとB、双方の言う事に一理あるが、要はバランスが必要。どちらもTRPGの一側面でしかない。Aの方向は 「TRPGの進化」 という可能性がなく、Bの方向は肥大化した付加価値が 「TRPGとしての姿」 を歪ませる。
この3つの立脚点があったとして、現在のこの論議は、「Cの中に於いて、A寄りとB寄りに分かれて行われている」 と認識しています。(はぅ、だから当たり前って断ったでしょ (笑))
言うならば、「クリスタニアの中立神」 同士の論議……みたいな (笑)。
そして、目下のところ議題の 「核」 になっているのは、SHiNさんが唱える 「ゲームと付加価値は、どちらが骨格という事もなく実は等価値である」 という意見と、これに対して 「ゲームが基盤で、付加価値はその上にあって楽しむものである」 とする意見の交換でしょう。
僕は 「等価値」 というキーワードでSHiNさん寄りですが、実際はあくまでも後者の立場です。そして、キャラプレを擁護してます……ああっ、何てややこしいっ!(笑)
1998年07月29日:16時57分23秒
補足:解釈のすりあわせ、、? / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
アタシのひとつ前の書込みの、、
>アタシはSHiNさん、別に「自分の意見を押し通そうとして」長文書いてるとは感じられないんですけど。
って部分は、SHiNさん同様、長文が目立つ、アタシ、とか、Sさんとか、T・K代表さんとかの書込みと比べてみて、特にSHiNさんの書込みに「意見を押し通そう」みたいな意図は、アタシには感じられないんですけれど、って意味です。
#補足させてくださいね。
>あずまさん
1998年07月29日:12時26分13秒
解釈のすりあわせ、、? / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>SHiNさんへ、>あずまさんへ
アタシはSHiNさんが、他人の意見か軽んじてるとは思わなかったけれど、、でも、あずまさんがゆわれるとおり、アキトさんはちょっと不本意だったかもしれないですねぇ。
アキトさん別に、みんなの「解釈をすりあわせよぉ」とまでは、思ってないんじゃないかな←アタシがアキトさんの書込み読んだかぎりではそぉ思いました。
鏡さんの質問といっしょで、みんなの解釈の違いをはっきりさせるために、整理をしてくれたんじゃないかって、気がします。
アキトさんが提出してくれた図式と、それぞれの人の解釈がどぉ違うか、それぞれにはっきりすれば、お互いの立場の違いが了解できる、、かもしんない。
あの、みな様、「改善委員会」で「上級者」の話題がもつれたとき、「お互いの立場を尊重して遊ぶことができればオッケー」みたいな話がでましたよね。でも、「お互いの立場」の違いを了解できないと、尊重なんてゆっても、ウソっぽいって気もするのですね。
あむ、、比喩的にいえば、三角測量みたいなものでしょぉか。同じTRPGでも、違う観点からみてれば、説明のしかたや、比重のかけかたや、とっかかりとかが違っちゃうこともあるかもしれません。←これは、「何でもアリ」ってことではありません。
観点の違いが了解できれば、相手が「なぜ、そぉゆぅか」はわかると思うのです、、すりあわせ、なんかしなくってもね。
その意味では、解釈の、すりあわせにそんなにこだわるは、ぢつは不毛なのかもしれません。この場合、すりあわせって結果であって、目的にしちゃうとまずいかもしんない?
で、あずまさん。アタシはSHiNさん、別に「自分の意見を押し通そうとして」長文書いてるとは感じられないんですけど。
長文って書くだけでタイヘンでしょ。そんな、ケチな了見で書かれた長文には、独特の押し付けがましさが出るもんですよね。
アタシはSHiNさんの今回の書込みは、その類の歪みを読み取れなかったけどなぁ、、。
え〜と、あずまさんの「良い例悪い例>鏡さんの質問」は、わかりやすいですよね。ほとんど、反論の余地はない。でもね、アタシが思うに「みんなで楽しもう」と思ってても「キミの楽しみかた(アタシの場合はキャラクタープレイね)」は、「付け足しの楽しみだ」とかいわれちゃったら、やっぱ気分悪くって、ほんとに「みんなで楽しむ」ことにはなんないんじゃないかって気もします。
あの、、先日、陽陰さんのGMで、「深淵」のPLやらせてもらって、陽陰さんに「カンナさんちゃんとゲームプレイできてるやん」みたいにゆっていただいたのね。嬉しかったですよ、もちろん。でもアタシのこれは、「キャラクタープレイ」なのだ(苦笑)。そんなこと、こだわんなきゃいい、って思われますか? でもね、アタシは、多分、キャラクタープレイしたくって、TRPGに入ってくる人の気持は、きっと陽陰さんよりもわかるって思ってるんです。生意気かもしれないけど、だから、アタシは「キャラクタープレイ」でできるとこまで、やりたい。
繰り返しになるけど「お互いの立場を尊重する」には、まず「立場の違いが了解されなきゃ」いけない、、ですよね。きっと、「互いの立場の違い」を了解する過程では、部分的に「すりあわせ」もされるんだろぉけれど、、。そのためには、この「総研」でされてるよぉな、めんどぉな議論も、避けられない気が、アタシはします。
いろいろ、偉そぉなことも申し上げちゃいましたけれど、さしあたりいじょぉにします(礼)。
1998年07月29日:11時22分02秒
良い例悪い例>鏡さんの質問 / あずま
こんな所に書き込んでいる暇があるのか?という話は置いておいて。
鏡さんの質問についてあずまなりの例を。
>1-1、良い「キャラクタープレイ」の例を挙げてください。
非常に抽象的になってしまうかもしれませんが、
「他の人に対して自分の分身がどのように行動しているのか、何を考えているのかを示すことが出来る。コミュニケーションの一手段としてキャラクタープレイを使っている。」
っていうのはどうでしょうか?
あずまが今まで出会ったキャラクタープレイを心がける人で、
コミュニケーションの一手段として認識している人がいらっしゃったので。
>1-2、悪い「キャラクタープレイ」の例を挙げてください。
自己満足で済ませている人。
周囲が恥ずかしくなる状況を作り上げてしまうキャラクタープレイ。
結局、「自分はこうだ!」で終わってしまって、広がりがない場合が多いです。
男性プレイヤーが女性キャラクターをプレイして、裏返った声、汗ばむ腰使いなどが思い当たります(^^;
そばによるな!とか思いますけど。
>2-1、良い「ゲーム」の適用例を挙げてください。
一緒に遊んでいる人と、遊び終わった後で「楽しかったね」と言えるゲーム。
うーん、非常に抽象的かも。
でも、トランプでも、麻雀でも、負けて悔しいけど楽しかったというのは存在しますよね?
一概には言えないのかもしれないけど、TRPGも、何年か経ってから、
「あの時の、あのセッションは楽しかったね」と言えないと<良いゲーム>とは言えないのではないでしょうか?
心に残るセッションとか、楽しめるゲームで有れば、<良いゲーム>ではないかと。
>2-2、悪い「ゲーム」の適用例を挙げてください。
みんなで楽しむことが出来ないゲームが<悪いゲーム>ではないかと。
たのしけりゃいいってわけではないですが、ゲームを遊ぶ以上、楽しい思いはしたいですよね?
だから、マスター一人が楽しんでいて、プレイヤーはつまらない思いをするようなゲームや、
一人のプレイヤーが見せ場を独り占めしてしまえるようなシステムは<悪いゲーム>だと思います。
どうでしょうか?>鏡さん
なんだか日和見主義者みたいですが、そうです(^^;
私がTRPGを遊ぶのは楽しいからであって、楽しくないTRPGはやりたくないです。
キャラクタープレイ重視の人とでも、システム重視の人とでも、
楽しく遊ぶことが出来るなら、セッションしたいと思いますが。
1998年07月29日:11時05分17秒
なんだか>SHiNさん / あずま
他の人の文章、読んでます?
自分の意見を発表するのは良いですが、あまりに他の人の意見を軽んじていませんか?
例えば:
>アキトさんの解釈は、それはそれでいいと思うけど、
>みんながみんな同じ解釈をしているわけでもないと、私は思います。
>実際、それをすりあわせるのは、まず不可能でしょう。
(RE:質問というかお願い / SHiN 98年07月29日:01時55分10秒)より
等では、その前にアキトさんが整理され、「これを前提に話をしよう」と提案されていることを、
無下に却下されているように見えます。
また、自分の意見を押し通そうと、延々長文を羅列するのも見苦しいです。
第一、あずまは読む気力を無くしてしまいます。
提案された前提を元に話を展開できないというのは考え物ではないでしょうか?
TRPGと一緒です。
マスターが提案したシナリオに対して、どの様に反応しますか?
「今日はばりばり戦闘がしたいんだ!」と、「シティ・アドベンチャー」を崩壊させますか?
確かにシナリオや前提は流動的だけれど、それをまるっきり無視しては成り立たないのは、
TRPGも、この掲示板も一緒のように思うのですけれども。
もう一度、他の人の文章をきちんと読んで、
人と『会話』をする事を心がけませんか?
1998年07月29日:05時08分57秒
RE:「疑似体験とゲーム性は等価値」について(>SHiNさん、でぶ猫さん) / SHiN
To Sさん。
遅れていた分のレスをさせていただきます。
まず、Sさんの紹介された球体モデルを使ったTRPGの構造論について。
Sさんが感じられた、私とSさんの微妙な違いは、このモデルを使っても表現できると思います。
まず、細かいことを気にしなければ、おおむね賛同できるモデルといえます。
が、
違ってる点・・というか、Sさんのモデルの弱点として、
『ルール』と『ゲーム性』の区別が不明確だという点を指摘させていただきたいと思います。
Sさんのモデルでは、
>そして、その内側の「球そのもの」が、「ゲーム的な性質」である。つまり、野球に
喩えれば、ボールを投げて打って走って……という「やり方」と、そこに込められた「
駆け引き」であり、それを決定する「意志と判断のありよう」である。これは、貴方に
とってダイレクトに目に見えるものだ。
と、なっていますが、ここで言う『やり方』が、おそらくルールなのでしょう。
そして、「駆け引き」は・・いわば、GMによるシナリオやマスタリングの段階で付け加えられる「ゲーム的な性質」と考えていいでしょう。
もっとも、これはルール段階で加えられてる「ゲーム的な性質」かもしれません。(魔法使いの魔法は強力だが一日にうてる量に限りがある・・など。)
が、そうなると、GMにより付加される「ゲーム的な性質」の位置づけがよくわからなくなります。
もしくは、「ゲーム的な性質」として、GMが付加すべきものとルールブックが提供するものを区別することに意義を見い出しておられないのかもしれません。
いずれにしても私の考え方とは一致しません。
まず私は、もっと明確に、
『ルールブック』『シナリオ』『セッションハンドリング』を区別したモデルを持っています。
いわば、球の外側、つまり目に見えるものとしては
『ルールブック』『シナリオ』『キャラクターシート』などを当てはめます。
ここで重用なのは、プレイヤーとGMでは、目に見えるものに違いがあるということです。
シナリオは、GMには見えますが、プレイヤーには見えません。
逆に、キャラクターシートに書かれていないキャラクターに関する記述(つまり、でぶ猫さんいわく『妄想』と呼ばれる部分)は、GMには見えません。
そして、各自、他人に見られてない部分は、いつでも書換えを行うことが可能です。
これが、私のTRPGモデルの『球』、つまり目に見える部分に関するものです。
そして、マスタリングとは、この球の情報をもとに、球の内部にある『ルールブックの副産物』を探しあてることと言えます。
(このことは、私がベンさんと同様、ルールブック(ワールドガイドなども含めたゲームシステム)を尊重していることを示してます。)
さて、ここでもう一つ、私とSさんのモデルの違いを指摘せねばなりません。
>更に、「球の内側」に、「本来はルールやゲームそのものとは関係ない副産物として
>の、でありながら人を感動させるドラマ」がある。これは、何もRPGだけにあるもの
>ではない。勿論、RPGにはより強い形で存在する。例えば、その為の一助が「キャラ
>クタープレイ」であり、「ストーリーの作成」である。が、あくまで「球の内側」にあ
>るもので、貴方にとっては「球そのもの」が邪魔をして直接見る事はできない。
Sさんのモデルでは、球の内部にあるのは、ルールやゲームの副産物としてのドラマですが、
私のモデルでは、違ってきます。当然、球の定義が違うのだから、必然的にそうなってしまうわけです。
私のモデルでは、球の内部にあるのは、『ルールブック(ゲームシステム)やシナリオの副産物としてのゲームやドラマなどの、人を楽しませるもの』となっています。
いわば、ゲームもドラマも、『ゲームデザイナー及び、ゲームマスター』の創作した『広義でのシナリオ(ゲームシステムで紹介されているルールやワールドを含んだもの)』の提供するものであると言うことになってくるわけです。
また、これらは、同じ『楽しみの要素』であるわけですから・・・完全に『等価値』という私の主張につながってくるわけです。
実際、多くの場合、ゲームデザイナーがゲームをデザインするとき、ルールとワールド設定が結合するようにデザインしているはずです。GMがシナリオを作成する場合も同様でしょう。つまり、それら(球の外側の大部分を占めるもの)は、本来まったく分離不可能なものなはずなのです。
そして、ルールは、ゲームの直接の源でありワールド設定はドラマ(疑似体験・キャラクターロールプレイ)を楽しむための源です。ルールさえあればゲームを楽しむことは可能です。(キャラを作成しての戦闘シュミレーションなど。GARPSリングドリームや武神降臨などをこういう遊び方している人もいると聞きます。)
また、ワールドさえあれば、ドラマを作ることが出来ます。(ロードス島戦記、ルナル・サーガなどのゲーム小説などがそれを証明しています。)
とはいえ、実は、ワールドを使ってドラマを作るときも、いくつかのゲーム世界内法則はルールと共有しているし、ルールだけを使って戦闘シュミレーションゲームを楽しむ時でさえ、キャラクターイメージや技の種類などはワールドと共有しています。
この事は、ワールドとルールが実際に分離不可能であることを再び示してくれます。
そして、これらそれぞれのファクターが生みだすドラマとゲームも同様に分離不可能なのです。
ドラマを行おうとすれば、そこにはゲームが生じますし、ゲームを行おうとすればそこにはドラマが生じます。
それゆえ、これらは等価値なのです。また、アピールする相手に若干の差がある(ゲーム派、ロープレ派など)という点を除くと、どちらも『楽しさの断片』という立場において変わりはないのです。
また、先ほど述べたように、ドラマはゲームを内包し、ゲームはドラマを内包しているという事情から、
『ゲーム的断片』と見えるものは、単にゲーム派にアピールする成分を多めに含んでいるだけであり、
『ドラマの断片』と見えるものは、ドラマを面白くするための成分を多めに含んでいるだけなのです。
構成成分は、まったく同じな上、物理的にその割合を分析できるものではありませんから、それらを区別するには主観によるしかないというわけなのです。
さらに、GMは、自分の主観をプレイヤーに押し付けることが出来ないという事情もあります。
(GMが、ゲーム的要素のつもりで提出した断片を、プレイヤーはわずかな、だが本人にとって非常に魅力的なドラマ性をそこから見い出し、ドラマ的断片としてそれを受け取ってしまうかもしれません。)
それゆえ、GMは、ベストを目指すならば常にゲーム性とドラマ性(キャラクターロールプレイ・疑似体験)の楽しさが両立できるように意識せねばならないのです。
また、プレイヤーがその断片をどのような断片として受け取ったか?って事に気を配るのも、大事なこととなってくるでしょう。ドラマ的断片として受け取られたものに対し、いくらゲーム的アプローチを試みても結果は、かんばしくないものに終わる可能性が高いからです。(そのような行為は、別に間違ってはいませんが、プレイヤーを楽しませる上で、効率的ではありません。)
いかがでしょう?
私とSさんの考え方の微妙な相違や、私が「等価値」にこだわる理由、わかっていただけましたでしょうか?
1998年07月29日:03時45分01秒
鏡さんの「キャラクタープレイ」とか「ゲーム」とかに対するレス(後編:独自の視点で)) / SHiN
(前編からの続きです。)
ただ、一応、参考までに私自身のいくらかみなさんと違った視点からの一例を挙げておくと、
私にとって良いゲームとは、
各プレイヤーに対し、平等であるもの。
また、それが保証されているもの。
と、言えます。
たとえば、GMが逐一、オリジナルルールや、特殊なルール解釈を持ち出してくる(持ち出さざるを得ない)ようなものは、
良いゲームだとは思えません。
また、マスタースクリーンの裏でGMがダイスを振る場合、
そしてその結果を後で証明する手だてがない場合、
それは良いゲームとはなりえないです。
同時に、シナリオにおいて選択肢が生じている場合、
それを選んだ結果に応じて、GMがシナリオを操作していないという
証明がなければやはり良いゲームとはいえません。
つまり、イカサマが簡単に出来る状況、
もしくは『やっているのでは?』という疑いが生じる状況では、よいゲームは生じ得ないと思います。
このことこそ、私が、ゲーム部分の魅力に関し、TRPGが将棋やMtGなどにかなわないと感じる理由なのです。
より正確な言い方をすると、馬場講座やその同調者が示すようなTRPGでは、決して、MtGなどを支持するゲームファンを
TRPGに参入させることは出来ないと思うのです。
ゲームを楽しむためには、達成目標と、戦略性と、競技性などが必要です。
このうち、競技性に関しては、『フェア』であることが何より要求されます。
が、たいがいのゲームマスターは、完全に『フェア』ではありえないし、
プレイヤー側もゲームマスターのフェアさなど信じてはいない。
(残る道はプレイヤー同士を競いあわせることですが・・
これに関しては、今回はノーコメントといたします。)
それゆえ、競技性では、決してTRPGは他の娯楽にかないません。
戦略性に関しても、同様でしょう。もっとも、TRPGの方が考慮すべきファクターや
戦略の幅が広いのでこれに関してはある程度まで埋め合わせが可能かもしれません。
が、この戦略性は結局のところ競技性に帰結してしまうので、やはり、MtGなどの
優れたゲームにはかなわなかったりする可能性が高いでしょう。
が、ゲームの価値を高めるもう一つの方法、『達成目標』。
これに関してはいくらかTRPGに分があります。
特に、経験値による成長というのは、達成目標の価値を高めるものとして強力です。
魔法のアイテム(もしくは人脈)などの『報酬』も有効です。
多くのTRPGは、これらを得ることにより、キャラクターの能力が高められ戦略の幅も広がりゲームが楽しくなるようになってます。
そして、もうひとつ・・・・
キャラクターロールプレイ(ドラマ性、疑似体験)をうまく導入するとこの達成目標の価値をさらに高めることが出来ます。
つまり、感情移入を促進することによってプレイヤーのゲームに対する興味を高めるということであり、
これは馬場講座でも指摘されています。
ただ、馬場講座の間違いは、これをサブ的な要素と見積もってしまったことでしょう。
実は、マルチステージ処理やタイムスケール管理などよりも
TRPGがそのゲーム性を高めるという意味合いではよほど強力な武器となるものなのです。
少なくとも、MtGなど、他ジャンルのものと対抗する場合、
TRPGの特性・利点を最大限生かす方法こそ、キャラクターロールプレイを重視するということなのです。
そういうわけで、私がSさん流に
『ここで言う「ゲーム」って言うのは、「TRPGとしてのゲーム」ですよね?』
ってスタンスで解答すると、
『キャラクターロールプレイによって感情移入を促進され達成目標の価値を高められたゲーム』
・・と、言うことが出来るのでしょうね。
もちろん、これに、他の方の意見を加え、より多くのものが達成できる形が私のベストであることは言うまでもありません。
1998年07月29日:03時38分51秒
鏡さんの「キャラクタープレイ」とか「ゲーム」とかに対するレス(前編:GMというスタンスで)) / SHiN
鏡さんwrote
>端から拝見していて、何だかよく分からないのが、表題に挙げた二つの用語が示す内
容です。本当に皆さん、同じ意味で使ってらっしゃるのでしょうか?
というわけで、観客席から質問です。
1-1、良い「キャラクタープレイ」の例を挙げてください。
1-2、悪い「キャラクタープレイ」の例を挙げてください。
2-1、良い「ゲーム」の適用例を挙げてください。
2-2、悪い「ゲーム」の適用例を挙げてください。
わたしは、今回、一貫してGMとしての立場で発言しようと思っているのですが、
その私がGMとして「良いキャラクターロールプレイ」と思うものは、
プレイヤーが楽しめるかどうかという基準になってしまいます。
また、不特定多数の人間(うちは、サークルだが、高校時代の友人の集まりゆえ、好みに統一性がない。その上、人の好みは変化する・・)
の意識を考慮する必要もあるので、ある意味、今回この設問に解答された方々のおっしゃられてる要素を最大限とりいれたものを、私にとっての「良いキャラクターロールプレイ」とする必要があります。
その意味では、
たとえば
『自己満足ではなく、(マスターを含む)コミニュケーションの上に成り立っている、「自己表現」。 』
だったとしても、それがゲーム性を著しく損なうものであったなら
良いキャラクターロールプレイとは言えません。
なぜなら、陽陰さんにとって良くてもSさんにとっては悪いものだからです。
(陽陰さんの良いキャラクターロールプレイに関する書き込み)
>自己満足ではなく、(マスターを含む)コミニュケーションの上に成り立っている、「自己表現」。
また、自己の行動に対し責任を持ち、因果を素直に受け取る姿勢も重要。
(Sさんの悪いキャラクターロールプレイに関する書き込み)
>悪いキャラクタープレイ:ゲームとのバランスが破壊されている。
・・となってますので。
だから、単純に、自分の好みで「こういうキャラプレはOK!、こういうのはダメ!」とは言えないのです。
これでは、GMからプレイヤーへの『押し付け』になってしまいますから。
そういう意味では、「悪いキャラクタープレイ」は存在しない。
というスタンスになってしまうのかもしれません。
が、ひとつだけ、悪いキャラクタープレイとして挙げられるものがあります。
『他人の楽しみを不当に邪魔するもの』
これは、私としては認めることは出来ません。
(『不当に』と付け加えたのは、プレイヤー間で競合する場合があるからです。その場合、GMは、それらの競争が適切に行われるべく対応すべきでしょう。うまくいけば、ゲーム性とキャラクターロールプレイの価値、双方を高めることが可能です。)
わたしは、プレイヤーの自己満足やひとりよがりは、他人の邪魔にならないなら別に『悪い』とは思わないです。
本人が、それで楽しいならいいんじゃないでしょうか?
(ドラクエなどのようなコンピューターゲームを楽しむ場合、常にひとりよがりで自己満足的ではありませんか?
それらを否定する人はいないでしょう。ただ、せっかく複数の人間が集まっているのだから、個人的にはそれだけではもったいないとは思います。
が、強制すべきものだとも思えません。他者に迷惑をかけない範囲でなら咎めるべきものではないと感じます。
実際、多くの場合、キャラクターロールプレイは、自己満足に終わっているはずです。)
さて、では、良いゲームとはなにか?
これは私の場合、鏡さんとまったく同じ。
「同じことを皆でやって、楽しい時間を過ごすこと」
これに尽きます。
良いTRPGといってもいいかもしれない。
下手すると、良いキャラクタープレイといってもあてはまってしまう(笑)
みなさんがおっしゃられてる「良いゲーム」というのは、
私にしてみれば「良いゲームを達成するための条件の一例」に過ぎないって感じがします。
・・・というか、実際、そうなのでしょう。
たとえば、でぶ猫さんは、良いゲームとは、
『葛藤の要素のあるもの。失敗に終わっても、「今度はうまいことやったるで」と挑戦意欲をかきたてられるもの。 』
とおっしゃってます。それに対し陽陰さんは、
『そちらがこうきたから、俺はこう動いて、きっとそちらはそう動くから、俺はこう動けるだろう。
だから俺は、こう動く。 などという意志決定のこと。』
とおっしゃってます。
双方、違うことをおっしゃってますが、これらは互いに否定しあうものではないので、
同居可能です。そして、お二人ともに、相手の考えを尊重されるはずだと思います。
もちろん、わたしも、お二人に賛成です。どちらも『楽しい時間を過ごすこと』に貢献する考え方ですから・・
まあ、こういった事情で、私としては、これらの『良い○○』に関する意見を統合する『表現』を採択するしかなくなってくるわけです。(後編につづく)
1998年07月29日:01時58分46秒
用語の用い方 / SHiN
・・とはいえ、用語の使われ方がいまだに特殊な使われ方をされてしまっている状況は、どうにかした方がいいと私は思ってます。
アキトさんの提示して下さった例を利用して、参加者のみなさんに、次の用法で使用されることを提案・推奨いたします。
>○1『意志決定』:行為。判断。複数の選択肢の中から、自分の「意志」で1つに「決定」すること。ただしRPGにお
いては自分が立場によって複数存在しうる。
『意志決定』というのは、そのまま『意志』を『決定』するという意味で使用するべきでしょう。
だから、アキトさんが例示している『RPGにおいては自分が立場によって複数存在する』ということを表現するためには、
『プレイヤーの意志決定』、『キャラクターの意志決定』という具合に明記すべきだと思います。
>○2『ゲーム』 :意志決定の場。
世間一般でも『恋愛はゲームである。』『政治はゲームだ』という使われ方をしていますが、これらは特殊な例と考えるべきです。
ここでの議論では、純粋にトランプやテレビゲーム、野球、そしてTRPGなど、達成目標、もしくはそれに類する代用要素を持ったもの全てを含むものとする方がいいでしょうね。
「すごろくはゲームとは言えない」というのは、わたしも納得できる言い方ですし私自身も使用してきましたが、一般には馴染みが薄い考え方なので暗黙のうちに前提とするのは無理があるでしょう。『意志決定の意義のない(意義の希薄な)ゲーム』という表現で代用すべきだと思います。
>○3『ゲーム性』:性質。意志決定の余地がある状態。
一般に、ゲーム性が高いというのは、ゲームの持つ魅力である『達成感』『スリル』『戦略性』『競技性』などの一つ、または複数の価値が高く
面白いという事を意味します。
これに関しては、みなさん、結構、この意味で使われていますが、先にあげた『ゲーム』が一般的でない使われ方を前提なしにされてしまってるため
わかりにくい議論になっていると思います。
「全てのゲームがゲーム性が高いわけではない」「ゲーム性の高いものが全て優れたゲームというわけではない」などという言い方は、非常に難解な表現であり、議論に無用な誤解を生じさせるもとだと思います。
>○4『ルール』 :基準・物差し。意志決定をする上でのガイドライン。選択肢を評価することによりゲーム性を保つた
めの仕組み。
これまた、マナーをルールに含める人もいれば一般常識をルールに含める人もいる。
それが間違いとはいいませんが、そういう使い方をする場合はやはり逐一、注釈をつけるべきでしょう。
(「マナーを含めたルール」など)
一般にゲームにおける『ルール』といえば、ルールブックに示されているものや参加者関で決定した決まり事を意味するはずです。
さて、これらの用語の用い方を強制するつもりはありません(これらと違う用い方をされていたとしても、なるべく文脈から読み取るようにします。)が、少なくとも私の書き込みにおいては、この意味で使っていこうかと思ってます。
1998年07月29日:01時55分10秒
RE:質問というかお願い / SHiN
To アキトさん&みなさま
アキトさんの解釈は、それはそれでいいと思うけど、
みんながみんな同じ解釈をしているわけでもないと、私は思います。
実際、それをすりあわせるのは、まず不可能でしょう。
たとえば、キャラクターロールプレイという言葉一つとっても、
鏡さんの設問に対するみなさんの解答がまちまちなことを考えてみると
ある程度、それぞれの用語に幅をもたして理解するしかないと感じています。
ただ、同時に『良いキャラクターロールプレイとは?』って解答に関してはまちまちでも、
『良いTRPGとは?』ってものに対する解答は、みなさんある程度、似通った答を出せるのでは?ってのが、大方の共通認識なのではないでしょうか。
この事は、複数の方々から何度か指摘されてますし、私自身もそう思います。
にもかかわらず、議論がなされているのは、
『より良いTRPGを得るために最適な考え方とはなにか?』についてバラつきがあるからでしょう。
そして、論点はここにしぼられて来ていると思います。
もはやTRPGの本質は?などという抽象的、概念的な議論は無意味でしょう。
大事なのは、TRPGの本質を○○と考えることで、よりよいTRPGを得るためにプラスとなるかどうか?それが問題になっきててるハズです。
(でなければ、単なる個人的なこだわりにすぎなくなってしまいます。)
たとえば、今回のキャラクターロールプレイに関する議論では、初期の段階で既に『TRPGの本質が意志決定である』という主張は単独では意味をもたなくなってしまっています。
なぜなら、意志決定を本質としているか、意志決定を尊重しているかどうかによって、『ゲーム性重視』と『キャラクターロールプレイ重視』を区別できなくなってしまっているからです。
※キャラクターロールプレイ重視というのは、意志決定の目標の優先順位を変更したものに過ぎないという認識が成立してしまっています。
(少なくとも、これに対する反論は現われてません。)
1998年07月29日:01時03分30秒
Re:質問というかお願い / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>アキトさんへ、
#整理ありがとぉございます(礼)。
#受験勉強だいじょぶかぁ?? 野暮異?? ま、、まぁそれはおいておいて、アタシは助かるよぉな気がしました。
#で、突っ込みとかでなくって、せっかくアキトさんが整理してくだすったので、アタシの立場を、補完させていただいちゃいます☆
■アタシなりの「キャラクタープレイ重視」■
キャラクタープレイとは、「ロールプレイ=ルールによって一意に規定されるといわれる役割分担」と、それ以外の付加価値とされる諸要素、とを再構成して、キャラクターに固有の人間性をセッション過程で確定してゆく、キャラクターハンドリングのこと。
キャラクタープレイの目標は、「ルール」を道具として活用して、プレイされたセッションのストーリーに深みを加えることにある。キャラクタープレイが成功したとき、ストーリーに深みが加わるだけのことである。
セッション成立重視の観点からすれば、キャラクタープレイの成功は、セッションの付加価値にすぎないといゆわれるだろう。しかし、キャラクタープレイ重視の観点からすれば、同じセッションを指して、成功したキャラクタープレイの過程にすぎない、とゆぅこともできる。
TRPGにおいては、ルールは一般の伝統的な「ゲーム」の「ルール」とは違って自己完結しない。それは常にPLの「常識」によってレファランスされる。けれど、これを不完全と呼ぶのはあたらない。
ただ単にキャラクターを描写するルールの要素(パラメータ)の解釈にブレ(幅)が生じるだけのことにすぎない。逆にキャラクターのパラメータにまったく 解釈の幅がなければ、それはSLGのユニットに似たものになってしまうだろぉ。
キャラクタープレイを、もんだい視する意見の内で、検討に値するものに、「セッションの再現性が低くなる」があるけれど、セッションメンバー(GM&PL)が、パラメータの解釈をセッション過程のインタラクションによって自覚的に擦りあわせていけば、それだけで再現性は高まると思われる。
現在の一般的なRPGはそのほとんどがキャラプレに関するルールが欠けいる、と言えるのかもしれない。ただ、欠けているのは、ほとんどの場合パラメータ解釈の方向性を統御する、仕掛けだけではないだろぉか。
なぜなら、TRPGのルールが必ず、「常識」によるリファレンスを必要とする以上、「解釈」のブレ(幅)は避けられないからである。
ちなみに、「パラメータ解釈の方向性を統御する、仕掛け」として、「世界観」や「ゲームコンセプト」を挙げる意見もあるが、アタシとしてはこの意見には疑問を感じる。
なぜならば、「世界観」はTRPGルールの内で最も、常識によるリファレンスを必要とするパートのひとつであり、したがって、解釈の幅も生じ易いのではないだろぉか。
また、ゲーム-コンセプトは、すなわち「ゲームの概念」である、これが、解釈の幅を持つのも必然だと思われる。
「深淵」において、あらかじめ「運命」の項目(パラメータ)が豊かな解釈を許容した「象徴的な語句」として設定されていることは示唆的である。
#いろんなかたに、いっぱい、叩かれるかもしれませんけれど、今のところのアタシの意見としては、いじょぉです。
1998年07月28日:20時21分18秒
質問というかお願い / アキト
どうも、ここではROMしてたアキトです。
お話に参加するために過去
ログをさかのぼったのですが、何しろ量が多いのと理解力不足が災いして、
いまいち把握しきれません。場を混乱させるようで恐縮ですが、自分なりに理解した(フリ)ものを書
きましたので、何かツッコミむ点がありましたら、容赦なく殺っちゃって
ください。
えーと、まずは前提となる言葉です。
○1『意志決定』:行為。判断。複数の選択肢の中から、自分の「意志」で1つに「決定」すること。ただしRPGにおいては自分が立場によって複数存在しうる。
○2『ゲーム』 :意志決定の場。
○3『ゲーム性』:性質。意志決定の余地がある状態。
○4『ルール』 :基準・物差し。意志決定をする上でのガイドライン。選択肢を評価することによりゲーム性を保つための仕組み。
○3の条件:各選択肢がメリットとデメリットを持ち、かつそれが判断材料として示唆されていること。
○5『ロープレ』:PCの理性による判断。ルールによって表現される現実を理性的に判断するため、ルールの定めた役割分担に落ちつく(ただしPCとの情報量差による問題はある)。
○6『キャラプレ』:PCの感情、特に理性と感情の矛盾から生じる判断。
○5と6に関する考え:プレイヤーが持つ目的を3つに分けて考えてます。
1つはセッションの成立、もう一つはプレイを楽しむこと、最後はキャラクターを「演じる」ことです。そしてそのための手段が5と6です。
S:セッションの成立
↑ 役割分担
|←−−−−−−−−−−−P:プレイを楽しむ
↓ キャラプレ
C:キャラが「生きる」こと
以上を前提として、以下が私の理解できた範囲の考えです。
○セッション成立重視の意見
キャラプレはルールが未整備なために、本当にそれがメリット・デメリッ
トをもった選択肢なのか判断ができず、それが意思決定であるといえるか確
認できない。
意志決定でないかもしれぬものによって、セッションが不成立になるのは
他の参加者にとって迷惑だ。
○キャラプレ重視の意見
RPGにおいてルールは常に不完全である。そのため通常に遊んでいても
ゲームでない瞬間が生じてしまう。通常、ルールは「常識」によって補完さ
れるが、キャラプレは「PLの人間に対する理解」によってしか補完できな
いのが問題である。
また、現在の一般的なRPGはそのほとんどがキャラプレに関するルール
が欠けいる。
以上です。どうかよろしくお願いします(初めての長文なので、乱文乱筆すいません)
1998年07月28日:02時17分44秒
Re:「キャラクタープレイ」とか「ゲーム」とか / でぶ猫
たしかに結構めいめい勝手に使っているようですねぇ・・・
では回答してみませう。(例じゃありませんが)
1-1、良い「キャラクタープレイ」の例を挙げてください。
他のプレイヤーがその内容を共有しやすいものですね。ルールブックに記述された共通の言葉(パラメーター、世界設定、
ゲームコンセプトなど)およびそこから容易に連想されるものだけで構成されているのが最良でしょう。全員が知ってるサプリメントの言葉もOKですね。
これでキャラクターを表現するのがよいキャラプレだと思います。
(ルールブックの内容が貧弱などの事情で、完全にそうもいかない場合が多いと思いますが)
1-2、悪い「キャラクタープレイ」の例を挙げてください。
もちろん、他の人が共有どころか共感もできないようなどっから持ち出したのかわからないよううな
ひとりよがりな要素で構成されたものです。
2-1、良い「ゲーム」の適用例を挙げてください。
葛藤の要素のあるもの。失敗に終わっても、「今度はうまいことやったるで」と挑戦意欲をかきたてられるもの。
2-2、悪い「ゲーム」の適用例を挙げてください。
何をやっても結果が決まりきっているもの。何をやるかが決まりきっているもの。
目的が与えられず、何をやれないいのかまったくわからないもの。
1998年07月27日:22時41分19秒
RE:「キャラクタープレイ」とか「ゲーム」とか / 陽陰
話が進んでいるのかいないのか・・・・
鏡氏の設問は意味がありますが・・・
と、いうわけで、私も回答させていただきます。
>1-1:良い 「キャラクタープレイ」 の例を挙げてください。
自己満足ではなく、(マスターを含む)コミニュケーションの上に成り立っている、「自己表現」。
また、自己の行動に対し責任を持ち、因果を素直に受け取る姿勢も重要。
>1-2:悪い 「キャラクタープレイ」 の例を挙げてください。
自己満足で他者のことを考えていない「自己表現」。
自己の行動が、どんなものであろうとも受け入れられ、嫌な結果を返されるとふてくされるお子さまな行動。
2-1:良い 「ゲーム」 の適用例を挙げてください。
そちらがこうきたから、俺はこう動いて、きっとそちらはそう動くから、俺はこう動けるだろう。
だから俺は、こう動く。
などという意志決定のこと。
2-2:悪い 「ゲーム」 の適用例を挙げてください。
パズル、サイコロの振り合い、じゃんけん等、狭義の競技性を持ったゲームとしての用語法。
1998年07月27日:21時29分28秒
「なぜアタシが、『ストーリーの深み』 にこだわるか」 を見て / S
……いいなぁ、東京の人達は。(-_-;)
あ、いや、愚痴です、はい (笑)。
>鍼原さんは力強く断言しました
>ストーリーに参加したくって、TRPGに興味を持つタイプの人は、キャラクタープレイが 「原則的に否定」 されちゃったら、TRPGに手をださなくなりますよ (←断言)。
そのタイプの人がTRPGに手を出してその後、ゲーム性を理解するかしないか、理解するとしたら、なにをとっかかりに、どこから理解し始めるかは、また別のもんだいだって思うのです。
アタシの意見としては、そのタイプの人には (強調:S)、「ルールを読めばわかる」 とか 「ベーシックなゲームを、いちからやってけば、キャラクタープレイもうまくなる」 とか言うのではなくって、 「その1人称はあなたのキャラらしくないよね」 とか 「今の行動は唐突な感じがして、ちょっと動機を理解しづらかった」 ってゆって遊んでったほぉが、結局、(そのタイプの人は)「ゲーム性」 も理解し易いって思うのです。
うぅ、何かもぉ、「キャラプレ擁護の守護神」 って感じです、鍼原さん。(T.T) ←嬉し泣き
……えっと、あくまで僕は、「ゲームである事」 と 「キャラプレ (それ以外の付加価値も含む)」 は両立させるおそらくスタンダードなスタンスで、個人的/所属サークル的に理想とするのは、そのいずれもが深く追求された形でのプレイスタイルです。
だから、純然たるキャラプレ派じゃないと自己判断してます。鍼原さんに近いんだと思います。
そして、鍼原さんと同じく 「キャラプレ擁護派」 ですから (笑)、その立場で発言して行きます。宜しくお願いします (礼)。
PS1.キャラプレの類いから入っても根本は養える……って意見、めちゃ納得できます。
……ただ、「TRPGはその構造上、ゲーム性を見失い易い」 とゆー致命的な欠陥がおそらくあって、しかるべき上級者の元でないと、やっぱりキャラプレの 「罠」 に陥っちゃうと思うんですよ。
その為の制御機構が、現状のシステムに根本的に欠落しているのが問題なんじゃ……ここですよ、多分、ブレイクスルーを果たすのは。
PS2.混乱してるの、僕の所為です。(T.T)
1998年07月27日:19時23分16秒
補足:RE:「キャラクタープレイ」とか「ゲーム」とか#2 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
#なぜアタシが、「ストーリーの深み」にこだわるかをちょっとだけ書いておきたいと思います。
*陽陰さんへ>
*この書込みでは、あちこちに陽陰さんのお名前借りる予定ですけれど、
*陽陰さん宛ってわけでもないのです(汗)。先週の土・日はいろいろお話できてよかった。
*特に、「WHやってみたら」のアドバイスはありがたかったです。
*「WH」だったら、「挑戦してみたいわ」とか思っちゃうのだ、アタシは。
*とりあえずは、JGC終わったら、「WH」のキャンペーン、<PLだけど(汗)。
*何度か遊ばないと、ルール覚えられないのよ、アタシ。
なぜアタシが、「ストーリーの深み」にこだわるかをちょっとだけ書いておきたいと思います。「ゲーム的な駆け引き」をじゅんすいに楽しめる人って、日本語で生活してるにんげんの内では決して割合多くない(別に少数派だとは思いませんけど)ってアタシは思ってます。欧米のよぉにはいかない。だって日本語って、原則をたてて、それを運用してくって言語習慣とっても、未熟じゃないですか。
「憲法改正」をこんなに何十年もやってない国なんて珍しいはずですわよ。
原則たてたら、神棚に祭り上げて、後は、お構いなし、って感じ。
「ゲーム的な駆け引き」をじゅんすいに楽しめない人って具体的一例は、M:TGとかが楽しめないにんげんですね。
アタシは、M:TGをプレイする楽しさは想像はできます。でもゲーム苦手だから、うまくプレできないので、楽しめないと思います。だから手を出しません。
でもTRPGは遊んじゃいます。え〜と、こないだ、陽陰さんにGMしていただいて、「カンナさんはゲーム的なプレイじゅうぶんイケます」ってゆっていただきました。
嬉しかったのですけれど。ただ、アタシがゲーム性もそれなりに考えてTRPGをプレイするのは、(陽陰さんはおわかりくださると思うのですけど)「アタシがハンドリングするキャラの言動を、同卓メンバーのかたに受け止めてもらいたいから」が、目的だからなのですね。
別に、どこを入り口にしよぉが、同卓メンバーも含めて、楽しく遊べるなら、いいじゃない、ってアタシは思います。
で、アタシみたいなタイプは、ゲーマータイプの人の間では珍しいかもしれない、って気はします。
でも、世間一般では、決して珍しくない。
ゲームソフトは、はやってるじゃないか、ってゆわれても、遊んでる人の大多数は「玩具」的に遊んでるだけですわよね。いえ、それが悪いとかは思ってないのですよ、ア・タ・シ・はね(笑)。
ちょっと前なんですけど、とある「妖魔夜行」専門のHPで、生まれてはじめてチャットをしました。相手してくれたのは若い感じの「小説・妖魔」ファンです。でも彼女は「妖魔のTRPG」には興味を持ってて、いろいろ聞いてくれるのですね。
で、彼女に「TRPGってどこに行ったら遊べるのかわかんない」ってゆわれました。
sfさんには、悪いんですけど、アタシはTRPG.netではなくって、別の「妖魔TRPG」も扱うHP紹介しちゃいました(汗)。
ストーリーに参加したくって、TRPGに興味を持つタイプの人はは、キャラクタープレイが「原則的に否定」されちゃったら、TRPGに手をださなくなりますよ(←断言)。
そのタイプの人がTRPGに手を出してその後、ゲーム性を理解するかしないか、理解するとしたら、なにをとっかかりに、どこから理解し始めるかは、また別のもんだいだって思うのです。
アタシの意見としては、そのタイプの人には、「ルールを読めばわかる」とか「ベーシックなゲームを、いちからやってけば、キャラクタープレイもうまくなる」とか言うのではなくって、「その1人称はあなたのキャラらしくないよね」とか「今の行動は唐突な感じがして、ちょっと動機を理解しづらかった」ってゆって遊んでったほぉが、結局、(そのタイプの人は)「ゲーム性」も理解し易いって思うのです。
そのタイプのPLさんがGMできるかどぉかは、また別のもんだいだって思ってます。
GMはじめるんなら、「ベーシックなゲーム」から遊ぶよぉにしたほぉが、よいのかもしれません。←この件は、アタシ今のトコ、意見保留です。
1998年07月27日:19時14分51秒
基礎から離れたシナリオ&設問回答 / MARS
あまり基礎から離れたシナリオで良いセッションが行われたとは聞かないので例をだしてもあまりよくないと思うのですが…
例えば吟遊詩人マスターのシナリオは多くがこの基礎を根本から考えていないようです。
これこれがありこれこれがあった…そこに君たちはいたけど何もできなかったよ…だから何もするな!!
って奴ですね…
障害はあるものの障害を取り除くことがplからは何もできないと言うわけです。
この逆のパターンもあります。
プレイヤーもマスターも目的を持たずなーなーでその世界を見て回っている…
よくSW好きの人たちがはまるところですね…
そのうち飽きてきていつも同じと文句が出るわけです。
私の考えとしては基礎がなければ成り立たないと考えています。
さて設問への回答
1−1,よいキャラプレイ
一つの個性として確立した行動や期待されている行動を折り合いを付けて行うこと
1−2,悪いキャラプレイ
plのわがままの口実…これは最悪である…
最悪ではないにしても期待されている行動をかたくなに拒否するのも良いキャラプレイとは言えないでしょう。
2−1,よいゲーム
定義として数値的処理、ルールとして明記されているものを前提とします。
シナリオを効果的に演出しplに状況を把握させる適用
2−2,悪いゲーム
盲目的に遵守し効果を考えずplの状況把握を阻害する適用
このように考えています。
1998年07月27日:18時48分46秒
RE:「キャラクタープレイ」とか「ゲーム」とか#2 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
#土・日と、深淵con関係で、遊び歩いてたら、書込みがいっぱい(驚)。
#3327さん、とSさんと、SHiNさんにはRes書きたいけど、、え〜と、どこから手をつけたものやら<Res(困)。
#「総研」の議論ちょっと混迷気味? って気もするし、、。
#アタシもまずは、鏡さんの質問に乗った。うまく、話題の整理につながるかもしれないし。
1-1:良い 「キャラクタープレイ」 の例を挙げてください。
PLがハンドリングしてる、PCの固有の“らしさ”を演出して、キャラを「平板」でなくすプレイ。
キャラを「平板」でなくすのは、セッションで展開されるストーリーに深みを付加するため。セッションは崩壊させずにつつがなく終了させるのが当然の前提。←そのためには、どぉしても同卓メンバー(GM&PL)とのインタラクションでPC間の関係を形成していくことになると思います。
キャラの“らしさ”ってゆぅのは、PC間の「関係性」によってしか、表せないと思うのです。
*ここでゆってる、「キャラクターが『平板』」、ってゆぅのは、文芸批評で言う、「フラット〔平板〕(≒類型的)なキャラクター」って意味です。
1-2:悪い 「キャラクタープレイ」 の例を挙げてください。
同卓メンバー(GM&PL)とのインタラクション(関係形成)がうまくいかないプレイ。
2-1:良い 「ゲーム」 の適用例を挙げてください。
キャラの“らしさ”を同卓メンバー(PL&GM)に了解し易くする適用。
「深淵」の「縁故」ルールとか。
2-2:悪い 「ゲーム」 の適用例を挙げてください。
1)キャラの“らしさ”を成り立たせる、同卓メンバー間でのインタラクションを阻害する適用。
GURPSで「このキャラは<寡黙>の特徴をとってるから、あまりしゃべらないんだ」←PLは必要最低限しゃべれ〜。
2)ストーリー展開が、不自然になるルールの適用。
ん〜、具体例、、「英雄候補が旅先ではじめて出会ったのに、ルールから期待される役割分担だからって、理由で、何のためらいもなく意気投合しちゃう」とか(←シラケちゃうのだ)、、駆け出しの騎士が、「あんたは盗賊ならこれこれのことができるだろう」とかいきなり言う。<駆け出し騎士のくせになぜそんなに、裏社会のプロフェッションに詳しい? 君は(笑)?? せめて「盗賊って、もしかしてこれこれみたいなことできるのか?」くらいゆってくれ。←カナリ、ヘンケン入ってます、ごめんね>みなさま。
たんじゅんに「意志決定」の連鎖を楽しむなら、アタシはTRPGでなくって「テトリス」とかを遊びます。人間同士で「意志決定の優劣」をたんじゅんに楽しむなら、TRPGではなくって、「ダイヤモンドゲーム」とか、あぁゆぅのをやります。←え〜と、アタシは「ゲーム」ヘタだから、そぉゆぅ、“軽い”ゲームでないと楽しめないんです。
アタシは、TRPGには「それまで、味わったことのない、おもしろいお話の形成に参与するドキドキ感」を求めてます。←これはコンベンションだと、うまくいくときとうまくいかないときがあります。うまくいかないって、ゆぅのは、シナリオ壊滅、とかでなくって、「アタシも含めて、みんなでいろいろがんばったけど、平板で類型的な展開の、お話にしかなんなかったよね〜、ザンネン」ってときのことです。←「セッションは成立しても+Aがたんなくって、ちょっとものたりないね〜」って感じです。
CRPGなんかで楽しめるストーリーは、平板なものが多くて、1回やれば飽きちゃいます。おもしろい小説は何度でも読めるのに、不思議ですよね。←このCRPG的ストーリーと、おもしろい小説の差が、アタシがこだわる、「平板なストーリー」と「深みのあるストーリー」の差です(今はまだ短くはまとめられないんではしょりました、ごめんなさい)。ただ、その違いには、キャラクターの「にんげんらしさ」が関係してるってことは強調しておきたいと思います。
なぜアタシが、「ストーリーの深み」にこだわるかをちょっとだけ書いておきたいと思います。けど、長くなっちゃうから、〜続く〜(苦笑)。
1998年07月27日:14時14分44秒
RE:「キャラクタープレイ」とか「ゲーム」とか / S
はぅー、SHiNさん、レスとか大変そう。新参者の僕はごめんなさいって言うしか。(-.-;)
鏡さんの方に応えますね。(^-^)/
1-1:良い 「キャラクタープレイ」 の例を挙げてください。
1-2:悪い 「キャラクタープレイ」 の例を挙げてください。
2-1:良い 「ゲーム」 の適用例を挙げてください。
2-2:悪い 「ゲーム」 の適用例を挙げてください。
ここで言う 「ゲーム」 って言うのは、「TRPGとしてのゲーム」 ですよね? そう踏まえると、
良いキャラクタープレイ:ゲームとのバランスが取れている。
悪いキャラクタープレイ:ゲームとのバランスが破壊されている。
良いゲーム:キャラクタープレイとのバランスが取れている。
悪いゲーム:キャラクタープレイとのバランスが破壊されている。
こうなっちゃいます、僕にとっては。
勿論、その他にもたくさん要素があるから、実際はこんな簡単なものじゃないでしょーけど。(^.^A)
鏡さんは、「私の私的術語としての 『キャラクタープレイ』 とは 『その条件下に自分がその立場であると思って行動すること』 ですから、ちゃんとそのように考えているかどうかが良し悪しを分けます」 と説明してくれてますが、これは 「SANチェックに軽く失敗しただけでも、『しかし、怪物なんて見た事もないこのキャラクターは腰をぬかすだろう』 と判断すれば腰をぬかした描写をやっちゃう」 って事に例えられますか?
僕は 「既に形ある物としてのゲームシステム、これを踏まえて有利な最適行動を選択する事=ゲーム的行動」 と、「ゲームシステム外のキャラクターイメージを尊重する行動を選択する事=キャラクタープレイ的行動」 のバランスを取る事が大事だと思ってますから、多分、鏡さんが言う 「キャラクタープレイ」 と同じ意味で使ってますです、はい。(注:ただし、鏡さん曰くの 「自分」 ではなく、架空の 「他人」 を作り上げ、プレイを通じて練り込み、そのイメージに添って演技・描写・演出する……ってトコまで含めて使ってます)
ただ、「また 『ゲーム』 とは 『同じことを皆でやって、楽しい時間を過ごすこと』 程度に考えておりますので、集中しているか、皆で楽しんでいるか、などが評価基準となります」 とゆー鏡さんの説明からすると、ちょっと僕の認識は違います。……でも、単に表現の違いの範疇でしょう。
僕は、ゲームっていうのは 「不文律・明文律を問わないある一定の取り決めがあり、その中で技術的な優劣や駆け引きが問われ、場合によっては勝敗があり、これを楽しむ事ができれば即ちゲーム」 ぐらいに考えています。つまり、この言い方では個人の主観によって、何でもかんでもゲームになります。
んで、「この形態を模して、あるいはディフォルメして、ルールを具体化したのがいわゆるゲーム」 だろうと考えていて、僕がゲームと言う時には大抵はこれを指します。この時、コミュニケーションは含んでません。コミュニケーションはその前提に置いて考えます。
つまり、「ゲームをする」 と……、
「人と人のコミュニケーションが、ゲームを通じて行われる形態である為、ゲームというフィルターで濾されて、コミュニケーションの結果はそのゲームなりの形で特化する」
……のだ、と考えてます。
「特化したコミュニケーションの結果」 が、でぶ猫さんが言う 「付加価値」 であり、大きな魅力を持つ物で、TRPGはその為の一助として 「キャラクタープレイ」 などが盛りだくさん!(笑)
しかし、だからこそバランスが崩れ易く (野球で 「メークドラマ」 を第一義として追求しても、そうブッ壊れるもんじゃないでしょ?(笑))、「全体的バランスを取る事が、他の何よりも大切な構造的ゲーム」、それがTRPGである……とゆー認識です。僕は、「T」、「RP」 (馬場さん式の言い方ではなく)、「G」、この3つの要素をひたすら考えて、この結論に達しました。
今のトコ、どーやらそう変でもないようなんで、ようやく安心してるトコです。(^.^A)
でも、随時意見募集中 (笑)。
1998年07月27日:06時47分08秒
TRPG総合研究室 LOG 011 / sf
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