[KATARIBE 32450] [HA06N] 『陽はまた昇る』

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Date: Fri, 29 Apr 2011 00:17:40 +0900
From: Subject: [KATARIBE 32450] [HA06N] 『陽はまた昇る』
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 ごんべです。
 紅のシーンから。


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小説『陽はまた昇る』
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「あら紅ちゃん、今日も元気だわねえ」
「あー、おはようございますっ」

 朝の出勤途中。角のたばこ屋のおばちゃんが声をかけてくれる。
 この人が店先にいるときはいつもこうだ。
 紅としても、めんどくさそうに応対する彼女の娘さんに比べればずっと機嫌
良く店の前を通れる。

「あ、紅だ」
「相変わらず小っちぇえなあ」
「うるさいっ。ちゃんと勉強してる? 遅刻しないでねっ」

 吹利に来たばかりの頃に遊んでやった近所の悪ガキどもが、詰め襟に身を包
んですれ違っていく。
 彼らは紅の年齢も身分も知っていて、からかう言葉にも毒がない。

「パンは、あたためますね」
「あー、そろそろあったかいからいいですー」

 いつものコンビニでいつもの品を買いながら、気心の知れたパートの女性に
応える。
 毎日に近いほど来ていれば、お互い馴染みにもなるというものだ。
 ありがとうございました、の声に押されるように外へ出る。
 もう少し歩けば、勤め先である合同庁舎が見える。

 何も変わらない。いつもの朝の風景。

「…………」

 ……ふと紅の表情がかげる。

 誰も気付かなかっただけか。誰にも気付かせなかっただけか。
 そう、誰も気付かない。紅の心の中までは。

 きっかけは、一本の夜中の電話。

『もしもし? 紅? 実はね……』

 すでに高く昇った朝日に目をやり、耐えられなくなって紅は顔を背けた。

「…………まぶし」

 陽はまた昇る、なんて残酷な慰め方、誰が言い始めたんだろう。

 日々は必ず巡り来る。日常は続いていく。続けなければならない。
 どんなことを思おうと、日々を生きていかなければならない。
 お前は自分のことを考えていろ、と背中をどやされるのだ。

 自分は……あの人のことを、想いたいのに。

「…………ふ……っ……」

 あの人と楽しんだこと、あの人が語ったこと、あの人から学んだこと。
 そして……あの人がそこにいたこと。
 残していってくれたこと、自分が受けとめたことは、あまりにも大きくて。
 でも、あの人はもう、いつもの場所にはいない。
 今遠くにいる自分は、そこへ後から駆けつけることもできない。
 そう思うと悔しくて。

 心があふれそうになって、ようやく……涙が出た。

「……く……う、ふう……っ」

 このまま泣いていたい。
 でも、きっと、立ち止まることは許されない。

 ならば……泣きながら生きていくしかない。

「……ふえぇ……えっ……」

 人知れず、涙をこぼし嗚咽をもらしながら、紅は一人歩き続けた。


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 sfさん、安らかに。


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ごんべ
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