[KATARIBE 32412] [HA23N] 『恵那の力』

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Date: Thu, 06 Jan 2011 03:57:01 +0900
From: Subject: [KATARIBE 32412] [HA23N] 『恵那の力』
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 ごんべです。
 恵那関連で思い付いたシーンをさくさくと1時間で書いてみました。
 寝かせるべきだったかも知れないけど投げる。


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小説『恵那の力』
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本編
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 恵那は、ようやく首が据わってまだ間もない頃に早々につかまり立ちを始め、
事情を知らない私の母を慌てさせた。

 恵那を身ごもった時、そして産んだ時、私が後悔しなかったかと言えば嘘に
なる。前途洋々だったかも知れない私の人生が、こんな子供一人に縛られるの
かと自棄になったこともある。
 しかし、ローチェストに手をかけてふらふらしながらも私を見上げる恵那の
姿を見た時、私はようやく実感し、嬉しさのあまり思わず泣き出していた。

 ああ、この子は「彼」の子なのだ、と。

********

「恵那、今日何時間だったっけ?」
「六時間目まであるよ」
「そっかー。じゃあ帰ってくるのって4時くらいだねえ?」
「……だと思う」
「んー……じゃあ、やっぱり今日はおばあちゃんのところに帰ってもらった方
がいいかなー」

 夜の番組に出る仕事があるから、その打ち合わせで5時には都心の放送局に
入ることになっている。3時半過ぎには自宅を出ておきたい。
 しかし、恵那はそんな空気を察したのか、急にきりっと口を引き結んで、何
か決心したらしい。

「私、帰ってくる」
「え? でも」
「15分あったら帰ってこれるから。帰ってお見送りする」
「無理無理、いつもようこちゃんたちと、朝でも30分以上かけて行ってるん
でしょ?」
「一人で走ったらそれくらいで帰ってこれるよ」
「だめだめ! 恵那が本気で走ったら、みんなびっくりしちゃうでしょ!?」
「……じゃあわからないようにゆっくり走ってくる」

 恵那は、引っ込み思案なところがある。それが、持って生まれた気性なのか、
こうして力を隠して育ってきたからなのかは、わからない。
 でも、身体を動かすことは好きで、億劫がっているところは一度も見たこと
がない。物覚えが良く成績も良い子だが、好きな教科は体育だと言ったと、担
任からこっそり教えてもらったことがある。

「……無理しないで、お母さんお出かけしちゃってたり遅くなったりしたら、
おばあちゃんに電話するんだよ?」
「うん!」
「おばあちゃんの家までの道、わかるね?」
「……うん」

 本当は先日の収録の時だって、あらかじめ地図を渡しておけば自分の足で現
地まで走ってきたかも知れないくらいだった。それくらい賢くて元気な子なの
だが、そんな姿を見たかった反面、親としてはそんな冒険はさせられないので、
事務所の人に迎えに行ってもらった。

「じゃあ気をつけて行っておいで」
「うん。いってきます」

 そういって見送ったその日の午後、急に天気が悪くなり、授業が終わる頃の
3時過ぎには今にも雨が落ちそうな天気になっていた。ただ自分は身支度や楽
譜の準備に追われてしまって、気が付いた時にはもう降り始めていた。
 慌てて恵那の携帯に電話をかける。

 ……〜♪

 聞き覚えのある着信音が聞こえてくる。
 私はびっくりして玄関に飛んでいった。
 玄関を開けるとそこには、少々濡れ鼠になった恵那が既に立っていた。

「え、恵那!? まだ……」
「よかった、まにあったー!」

 満面の笑みを浮かべて、ただいま、と見上げる恵那の顔を見て。
 私は、驚きを通り越して彼女が不憫にさえ思えてきた。
 恵那を中に入れてバスタオルを出して、しかし拭いてやるのもそこそこに、
自分が出かける準備をする。

「いってらっしゃい、お母さん」
「うん、がんばってくるからねー。あ、でも、ちゃんと着替えるんだよ? 濡
れた髪はちゃんとドライヤーで乾かして」

 お金が入って休みが取れたら、北海道にでも行こう。そして、広い大地を存
分に駆け回る恵那を見ながら、昔を思い出すのも悪くないだろう。

「じゃいってきまーす」
「いってらっしゃい!」

 私は恵那の笑顔の糧に。そして、恵那は私の力の糧に。
 そうすれば、私たちの前途は、きっと洋々と開けているだろう。


登場人物
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一条恵那(いちじょう・えな):
   常人離れした肉体を持つ小学生女子。

一条澪(いちじょう・みお):
   恵那の母。キーボーディストであり、ポップス歌手「大井真璃」が所属
   する事務所の専属ミュージシャン&サウンドディレクター。


時系列
------

 2010年末の雨の日。


解説
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 昔を思い出す、恵那の母親・澪の述懐。


$$

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 では。

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ごんべ
gombe at gombe.org

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