[KATARIBE 32410] [HA23N] 『いいことなんて』

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Date: Tue, 04 Jan 2011 03:51:55 +0900
From: Subject: [KATARIBE 32410] [HA23N] 『いいことなんて』
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 ごんべです。
 思い付いた自キャラの導入小説です。


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小説『いいことなんて』
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 運動なんてできても、ちっともいいことなんて無い。

 女子は、しゃかいせいの生き物だから、とお母さんが言っていたことがある。
 飛び抜けてたって、いいことなんて無い。ましてはみ出したりしちゃだめ。
 みんなに合わせて、仲良く、楽しくやっていくのが一番。

「恵那ちゃん、今日のドッジボールすごかったねー」
「うん、ありがと。でもあの時のたけしくん、見た?」
「見た見た、笑うよねー」

 でも仲良くなった後は、運動ができるとちょっとだけ便利かも知れない。み
んなと一緒に帰る時の、話の材料にはなるから。
 でも、絶対に目立っちゃいけない。目立つといいことなんて無い。
 ――私の場合は、ただでさえ目立つんだから。

 パァン

 低いラッパのような、聞き慣れた音が通学路に響く。
 私が振り向くのを戸惑っている間に、もう事情を知っているみんなが聞きつ
けて、わっと騒ぎ出す。

「じむしょの人だよ、恵那ちゃん!」
「うん……、そうだね」

 ナンバーが300から始まっている大きな車の窓から、お母さんより歳上の女
の人が顔を出した。

「恵那ちゃん、迎えに来たよ! お母さんのところに行きましょう!」
「それじゃ恵那ちゃん、またね」
「いってらっしゃい」
「うん、またねみんな」

 すっかりそういうことになっていて別のことを言い出せない雰囲気にうんざ
りするけど、車の後ろのドアを開けられて、素直にシートによじ登る。
 車が追い越していく友達に手を振りながら、私は走り出した車に乗せられる
まま、通学路を後にする。この後みんながどんな話をしながら家に帰るのか、
私はほとんど知らない。

「恵那ちゃん、今日もかわいいねえ!」
「……その話はいいです」
「ごめんねえ、でもいやほんと、いつでも言ってもらったら、うちの事務所待っ
てるからね?」

 あっはっは、と豪快に笑うこの人は、お母さんの事務所のマネージャーさん
の一人だ。私と同い年のお子さんがいると言ってた。嫌いな人じゃないけど、
この人の話題はいつもこれだから困る。

「……今日はどこに行くんですか」
「今日はねえ、関内の方のホテルのホールなのよ。真璃ちゃんのレコーディン
グなんだけど大がかりなことをするからね」

 今日は遅くなるから迎えに来てもらって、と言われたのを思い出した。きっ
と今からずっと夜までお仕事があるんだろう。
 そのうちにJRの高架をくぐって、市役所を横に見たりしているうちにどこ
かの地下駐車場に車が入り、目的地らしいところに到着した。
 連れられて行った先は、知っていてもめまぐるしい、いつもの「げんば」だっ
た。ホールのステージにいろんな機材がセットされ、撮影用のカメラが乗った
大きなやぐらまで組まれている。
 その真ん中でいろんな人と代わる代わる話し合いをしている女の人。それが
私のお母さん。
 舞台に歌手の人が姿を現すと、お母さんも歌手の人に近づいて声をかけてる。

「真璃ちゃん、ちょっといい?」
「はーい!」
「ここのとこ、前の合わせの時とちょっとコード変えるから。でもマサさんが
何かしてくれるから、次のフレーズの歌い出しはかえって入りやすくなってる
と思うし」
「わかりました」
「――ミオさーん。パイプオルガン音出ししてー」
「はーい……、じゃ、録り前のリハで合わせましょう」
「はい!」

 お母さん、すごい。
 ちょっと前から、大井真璃の曲とかバックバンドとか任せてもらえるように
なったって言ってたけど、本当だったみたい。
 でも。
 セットの間を移動しているお母さんが、私に気付いて、わあ、って嬉しそう
な顔で手を振ってくれた。私も思わず手を振り返す。
 そんなところは私のお母さんのままだ。それを見て、いつもの二倍嬉しい気
分になった。……ちゃんと笑えたかはわからないけど。

「来てくれたねー!」
「迎えに来てもらえるって言ってたじゃない」
「うん、言ってた言ってた。でも嬉しいよ、来てくれて。恵那に現場を見ても
らうのなんて久しぶりだからさ」
「久しぶりかなあ」
「お母さん緊張しないようにがんばるからね。長い時間かかるけど、何か遊ぶ
もの持ってきた?」
「宿題やるから大丈夫」
「あー、そっか。そうだね、3年生だもんね。しっかり勉強できてる?」
「こないだ答合わせしてたじゃない」
「あー、うん、やってたやってた。そうだよね、ちゃんとできてるね。じゃあ
これからリハやって本録りだから、ちょっと待っててね?」
「うん」

 またにっこりと笑ってひらひらと手を振りながら現場に戻っていくお母さん
を見送って、私はやぐらの近くに椅子を借りて宿題を始めた。
 だから、ふと気付いた時にはもうリハーサルが始まろうとしていて、大井真
璃やお母さんを始めミュージシャンの人たちもスタッフの人たちも、みなそれ
ぞれの位置に就いていた。

 ……ゴリッ

 その時私は、何か鈍い異質な音を聞いた気がした。

「え」
「あっ」

 背後から緊迫したざわめきが上がった時、私は音の正体に気付いた。
 ゆっくりと、スローモーションのように、やぐらが前へと傾いていた。しか
も、だんだん速く。
 やぐらを固定していた後ろ側の金具が、床から抜けた音だったのだ。
 誰かが声を上げたけど、まだステージには伝わっていない。私はステージに
目をやった。やぐらが倒れていくその場所には、大井真璃と、それから――

 私は、とっさにやぐらに手を伸ばしていた。

 ――ガシャアンッ

 買ったばかりだと言っていたお母さんのキーボードが粉々に砕け散るのを見
ながら、私は一目散にお母さんのところへ走っていた。
 だがお母さんは、寸前でその場から逃げ出し、駆け寄った私をしっかりと抱
き留めてくれた。

「お母さん!」
「恵那!?」

 幸い、大井真璃を含め、やぐらの下敷きになった人は誰もいなかった。唯一、
やぐらの上でカメラを回していた人がいたけれど、安全な場所にしがみつくこ
とができて軽傷で済んだらしい。

「いやしかし、ひやっとしたなあ」
「一瞬やぐらがたわんで、倒れるのが遅くなったからねえ。あれがなけりゃ、
真璃ちゃんもミオさんも危なかったなあ」
「恵那ちゃんがやぐらにしがみついてて危ない!と思ったんだけど、あれで倒
れるのが止まったのかもねえ」

 安堵の声に軽口も混じり始めたスタッフの声を聞きながら、お母さんは抱き
しめた私の背中を何度も撫でてくれた。

「恵那。危ないとこに行っちゃダメ」
「……ごめんなさい」
「でも、……助けてくれたんだよね?」
「……うん」
「……ありがとう、恵那。大好きよ。ありがとう」
「うん、私も。お母さん」

 本当の私を知っていて、それでもお母さんは私のお母さんでいてくれて、私
もお母さんの子供でいられる。

 二人だったら、きっといいことがあると思う。


登場人物
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一条恵那(いちじょう・えな):
   常人離れした肉体を持つ小学生女子。

一条澪(いちじょう・みお):
   恵那の母。キーボーディストであり、ポップス歌手「大井真璃」が所属
   する事務所の専属ミュージシャン&サウンドディレクター。


時系列
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 2010年の、大井真璃の年末コンサートツアーがまだ始まってない頃。


解説
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 超肉体を持つ小学生女子、一条恵那の紹介シーン。


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ごんべ
gombe at gombe.org
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