[KATARIBE 32367] [HA06N] 小説『中学進学準備』

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Date: Tue,  4 May 2010 02:00:24 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32367] [HA06N] 小説『中学進学準備』
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2010年05月04日:02時00分23秒
Sub:[HA06N]小説『中学進学準備』:
From:久志


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小説『中学進学準備』
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登場キャラクター
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 富田靖(とみた・やすし)
     :ひまわりの家で保護されている少年。右足が悪い。
 箕備瀬梨真(みびぜ・りま)
     :ひまわりの家に時折遊びに来る人。ゆるふわ系。

練習中
------

 夕暮れ時。
 まだ時間はそれほど遅くないが、冬の日はもう大分翳っている。
 吹き付ける風は冷たく、身を切るように寒い。

「ふぅ」
 一人の男の子がよたよたと自転車を押して歩いている。軽く右足を引きずる
ように歩きながら、時折立ち止まっては辺りを見回して道を確認するように。
「……よい、しょっと」
 左足で体重を支えながら慎重に自転車にまたがり、右足に体重がかかり過ぎ
ないようにペダルに足を乗せる。
 ゆっくりとペダルを踏み、体を支える左足に力を込めて前へと蹴りだす。
 軋んだ音を立てて自転車がのろのろと走り出す、が。数メートル程進んだ辺
りでよろよろと進路がふらつき始める。
「わ、っとと」
 咄嗟に自転車を傾けて左足を着く。
 ひとつ息をついて、再び自転車を支えてペダルを踏む。少しづつ体を慣らす
ように、何度も。
「よいしょ」
 きこきこと、また数メートル程進んで足を着く。
「……ふう」
 全く動かないわけではないが、意のままに動かすことは出来ない右足。
 それでもひまわりの家から少し距離のある園辺中学に通う為に自転車に乗れ
るようにならなければならない。
 最初の話では足の不自由なやすしが少しでも通いやすくなるように電動自転
車をという話が出ていたが、一人だけを特別扱いできないという理由で普通の
自転車での通学を余儀なくされている。
 ひまわりの家の状況を考えて。
 自分がきちんと自立できることを示さなければいけない。
「よいしょ」
 地面を蹴る。
 よろよろと蛇行しながら走る自転車。
 先の見えない不安と表すように。


通りすがり
----------

「やすしくん?」
 どれくらい練習していたのか、距離にしてみれば殆ど進んでない中で聞き覚
えのある声に顔を上げた。
 暖かそうなコートにマフラー、ふわふわとした長い髪をたらした姿で目の前
に立っている。
「……りまさん」
 りまさん、多菜の腹違いの兄である御羽貞我の恋人でひまわりの家にたまに
遊びに来てくれる人。
「自転車、練習してるの?」
「……うん……春から……じてんしゃで、中学……通うの」
 頷いて、ぼそぼそと口ごもりながら答える。
 ほわほわとしたどこか心を解きほぐすような雰囲気に安堵する。
「へえ、今から練習してるんだえらいね」
「……え、と……はい」
 素直に誉められて、一瞬答えに困って戸惑う。
 けれど決して不快ではなく、むしろ彼女がまとうほんわかとした空気にさっ
きまでの一人の練習で沈んでいた気持ちがゆっくりとほどけていく。
 やすしの様子に気づいているのかいないのか、不意にりまがポンと手を叩く。
「そうだ。後ろ持っててあげよっか?」
「え……うん、まだ、うまく、バランス……とれなくて」
 乗れないわけではないが、どうしても右足が気になってバランスが崩れてし
まう。
「こう、左から乗って、左に下りて……あ、転ぶかもって思ったら、左足さっ
と出したら」
「うん」
 背後から聞こえる声、後ろで支えられながらさっきよりも安定した状態でペ
ダルに足をかける。
 ゆっくりと踏み込んで走り出す。
 よろよろとぶれながら、それでも右で踏み込む時に自転車がふらつく。
「左足出して、右足は、ペダル乗せっぱなしでいいかも」
「左、みぎ」
 踏み込む左足の動きに任せてのせっぱなしの右足をゆっくりと動かす。
 後ろで支えられているという安心感のおかげか、蛇行しながらもさっきより
もずっと長く進む。
「そうそう、ペダル踏むんじゃなくて、回す感じ、って自転車屋のおじさんが
言ってた」 
「おっとと……うん、だんだん、慣れて、きた」
 みぎ、ひだり、みぎ、回すように。
 くるりと回る動きに任せて、あとはしっかりとサドルを握って真っ直ぐにバ
ランスをとる。
 みぎ、ひだり、みぎ、ひだり。
 だんだんと体がバランスを憶え始めて、ふらつきが無くなってくる。

 後ろから声が響く。
「じゃ、停まる練習ー。ゆっくり停まって、左足で地面ついて」 
「ん……」
 回す動きをゆっくりと落とし、だんだんとスピードが落ちてくる中で自転車
を軽く傾けて数歩よたよたと歩きつつ左足を地面につく。
「ふー」
 すとんと、自転車を降りて。後ろでずっと掴んでいたりまに頭を下げる。
「ありがとう……りまさん」
「上手上手、慣れるの早いよ!」
 嬉しそうに拍手する。
「……りまさんが……教えてくれたから……」
 気恥ずかしくなって小さく俯きつつも、自転車のコツを掴んだことが素直に
嬉しい。
「後ろ持ってただけだよー」
「……ううん、一人だと、焦って……うまく漕げなかったから」
 自転車を止めて近くのベンチに座り、ゆっくりと息を吐く。
 ここ最近ひまわりに迫られている重さ、それが焦りに繋がっていた。
「学校、通うのに……必要だから……早く、のれるようにならなきゃ、って」
「そっか、まだでも二月だし、二ヶ月あるから間に合うよ」
「……はい」
 気休めでもない心からの励ましの言葉。
 だがそれでもやすしの表情は晴れなかった。学校に通うということ自体も楽
しみというより通えるようにならなければいけない義務感のほうが強かった。
「学校、あんまり行きたいって思わないかな?」 
「……学校……通えるようにならないと、だめなの……ひまわりの為に」 
「だめ、って?」
「ひまわり……いま、危ない、って。僕達は保護されるだけじゃなくて、ちゃ
んと、自立できるようにならないと……ダメだから」
「え、そうなの? うー……ん、そっか……自立……あ、でもでも」
「え?」
「それってさ、やすしくんの為だよね」
「うん」
 こくりと頷いて。
「自転車乗れるようになったら、学校以外でもちょっとどっか行ったり出来る
よね、歩くより全然楽だし」
「え、うん……あちこち、行ける、かも」
 体力も弱く足も悪いやすしにとって行動範囲はあまり広くない。遠出をする
ことも滅多になく、一人で市外まで行ったことも殆どなかった。
「そう考えたら結構お得な話じゃない? やすしくんにも、ひまわりにも」
「……うん」
 改めて言われてみると、確かに自転車があればこれからの行動距離は大きく
広がる気がする。
 頷いて顔を上げる。
「りまさん」
「あ、へんなこと言った、かな?」
「ううん、そうじゃ……なくて」
 自転車の練習という名目で自分の心を誤魔化していた想いが口に出る。
「ホントは……不安、なの。学校」
「そっか」
「多菜ちゃんも一緒の学校のはず、だったんだけど……ダメだったんだって」
「え、ダメ、って」
「……受け入れ、できないって、だから……今、受験で勉強、してるの」
 同じ学校に通うはずだった多菜が学校側から拒否された、その理由は誰も語
らなかったが、直感的にやすしは感じ取っていた。
 拒否された事実が、誰も語らないその理由が、理解できてしまうこと。
 理解は出来ても、その事実を飲み込みきれないことも。
「やすしくんは、公立の中学、行くんだよね」 
「うん……園辺中学」
「あ、そうなんだ、この辺ソノ中なんだ……じゃ多菜ちゃん、どこ受けるって
知ってる?」
「えっと……吹利学校の……中等学校……と、潤野中学」
「へぇ」
「今、色々……お勉強、してて……だから、僕もがんばらないと、って」
「そうだね、勉強しないと……吹利学校は難しいし……ウル中……はちょっと
遠いし授業料……よし!」
 ぽん、と膝を叩いて立ち上がる。
「りまさん?」
「多菜ちゃんって今、ひまわりにいるかな」
「うん……ずっと……お勉強してる」
 決して多菜が勉強が出来ないわけではない。だが国立の学校ともなるともち
ろんランクも高く、ギリギリになってからの付け焼刃の勉強がどこまで通用す
るかもわからない。
「かずこ先生もいるかな。勉強、みれるところだけでも見てあげようって思っ
たの」
「あ……うん、きっと、多菜ちゃん……喜ぶ」
 こくんと頷いて。
 なにより勉強のことより、中学のことで多菜が追い詰められていることのほ
うがやすしにとっては辛かった。
「うん、じゃちょっと今から行ってくる。やすしくんも一緒に帰る?」
「うん」
 彼女ならきっと、追い詰められた多菜の心を解きほぐしてくれると、信じて。


帰り道
------

 自転車を押してゆっくり歩きながら。
「……学校って……どんな、とこ……かな」
 やすしは学校に通ったことがない。
 生まれてから七歳になるまでまで戸籍もなく、ひとつ違いの弟と一緒にロク
に外にも出されず、構われず、ほったらかしのまま育ち。施設で保護されてか
らも心を閉ざして周囲と馴染めず、異能ゆえにひまわりへ引き取られた。
「えっとね、クラスっていうのがあって、同じ年の子が30人くらい……集まっ
てて。それが何個かあって」
「……ひまわりよりももっとたくさん」
 想像をめぐらせようとして、まるきりイメージが浮かばない。
「うん。で、部活したり、授業受けたりして」 
「馴染める、かな」
 視線を落とす。
「ホントは……学校、怖い……」
「それは……」
「……たくさん人が居て、その中にいて……すごく不安になる」
「最初はみんなそうだよ、知らない子の方が多いんだし」
「……うん」
 知らない人の中で、一緒に勉強して、同じ時間を過ごす。
 真っ暗な道に突き進むような、漠然とした不安。
「りまさんは……不安だった?」
「中学入るときは……そうだったな。中学までおとなしい子だったし。クラス
の半分以上知らない子だったし」
「うん……どうやって……馴染んだの、かな?」
「隣の子がね、すごいドジな子で、教科書いきなり忘れてきてて。それで見せ
てあげて、しゃべるようになって……って感じ」
「……うん」
 都合よく隣の子が教科書を忘れるだろうかと、少し見当違いなことを考えな
がら。
「最初の一人、かな、やっぱり。一人しゃべれたら、あとは何人でも一緒だっ
たよ」
「……そう、だね……うん」
 きゅっと、サドルを握る手に力を込めて。
「……僕も……がんばる。多菜ちゃんも、がんばってるから……」
 少なくとも、自分や多菜は学校に通うことができる。
 同じく保護されていて学校に通うことすら出来ないいくよやくるよのことや、
かつてひまわりで保護されていて、今は卒業してしまったきよしやたけしの事
を思い返しながら。
「うん、知らない人と仲良くなれるかも、って思えるようになったら、絶対大
丈夫だよ」
「……ありがと、りまさん」
 魔法のように。
 大丈夫、というりまの言葉に気分が軽くなる。
「……中学で……友達、作りたい……だから、がんばる」
「がんばれ。あたしも応援してるし、困ったこととかあったら、ちゃんと相談
のるから……かずこ先生に言いにくいこととか」
「……うん」
 笑って頷く。
 帰りの道は薄暗く、風は冷たかったけれど。
 気持ちは、内から暖かかった。

時系列
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 2010年2月。自転車の練習をするやすし。
解説
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 この辺のログから。
 http://kataribe.com/IRC/HA06-01/2010/02/20100202.html#230000
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