[KATARIBE 32362] [HA06N] 小説『東京にて』

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Date: Mon,  3 May 2010 17:39:14 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32362] [HA06N] 小説『東京にて』
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2010年05月03日:17時39分13秒
Sub:[HA06N]小説『東京にて』:
From:久志


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小説『東京にて』
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登場キャラクター
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 山形かずこ(やまがた・-)
     :ひまわりの家の園長。市原の書化魔女の一人。

本文
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 冷たい風が頬を撫でる。
 見あげた先は濁った灰色が渦巻いて、空を遮るように高層ビルが立ち並び、
道行く人は吹利よりも急ぎ足で、周りを見る事無く一心に各自の目的の場所へ
と歩を進めている。

「ふぅ」
 かっちりと着こんだスーツの胸元を押えて小さく息をする。冷えた空気で肺
を満たしながら、それでもどこか詰まるような息苦しさはなかなか収まらない。
 かずこが東京を訪れるのは一度や二度ではないが、いつになってもこの地の
空気には馴染めない。
 もう一度息を吸って吐く、今日の目的を果たす為にも。
 この後にも東京でやらなければいけないことはたくさんある。書化魔女とし
て人としての己を捨て、無限にも近い人外としての時間を得た今でも、のんび
りと立ち止まっている時間はないのだ。

 公的機関のビルが立ち並ぶ中、足を止めた先の建物の中に入っていく。
 受付の女性に会釈し、名を名乗り先日面会の依頼をした者と告げる。
 別室に案内されてソファに腰掛けて取次ぎを待つ。質のいい柔らかすぎる
ソファに腰掛けてかずこは小さく溜息をついた。
 数分後、ドアが空いて一人の男が部屋に入ってきた。

「ようこそいらっしゃいました、山形さんですね」 
「はい、わざわざお時間いただきありがとうございます」
 席を立って一礼する。線の細い神経質そうな男が小さく頭を下げてかずこに
手を振って見せる。
「構いません、お掛け下さい。お話は既に伺っております」
「……はい」
 隙のなさそうな男をじっとみつつ、もう一度会釈してソファに座る。

 向かいのソファに座り、両手を膝の上に組んでかすかに訝しげな色を含んだ
視線がかずこを捕らえる。
「……単刀直入に言いましょう。山形さんがおっしゃりたいことは、吹利を含
めた日本全国の……問題児収容施設についてのことで」
「保護施設です」
「……そうでしたね」
「ええ」
 言葉を強めて言い直すかずこの様子に肩を竦めて男が頷く。その言葉の裏に
深い理解の齟齬があることを、かずこはひしひしと感じていた。

「これまでの貴方の活動は吹利だけでなく、同じ問題を抱える児童らや保護者
にとってとても素晴らしいものだということは存じ上げています。境界の守護
者、としてね」
「……はい」

 境界の守護者。
 かずこの二つ名として、だんだんと一人歩きし始めている言葉。
 あるときは親愛を篭めて、時に畏敬を篭めて。
 だが今のこの男の口からは、どことなく揶揄を含んだ空気を感じる。

「吹利は他県よりも、こういった問題が多く、問題児童に対する対処も大切な
ことであることは理解します」
「ええ、ですから、我々の意見をきちんとご理解いただきたくこうしてお伺い
しました」
 問題児童という言葉を言い換えたい衝動を静かに抑えつつ。ゆっくりと言葉
を続ける。
「ですが……吹利だけを特別扱いすることはできません、他にも問題を抱える
地方は多い。だからこそ今は試練として耐えていただきたい」
「これまでも出来うる限りのことは全てしてきたつもりです、今までのように
とは行かなくても、この状態では他県ですら回りません」
 判で押したような発現に食い下がるように。
 だが、聞きなれているのか、身近ではない故に響いていないのか、あるいは
両方か。にべもなく男が肩を竦める。
「山形女史、これは既に無駄削減として決まったことなのですよ」
「……」
 人外を含む異能者児童を支援する補助金が大幅に削減されることが決まり、
補助金と支援で続けてきたひまわりの家も変わらざるおえなくなり。
 家で待つ行き場のない子供達を護る為に、できる限りのことをしなければな
らない。
 傍らに置いた鞄から分厚い封筒を取り出し、そっと男の前に置く。
「……吹利、そして……近畿の各地で集めた署名と嘆願書です」
 この為に駆けずり回って集めた署名と協力施設らの嘆願書。
「けっして無駄などではありません、これだけの多くの者が……苦しみ、異能
ゆえに世に馴染めずにいます。彼らは国の一員であり、その権利を守られるべ
きはずの者です。どうかお目を通してください」
 しばしの無言の後、男が封筒を手に取った。
「…………一応、お預かりいたします」
「お願いします」
 その言葉が、想いがどこまで届いたかはかずこにもわからない。
 問題はもっと奥深く、恐らくこの男ではなく、もっと上の段階の意向で変わ
らなければならないことも、理解している。
 それでも。
「お願いします……確かにほんの少数の声かもしれない、それでも彼らが生き
る道を閉ざさない為に」
「わかりました……上には報告させていただきます」
「はい、どうか」
 幾分口調の変わった男の目を見て。
「本日はお忙しい中、お時間いただきありがとうございました」
「……ええ」
 もう一度深々と頭を下げた。


 建物を後にして、空を見上げる。
 さっきまでの濁った灰色の空がうっすらと晴れてきている。
 だが、胸の奥にずしりと残る虚しさと、息苦しさは晴れない。

 吹利とは違う空。
 噛みつくように空を隠す高層ビル、立ち止まらない人波、そして息苦しさ。
「……薄い……いえ、吹利が濃いのでしょうね……多くの念や、妖気、霊気が
渦巻いている」
 東京の空気が澄んでいるというわけではなく、『気』の濃さが吹利と違う。
 清廉とした霊気も、鬱屈とした陰気も、肌をざわつかせる妖気も、体に染み
入るような魔力も、混沌とした地だからこそ感じる人外の気配も。
 ここは、とても薄い。
 人でもなく、人外の存在となったかずこだからこそ感じる、息苦しさ。
「……よくわかるわ、ここに魔女は住めない……ここは、吹利よりもはるかに、
人外を許さない」
 小さく溜息をついて、歩き出した。

時系列
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 2010年1月。仕分けとかされました。
解説
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 この辺のログから小説にしてみました。
 http://kataribe.com/IRC/HA06/2010/01/20100111.html#220000
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