[KATARIBE 32360] [HA06N] 小説『不思議の国』

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Date: Wed, 28 Apr 2010 02:12:31 +0900
From: Subject: [KATARIBE 32360] [HA06N] 小説『不思議の国』
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[HA06N] 小説『不思議の国』
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登場人物
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HA06C:Blonde Green:白貝・ルーシー・菜摘(しらがい・-・なつみ)
[ルの字][好物は魚][金髪][真・お嬢] http://kataribe.com/HA/06/C/0688/
HA06C:ワーフェレットな少年:橋本芳弘(はしもと・よしひろ)
[獣人][空手少年] http://kataribe.com/HA/06/C/0469/



本文
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「弟に面会しにきたんだよ」
「弟?」

 日本語が上手だな、と思いながら芳弘は女の子の靴を脱がせてやった。その
子が抱えていた少し多めの書類の束も、腰掛けているベンチに積んでやって。

「ああ、ちょっと血が出てる。ちょっと待ってな、簡単にだけど手当するから」
「うん」

 無造作に伸ばした脚を支えながら、芳弘は女の子の靴下を脱がせて、鞄から
消毒液と絆創膏を取り出した。

「ちょっとしみるよ」

 プシュ、と消毒液のスプレーを傷口に吹きかけて、絆創膏で傷をふさいだ。

「いた……い」
「ああ、ごめん。……怪我とかあんまりしたことない?」
「Never」

 道理で、綺麗な肌をしていると思った。真っ白な肌。すらりと伸びた手足に
は、無駄な肉があまりついていない。

「転んだのが芝生で良かったね、すりむいたりしなくて済んで」
「びっくりしちゃった……だって、靴を履いてて、最初なんともなかったのに、
急にチクってするから」

 弟に面会しにきた橋本芳弘は、偶然通りがかった金髪の女の子に道を訊ねた。
その子はたまたま書類を両手に抱えていて、不運なことに、声をかけられたタ
イミングで、靴の中に紛れ込んでいた小石のカケラを踏んでしまったらしい。
 その傷みに驚いて、バランスを崩して。咄嗟に芳弘が下敷きになったおかげ
で、大事なく済んだのだった。

「にしても、日本語上手だね、さすが霞中。それとも、日本に元々いたの?」
「3年目になるから。ん、ちょっとそこくすぐったい」
「あ、ごめん、ちゃんと貼っておかないとはがれて来ちゃうからさ……よし」

 伸ばしたままの脚に、靴下をゆっくりはかせてやって、ローファーに小石が
入り込んでいないことも確認して。

「これでOK。歩ける?」
「ん……ちょっと痛い。保健室までなら行けそう」
「そっか。じゃあ、書類持ってってそれから、保健室まで一緒に行くよ」
「Thanks。優しいお兄さんを使っちゃって、弟さんに悪い、かな」

 怪我がなくてもほっとけないし、と思ったが口には出さずにおく。初対面だ
し、それでなくても危なっかしいとは言いづらい。束ねていない書類を両手で
抱えてふらふら歩かせていたら、今度は転んでしまうかもしれない。

「そういえば名前言ってなかった。弟知ってたら、あとで居場所教えてくれな
い? 橋本保鷹っていうんだけど。おれは、芳弘」
「ヤスタカのお兄さん? ……あんまり似てない。私、白貝・ルーシー・菜摘。
ルーシーでいいよ、ヨ、シ……ヨシヒロ」
「あ、じゃ、ルーシーさん、書類はどっちに持ってけばいい?」
「あのLaboratoryの受付で、ラケル博士にって言えば取り次いでもらえる」
「わかった」

 小脇に書類の束を抱えて、ゆっくり歩き出す。芳弘が想像していたよりずっ
と、このあたりは広々としていて、たまにテレビで見る海外の大学のようだ。
ルーシーはすぐ斜め後ろで、おっかなびっくり歩を進めてついてきている。

「ルーシーさんは、お父さんかお母さんが日本人なの?」
「Dadが日本人なの。Mom似だから、私、全然日本人らしくないでしょ? ちょっ
と残念。ニモみたいな黒い髪、憧れるもの」
「ニモって? クラスメイト?」
「そう、学年で、女の子で一番優秀。全体でもいつもトップスリーに入ってる」
「日本人の子だったら、ルーシーさんみたいな金髪とか、その目の色に憧れて
ると思うけどな」

 確かに外見はまったく日本人的ではないが、よくよく観察していると所作は
どこか日本人的、というか。かなり日本の中学生、高校生的に思えた。三年も
日本にいれば、やはり影響があるということか。

「ヤスタカは、いつも一番よ」
「……すごいな」
「ヤスタカも、あの建物にいると思う。この時間だったら」
「え、あれって、博士がいる研究所だってさっき言ってなかった?」
「聞いてないの? ヨシヒロ。……ヤスタカは、スタッフの一人なの」
「そこまではちゃんと……聞いてなかった、かも」
「じゃあ、私が今言ったのも、内緒にしておいて。その方が、ヤスタカががっ
かりしなくて済むし」

 ルーシーの言葉に生返事を返しながら、芳弘は頭で反芻していた。何度かそ
れを繰り返すが、まだ腑に落ちてこない。どこか現実離れした霞中の構内で、
弟が一番の成績をキープしている。そして、研究所でスタッフとして研究を行っ
ている。成績の話以外、なかなか想像しづらく、地に足がつかないまま、頭の
中をぐるぐると回っていた。

「ヨシヒロ?」
「あ、ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「書類。受付はこっち、ついてきて」

 ひょこひょこと片足をかばって、ルーシーが先に歩いて行く。ゲートの境界
にある受付で、書類を手渡してルーシーが戻ってきた。

「足、痛い」

 なんとなく、この子は他人に世話されることに慣れているなと思った。霞中
の本校から来ている子だというのは、道すがらの会話で聞いている。ならば、
この子も天才の一人で、周囲から丁重に扱われているのだろう。

「大丈夫? ……おぶっていこうか?」
「おぶ?」

 ルーシーに背中を向けて、しゃがみ込む。

「背中に抱きついてくれたら、保健室までおぶっていくから」
「ああ、Piggyback。Thanks」

 思っていたよりずっと軽い。

「ヤスタカ、今はいないって。なんだったら呼ぶ?」
「保健室、行ってからでいいよ。っていうか背中で動かれると」
「危ない? 落ちちゃったら危ないね」
「そ、そうだよ」

 確かに危ない。落ちるのもそうだが、背中にあたる感触がなんとも。本人は
気にしていないのだろうか。

「ヤスタカ、絶対驚くね。来るって行ってなかったんでしょ?」
「あ、ああ、そのうち行くかもってくらいしか」

 しかし、どんな顔をして会えばいいんだろう。頭のできが違うとは理解して
いたけど、ここまで違うとなると……。

 ここは本当に特別なところなんだ。
 改めて実感せざるを得なかった。


時系列
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 不明

解説
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 題 書類を抱えた女の高校生が履物に石が入った
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