[KATARIBE 32355] [HA06N] 『あの日から』

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Date: Thu, 22 Apr 2010 00:45:28 +0900
From: Subject: [KATARIBE 32355] [HA06N] 『あの日から』
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 ごんべです。
 三十分一本勝負、最近の自分のではその3。

>>[Role] search_db: http://kataribe.com/HA/06/C/0817/
 キャプテン・アルジャーノン (略記:C/A)  さんでいかがですか☆
>>[Role] HA06event:
 目をきらきらさせた古い髪型の少女が食べ過ぎた ですわ☆

 ……むずっ!


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小説『あの日から』
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登場人物
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キャプテン・アルジャーノン(略記:C/A)
   :潤野学園中学校(ウル中)に出没する白ネズミ。


本編
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「……もう食べられないよトリ……」
「……何てぇわかりやすい寝言だ」

 幸せそうな表情で布団にくるまっている弦音、その同じ部屋の勉強机の隅に
小さな籠でしつらえてもらった寝床の中で、キャプテン・アルジャーノンと名
乗る白ネズミは宵の口の一眠りから起き出してごそごそしていた。

「……何だな、どうも昔からたびたびそういう言葉を聴いた覚えがあるぞ」

 普通の実験マウスと同じ種の彼が、突然変異で人間並みの知能と随分と長い
年齢を身に付けたとは言え、人間相手にそうそうこういう機会があるとは、彼
自身でも覚えが無い。

「いつのことだったか……」

 ……
 …………
 ……………………

「ヴィトョール、こっちよ!」
「姫、お待ちください!」

 あははは、と意に介する様子もなく前を行く少女は、盛装で着飾った己の姿
に全く無頓着に髪に刺さったヘアコームを取り払い、古めかしく結い上げられ
た長髪の要となるかんざしを不作法に引き抜いた。

「姫!……」

 ふわり。
 黒髪がゆらめき、彼の目の前で、少女の頭上から肩へと優雅に舞い下りた。

「儀式は終わったのだから。あとは大人に任せておけばいいんだわ」
「誰のための儀式だよ」
「嘘よ」

 振り向いた少女が、にっと笑顔を作る。

「ちょっと休憩するだけよ。何のためにエスコート役を連れてきたと思ってい
るの」
「何だって?」
「早めに戻れば結い直す時間くらいどうとでもなるわ。ヴィトョールこそ、御
父君と城の広間に上がれる歳になったのだから、そのくらいお願いね?」
「……それはそうだけど」
「いつまで宴席は続くのかしら。座ってただけなのに、もう食べられないわ」

 奔放につぶやきながら、少女はすたすたと石造りの廊下を進んでいく。帯を
ずらしてゆったりと着崩し、きびきびと動く彼女の手が、肩が、足が、にぎや
かながらも堅苦しい大人たちの宴の空気を脱ぎ捨ててゆく。
 前方に明るい光が満ち、二人は中庭のひとつへと続くアーチをくぐった。

「まあ! 夜明けの儀式だったはずなのに、もうこんなに日が高いわ」

 目に飛び込んできたのは、緑が踊る庭園。
 大きく伸びをして深呼吸した少女は、リラックスしきった表情になって……
目を輝かせて不意に彼のそばに歩み寄った。

「行きましょう」

 彼の手を取り、再び先に立って歩き出そうとする。

「どっちがエスコートなんだよ」
「私のそばにいることが大事なのよ」

 少女の導くまま、手を取り合った二人は庭園の中央へと駆けていく。
 そこには周囲を垣根に囲まれ、くるぶしまでもある柔らかい芝生が広がって
おり、少女はそこへ駆け込んでいって大胆に身を投げた。
 少女の笑い声がはじけ、少し遅れて彼も少女が横たわる傍らに腰を下ろした。

「……気持ちいいー……」
「疲れただろう? しばらく横になるといいよ」
「寝てしまったら起こしてね」
「寝てしまう前に連れて行くよ。僕だって怒られたくはないからね」
「……ルディアンかサレイノーに頼んだ方が良かったかしら」
「ルディアンじゃ遊び始めてしまって休ませてくれないよ。サレイノーじゃ、
一緒に寝てしまいそうだ」
「……ありそうね」

 くすり、と、横になったまま少女が彼を見上げる。乱れた髪がその頬にまと
わりつく様子にどきりとして、彼はゆっくりと目を逸らした。

「……ねえ、ヴィトョール」
「……ん」
「私は……湖の貴婦人になれるのかしら」
「なれるよ……きっと」
「……あなたになら……“視える”、のかしら?」
「見えるわけじゃないけど……」

 彼は肩をすくめ……彼女に視線を戻した。
 神妙な面持ちの少女。

「見るまでもないよ。きっと君は立派な、湖の貴婦人になる」
「……ありがとう」

 再び、くすりと笑う少女。

「ああ、でも。明日からはお役目が増えるのね」

 肘で起き上がり、うんざりした声でつぶやきながら少女は大の字になって天
を仰いだ。

「姫。はしたないよ」
「こんなことできる時間だって、減っちゃうのよ。今のうち」
「ああ……そうか」
「ねえ、ヴィトョール」
「何?」
「あなたは……」

 少女が言葉を続けようとしたとき、誰かが少女のことを呼ばわる声がした。
 続いて、垣根の間から、同年代の二人の少年が姿を現す。

「ほら見ろよ、やっぱり思った通りのところにいた」
「まあ、僕らには簡単な予想だったけどね」
「ルディアン? サレイノー!」
「うちの親父たちが探してたぜ、姫」
「……大変だ、そろそろ戻らないと」
「まだ大丈夫だと思うけどね……」
「みんな来たのね」

 芝生の上に座り直した少女が、三人の会話を見上げて口を開いた。

「きっと姫はここに来ると思ったのさ」
「いつも遊んでるからな」
「でも大人たちは気付いてなくてさ。先回りできたね」
「嬉しい。最後にみんなでここに集まれたなんて」

 三人の少年の視線が、少女の言葉に吸い寄せられるように集まる。

「ルディアン。サレイノー。……ヴィトョール」

 少女は、ひとりひとりの顔を目に焼き付けるように見つめ、ひとりひとりの
名をかみしめるように口にした。

「みんな……これからも、私のことを守ってくれる?」
「もちろん」
「当たり前だろ?」
「喜んで」

 やがて満面の笑顔をその面に浮かべ……そして彼女は、決然と宣言した。

「私、なってみせるわ。立派な、湖の貴婦人に」

 ……………………
 …………
 ……

「……やっぱり覚えがないな。どうなったんだったか、夢だったのか」

 キャプテンはしばし記憶を辿っていたが、やがて諦めて起き出した。実際、
また眠っていたかも知れない。
 弦音が置いてくれたひまわりの種の山に手をつけながら、今日は自分も腹一
杯食べてみよう、などと彼は考えていた。


時系列
------

 多分2010年春辺り。


解説
----

 日常にふと紛れ込んだ夢の記憶。


$$

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 キャプテン掘り下げを久々に。
 でわでわ。

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ごんべ
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