[KATARIBE 32348] [HA06N] 小説『雨センサー 6』

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Date: Mon, 19 Apr 2010 01:38:52 +0900
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[HA06N] 小説『雨センサー 6』
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登場キャラクター
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 蒼雅渚(そうが・みぎわ) かわいいお嫁さん


本文
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 この春先の天気は暑かったり寒かったりで、どちらかというと悪い天気、雨
の日に山から下りてくる冷気はレインブーツの上から渚の脚を冷やす。もう五
年以上の付き合いになる膝だが、急な違和感にはどうしても身構えてしまう。

 冷気にのって霧のように下りてくる細かい雨粒。このあたりの路地は人気も
少ないが、車もあまり通らない。それに家までそれほど離れているわけでもな
いし、傘を差さなくてもいいか、なんて考えながら水たまりに気をつけて歩く。

 水たまりには桜の花びらが時々浮いていて、葉桜の季節を予感させる。

 昔は──物心ついた頃から、雨の日は苦手だった。膝を怪我してからは加え
て雨の日が嫌になって、今は──少し楽しむ余裕がある。

 誰もいないと思うと、つい気が緩んで鼻歌を歌ったり。それを真顔で聞き入
られるのが恥ずかしくて、なるべくしないようにしているのだが──ふと我に
返ると、渚の鼻歌に合わせて歌っている声が。

 声の方向を向くと、ピンク色の小さな人影があった。背の格好から、幼稚園
児か、小学校低学年か。この辺に幼稚園なんてあったっけ。ピンク色かわいい
なあ、うちも昔ピンク色ばっかり持ってたなあ。そう思い当たったところで、
もう一つの歌声も止んだ。

「どうしてやめちゃうの?」
「え? ……あ、歌? えっと、ごめん、合わせてくれとったのにね」
「うん」

 少し近づいてみると、ピンク色だったのはレインコートで、やはり小学校に
あがるかどうかといった年の頃の女の子だった。どうして一人でいるのか、そん
なことは不思議と気にならなかった。大抵の不思議としか言いようのない事象
を、いつもすんなりと受け入れてしまう。

「ウチこの辺なん? うちもこの辺住んでるの。風邪ひいたらあかんし、送っ
てこか」
「まだ、いい」
「あ、お迎え待ってるの、お母さん待ってるとか」
「うん、待ってる」
「そっか、じゃあお母さんくるまで、お姉ちゃんとお話してよっか」
「うん」

 とはいえ、手近に座れる場所があるわけでもなく。渚は傘を差して、女の子
の傍らに立った。道路とかすかな風が少しずつ体を冷やしていくが、放って帰
るわけにもいかない。

「お母さんはどっか働いてるの?」
「うん」
「そうなんや、うちもね、昔はそうやったん。毎日お留守番してた」
「今は違うの?」
「うん、今はもうケッコンしてて、旦那さまと一緒に住んでるから」
「お嫁さん」
「そう、お嫁さんなん」
「新婚さん?」
「ううん、今三年目でもうすぐ四年目になるよ」

 女の子は少し考え込んだ風で、しばらく黙っていて。かといって渚も、今会っ
たばかりの子供に色々聞くわけにもいかないと黙っていて。

「赤ちゃんは?」

 まあ、そう聞いてくるのは十分想定の範囲内だった。対応についても、しっ
かり準備済みだ。

「まだおらんの」
「もうすぐくる?」
「どうかな、最近なかなか順番が回ってこーへんみたい」
「じゅんばんまち?」
「そうそう。まだだいぶ先かも」
「ふーん、○○のうちもね、赤ちゃんこないの。順番待ってる?」
「いろんな人が待ってはるからなー」

 女の子の名前は聞き取れなかった。

「……もし、赤ちゃん今度きますよーってなったらさ、弟と妹、どっちがいい?」
「うーん妹? うーん弟? うーん……」

 女の子は考え込んでしまった。どこか、女の子の気持ちがわかる気もする。
渚自身、きょうだいが出来るのであれば、どっちでもいいなと思っていた。こ
だわらないから、きょうだいがほしいなと。

「良い子にしてたら順番早くしてくれるかも」
「ほんと?」
「うん、良い子と悪い子やったら、良い子選ぶよ、神様でもね」
「そっか!」

 あまり気の利いた台詞ではなかったが、それでも女の子は気をよくしたみたい
だった。

「お姉ちゃんの赤ちゃんもすぐくるよ、絶対」
「そうかな、うち、良い子にしてないからまだまだ後回しにされてるよ」
「……悪い子なの?」
「うーん……旦那さまの方が良い子やから……うちも旦那さまくらい良い子に
してないとあかんなあ」

 当の旦那さまにしてみれば、渚さまほど良い子はいません!とやっぱり真顔か
満面の笑みで言うのだろうが。

「お姉ちゃんはだんなさまのこと大好きなんだ」
「え、うん、大好き」
「じゃあお姉ちゃんも良い子」

 飛躍に少しついていかなかった。思わず聞き返す。

「そうなん?」
「うん、絶対良い子。だって、だんなさまっておよめさんのこと大好きでしょ」
「あー……そうね。そういうことなら、うちも良い子かな」
「うん、すえながくおしあわせに」
「ありがとう」

 しゃがみこんで、女の子にお礼を言ったところで、帆布のトートバッグの中
で、携帯がブルブル震えた。意識が一瞬携帯に移って、視線を戻すと、そこに
は誰もいない。

 心のどこかでやっぱりそうか、と思う。それが悪さをする類でなければ、渚
にとってはたいした問題ではない。旦那さまに言わせれば、渚さまの前で悪さ
をするものなんていません、ということなのだが。

 携帯を開いて、さっと返事を打って返す。すぐそこのバス停でバイト帰りの
旦那さまが下りたところだから、一緒に帰ろう。立ち上がって、傘をどうしよ
うか迷って、差したまま歩き出す。

 そういえば。今差してる傘、ピンクやん。



時系列
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 四月上旬

解説
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 HA06event:
 不思議そうにしていたのは透質な雰囲気の歌っている園児だった
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