[KATARIBE 32344] [HA06N] 小説『雨の後、物思い』

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Date: Sun, 18 Apr 2010 22:41:45 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32344] [HA06N] 小説『雨の後、物思い』
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2010年04月18日:22時41分44秒
Sub:[HA06N]小説『雨の後、物思い』:
From:久志


 久志です。
ものごっつ久しぶりに書いたら物凄くかけなくなってた。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『雨の後、物思い』
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登場キャラクター 
---------------- 
 富田靖(とみた・やすし)
     :ゾノ中一年。ひまわりの家で保護されている少年。
 葉島多菜(はじま・たな)
     :ウル中一年。ひまわりの家で保護されている少女。

本文
----

 見上げた先にはすっかり雨に流された桜の枝。
 歩道から道路にかけては湿った花びらがびっしりと張り付いて、細かな水玉
模様を作り、ちょっと足で払ったくらいでは簡単には取れそうもない。
「よいしょ」
 両手で自転車を押しながら、右足に体重をかけすぎないように歩道を歩く。
 雨の後の濡れた歩道、特に湿った花びらが一杯に散った道は下手に自転車に
乗るとタイヤが滑ってしまう。普通に自転車に乗りなれている者にはさほどの
ものではないかもしれないが、足の悪いやすしにとってはちょっとしたスリッ
プでもうっかりすると転倒する危険がある。
「くしゅん」
 四月とはいえ、もう夕暮れを過ぎて夜に差し掛かった時間。
 朝から降っていた雨はもう止んでいたが、雨の後の湿った空気がじわじわと
体に冷えてくる。

 吹奏楽部に入部してから、紹介や楽器の説明に過去の発表会ビデオの鑑賞な
どで帰りが少し遅くなっている。
 同じひまわりの家で生活している多菜の方も、陸上部の練習と部活以外の日
も自主トレーニングでいないことのほうが多い。練習から帰った後も疲れ切っ
ているせいか、食事の時にいくつか話す以外は殆ど会話もなく倒れこむように
寝入る日々が続いている。
 熱中している、といえば聞こえはいいかも知れないが。やすしの目から見て
多菜の陸上に対する打ち込み方は、熱中するというには少し違うように映った。
 足を止め、自転車を体で支えながら冷えた手をすり合わせて。
 途中からずっと降りて歩いているせいか、まだ帰りの半分にも届いていない。

 早く帰りたい、という想いと。
 それとはまた違う複雑な想いが、胸の内で揺らぐ。
 やすしがひまわりの家に保護されたのは五年ほど前。それまで過ごしていた
普通とかけ離れた生活から解放され、ようやく人として歩き始めるようになり。
「くしゅん」
 きゅっとサドルを握りなおしてよたよたと歩き始める。

 これまで知らなかったいろいろなこと、知りたくもないけれど知ってしまっ
た多くのこと。逆に知るようになってからだんだんと重荷になってきてしまっ
たこと。
 シーソーが傾くように、やすしがだんだんと知識をつけて世界を知っていく
と同時にそれまで思わなかった色々な想いが溢れてくる。
 ひまわりの家の――家族とも違う、不特定多数の他人との交流、自分に向け
られる色々な視線や時に好意的ではない感情や意識。良いものもあれば悪いも
のもあり、全てひっくるめてただ個人の富田靖としての初めての世界。

 春先に初めて会った彼女、中学で新しく出来た友達、部活の友人や先輩方。
 ひまわりの家という出自を知って揶揄したクラスメイト数人。
 彼女をはじめとした友人達に対する暖かな想いも、意味ありげに笑ったクラ
スメイト達に対する苦い想いも。

 そして。
 今まで何も感じていなかった『あの人達』に対する胃の底から滲みあがって
くるような、負の感情も。

「……ふぅ」
 息を吐いて。
 まだ帰りの道はさっぱり縮まっておらず、敷き詰められた花びらの絨毯はま
だまだ続いている。
 思い悩んでも仕方ないと再び自転車を押して歩き始めようとしたやすしの目
の前で緑色のなにかが動いた。
「え」
 瞬きして目の前のなにかに目を凝らす。

 二つに光る金色。
 そして緑色の葉。

「あ」
 自転車のすぐ前、小さな真っ黒い猫が立ち止まってやすしを見あげている。
何故かその口には一枚の緑の葉っぱを咥えて、金色の丸い瞳がまるで明かりの
ように光って見える。
「猫……?」
 ゆらりと、まるでやすしを観察するように周りを歩きながら。
「どうしたの?」
 無論、やすしの問いかけに返事はなくただ黙ってやすしを見あげている。
 まるで心を見透かすように、金の瞳がじっとやすしの目を捕らえて離さない。
「…………何か変かな?」
 後ろ暗いものがないはずなのに、何故かその真っ直ぐな視線から目を逸らす。
 ゆらり、ゆらりと、だんだんとやすしの周りを回る動きが早くなる。
 じわじわと、まるで獲物を追い詰めるように。

「やすしくん!」

 弾かれるように顔を上げると。
「やすしくん!遅いよ!どうしたの?」
「多菜ちゃん……」
 息を切らせて走ってくるのは、ジャージ姿の多菜。あっという間に距離をつ
めてやすしの傍らに走りよってくる。
「ごめん……ちょっと道が濡れてて、自転車だと転びそうで……」
「遅いから心配してたんだよ、自転車私が押してあげるから」
「ありがとう……なんか、今、変な猫が」
 足元を見る、が。
「あれ?」
「どうしたの?やすしくん」
 走り去った気配もないのに、そこにいたはずの黒猫の姿が消えていた。
「……黒猫が、さっきまで居たんだけど」
「もう、ダメだよ。先生もみんなも心配してたんだからね」
「ごめん、多菜ちゃん」
「ほら、いいから自転車の後ろ乗って。押してってあげるから」
「うん……」
 半ば押し上げるようにやすしを自転車の後ろに座らせてサドルを握る。
「今日、部活だったの?」
「うん、先輩達の公演のビデオ見て……すごく上手だった、今度……前のオー
ボエ奏者の人に会わせてくれるって」
「そっか、楽しみだね。吹けるようになったら先生や私達にも聞かせてね?」
「うん」
 自転車を押しながら走る多菜の背中を見ながら、ふと空を見上げた。
 湿った風が頬を撫でる、さっきまでの鬱屈とした息苦しさとは違う心地いい
冷たさに気分が軽くなる。
「多菜ちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
「え、いいよ。心配だったし」
「……うん」
 一人で思い悩んでいても、どうにもならない。
 誰かが居て、他愛のない話をして、それでいいのだと。

 流れていく街の風景を見ながら、ついさっきの奇妙な黒猫のことはすっかり
と頭から抜け落ちていた。

時系列 
------ 
 四月の初めらへん。
解説 
----
 雨の後の帰り道、色々思い悩んでたりするやすし。
 『あの人たち』とは、母親と同居してた男のことと思われます。
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。



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