[KATARIBE 32339] [HA06N] 小説『女将、土下座する』

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Date: Mon, 05 Apr 2010 23:32:05 +0900
From: Subject: [KATARIBE 32339] [HA06N] 小説『女将、土下座する』
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ゆーふぉです。
三十分一本勝負(http://hiki.kataribe.jp/HA06/?OneGameMatchfor30Min)
です。
Roleお嬢様からのお題は「道行く和服の女性が土下座する」
でした。


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小説『女将、土下座する』
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登場人物
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香坂小雪(こうさか・こゆき):http://kataribe.com/HA/06/C/0849/
    山猫温泉女将。味覚が個性的らしい。

羽湯雅仁(うとう・まさひと):http://kataribe.com/HA/06/C/0831/
    山猫温泉主人、のはず。小雪の下僕。

本編
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 山猫温泉、自炊室。
 宿泊客(主に年配の女性達)がかしましく作り、食べ終わったその香ばしい香
りが未だ残っている。その簡素な厨房に、ひとりの女性が立った。
 浅葱色の和服をたすき掛けで動き易くし、髪を後ろできっちり結い上げてい
る。わざと垂らした後れ毛が、色気をはらんで襟に掛かっていた。
 香坂小雪(こうさか・こゆき)が、宿直明けに料理を始めた理由はいくつかある。
 ひとつめは、自分が好きだから。女子校時代、ひとり暮らしの食費を浮かすた
めに自炊を始めたら、案外楽しくなってしまい、実家暮らしの今でも暇さえあれ
ば作っている。最近は、母親が仕事帰りに無理しなくて良いと、作り置きできる
物をたくさん作ってくれるため、それほど腕を振るうことがなかった。
 ふたつめは、仕事の同僚に「不味い」とハッキリ告げられたことである。遅番
のまかない飯は、輪番で作ることになっているのだが、小雪がばたばたとしてい
るうちに、誰かかが作ってくれることが多く、たまには自分がと申し出た矢先に
そう言われたのでは、たまったものではない。とりあえず発言者を朝稽古の練習
台ついでに成敗しておいてから、「なら美味いものを作ってやる!」と啖呵を
切って今彼女はこの厨房に立っている。

「何がーあるーかしら?」
 奇妙、としか言えない節を付けて歌いながら、とりあえず冷蔵庫を覗いてみる。
 客の物とは分けている冷蔵庫の中には、卵とハム、それから昨日の残りのご飯。
「あら? そういえば」
 片隅に「香坂」と名前を書いたレジ袋を見つける。彼女が遅番の出勤前、生駒
山に入って採った、採れたての山菜達である。
 嬉しそうにそれを取り上げると、中身を確認する。家に持って帰っても余るの
ではないかというほどたっぷりとあった。
「いーじゃない……ふふ…っ」
 十数分後。彼女は、満足そうにひとつの料理を作り上げた。
「どお、ちゃんとした料理でしょ?」
 彼女が手にしたお盆には、ほかほかと湯気を立てる炒飯が乗っていた。
 卵はふわり、ご飯はぱらりと、そしてハムと山菜が、卵と共に彩りを完璧な物
にしている。
「……ひゃい……」
 何故か顔中をボコボコにされた羽湯が返事を返した。
 事務員は外回りがあるのと、朝食はしませたと言って一足先に事務室から姿を
消していた。フロント業務はパートのおばちゃんが行っており、朝の忙しさが一
段落した事務室では、遅い朝食の体勢が整った。
「行者ニンニクがあったから入れてみたの。早番からって言っても昼までで
しょ? 精付けなさいよ〜」
 にこにこと差し出された炒飯に、羽湯は何事かもごもごと言いかけが、香坂と
目が合うと、黙ってレンゲを取った。
 震える手が、ゆっくりと、ゆっくりと食物を羽湯の口へと運び込む。
「……」
 閉じた口が小さく動いた。そして、目を見張る。レンゲを動かす手のスピード
が一気にトップギアに入る。
「……ちゃんと美味いだとう!?」
 満足そうに香坂は肯いた。
「でしょー? 味見してなかったけど」
 致命的な一言に羽湯が凍り付きつつ、ふと、青い山菜に手を止める。
「しかし……行者にんにく……っていうほど臭くないなこれ?」
 香坂も匂いをかいでみて、それで何かを思いつくと、左手に持っていた山菜の
袋を差し出す。
「火、通しすぎたのかしら? ああそれと、山菜いくらか持ってく? 小分けに
しておいたわよ?」
 そこには、可憐な白い鈴が。否、それを思わせる花が連なる植物が一握りほど
入っていた。
「……馬鹿……! そいつは!」
 羽湯の目が、驚きで大きく大きく見開かれ、次の瞬間、身を翻すとトイレへと
駆け込んでいた。携帯電話を握り締めてトイレに入るのを彼は忘れなかった。

『……血圧が少し下がってます……患者は意識ははっきりしていますが…ええ、おそ
らくスズランの毒で……はい……お願いします』
 駐車場には、一台の救急車。救急隊員が冷静に状況を報告していた。
「……まか…ない調…理…禁止…ばかや…ろ…」
 羽湯が担架に乗せられたまま、うわごとのように呟いた。
「いやもう…ほんとうに……ごめんなさいっ!」
 荷台に担架ごと載せられようとしている羽湯に、香坂は土下座していた。

時系列と舞台
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2010年4月。山猫温泉。

解説
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作中のスズランは実際に事故が起きているモノです。みなさんも気をつけて……。
美味いかどうかなんて食ったこと無いのでわかりません! 食えません。
ていうか食っちゃ駄目です! マジで。
いやほんとに。さらにトリカブトとか洒落になりません。
と解説は真面目に〆てみる。

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