[KATARIBE 32262] [HA06N] 小説『ツーリングの後』

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Date: Tue,  1 Sep 2009 00:45:19 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32262] [HA06N] 小説『ツーリングの後』
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2009年09月01日:00時45分18秒
Sub:[HA06N]小説『ツーリングの後』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
題名が疲れきってます。

ちうわけで。

***********************
小説『ツーリングの後』
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登場人物
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 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。真帆にはめっさ甘い。

本文
----
 ツーリングから戻ってきた相羽は、何だか妙にぼんやりとしていた。

「あ、お風呂用意してあるから。暑かったでしょ」
「あ、うん……」
 やはりどこか、呆然としたまま頷くのが、何だか妙である。
「尚吾さん、どしたの?」
「あ……ああ」
 やはり呆然としたまま、相羽は呟いた。
「……俺、みくびってた……あいつすごい」
「はい?」
「いや……川堀の」

 とにかく先に汗を流してきて、と、突きつけられたタオルごと風呂場に向かっ
て暫く。
 頭の上に上機嫌な縹を乗っけて戻ってきた相羽は、溜息をついて座り込んだ。
「え……だって、ひとみちゃんの運転凄いって、尚吾さんが言ってたくせに」
「……いや、正直ちょっと舐めてた。俺もちょっと自信あったからさぁ」 
 きゅうきゅう言いながら、頭から肩へと降りてきた縹を膝へと降ろし、良く
冷えた麦茶を受け取る。グラスの半分を空にしてから、相羽はもう一度大きな
溜息をついた。
「半端ない……まじで」 
 参りました、もしくは負けました。
 何ともがっくりとした表情に、真帆は苦笑しながら手を伸ばした。半乾きの
髪の毛を梳くように撫でながら……しかし言った台詞は、あまり同情的なもの
ではなかった。
「そっか……じゃ、後ろに乗っけてもらうのは、ひとみちゃんのほーがいいの
かな」 
 バイクの、と付け加える前に、相羽が憤然として身を起こす。
「だめ、真帆後ろにのせて良いの俺だけ!」 
 あまりに断固とした、その分妙に子供のような口調に、真帆がぷっと吹き出
した。

 麦茶に、葛饅頭。
 つるり、と、喉を滑るような日本の夏の和菓子。

「で、真帆達は?」
「はい?」
「どこ、走ってきたの?」
 ふふ、と笑うと真帆は小首を傾げて縹を見やった。
「楽しかったよね」
「きゅ!」
 膝の上で、縹がぴょこぴょこと跳ねる。
「そっちも?」 
「そう。ちょーっと走れないとこ走ってきた」 
「どこを?」
 くすくすと笑うばかりの真帆の代わりに、縹がぴょい、と背を伸ばした。
「きゅ、きゅーきゅ、きゅきゅきゅ!」 
 短い腕をえいと上げて、ついでに指を天井に向けて立てる。
 ああ、と、相羽が頷いた。
「空、ね」
「そう」
 頷いて笑う真帆の顔からは、出かける前の少しの憂鬱らしきものが綺麗に消
えている。
「絶対事故にならないし、安全な場所。でもたのしかったあ」 

 空に向かって落ちる。適当なところで止まり、そして空を歩く。
 幽霊実体化が、真帆自身全く気がつかない異能であったのに比べて、こちら
の空に落ちる異能は、彼女がしっかり自覚し、操っていた異能である。基本的
には上下動しか出来ず、役に立つ異能というよりは、あったら楽しい異能だね、
と真帆は時折笑う。

「でも、自転車でって」
「うん。見つかるとまずいから、そのまま空に急いで落ちちゃってから、上下
逆にして」
 落ちて止まると、そこが『地面』の感覚となる。歩くのが出来るなら、自転
車だって乗れるだろう、と、試してみたのは実はこれが最初だという。
「風が強くてね。上空だとそれなりに涼しいし、どれだけ飛ばしても危なくな
いし」
 無限の平面上を、自転車で乗り回すわけで、衝突の危険も躓く可能性も無い。

「楽しかった?」
 膝の上でくねくねと動き回る縹の、鬣を撫で付けてやりながら相羽が尋ねる。
「きゅ!!」
 ぽわぽわの鬣がぴん、と、跳ねる。
「ちょっと降りるときに、自転車には苦労したんだけど」
「え?」
「ほら、天地逆になってるから」
 上空に向かって落ちるわけで、当然向きは天地逆になる。空に落ちる時は、
上空で状態を立て直しても、そこは真帆の異能で『地面』の位置が調節できる。
それに……人は案外空を見上げたりしないから、上空で多少もたもたしていて
も別に問題はない。
 が、確かに地上に着地する時には面倒である。
「怪我、しなかった?」
 途端に心配そうな顔になった相羽に、真帆は大丈夫、と手を振った。
「そのまま降りるのはやっぱりまずいから、廃ビルの上に降りたんだけど、そ
したら、そこにいらっしゃる方たちが手伝ってくれたんです」
「廃ビル?」
「うん。人が居ないから丁度いいかなって」

 一般的に考えて、文章の論理が思いっきり破綻している。のだが。
「…………」
 それが破綻しない状況というのは、つまり。
「……霊の人?」 
「うんそう」 
 軽やかな……あまりにも軽やかな答えに、相羽はそれ以上突っ込む気力を無
くした。

 廃ビルに居たのは、3人の、真帆が見る限りはそれなりに強面の兄さん達で
あったらしい。空から逆さまに降りてきた自転車を、流石に呆れて見ていたそ
うだが、
「廃ビルなんでもうエレベータも動いてないからって、降ろすの手伝ってくれ
たんです」
 代わる代わるに自転車を担ぎ上げ、その間手の空いている者は縹を抱っこし
て。
「何かこちらから皆さんが……その、ここから自由になるお手伝いありません
かって尋ねたんだけど、別にもうないから、代わりにお昼おごってくれやって
言われて」
「……何食べたの」
「冷やし中華とアイス食べてきました」
 
 廃ビルの幽霊。
 多分、彼らが居るから、廃ビルを崩すに崩せない……その程度には性質の悪
い幽霊ではないか、と、相羽は思うのだが。
「久しぶりに食ったなーなんて、喜ばれちゃいました」
 あっけらかん、と真帆は言う。
「……まあ、うん、それならよかったけど」 

 正直なところ、ちょっとは警戒してくれ、と思う。それは大いに思う。
 けれども同時に、そういうあやかし達に無条件で懐かれるらしいことは、多
分相羽のほうが真帆自身よりも判っている。
 そして何より、真帆が嬉しそうにしている、というのは、相羽にしてみれば
ひたすらそういう注意をし難い状況に当てはまる。

「……やってみようかなあ」 
「ん?」 
 頬杖をついて、妙に真顔になった真帆が言ったことときたら。

「情報求めます!報酬は冷やし中華とアイスクリーム、幽霊の貴方にお願いし
ます!……とか」
「…………」 
「食べるってのがホントに久しぶりで嬉しかったみたいだし、多分大概の幽霊
がそうじゃないかって言ってたし」
「…………」
「案外食べ物で連れるのかな、幽霊って」

 いいのかそれで幽霊、と、突っ込みたくなった相羽である。


 県警のトイレで泣いていた幽霊も。
 古い木造校舎で、実は何人も脅かしていた幽霊達も。
 真帆が出会う幽霊が、安全無欠であるわけではない。しかし、出会う連中の
殆どが、何だかのほほんと真帆のペースに嵌る。というより彼女が相手を『丁
度そこで出会った普通の人』とみなすものだから、相手も自然に『普通の人』
として振舞うのかもしれない。
 それが良いことなのか、悪いことなのかは正直相羽には判らないし、実際の
ところ彼にとってはどうでもよい。ただ、それらが真帆の意思で行われていな
い限り、どうやっても危険であるという感覚が消えないだけである。
(零課の仕事も)
 本当ならば辞めさせたい。ただ、それを言えば真帆は反対する。

「……ねえ」
「はい?」
「今度乗ってみる?」 
「え、バイク?」
「うん」
 頷いた途端、真帆がぱっと目を輝かせた。
「……乗せてくれるなら」 
「空とは違うけど、これはこれで悪くないよ?」 
「うん!」

 大きく頷いた真帆の頭を、相羽は手を伸ばして撫でた。

時系列
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 2009年初夏から夏にかけて
解説
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 先輩がツーリングから帰ってきた時の、一幕。
***************

 てなもんです。
 であであ。
 


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