[KATARIBE 32257] [HA06N] 小説『ツーリング手前』

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Date: Tue, 11 Aug 2009 01:01:55 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32257] [HA06N] 小説『ツーリング手前』
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2009年08月11日:01時01分55秒
Sub:[HA06N]小説『ツーリング手前』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
書きやすいとこから書いて見ますた。

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小説『ツーリング手前』
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登場人物
--------
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。真帆にはめっさ甘い。

本文
----
 明日の休みにはバイクに乗ってくる、と言われて。
 実のところ真帆は、かなり真剣に拗ねた。


「明日の休みね」
 凝った肩を揉んでいたら、ああ、そうだ、と一つ頷いて、相羽は顔を上げた。
「はい?」
「史と川堀ちゃんとで、ちょっとバイクで走ってくる」
 咄嗟に真帆の手が止まった。
「……あー、そしたら行ってらっしゃい」
 それでも直ぐに肩揉みを再開しながら、真帆はのんびりと言った。
「何日くらい?」
「日帰りだって。夕飯には帰るよ」
 そう、と、小さく呟いてから、小さく息を吐く。それでも。
「行ってらっしゃい」
 その声は、やはり呑気で明るかった。

(そうか、バイクなんてそういえば尚吾さん乗れたんだ)
 聴いたことは無論ある。言われてみればああそうか、と思う。けれど。
(バイクで走る、か)

 川堀が零課を抜けたのと、夏と。重なったせいなのか、また仕事は忙しいと
いう。基本として待機に近い真帆でも、零課に呼び出されては幽霊からの情報
収集を手伝うことが何度かある。真帆にしてみれば、尋問をしている銀鏡の部
屋で、ただ座っているだけのことなのだが……それでも呼び出しは、銀鏡から
直接真帆に来る。
(旦那を挟むと、仏頂面を一つ余計に見ることになりますから)
 からりと言った相手の言葉に、真帆は首をかしげた。
(一つ余計って……他にも仏頂面してます?私とか?)
 不満に思っている積りは全く無いのに……と言いかけた真帆に、違いますよ、
と銀鏡は笑った。
(一つかつ最大の仏頂面なんで。とりあえず回避したい)

 閑話休題。
 とりあえず、そういう忙しい時期なので、休みの日には相羽は部屋で転がっ
ている。どこかに一緒に行こうか……とは、その姿を見るととても言えない。
(……だのに)

「気晴らしって感じでね」 
 いつのまにか相羽は、身体の向きをかえている。伸ばされた手が、真帆の頭
を、わしっと撫でた。
「…………」
 それが誰の為の気晴らしか、については、真帆も理解している。自分が望ま
なかった零課勤務により相当参ってしまった川堀。彼女の慰労と気晴らし。

 それでも。
「縹。じゃ、あたしと二人で、自転車でどっか行こうか」 
「きゅ!」 
 わーい、と、両手をあげて返事をする小さな龍を、相羽は少し唇を歪めて見
やった。
「ごめん、今日はちょっとあの子の気晴らしさせたげたいから」 
「…………知ってる」 

 バイクは乗ったことが無い。自転車も軽も、スピードを上げて走ることを眼
目にしたことがない。ただひたすら、2点間を移動するために使っていたし、
これからもそうだろう。
(この人にとっても、それは気晴らしなのだ)
 
 明神の事件以降、真帆の中にわだかまるものがある。
 事件の概要を調べる為に、川堀が借り出された。その結果、彼女はかなり深
刻な精神的打撃を受けた。
 真帆の異能については、恐らく一度くらいは検討されたと思われる。しかし
理不尽かつ残酷に殺された人々の霊は酷く荒れていることが予想され(それも
大人数!)……それを実体化することによって、彼らの存在が一気に危険にな
ることが、どうやら指摘されたらしい。
『危険なんですよ。そうやって、恨みに凝り固まった霊って』
 質問すると、銀鏡は苦笑した。
『死んだ直後だし……それこそ目の前に居る真帆さんを、完全な八つ当たりで
ぼこ殴りにするくらい予想のうちでは軽度ってなもんで』
 確かに、そのことについては納得したのだけれども。
(でも、惨殺風景をじかに見る時の精神的な打撃と、そうやって殴られる時の
打撃って……後者のほうが楽かもしれない)
 よしんば楽ではないにしろ。

「だから。行ってらっしゃい」 
 
 零課の手伝いをしていても、相羽は真帆のことを本当に心配する。できれば
関わって欲しくなかった、と、ことあるごとに呟く。
(本宮さんのようには)
 危険な場合でも、それを史久がこなせると判断すれば、相羽はその役を彼に
背負わせるだろう。逆もまた、恐らく真であるだろう。
 仕事の面で、自分は相羽の隣に並ぶことは出来ない。
 そして。
(こういう時も、あたしは隣には居られないんだな)

 川堀に妬いているのかと言われれば、真帆はきっぱり違うというだろう。
 けれども。
(ひとみちゃんに、じゃなくて)
(ひとみちゃんの立っている位置に)


 にっこりと、笑顔の奥で、一瞬の間に考えていたことを、相羽がどれだけ理
解していたのかは判らない。けれども、次の言葉に、真帆は何となく、ぽん、
と、目の前で手を叩かれたような……そういう、妙に気の抜けたような感覚を
味わった。

「……うん。早く……復帰して欲しいから、さ」 
「復帰って……交通課で、ひとみちゃん頑張るんじゃないの?」 
 今のところはね、と、呟いて相羽は息を吐いた。
「そしたら、も少し時間も取れる」 
「……駄目」 
 冗談ではない。彼女が零課を抜けたのはつい最近、一月も経たぬ。
「……そうしたいのは山々、なんだけどね」 
 不本意そうな声だった。
「人手不足?」 
「川堀の異能は……零課には欲しいからね」
 それは、確かにそうなのだけれども。
「でも、それじゃひとみちゃんが……」
「そう、潰れるね。このままじゃ」
 ざっくりと放たれる言葉は、奇妙に辛辣である。
 その辛辣さは一体どこから……と考える間もなく。
「で……まあ、潰れないようにケアしてあげながら、出来れば零課でってのが、
どうやら上のほうの本音」
 つまり、その上のほうに対しての辛辣さなのだろう、と、真帆は理解する。
「難しいもんだよ、俺よっか史の奴のほうがきついんだろうけど」 
 川堀の直属の上司だから、と付け加える。
 どうやら、川堀の零課復帰について、一番ちくちく言われているのが彼であ
るらしい。
「……理屈は判るが納得はいかない」 
「ホントにね」 
 ぽん、と。また真帆の頭の上に手が載る。
「……ホントは、真帆にも関わらせたくなかったけど」 
 いつものその言葉に、真帆はぴくり、と肩を震わせた。

 異能者の起こす事件。そして普通の人々が起こす事件。
 前者については、零課の独断場になりがちである。しかし後者についても、
例えば普通の刑事が3人で2日かかる仕事を、異能者は30分で済ませること
だってある。だからこそ川堀があれだけ疲れきって零課を辞めることになった
のである。
 真帆の異能もまた、情報系としては相当に役に立つものである。何と言って
も被害者がまだこの世に漂っているなら、確実にその内容を聞き出すことが出
来るのだ。
 それを、相羽もよく判っている。
 判っているのに。

「…………だからそれが!」 
 頭の上に載った手に、手を重ねる。
「あたしのほうがどう考えても、尚吾さんより零課向きなんですけど判ってま
す?」 
「だからさ、もうちょっとだけ頼っていい?」
 その言葉はひどく不安げで不確かで。
「サポートはする、俺ができる全力で」 
「……サポートいりません」 

 もともと相羽が警察に入ったのは、父親の無惨な死に様が要因の一つである。
彼の死は薬物中毒者によってもたらされた。だから彼は当然、麻薬撲滅の仕事
に関わることが多い。
(それはでも)
 零課の仕事というわけでは、ない。

「あたしは、ひとみちゃんに、零課を抜けたほうがいいって扇動した責任があ
ります」 
 扇動、というと言いすぎかもしれないが。
「その責任分は……やります」 
 真っ直ぐ見据えた視線の先で、相羽は少し視線を落とした。
「遠からず、川堀は零課を辞めてたよ」 
 最初の明神の事件がかなりの致命傷。あやかしと人との間を取り持とう、と、
努力をしていた彼女にしてみれば、その努力さえ全く届かなくしてしまったこ
の事件は、それが起こっただけでもそれなりの打撃であったろう。
 そして、続いてゆくサイコメトリの仕事。
「下手すれば警察すら辞めてたかもしれない」 
 実際、彼女のような異能は、情報が力となるこの社会では垂涎の的となりか
ねない。警察を辞めたとしても、その異能を欲して雇うだろう場所は沢山ある
のだから。
「そうなる前に、水際であいつを納得させられたのは、いいことだよ」 
「……それでも」 
 それでも、真帆にしてみればやはり彼女の背中を押したという意識がある。
加えて彼女もまた、情報系の異能があるのだから。
 だからそれでも、自分が、と言い切る前に。
「ホントなら俺らがあいつを、あの事件から引き上げるべきだった」 
「…………!」 
 もともと相当酷いものを見るだろう、と、明神の事件の時には言われていた
らしい。彼女に見せるのは、確かに酷いことになるだろう、とも。
 けれども。
「ひとみちゃんにしか出来ない仕事を、ひとみちゃんがするのは、彼女が零課
に居る限り当たり前なんです」  
 それがいいとか悪いとか、そういう問題ではなく。
 一人一人、かなり特殊な異能を持つ零課。
 誰かの代わりを誰かがそのまま受け持つ、とはいかないのだから。
「だから、零課を辞めたほうがいいって、あたしは言ったの」 

 もともと交通課に行きたかったのだ、と、川堀は言った。
 もし、彼女が最初から零課を希望していたのなら、真帆はまた別の言葉をか
けたと思う。零課を辞めろとは決して言わなかったろうとも。
(この仕事はそういうものなんだから)
 何より、相羽の仕事振りを見ている限りにおいて『そういうもの』という意
識は真帆の中に叩き込まれている。
「そういう場所でしょう、零課って」 
 見据えるような視線から、一度視線を外し……そして相羽は一つ息を吐いた。
「……そうだね」 

 そういう場所だからこそ、真帆には関わって欲しくなかったし、今だって欲
しくない。
 そういう場所だと腹を括ってしまった真帆だからこそ、余計に。
 
「……ツーリング、行って来てください。ひとみちゃんに付き合ってあげて下
さい」 
 真っ直ぐな声が、真っ直ぐにそう告げる。
「でも、それで……彼女が零課に戻るようにって……今は思わないであげて下
さい」 
「……そうだね」 
 真帆の頭を撫でる。
 伸ばした背と真っ直ぐな目は、危険だろうがなんだろうが真っ直ぐに突き進
む強さと危なっかしさを内包していて。
 だから、手を伸ばして頭を撫でる。どうか無茶をしてくれるな、と。
 どうかその鋭さのまま、突っ走ってはくれるな、と。

「さんざんこき使った詫びをかねて、気晴らしさせてくるよ」 
「うん」 
 少し苦笑して、真帆が頷いた。が、真帆はそのまま小さく肩をすくめ、悪戯
小僧のような笑みを浮かべた。 
「……その間、あたしは、少し悔しいんで、縹と遊んできます」 
「え」
「自転車で」

 スピード狂では決してないが、以前真帆も、軽自動車を運転していたことが
ある。
 午後の、適度に空いた高速道路。アクセルに軽く足を乗せ、真っ直ぐに進ん
でゆく時の、陽光に晒されて白茶けたような風景を憶えている。
 永遠にそれが続いて欲しい、永遠にこのまま走ってみたい、と思った、あの
感覚も。

「自転車で、走ってきます」
「……事故らないでね」
 はい、と、真帆は笑った。

時系列
------
 2009年初夏から夏にかけて
解説
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 明神事件をきっかけに、零課から抜けた川堀をめぐっての相羽家の風景。
***************

 てなもんです。
 一応、次にまた話を考えては居ます。

 であであ。



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