[KATARIBE 32256] [HA06N] 小説『未来からの刺客・□・四角』

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Date: Sat,  8 Aug 2009 01:27:04 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32256] [HA06N] 小説『未来からの刺客・□・四角』
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2009年08月08日:01時27分03秒
Sub:[HA06N]小説『未来からの刺客・□・四角』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
全く別の話です。
チャットに付き合って下さった、ふかさん、きしとん有難うございました。

*******************
小説『未来からの刺客・□・四角』
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登場人物
--------
 初谷千波(はつがい・ちなみ)
   :思考力を強化された人造の天才。中近東ハーフ。霞中学寮に在住。
 初谷千華(はつがい・ちか)
   :情報収集力を強化された人造の天才。千波の双子。霞中学寮の在住。


本文
----

 未来からの刺客というのは、ある意味非常に自己に対し矛盾した存在だ、と、
千波は相変わらず淡々とした口調で言うのである。


「今のところ、物理での考え方の主流は多世界宇宙じゃないかな。過去で、現
在の自分に都合の悪いことを訂正すると、そこで世界が分かれてしまうって奴」
「えーと」
 唐突に始まる会話には、父親と付き合っていれば慣れる。はてはてと考えて、
千華はぽん、と手を打った。
「あーあれね。タイム・シップ」
 読んだのあれ?と尋ねると、無論とっくに、と、千波は答える。
「英語で?」
「ううん日本語で」
 表紙買いしちゃったよ、と、真顔で言われると、どこまで本気か、千華も左
の義眼を使わなければ判らなくなる。『かたちに関する分析力』のプログラム
が組み込まれた左目を微かに細めて見やると。
(うわ、まじだ)
「だから、未来から刺客がやってきて、不都合な相手を殺すっていうなら、そ
れは実はとてもとても自分勝手なことなんだよ」
 ほんのり微笑んだまま、千波は結構残酷なことを言う。
「だって、不都合極まりない世界に、自分以外の……母親も妹も置いて、自分
だけが幸せな世界に行くってことだもの。幸せな母親と妹の存在は存在するけ
ど、だからといって不幸な母親と妹が居なくなるわけじゃない」
「むしろ、助けになりそうな『刺客』さんが居なくなるわけだから、ご家族不
幸倍増計画?」
 成程、と千華が頷きながら言うと、千波はやはりくすり、と笑って頷いた。
「そうそう……でも千華もひどいね。凄いこと考えるねー」
 千波にだけは言われたくない、と、千華はしみじみ思ったものだけど。

 未来からの刺客。
 未来からの…………

           **

 夏休みになり、学校から生徒は激減した。
「やっぱり皆帰るんだねー」
 寮があるとはいえ、この時期、大概の生徒は実家に帰る。実家に帰る必要の
無い生徒は、そもそもその『実家』に住んでいるわけであり……当然夏休みに
は、補習かクラブ活動でしか学校にやってこない。
「ふい、暑いねー」
「日本ってこんなに暑いとは思わなかった」
 ふわりと薄い、白の布地の服は袖が長い。故郷ならばこれで十分涼しいのだ
が、湿気満載なこの国では、日差しを遮るだけでは涼しさは訪れない。それで
も沙漠の国からやってきた二人にしてみれば、冬よりは多少馴染みやすいのも
確かである。今日も、寮から図書館に向かう途中、かんかんと日の照る校庭の
隅で足を止めて呑気に花壇を見ている。同級生達が少し呆れたような目で見て
いるのにも気がついているのかいないのか、会話のテンポは相変わらずのんび
りとしたものである。
「これだけ湿気があったら、花も大きくなるよね」
 学校の校庭の隅の花壇には、この時期向日葵が目立っている。
「まだ咲いたばっかだね」
「食べるにはまだ早いね」
 大きな袋にぎっしり詰まって、それでも300円としなかった向日葵の種。塩で
炒ったそれを、不意に食べたくなることがある二人である。
「……この国って、何でこう、食べ物が高いんだろうね」
「来年までには種貰って育てようよ」
 平たい種を両端から押して、鳥の雛の口みたいにぱっかり開いたところから
中身を取り出す。ぷち、ぷち、と、指で開くのも楽しさの一部である。
「……あーなんか、言ってたら食べたくなっちゃったよ」
 溜息混じりに呟くと、千波はひょい、と花壇を取り囲むコンクリートブロッ
クから飛び降りた。

 そしてそれは、非常に運が良かった、といえる。

「?!」
 ひるる、と、どこか間の抜けたような、空気を切って落ちてくる音がしたの
は確か、けれども、とすっという音と一緒に、丁度千波がさっきまで立ってい
た辺りに突き刺さったものを見るまでは、二人ともそもそも『何かが落ちた』
ことにも気がついていなかったのである。
「……なにこれ?」
 一拍置いて間の抜けた声をあげた千華をちょっと手で制してから、千波はそ
れを拾い上げ……そして不思議そうな顔になった。
「なにこれ?」
 淡い、艶を消したような銀色の四角い板である。如何にも金属なのだが、そ
の割には軽い。
 薄い板の表面には、「2310.2.10」と記されている。
 他には何の記述も無い。
「なんかうそ臭いけど、じゃあ、埋めておこうか」
 何が『じゃあ』なんだろうか、と、千華が首をかしげている間に、
「出てくるのが、2310年の2月9日だったら面白いねー」 
 花壇の横に、突き刺してあったスコップを手に取ると、花壇の外、コンクリ
ブロックのすぐ横にさくさくと穴を掘る。そのまま千波は板を放り込んだ。
「これでよ……」
 言いかけた千波の声は、ひるるーとやはり間の抜けたような音に遮られた。
「あいて」
 今度は逃げ損ねて、こちん、と板が頭にあたる。
「千波、何やってんの」 
「うーー」
 頭を抱え込んでいる双子の兄の代わりに、今度は千華が手を伸ばして板を拾
い上げた。
 五センチ四方、やはり艶消しの銀の表面には、「銀河暦310年3月2日」
とだけ記されている。
 何故か、日本語である。
「うーん……日本では、こういう場合、金ダライが落ちてくると思ったんだけ
ど……なになに?」 
「ぎ……銀河、暦?」
 はぁ?と目を見開いた千波は、はっと顔を上げた。
「……もしかして頭上に、文芸部とかあったっけ?」 
 窓か何かが開いていればその可能性も……と思ったのだが、頭上には青い空
が広がるばかり。開いている窓も無い。
「これは……ドク・スミスが狂喜しそう」 
 レンズマン世界の暦は、確か『銀河暦』であった筈である。そこまで言わず
とも、この一見穏やかな双子の兄には、何のことか通じたらしい。
「この場合、本来は……あれだね、空に返すべきなのか」 
 それはどうだろう。

 しかし、と、千華は空を見上げる。
 ことんと青い色が広がっている。
「…………ねー、千波。今、星新一さんの話連想したんだけど」 
「?」 
「……ほら、おーい、って……」 

『おーい、出てこい』である。念のため。

 あーあれ、と言いかけた千波の頭上から、更に一枚。すばやく避けた為被害
は無かったものの、やはりとすっと地面に刺さる。
 今度は5×7cmくらいの長方形。

『三界歴1003年4月1日』と、ある。
 やはりというかなんというか……日本語である。

 ねー千波、と、妙に呑気に声をあげる妹のほうを、千波は少々青褪めた顔で
見やった。
「なに?」
「ゴミ捨て場、とは思わないけど、もしかしてここって……全世界の『タイム
カプセル用板』が集まってきてない?」
「というか、どんどんうそ臭くなってるよね……」 
「日本ってやっぱり謎の国よ。妙なものを引き寄せるんだわ」 
「で、これ、どうしよう」 
 言いかけたところに、また頭上から一枚。
「って……あいたっ☆」 
 今度は千華の頭の上で跳ねたそれを、慌てて手を伸ばして受け止める。

『人類滅亡から1243地球公転周期』 

「なになに?」
 沈黙した妹の手元を、千波が首を伸ばして見やる。
 書き込まれた年号に、しかし流石に彼も、黙った。

「わかった」
 しばらくの沈黙の後、唐突に千波が言った言葉がそれで、千華のほうは目を
ぱちくりさせた。
「わかったって何が?」
「これ、全部埋めちゃおう」
「へっ?!」
「いや、こういうのって、宇宙に戻すべきだと思ったんだけど」
「……は」 
「でも、そのうち人類滅亡するとこまであるんなら、その後地球が崩れるのだっ
て、ありだろう」 
「はあ」
「だから。全部埋める」 
 つまり。
 地球が崩れるような事態になれば、地面に埋めておいても、そのうちちゃん
と宇宙に戻ることになるだろう……と。
 通じたのは千華だからである。
 だから。
「りょーかい」 
 えいえいと、そこらにあったスコップで穴を掘る。
 その中に、今まで落ちてきた四角い板を放り込んで。
「これで、相当落ちてきても大丈夫だね」
「うん」
 ざらりとした印象の表面に、夏の午後の陽光があたっている。
 銀色の筈のその色が、奇妙に端っこだけセピア色がかって見えた。

「さて。じゃ、しばらく図書館いってよーか」 
「うん。その間に存分に落ちてたらいいよ」 

 ぽいっとシャベルを二つ、その穴の横に置いて、二人は半ば跳ねるような足
取りで歩き出した。
 後ろで、また、とすっという音がしたが、これは二人揃って無視した。
 だから、その表面に書いてある、『穴があったら入りたい暦110年髷の月
臀部の日』という文字も見なかった。
 ……ま、見なくて幸いというところかもしれない。

              **

 勉強を一区切り終えて、二人はまた、寮へと戻ってゆく。
「日本って、こんな時間になっても暑いー」
「この時刻になっても、なんか熱気がもわーっとしてるよね……ん?」 

 とことこと、先程の穴に惹かれるように(というか、一応確認程度なわけだ
が)校庭の隅へと向かった二人は、沈黙した。

 適当とはいえ、ある程度の深さに掘った穴に、掌大の薄い板が、いつの間に
か一杯に入っている。
 その中の数枚を拾い上げて、千華はためつすがめつ、しばらく眺めていたが、
不意になあんだ、と、声をあげた。
「何、千華」
「……結論。誰かどっかで、遊んでるだけだと思う」 
「って?」 
「だって。どれもこれもあたしら読めるもん」 
 突き出された薄い板を受け取って、千波は眺める。

『ねねこ暦猫の月88日』『機械人暦98年3月2日1234』

 せめて英語で書いてあれば、信憑性も少しは増すかもしれないが、それらの
なんともふざけた年号は、全て日本語で書いてあるのである。
「ね?数字だけならまだ、未来まで残る可能性あるけど、『ねねこ暦』ってこ
れ、日本語だよ?」 
「……あー」 
「未来は未来でも、どっかでSF書いてる御仁が、ネタに詰まって色々年号書
いてみただけじゃない?」 
 あー……と、気の抜けた声を、千波はこぼした。
「……なんかそれが一番ありそうだよ」 
 全く何も無い空から落ちてきたのだから、確かに曰くはありそうだが、しか
しあまり『真っ当』な曰くでは、なさそうである。

「だから、もう埋めちゃおう」 
「そーだね。こういうのは……一応、凪の祖国として、あんまし公にしてほし
くないだろうしね」 
「未来から過去に降って来るものとしては、かーなーり……はづかしいわね」
「だね……」

 えいしょ、えいしょ、と二人で土をかけ、銀色の板を埋めた。
「一枚くらいとっときたいかな」
 と、千華は言ったが、やめておこう、と、それには千波が反対した。
「こういうのって欲しくなるけど、でも実際には何にも役に立たないもの。じ
きに捨てようにも何だか捨て損ねて困るだけだよ」
「……そかも」
 ぼそぼそ言っている間に、案外あっさりと穴は埋まる。

「……じゃ、帰ろうか」 
「かえろーかえろー」 
 ぽいっとスコップを二つ、放り出して。
「今日はごはん何かなー」
「食堂のおばさんがね、あたしたちの国のサラダ、作ってあげるって言ってた」
「うわーそれ嬉しいな」
 白い袖を軽くはためかせながら、双子は寮へと帰ってゆく。


 ……もし、ここに保鷹が居れば……もしかしたら、万が一くらいは気がつい
たかもしれない。未来からの刺客ならぬ未来からの『四角』が落ちてきた……
つまりこれらは、駄洒落によって接合された未来から落ちてきたものである、
ということを。

 ただ、流石に初谷の二人は、日本語を母国語としていない。従ってこういう
『ブリザード吹き荒れそうな親父ギャグ』には縁が無い。当然ながら、全ての
四角の意味も判らない。

 
 てくてくてく、と、二人の姿が校庭から消えた頃。
 穴の傍らにすっくりと伸びた向日葵が、ぱくり、と、口を開いた。否、向日
葵に口はないのだが、つまり『子供が絵を描いたら口を書きそうな位置』に、
ぱかっと穴が開いたのだ。

(かくして未来からの四角は埋葬されたのであった)
 妙に乾いた声に、合いの手が入る。
(めでたしめでたし)
(とっぴんぱらりのぷう)


 夕刻。
 ざあ、と、一度大きく吹いた風にまぎれて。
 一斉に向日葵は口を開き……そしてまたぱたりと閉じた。



時系列
------
 2009年7月末。夏休み。

解説
----
 チャット発、駄洒落劇場(違)。

*******************************

 てなもんで。
こういう単発話、減ったなあ我ながら(滅)

 であであ。

 


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