[KATARIBE 32252] [HA06N] 小説『花華闇の鬼・8』

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Date: Tue, 14 Jul 2009 00:35:06 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32252] [HA06N] 小説『花華闇の鬼・8』
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2009年07月14日:00時35分06秒
Sub:[HA06N]小説『花華闇の鬼・8』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
毎度のんびり書いてます。
ちうわけで。

あ、地の文、というか、視点はころころ変わってます。
国生さんの内心とか、こりゃーだめだ、と思ったら消して下さい>ひさしゃん

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小説『花華闇の鬼・8』
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登場人物
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 小池国生(こいけ・くにお)
   :小池葬儀社社長。その正体は異界よりきたる白鬼。
 六華(りっか)
   :一年中生きていられる冬女。国生と一緒に暮らしている。


本文
----
 椅子に背をもたせかけたまま、目を閉じる。
 途端に瞼が重くなる。眉間の辺りに眠気が溜まっているような。

 その眠気の中に、半ば浸りながら、六華は思い出そうとする。

        **
 
「ゆきのだね」
 まだそれは、彼女が6つかそこら、ようやく母の手伝いとして、使えるよう
になった頃。
 畑で働く両親に、水を汲んで来いと言われて、手桶に一杯の水を抱えて戻ろ
うとしていた途中だったと思う。
 上からかけられた声に見上げると、恰幅の良い男がにこやかにゆきのを見下
ろしている。言葉は優しいが、人の上に立つことに慣れた者特有の尊大さが彼
の顔に表れている。
 そして実際、彼は……あの村で一番偉い相手だった。
「……はいっ」
 慌てて桶を置いて、頭を下げると、
「みよしによく似てきたね」
 にこやかな声と同時に、大きな手が頭の上に載った。
「あと五年もすれば、お前もみよしのように綺麗になるだろうねえ」

 みよし、とは母の名前である。
 今、一所懸命畝を起こしている母の名前である。

 頭を撫でられるままに、また下げた。
「よく手伝いなさい」
 相手は笑いながら通り過ぎた。

 男が通り過ぎてから、桶を抱えて走って戻った。父は怒りながら水を待って
いた。何をぐずぐずしていた、どこで道草を食っていた、と叱られたので、庄
屋が声をかけてきたのだ、と、答えた。
 だから、お辞儀をしていたのだ、と。

 村で一番偉い相手である。父親よりも偉いのである。父親にだって言い逆ら
うことは出来ないのだ。ましてそれより偉い相手には。
 そう、思った、のに。

(それでも、だ!)
 父はあの時、尚更に怒った。
 庄屋様に挨拶はしかたねえ、だが後は走れ……と。

           **

 とろとろと半ば眠りながら、六華は考える。
 父と兄の間の、あの異常な関係。彼女が家を離れる前には、父と兄との力関
係は見事に逆転していた、と思う。
 兄のほうが確実にえらかった。

 とするなら。
 それは、兄の後ろに、もっと力のある相手が居た、ということになる……
……のだろう、か?

 どろり、と、肩にのしかかる疲れ。
 それが思考の流れを遮るままに、六華は大きく息を吐いて……その思考の糸
から手を離した。


              **

 このところ、国生は昼休みに一度、家に戻ってくる。

 住居は職場の上。よほどのんびりあがっても、5分とかからないわけで、食
事を家で取ってきます、と国生が言っても誰も不思議には思わない。
 
 無論、理由は他にある。このところ尚更に夜に眠れなくなった六華は、放っ
ておくと一人で何も食べず、ぼんやりと座ったままになる。人間ほどに食料が
必要なわけはないし、基本酒を呑んでいれば生き延びられると六華は言うが、
それでも国生よりは食物を必要とする。
 それに何よりも。
(心配です)
 その一心で階段を駆け上り、扉を開いたその気配に。
「……国生、さん?」
 半ば眠っているような、細い声が聞こえた。


 思い出したのだ、と、六華は言う。
「……なんでだろう。本当に眠ってるわけじゃなかったのに」
 ぼんやりとした声で言いながら、六華は訥々と語った。

 庄屋の言葉。
 父の反発。

 六華が憶えている限り、彼女の家は、決して裕福ではなかったものの、貧乏
で食うに困る、ということもなかった。

 そして何より、兄の持っていた、力。


「…………つまり」 
「……はい」
 「兄は、父にも、そして……庄屋様にも」 
 言葉はそこで止まる。
 口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。何があったか推測出来ても、
恐らくはそれを言葉に出来ないのだろう。
 それを見ている国生も、何と声をかけたらいいのかわからないのだから。

「……何で……」 
 一度唇を強く噛むと、六華は片手を上げた。手首の上で、強く片目を抑える
ような仕草と一緒に、かすれた声が呟いた。
「…………何で一体……」 
 もう片方の目を見開いたまま。
 もう、涙ぐむことすらなく。
「……それならでも、兄が私に、幸福になるなというのは判る」 
 ぽつり、と、呟く。
「私は何も知らなかったから」 
「…………いいえ」 
 国生は手を伸ばして、六華の頭を撫でる。
 細い柔らかな髪の毛が、微かに指に絡んだ。
「それは彼が恨みに思うことではあるかもしれません。だからといって貴方が
不幸にならなければいけないということにはなりません」 
「…………でも、恨みに思うでしょう?」 
「恨みに思うことを理解するのはいい、だがそれに貴方が引きずられてはいけ
ません」 
 理解する必要すらない……と、頭の隅で呟きながら、国生は言葉を重ねた。
「貴方には貴方の望みがあるはずです、それを資格がないなど初めから諦める
のは間違っている」 
 
(さびしいなら、あたしが行くから……)
(あたしを連れて行きなさいっ!)

 ふと、思い出す。
 そしてまた、心が……そして身体の中が、さあっと冷えるような感覚。
 人に向かっては生きろと叱りつけるのに、自分の生は散る花のようにあっさ
りと手放しかねない。
 今もまた、六華はこくり、と、肩を落としている。
 そんな願いなど、どうしようもない、とでも言うように。

「……頭では、貴方が正しいことがわかる」 
 細い声が、訥々と、言葉を綴る。
「でも、兄が、あたしを恨む理由があるのは、確か」 
「…………はい」 
 違う、と言っても信じるとは思えない相手に、国生としても頷くしかなかっ
たのだが、六華は口をつぐむと、また下を向いた。

「…………あたしは、兄の、その理由には勝てません」 
 ぽつり、と。
 その言葉がこぼれるまで、暫くの間があった。 
「……ごめんなさい」 
 白い顔は、無表情のまま。


 長い時間を生きて、たった一人。
(共に)
 更に長く伸びる時を、一緒に歩いていこう、と。
 その相手を、どうして。

「…………六華」 
 俯きがちな顔が、少しだけ上がる。
「ならば」 
 黒い目を真っ直ぐに見据えて、国生は断言する。
「私が、彼に勝ちます」  

 まるで深い穴のようだった目が、不意に生気を帯びる。
「……はい?」
 きょとん、として、六華は顔をあげる。
「貴方が彼の理由に勝てないならば、私が勝ちます」 
「…………なんで?」 
「私は貴方に居て欲しいですから」 
 国生にすれば、ごく当たり前の返事だった筈なのだが。
「……っ」
 言われたほうは、白い顔にぱっと血の色を上らせた。


「…………ぃや、あの」 
 困惑。
 ぱたぱたと六華は両手を動かす。
「あの、そういう積もりで言ったのではなくて、あの」 
「……私は最初からその積もりですよ」 
 全く揺らぐことない声に、六華は言葉を詰まらせた。何か言おうとしては止
め、言葉を選んではまた却下して。
 最終的に出てきた言葉は、ひどく……単純なものだった。
「…………それは、申し訳が、無い」
「どうして?」 
「迷惑に、なります……」 
「迷惑などと、思いませんよ」 
 躊躇いがちな声に、正面から打ち込むような声が断言する。
「貴方は私の妻じゃありませんか」 
「っ」 
 耳の先まで真っ赤にして、六華が唇を噛んだ。

 細く、白い手。
 撫でた掌に、ほんの少しひんやりと伝わる体温。
 
「つ、妻でも、迷惑な場合は、迷惑なので!」 
 少しどもりながら、それでも六華は言い募る。
「それに、勝てないのは、あたしで……」 
 言いながら、またゆっくりと視線は下を向く。
「……やっぱり、貴方に迷惑です」 
「いいえ」 

 初めて自分から手を伸ばして、握った手。
 その手を守る為なら。

「なにより」 
 不思議そうに首を傾げる六華に、国生はきっぱりと告げた。
「正直にいいますと、貴方を苦しめる彼に、怒っているんですよ」 
 眉根を寄せる。自分の感情を面に出さない癖が染み付いている彼にしては、
珍しいほどはっきりとした表現に、六華は目を丸くした。
「え」 
 そしてほろり、と、こぼれた言葉に、流石に国生は肩を落とした。
「……国生さんが?」 

 そこまで判りにくいだろうかと、国生は思う。
「……そんなに驚かないで下さいよ」 
 流石に……ひどいなぁ、としみじみ思った内心は、六華に伝わったようであ
る。
「え、あの……」 
 わたわたと、慌てながら言い募る言葉は、しかしある意味逆効果で。
「……でも怒るんだ、って……」 
「…………」
 何を言っても、この場合、逆効果になるだろう、と、流石にそれは判っよう
で、六華は黙り込んだ。
「…………私も怒ることはありますよ?」 
 少々憮然とした国生の言葉に、六華は頷く。
(それは、もう)
 凪いだ水面のように穏やかで動かないように見えるこの相手が、怒った時に
どれほど怖いかは、よく憶えている。
 来世教の教祖に向けられた視線は、あの痛みの中でも尚、鮮明に覚えている。
 でも。

「……あのでも、今も、凄く、淡々と、理性的に話すから……その、怒ってい
るというより、事実を述べているみたいで」 
「……なかなか、気づかれないものなんでしょうか」 
「………………」 
 咄嗟に頷きかけて、流石にそれを止めた……ものの、そもそも頷きかけた時
点で『終わっている』と言う奴である。
(だ、だって)
 流石にがっくりと、肩を落として溜息をついている国生の様子に、六華はあ
わあわと両手を動かした。
(だって、すごく……淡々と冷静に話すから)
 今回のことも。
 冷静に見てみれば、兄が無茶を仕掛けてきているのは、六華でも判る。無論
兄には言いたいことが山ほどにもあるだろうが、そもそも兄と真っ当に会話が
成り立っていない。当時、何故気がつかなんだ、と、一度でも言われるならば
六華にしても対応が見えるのだが。
 だから。
(……気にすることはないってのも、理をもってきちんと話すもんだから)
 無論それは、正しいと六華だって思う。けれども。
(でももし、今回のことに、本当に兄さんのほうに理があるなら)

 そのときは……どうなるのだろうか。

「……あの、国生さん」 
「……はい」 
「あのね、あの……兄が、あたしを恨む理由がちゃんとあって、それが正当で」 
 兄から直接言葉は無いにしろ、そういう可能性だってあるのだ。
「もしかしたら、あたしが幸せにならないでいるべき理由がちゃんとあったと
しても」 
 軽く首を傾げたまま、国生は黙って聴いている。
 白い髪の毛が、燐光を放つように見えた。
「国生さん、それでも……幸せになっていいよって言う……んですか?」 
 困惑したままの小さな顔をじっと見据えると、国生はすらりと言い切った。

「幸せにしますよ」 
 その、気負いの無さに、かえって六華は無言になった。

 長い時の中を、粗暴にもならず自棄にもならず、静かに隠れて生きていた鬼。
 人を想う心も、怒る心も、静かに押し殺して進んできた鬼。
 そのことと、そうやってあっさりと語る言葉の間に、六華から見ると非常な
矛盾がある気がするのだが。
 とりあえず、そうやって黙り込んだ六華を見やって、国生は小さく呟いた。
「……私でできることならば、ですが……」 
 うろうろと考えながら、黙っている六華を見やり……そして、彼の声は、一
段と小さく……そして自信なさげに変化した。
「……貴方が私といて幸せだと感じてもらえるなら」
 何となく口ごもりながら呟いた声に、六華はぴん、と背を伸ばした。 
「当たり前じゃないですかそんなこと!」 
 噛み付くような口調に、少しほっとしたような色を目元に滲ませて……そし
て国生はぽつり、と付け加えた。

「それに……貴方を渡したくありません」 

 その一言が、染み込むように思えた。

(あたしは兄さんに、負い目があります)
(多分返せない負い目があるのだと思います)

 ……けれど。

「……六華?」
 不意に腕の中に飛び込んできた妻の、背中をそっと撫でる。 
「…………ごめんなさい、あたし恨まれて当然なんです」
 振動に似た小さな声が、そう、呟く。けれども国生が口を開く前に、彼女は
言葉を続けた。

「だけど」
 漆黒の目が、今は揺らぐことなく真っ直ぐに国生を見ている。
「国生さんと一緒に居たいです」 
 言い切られた言葉に、ようやく国生はほっと息を吐いた。
「はい、私も一緒にいたいです」 

 兄、という存在。
 六華が十の時から今の今まで、彼女を見捨て、あまつさえ売り飛ばした男。
 そんな者の故に、六華を喪いたくはない。
 だから。

「だから、恨まれても……私の側に居てください」 
 真っ直ぐに向けた言葉と視線に、やはり真っ直ぐな視線が返る。
 顔を上げてきっぱりと頷いた六華は、しかしまた、肩口に顔を押し付けた。

「……たすけて、ください」 
「はい」 
 咄嗟に答えて、長い髪を撫でる。
「絶対に」 

 もしも、その兄とやらに、理があるとしても。
 どれだけ正義とやらが、相手にあるとしても。


「助けます、だから……貴方も、ちゃんと私を頼ってください」 
 覗きこんだ視線の先で、涙ぐんだ目がまたたいた。
 深い黒の目は、けれどももう、穴のようには……見えなかった。

時系列
------
 2009年3月半ば

解説
----
 ほぐされる過去と、小池家の会話。
 六華からの、救助要請。
**********************

 てなもんで。
なんかこう……非常にひどい奥さんやな>六華

 であであ。
 
 


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