[KATARIBE 32247] [HA06N] 小説『花華闇の鬼・6』

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Date: Sat,  6 Jun 2009 02:05:18 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32247] [HA06N] 小説『花華闇の鬼・6』
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2009年06月06日:02時05分18秒
Sub:[HA06N]小説『花華闇の鬼・6』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
少しずつですが、終わりにむけて書いてゆきます。
……でねーとチャットしてもらった申し訳がたたねえぜ(片膝立てて啖呵を切るの図)<違うそれ凄く違うから!

ちうわけで。

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小説『花華闇の鬼・6』
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登場人物
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 小池国生(こいけ・くにお)
   :小池葬儀社社長。その正体は異界よりきたる白鬼。
 六華(りっか)
   :一年中生きていられる冬女。国生と一緒に暮らしている。


本文
----
 また……夢を見た。 
 古い、夢だった。

       **

 うとうとと眠りかけた耳に、おかみの声が響く。
「……何だね一体」
「さあ……」
 客の問いに首を傾げながら、雪野は階下の騒ぎの声に耳を傾けた。
 いつもは穏やかなおかみの声が、鋭く響く。相手の声は低く、声自体は聞こ
えるものの、内容はわからない。けれども、おかみの言葉に何やら言い返して
いるらしいことだけは判る。
 怒号。若い衆らしき、男の声。
 出てゆけ、と叫ぶおかみの声が、ひどく響いた。

「客かね」
「何やら……何でございましょうね」
 眠気が一時的にでも飛んだようで、男は夜具から上半身を起き上がらせる。
「ああ旦那様、私が見てまいりますから」
「危ないよ雪野」
「ならば尚更」
 言いかけたところに、障子の向こうから若い衆の声がした。
「太夫」 
 せきこむような、ひどく心配そうな声だった。
「太夫、そこにおいでですね?」 
 無論、と答えると、声はほっとしたものになった 
「ではそこにおいでなさいまし。いま少し下に降りないでいただけやすか」 
「わかりました」
「へえ」
 その返事に安心したのか、足音はまたとんとんと、下へと降りていく。そし
てじきに、怒鳴る声。どん、と、ある程度大きなものが、倒れたような音。 
 憶えていろ、と、最後に毒づく声だけが、聞こえた。
 ひどく濁った……声だった。


 客はすぐに、眠りについた。男の呼吸が規則正しくなってから、彼女はそっ
と障子を開いた。廊下の左右を確かめてから、そっと階下へ降りる。
「おや……雪野、どうしたね」 
 まだ怒りの残っているらしいおかみが、やたらに煙管をふかしながら言う。
それと判って、雪野は少し困ったように笑った。
「喉が渇いて……お義母さん、何がございました?」 
 ふわりとした声で尋ねると、おかみの煙管を吸う勢いがようやく緩やかにな
る。煙管の端を軽く噛みながら、おかみは吐き捨てるように呟いた。 
「……厭だ厭だ。あんな姿になって、まだ、女を買うかねえ」 
「あんな姿?」 
「瘡病みだよ」 
 花柳病。彼女達のいわば業病である。薬は一応あるものの、一度かかればま
ず治ることは無いと思ったが良い。三週三ヶ月三年と、どんどんその病は表に
出、そうなればもう転落するよりない、そういう病。 
「顔も半分崩れたような奴が。金はある、雪野を出せだと……冗談ではないよ」
 おかみはふん、と鼻を鳴らした。
「一千両積まれようともね、うちは御職の太夫を瘡病みの男に出すほどおちぶ
れちゃあおりません……と言ってね、蹴り出したが……雪野や」 
 おかみは息を吐いた。
「気をつけな。あれは厭な目をしていたよ」 
 はい、と頷いた。正直他に答えようもない。
「それにしても、ねえ。お前心覚えはないかい」 
「ありません」 
 咄嗟に答えてから、改めて考え……かけて気がつく。そもそもどんな相手か、
自分は見てもいないのだ。 
「あの、どのような」 
「顔の半分を布で隠していたからねえ」
 それでも頬の辺りの線が崩れていたのは判った、という。
「でも、あれで元気な時は相当綺麗だったろうが」 
 考え込みながら言ったおかみの言葉をついで、若い衆が頷く。 
「でもあれは……陰間の顔をしてやしたよ」 
「ああ、確かにね。あれは……そういう顔だ」 
 陰間と太夫。同業ではあるが接点はまず無い。恨みに思われる理由も無い。
首を傾げていると、おかみは苦笑した。
「どれ、水を飲んでおゆき」
「はい」
 じゃああっしが、と、若い衆が立ち上がる。おかみがいつもの笑顔でそれを
見送る。軽く身をひねって、おかみのほうを見た、時に。

 視界から色が消えた。
 
 灰色の濃淡の中、立ち上がって歩き出した若い衆も、笑ったおかみも、その
まま石になったように動きを止める。
 そのおかみの右肩の、その向こうから、すうっと……それだけは鮮やかな色
を残した顔が、浮かび上がった。

 やつれた、顔だった。
 こけた頬と、顎の辺りのゆがんだ線。病の跡が顕著な顔の下半分に比べて、
上半分、特にその目元にはまだまだ艶かしい色が残っている。
 病でなければさぞや美しかろう、その顔が。
 浮かび上がる。

「……あ……」
 見上げるうちに、その顔は、かつての美しさを取り戻す。崩れた顔は元に戻
り、絶妙な頬から顎にかけての線を見せる。肌は白く艶やかで、黒々と顔の周
りを取り囲む髪と鮮やかな対比を見せる。
 どこかしら、やつれたように見えるのは、目元の暗い影のせいか。
 そして。
『よくも』
 艶やかに微笑んだ顔は……見たことこそ無いが、確かに。 
『よくも兄を、蹴り出したな』 
 十四の年を最後に、見たことの無い兄の顔。
『よくも兄を、足蹴にし、殴り、放り出したな』 
 紅でも乗せたのかと思うほど、紅い唇が緩やかに動き。
『よくもえらくなったものだ』 
 白い頬が、ひきつるように歪んで。
『よくも』 
『よくも』 

 ……気がつくとその顔の他は、何も見えなくなっていた。 
 その抜けるように白い、ぞっとするほど美しい顔は、六華の目の前でにやり
と口元を歪めた。 

『……誰がお前だけを幸せにするものか……!』 
「いやああああっ」 
 唇を突いて、響く悲鳴。

           **

 ……そして。
 その、自分の悲鳴で……六華は目を覚ました。

 起きた瞬間、目の前が真っ暗なのはもういつものこと。せいせい、と、荒い
息を吐きながら、六華はそれが夢であることを確認する。
 がっくりと、肩の力が抜けた。

「……六華」 
 びくり、と、六華の肩が跳ねた。一瞬……そして直ぐにまた、彼女はほう、
と、大きく息を吐いた。
「……あ…………国生、さん……」 
 ほっと笑いかけた顔が、こわばった。

 夢の中、病に崩れた顔が元に戻った時ですら、どこかやつれたように見えた
兄の顔。
 そして、何度も繰り返される言葉。

(よくも)
(よくも)

 そして六華は、何となく理解する。
 何故この夢が続くのか。何故自分を責めさいなむのか。

「…………国生、さん」 
「はい」
「夢を……見ました」 

 真っ暗な中、傍らの白い髪はやはりほんのりと光を帯びているように見える。
白い顔、微かに紫色をした目。静かな表情。
 それに向けて、六華はぽつぽつと語った。

 先程の夢のこと。
 追い払われた兄のこと。
 そして……最後の言葉。

「……どうしてそうなったかわからないけど、多分、兄は、とても不幸なまま
亡くなったのだと思います」 
 美しかった兄の、顔が崩れていた、ということ。そのことだけでもあの人に
とってはとてつもない不幸だったろう、と六華は思う。
 だから。
「だから……あたしを」 
 言いかけて。
 六華は、愕然とした。

「……あたしを、買いに来たんだ、あの時」

 ふわり、と、頭の上に手が伸びた。
 何度も撫でる手が、暖かかった。

 けれども。
 思い出す。というより改めて気がつく。
 否……それ以上に、実感する。

「……あのひと」

 男でもなく女でもない。そんな際立った美貌が、崩れてゆく一方で。
 貶め、いじめた妹が、今は大店の一の太夫となっていること。
 それ、故に。

「畜生道に堕ちてでも……あたしを、堕としたかった、の、か」 
 呟くうちに、それが……本当であることが判る。
 腹のうちが、がらんどうになったように冷えた。
「…………なんで、そこまで」 
 呆然と呟く六華の身体を、ぎゅっと引き寄せるようにして抱きしめる腕。
 耳元に聞こえる声。
「……たとえ、その兄が不幸のままに死んだとしても、貴方の咎ではない」 
 きっぱりとした声は、それでもまだどこか、遠くに聞こえるようで。
「……でも、多分、あのひとは、だからかえってきたんです」 
 呟いて……六華は、かたかた、と震えだした。
「あたしが、今、幸福だから……あのひとはそれを、ゆるさない」 

 長く、冬女として生きてきた間は、兄も自分が幸福ではないことを知ってい
たのだろうと思う。毎冬ごとに棲家を変え、会う人を変えてゆく女。老いるこ
とも病にやつれることも無いけれども、それは確かに幸福ではない。
 けれど。

 一体どれだけの期間、兄は自分を……待っていたのだろうか。

「……私が許します、貴方を」 
 優しい声が、きっぱりと告げた。
「それを許さないならば、私が彼を祓います」 
 廻された腕に、六華はそろっと手を伸ばした。
「…………しあわせでいて、いい、のですよ、ね」 
 乾いた声が、ぽつぽつ、と、言葉を綴る。
「いっしょにいて……いい、ですよね」 
「ええ」
 断言する、声。 
「私がいます」
 その強さ。

 ほっと六華は息を吐いた。
 よかった、と、唇が小さく動いた。
 そしてまた……見開いていた眼が、ゆっくりと閉じた。

 
「…………」
 頼りないような重みを抱きしめたまま、国生は目を細める。
 カーテン越しの、僅かな明るさの中で、その目が淡く紫に光る。

 眠っている六華の、その肩の上に、白い顔が浮かんでいる。
 笑っているような……妬んでいるような顔である。
 六華に造作は良く似た、けれども表情の全く違う顔が、ふと視線を上げて、
国生を見やった。

「…………私が守ります」 
 その声に、白い顔は一瞬目を怒らせたが、すぐに、にやりと笑った 
 笑った顔は、ゆっくりと……ゆっくりと実体に近づき、それに伴ってより若々
しい顔になった。
 その、白い面に、ぞっとするほど妖艶な色が浮かぶ。
(それを、守るとな)
「ええ」
(そのような者、守って面白いか?)
 濡れたように紅い唇が開いて、声の無い声を放つ。そしてにんまりと笑うの
と同時に、舌がちろり、と、覗いて唇を舐めた。
 怖いような色気が、同時に現れる。恐らくはそうやって、並み居る男たちを
堕としてきたのだろう、と……容易に想像のつく顔で。

「……面白い、ではなく。大切だから守りたいのですよ」 
 生真面目に答える声に、白い顔はふふん、と笑った。
(もっと、楽しいことを知っている) 
 ぬう、と首が近づく。と同時に、闇の中から手が現れた。
 白い手が伸びて、国生の肩に触れそうになる。

「触れるな」
 決して大きな声ではない。けれども良く研いだ刃物のように、その言葉は鋭
く放たれた。
 淡い紫の目が光る。
(!?)
 その光に弾かれたように、白い手は跳ね上がった。

(……我を拒むか) 
「この者は我が妻だ、貴様には触れさせぬ」 
(…………) 

 ぎり、と、歯噛みをした顔が、般若へと崩れる前に……また笑いに戻った。

(我はお前が欲しくなった) 
 にいっと、口元が歪む。
(その、ごくつぶしから奪えば……一石二鳥だな)
 傲慢な……それ故に尚更艶やかな笑みが、白い顔を彩る。恐らくはそうやっ
て笑った相手に、拒まれたことはないのだろう、と、察しがついた。
「…………」
 淡く光る目で睨む国生を見て、白い顔はまた、笑った。

(堕ちぬ者を落とすも楽しやなあ……) 
 くくく、と、喉を鳴らすような笑い声。
 そして……またふう、っとその姿は、消えた。

「…………落とすことを目的として、己を見失ったか」 
 愚かな、と、国生は口の中で呟いた。

 見惚れるほどの美貌も、彼にしてみれば鏡の中に毎度見るものであり、もっ
とはっきり言ってしまえば無くても構わないようなものである。寧ろ、彼にし
てみれば迷惑のほうが多い。
 そのような表皮一枚のことで、揺らぐわけがない。

 ……と。

 六華が小さく首を振った。
 小さな、はっきりとしない声。ふにゃふにゃと、まだ喋れない子供が何かを
言おうとしているのに似て、言葉にならない言葉を何やら呟いている。
 一所懸命に……眉間に少し、しわを寄せて。

「…………六華」
 しっかりと抱きしめると、そのしわがほどけた。ほっとしたような顔になっ
て、何やら言おうとしていたのが止まる。
 
(可哀想、に)

 夢で出会う兄。過去の兄。どのような理由があるかは判らないが、少なくと
も六華に対する限り、兄と名乗る相手の振る舞いは最悪である。であるのに。

(多分、兄は、とても不幸なまま亡くなったのだと思います)

 その言葉に、兄に対する憎しみは無い。どこか透明な、ひどくかなしい色だ
けがそこにある。

(兄の姿を……知ったら)
 妹である六華を蹴落とし、不幸にするのが楽しみで仕方ない、とでも言うよ
うに、笑った顔。
 その……醜さとは裏腹な。


 腕の中でぐっすりと寝入っている六華の顔を、国生は眺めた。
 子供のようにあどけない、寝顔だった。

時系列
------
 2009年3月半ば

解説
----
 ゆっくりと過去が、夢から蘇る。
 ゆっくりと六華の兄が、その姿を現す。
*****************************

 てなもんです。
 であであ。
 
 


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