[KATARIBE 32244] [HA06N] 小説『花華闇の鬼・4』

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Date: Sun, 24 May 2009 01:35:51 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32244] [HA06N] 小説『花華闇の鬼・4』
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2009年05月24日:01時35分50秒
Sub:[HA06N]小説『花華闇の鬼・4』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
のろのろですが、続きいきます。
微妙にログと、台詞とか違ってますので、チェックお願いします>ひさしゃん

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小説『花華闇の鬼・4』
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登場人物
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 小池国生(こいけ・くにお)
   :小池葬儀社社長。その正体は異界よりきたる白鬼。
 六華(りっか)
   :一年中生きていられる冬女。国生と一緒に暮らしている。


本文
----
 静かに微笑む顔を覚えている。
 抜けるほど白い顔を覚えている。


 ……そんな筈はないのに。
 その顔の主を、自分は……

 見てなど、居ないのに。

          **

「!」
 跳ね起きて瞠った目を、一瞬闇が塞いだ。
(……)
 それでもゆっくりと、目は淡い光に慣れてゆく。閉じたカーテンを透かして
部屋の中にほんの僅かだけ差し込む街灯の光。
 膝の辺りに跳ね飛ばした掛け布団が、幾つもの襞を作ってわだかまっている。

 不意に、頭の上にふわりと暖かいものが載った。
「六華?」
 そして、聴き慣れた、穏やかな声。
「…………あ……」
 その声に、六華は、息を大きく吐いた。がっくりと肩が下がり、細い手が顔
を覆った。

「……だ、ダメだ……」 
 夢は、もう何日も続いている。
 何故悪夢なのか、判らない。起きてみればただの過去である。
 筈、なのに。
「……すみません、起こしちゃって」 
「いいんですよ」 
 そっと背中を撫でる手が、暖かった。


「……嫌な夢でも見ましたか?」 
 少しでも落ち着けるように、そっと背中を撫でる。けれどもかけた声に、細
い背中がまたこわばるのが判った。
 かたかた、と、手の下で震える身体。
「…………昔のことを、また」 
「……はい」 
 手を伸ばして、肩をそっと抱く。震えが少し収まるのが判った。
「……本当にわからないの、どうして怖いんだろう」 
 判らないといいながら、涙交じりの声が呟く。
 撫でる肩が、頼りないほど細い。
「………確か、9歳の頃……売られる、半年ほど前、のこと」
 かすれるような声が、ゆっくりと過去のことを語りだしたのは、それから数
分後のことだった。

          

 売られる、半年ほど前のこと。
 母は病気で寝ていたから、あたしが風呂を焚くように、薪を割ってました。
 父は、不機嫌でした。その日、兄は、昼に……庄屋様に呼ばれたです。それ
からずっと。
 あたしはまだ、上手く薪が割れなくて、もたもたしてたんだと思います。鉈
が木に挟まって、取れなくて。 
 そしたら……急に、ふっとびました。

 こめかみが、なんだか真っ白になるみたいに痛くて、でも何よりびっくりし
て、見上げたら……。 
 父が、薪を持って立ってました。遅い、ぐずだ、さっさとしろ、と怒鳴られ
ました。 
 何がなんだか判らなくて……ごめんなさい、と……言ったら。



 全体的にぽつぽつと、ではあるが、そこまで何とか途切れずに話していた六
華は、そこで大きく身体を震わせた。
「そしたら」
 肩を抱いた手に、そっと力を込める。鬼の膂力で力任せには出来ないけれど。
「声が」 
 泣きそうな声。
「『殴ったりしたら駄目だよ、お父さん』……と。振り返ったら、兄が立って
ました」 
 小さく、喉に引っかかるように息を吸い込んで。
「……笑ってました」

 過去の夢だ、と妻は言う。
 過去のことは、変えられない。
 こうやって隣に座り、肩を抱いていても、過去は変わらない。それは確か。
 けれど。

 そっと引き寄せた腕の下で、六華の呼吸は少し緩やかになった。

「言われました。『それも顔を殴るなんて絶対駄目だ。こいつは金になるんだ
から』……って。父は、そうか、そうだったな、と、それだけ言って引き下が
りました。絶対……あたしや母を、遠慮なく殴ってた人なのに」 

 鬼の目には、六華の表情までが良く見える。
 今でこそ傷一つ無いこめかみを、六華が手をあげて撫でている。

「……兄は、笑って、いて」 
 ぽつり、と、声がする。
「……判らなかった。いつもは、父より兄のほうが、あたしを殴ってたのに。
役立たず、ぐずって罵ってたのに」 
 まだ9歳。数えと考えれば、まだ8歳くらいである。遅いだの何だので、殴
られる筋合いこそない筈なのに、六華はそれが当たり前であったかのように、
淡々とそう言った。
「そのときは、判らなかった。でも、助かったと思って……鉈を、取り上げて、
薪を集めてたら」 
 こめかみを撫でていた手が、下ろされる。
「『どうせ売女なんだ。高く売ってやろうよね、父さん』……と」 
 かたかた。と。
 一旦収まっていた身体の震えが、まただんだんと大きくなる。 
「……判らなかったの、あの時は、その意味が」 
 細く高くなる声が悲鳴になる前に、国生は両手を伸ばして、六華を抱きしめ
た。

「何のことだろうって思ったけど、それだけで。でもそれから暫くして……う
ちに、人買いが来て」 
 吐き出される声が、途切れた。
「そして」 
 泣き出す、気配。

「……いいんです、もう」 
 額を寄せて、顔を覗き込む。白い顔が辛そうに歪んだ。
「……憶えても無かった、すっかり忘れてたのに」 
 すがるような手が、寝巻きの端を掴む。
「あのとき、兄、は、あたしを」 

 四つほど離れていた兄、と聞いた。
 であるなら、当時まだ兄といっても13かそこら。そんな相手が。

「……なんでこんなこと思い出すの……っ!」 
 細い悲鳴のような声。抑えつけられたその声が、尚更に哀れだった。
 だから。
 何度も頭を撫でた。

「……いいんです、吐き出してしまいなさい。私がいますから」 
 過去、六華がまだあやかしではなく人だった頃のこと。
 忘れているようで……どこかで戻ってくる過去。
 過去は変えられない、けれども。

「私がいます、あなたの隣に」 
 その声に、六華は、声をあげて泣き出した。

          **

「…………ご、めんなさい」 
 泣きじゃくっていた時間は、決して長くない。けれどもじきに、六華は顔を
あげた。
「……くにお、さん、あのね」 
「はい?」
 抱きしめていた手を少し緩めて、顔が見えるようにする。泣き止んだ六華は
ひどく真剣な顔をしていた。
「……国生さん、棺に、寝ます、か?」 
 問い返す前に、ぽつり、と付け足す。
「……邪魔に、なるから、あたし」 

 一緒に、隣り合って眠る。
 そのことを六華はとても喜んだ。
(人が隣に居て、でもほっとしていられるのっていい)
 最初に一緒に眠った夜は、なかなか寝付かなかった。
(嬉しいな)
(何だか寝るの勿体無い)
 定住する場所を持たず、冬の間だけ現れる冬女。
 全く気を許して眠ってしまってもいい……そのことが、嬉しくて仕方ない、
とでもいうように。
(ずっと一緒ですから)
 
 ……だから。

「いえ、一緒にいますよ。」 
 さらり、と言われて、六華はまた泣きそうな顔になった。
「でも……また、こんな夢見たら」 
 気配には互いに敏感である。隣が起きれば自分も起きる。
「また……」
 それでも。
「いいんです……隣にいますから」 
 その言葉に、六華の顔がくしゃり、と歪んだ。


 しがみついたまま泣いていた六華の声が途絶えて、身体から力が抜けるまで
には、さほどの時間はかからなかった。こくり、こくり、と、頭が小さく揺れ
る。
 そっと寝かせようとして、国生は一瞬動きを止めた。
 国生の服の裾を、六華がしっかりと握っている。
「…………」
 引っ張られないように、起きないように。
 服を握り締める手をそのまま、そっと横たえて、そのまま国生も横になった。
「…………六華」 
 きゅっと服を掴む手を撫でる。泣き疲れたらしく、六華はぐっすりと、でも
今は安心した顔になって眠っている。

(でもどうして)
 昔のことだ、と、六華は言う。すっかり忘れていた過去だ、と。
(そんなことを)
 思い出させるようなことがあったのならともかく、そのようなことは無い。
それを何で今頃になって、こんなに度々と夢に見るのか。

「…………一度なら、理解はする」 
 唐突に悪夢を見ることは、無論ある。忘れていたことを急に思い出すことも
不思議ではない。
 けれど。
「……これが続く、とするならば」 
 何か意味があるのではないだろうか。
 否、これはまだ続く……と、国生はどこかで思っている。
 眠っている六華の顔を眺めて、国生は小さく溜息をつき……そして目を閉じ
ようとした、時に。

「…………」
 眠っている六華の、その向こう。
 闇との境に。
 ふわり、と白いものが。


 国生は目を細めた。
 同時に目が淡い紫の光を帯びる。
 魔眼。あやかしを、霊を、見抜く眼に、その白いものははっきりと映った。

 白い顔。
 頬の少しこけた……しかしぞっとするほど美しい顔。
 それが、一瞬だけ揺らめいて。

「!」

 ……消えた。


「…………女と見紛う程の」 
 微かな呟きが、こぼれた。 
 六華によく似た、綺麗な面差し。ただ綺麗というのではない、その雰囲気が。
(妖艶な)

 凛として真っ直ぐな六華と、その空気は大きく異なっていた。
 
「…………ん……」 
 ふと、六華が小さく身をよじった。眉間にしわを寄せて、少し苦しげに。 
「……六華」
 手を伸ばして額に当てると、ふっとその表情は和らいだ。安心したような顔
になって、またすうすうと、静かに眠りだす。


 兄と似ていた、と言っていた。
 けれども兄のほうが綺麗だった、とも。
 そして、夢の話。

 何故、兄は庄屋に呼ばれ、その間父が不機嫌だったのか。
 そして何故、兄は父よりも……『強かった』のか。
(前の夢では、兄は……その父と)
 国生は我知らず、眉根を寄せた。
 
 そういう人間は、居るし、かつても居た。
 日本という国の中で、そういう人間は、決して迫害されてもいなかった。

「……で、あるなら」

 何があったのか。
 何が起こったのか。
 そして……何故今、その過去が戻ってきているのか。


 小さく息を吐いて、国生は横になった。
 隣で眠っている妻は、今だけは安堵して眠っているようだった。


時系列
------
 2009年2月終わりから、3月初め

解説
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悪夢は続く。何度も何日も。

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 てなもんです。
 であであ。
 
 


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