[KATARIBE 32237] [HA06N] 小説『花華闇の鬼・ 3 』

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Date: Sun, 26 Apr 2009 00:25:28 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32237] [HA06N] 小説『花華闇の鬼・ 3 』
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2009年04月26日:00時25分28秒
Sub:[HA06N]小説『花華闇の鬼・3』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
腰痛やら何やらに悩まされながら続きです。

******************
小説『花華闇の鬼・3』
=====================
登場人物
--------
 小池国生(こいけ・くにお)
   :小池葬儀社社長。その正体は異界よりきたる白鬼。
 六華(りっか)
   :一年中生きていられる冬女。国生と一緒に暮らしている。


本文
----

 闇という、概念すらはっきりしない闇の中から。

 これが第一の夢、と、誰かが囁いた。
 ぴしり、と、まるで碁石を置くような音と一緒に。

 そして悪夢が始まった。

          **

 跳ね起きて、数秒は何が何だか判らなかった。
 いやそもそも、跳ね起きる、という移動を行ったかどうかさえ、よく判って
いなかった。
「…………っ」
 夢の最後の記憶に押されるように、合わせた胸元を握りこむ。すっかり洋装
に慣れてはいるものの、寝るときばかりは昔のとおり。白の、洗って腰の抜け
た夜着は、汗を吸ってじっとりとしている。
 二度、三度と息を吐く。ようやく落ち着いて……そして、夢の最後の情景を
思い起こして、六華が肩を震わせた、時に。

「……六華?」 
 ふわり、と、優しい声と同時に、手が伸びた。
「……………あ……あ」 
 ふわり、と、頭を撫でる手は微かに暖かくて、ひどく安心できて。
「……ご、ごめんなさい」 
 慌てて布団に潜ろうとしたのを、軽く肩を抑える手が止める。
「……少し待ってくださいね」 
 そのまま気配はするりと動く。幾つかの扉を開いて、かたり、と、小さな音
の後に。
「はい、飲んで落ち着けるといいです」 
 夜着の胸元を抑える手元に、細いグラスが差し伸べられる。受け取って飲み
込んだ水は、ひどく冷たく感じた。

         **

 冬の眷属の娘の肌は、いつもひんやりと冷たい。
「…………有難うございます」 
 グラスから口を離してほっと息を吐く。それを見計らったように、国生は握っ
ていた手からグラスを受け取った。
 一瞬触れた指は、やはりひやりと冷たかった。
「……夢でも、見ましたか?」 
 声をかけた途端、びく、と六華の肩が跳ねた。そのままがたがたと震えだす。
「…………ゆ、めを」 
 歯の根が合わないように、その声もかたかたと途切れる。そっと隣に座り、
肩に手を置いた。
「……でも、夢じゃなかった」 
 かたかたと震えながら、でも言葉を必死に選びながら続ける。
「思い出した、と、思う、でも」 
 でも、と、繰り返す声はだんだんと高くなる。まるで悲鳴のように。
「……大丈夫」 
 肩に回した手に少しだけ力を入れる。引き寄せると一瞬、戸惑ったように動
かなかった身体が、ふわり、と力を抜いた。 
「……違うの、忘れてた……思い出したことも無かったのに」
 もうずっと、思い出しもしなかったのに、と、泣きそうな顔で呟いてから、
六華はひどく話し難そうに顔をゆがめた。 
「…………あの」 
「はい」
「多分、あたしが……あれは、7つか8つだったと、思います」 

              **

 その時、六華は7つか8つ。だから兄は、11か12だった筈である。
 母親は、数日前から隣村の、自分の母親の病気を看取りに行っていた。
(行って来い。そりゃあお前の母親も心細いだろう)
 父という人の印象は、六華の中では決して悪くない。確かに可愛がられた記
憶はあまりないし、のろのろしていると手の出る相手だったが、さまで理不尽
な相手でもなかったし、酒を呑んで荒れるようなこともなかった。
(飯は、ゆきのが炊けるだろう)
 それでも、そうやって母が居なくなると、家事一般が六華に廻ってくる。流
石に薪割りは兄がやってくれたが、それだって六華が、家にある一番大きな薪
割を持ち上げようとしてうんうん言っていたからである。飯を炊き、おかずを
作り、部屋を掃除するのは六華の仕事だった。
 なんとか炊けたご飯と、味噌汁。芋の煮ころがし。それを食べる頃には、六
華はもうくたくたで、お箸を持ちながらうとうとするくらいだったのだ。
 だから、その夜は、布団に入ったなり、即熟睡、してたのだけれど。

 ふ、と、目を覚ましたのは夜中。
(え)
 どこかから、誰かの声がしたようで、六華は目をぱちりと開いた。
(……え)
 隣に寝ている筈の兄に手を伸ばし……そこで六華は息を呑んだ。
 隣には誰も居ない。
(あに……さん?)
 ころり、と転がってもう一度手を伸ばし、兄が居ないことを確かめる。
 布団は、すっかり冷えている。
(あに……っ)
 声を出して呼ぼう、と、息を吸い込んだ、時。

             **

「声が、したんです」
「……はい」
「すごく……良く判らなかったけど、怖かったんです」 
 小さく頷いて、国生は先を促した。

             **

 障子の隔てた向こうの部屋に、父親が寝ている。そのことは六華も無論知っ
ていた。
 夜の夜中。当然、父親も寝ている筈のその時間に。
 呻くような、声。
(由や……由や)
 父の声だ、と、耳は認める。けれども、その声は、一瞬父の声からは、程遠
いものに聞こえた。
 怒る時も、褒める時もぶっきら棒な父の声が、ひどくねっとりとしたものに
聞こえる。何か、ひどくべたべたとしたような。
(ああ……由や)
 そして、被さるように聞こえる、くく、と、喉で笑うような兄の声。

「障子を開いたら怒られると思ったから……知ってたから、あたしは……でも
声がして」 
 媚びたような声、と、今の六華ならば言える。けれども当時、そんな言葉は
彼女の語彙には無い。ただ、いつもとは全く違う二人の声に、六華は心底怯え
た。
 声は、決して大きくは無い。だから、父の言っていることは殆ど聴こえなかっ
た。ただ、それに答える兄の声だけははっきりと聞こえた。
(……だめだよ、聴こえる)
 くく、と、笑う声が被さった。
(…………ているさ、だか………なんと……)
(だめ、だめ)
 くく、と、笑い合う声が続いた。

 厭な声、と、思ったことを憶えている。
 笑い声は、普通聞いて心地よいものである。けれども、この二人の笑い声は、
何か背中がぞっとするような気がした。
 気色悪い。胸が悪い。以前青い梅の実を食べて吐いた時のように、胸がむか
むかとする。
(眠ってしまえ)
 頭の中でそう思うのだが、身体が動かない。今、起きていると知られたらい
けない、と、それもまた確信していた。
(どう、しよう)
 音をたてないように。相手に気づかれないように。
 そろっと布団を持ち上げ、入りこもう、とした、時に。

           **

「障子の……目の前の障子の紙が、向こうから、破られて」 
 かたかた、と、手の下で、細い肩が震えだす。
「手が……綺麗な綺麗な手が出てきて」
 顔を歪めながらも、六華は目を開いている。闇の中、何かを見据えるように。 
「その手の、むこうに」 
 震えはだんだんと大きくなる。
「……顔が」 
 語尾が泣き声になりかけて、そのまま途絶えた。震えの止まらない小さな身
体を、国生はぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫」
 ひんやりと、熱を帯びることのない身体が哀れに思えた。
「私がいます」 
 小さく頷く気配だけが、あった。
 
「…………何で、こんなに、怖いか判らない」 
 それでも六華がまた話し出すまでに、少し、間があった。
「でも、怖いならそういうものなんでしょう」 
「…………そう、なんだけど」 
 尤もと言えば尤もな言葉に、六華が小さく笑う。それでも少し気が楽になっ
たらしく、肩からふっと力が抜けた。
「破れた障子の向こうに、兄が……居て」 
 止めていた息を吐き出すように、そう、六華は呟き……そして、また、ぽつ
り、と言った。
「兄が……笑ってたの」 


 ずぶ、と、指が障子を突き破って出てくる。白い、細い指が突き破り、区切
られた四角の中の半分くらいの紙を引きちぎる。そこから、黒い目が覗いた。
 一瞬。その目は六華を捉え……一瞬だけうろたえた、ように見えた。
 ただ、その次の瞬間、隙間から見えた兄の顔は、確かに、笑った。
 笑った顔はひどく恐ろしく……けれども同時に。
 ぞっとするほど、美しいものにみえた。


「笑ってる、兄の、背に……父が」
 すがりつくように、かじりつくように。
 隙間から少しだけ見た父の顔は、獣じみて見えた。 
「……あの時は判らなかった、ただ怖かった、まともじゃないと思ったんです。
だから、大慌てで布団に潜り込んで、耳をふさいでました」
 くく、と、布団の外から、小さな笑い声が聞こえたのを憶えている。
 寝なければ、と、必死で目を閉じ、丸まっていたことを憶えている。

「だけど」 
 あの時はそれで済んだ。何が起こっていたのか、当然六華には判らなかった。
怖かったこと、何一つ判らないながら、その恐怖だけは覚えている。
 けれど、今に至り、思い出してみると。
「あのとき、あのひとたち、は」 
 流石にそれ以上のことは、六華も口には出せなかった。
 
 父が子供を抱く。
 それも、息子を。
 二重の禁忌を犯しながら、あの二人は笑っていたのだ。

「……どうして、こんなこと、思い出したのか」 
 それでも言うだけ言って、かなり楽になったらしい。ほっと息を吐いて、六
華はうつむいた。
「…………ごめんなさい」 
「いいんです」
「…………でも、こわかったの」 
 呟く語尾が、涙混じりになって。
「笑っていて」 
 嗚咽を抑えるように、ぷつり、ぷつり、と、途切れる声。
「その、顔が」 

(もう思い出さなくてもいい)
(もうそれ以上)
「……大丈夫」 
 力を込めて抱きしめた上での中で、六華は小さく息を吐いた。

「…………ってっ」 
 じっとしていた間は決して長くない。けれど、その時にはもうすっかり、六
華はいつのも調子に戻っていた。
「ご、ご、ごめんなさい、明日もお仕事なのに」 
 ごめんなさい起こして、ごめんなさいごめんなさい。あわあわと繰り返す声
に、国生は少し笑った。
「ごめんなさい。寝て、もう寝て下さいっ」 
「いえ、いいんです」 
「で、でも……怖い夢くらいで……っていうか、そんな、怖くないのに、この
夢、全然」
 7つか8つ。数えであったとしたら、尚更年齢は下方修正される。
 そりゃその年齢で、こんな目にあえば、怖くないわけがないのに。
 だから。
「いいんです、妻の身を案じるのは、夫の役目ですから」 
 生真面目に言った途端、六華がぐ、と、口をつぐんだ。夜目の効く国生の目
には、髪の間から覗く六華の耳が、真っ赤になっているのが見えた。
「…………なんで、もう……」
 小さくぼやくと一緒に、伸びた手が背中へと廻る。どこか子供の動作に似た
仕草が、国生にはひどく愛らしく見えた。
「おやすみなさい」
 耳元で言うと、はい、と、小さく返事があった。

               **

 くるり、と、抱きしめられる。それだけでもう、六華はほっとした。
(夢、なんだ)
(怖くない、大丈夫)
 けれども。
 ほっとしながらも、ひっかかるものは残っている。
(あの時)

 そう、夢というよりも忘れかけていた記憶の再現については、国生に言った
とおりのところで終わった。けれども。

 ――お前は、幸せになったのだね

 被っていた布団はいつの間にか手の中から消え、その向こうに顔が浮かんで
いる。良く知っている筈の、けれども知らない筈の顔。
 10で売られた六華は、その兄が14になるまでの顔しか知らない。なまじ
の美少女なぞ敵わないほど美しかった兄は、今や二十歳になるかならずの姿で
六華の前に浮かんでいた。

 ――何が起こったか、今のお前には判るだろう
 ――昔のお前も、知っていただろう

 廓に居た頃。当然何が起こったか判っていた筈、なのに。
 どういう訳か、兄を思い出すことは無かった。

 ――それなのに
 ――お前は、この兄を思い出すこともなく
 ――当然、助けてくれるわけもなく

 妖艶な、という単語がある。可憐な、という単語もある。概念として互いに
全く異なる筈の、その二つの言葉が、兄の顔の上で共存していた。

 ――お前はそして、今は幸せになっているのだね

 すう、と、その手が伸ばされた。
 白く細い指は、確かに女性のそれよりも、親指の付け根が節くれだってはい
たものの、けれどもそこらの女性よりも優美で美しかった。

 ――お前は

 胸元に伸ばされた手を、必死に払おうとして。
 そして……目が覚めた、のだと。

(そんなこと)
(とても)

 言えないまま、けれどもほんわりと暖かくなった今は、もうそれも。

(こわく、ない)

 そう思ったところで、六華のその夜の記憶は途絶えている。

時系列
------
 2009年2月14〜15日深夜。

解説
----
悪夢が始まる夜。
******************************

てなもんで。
……なんかすげー、国生さんが砂糖状態ですが良かったでしょうか>ひさしゃん
まずかったら、書き直します。

 であであ。
 


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