[KATARIBE 32179] [OM04N] 小説『ひとりかもねむ』

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Date: Tue, 10 Mar 2009 23:12:29 +0900
From: Subject: [KATARIBE 32179] [OM04N] 小説『ひとりかもねむ』
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小説『ひとりかもねむ』
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本編
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 満月が空高く浮かんでいる。冷たい風が吹き、庭の薄が揺れる。草むらの根
本から虫の鳴き声が聞こえてくる。
 秋の夜は長い。
 彼女は縁側に座り、月を見上げた。そして、あの月が向こうの山に消えるま
での長さを考える。
 月が昇り、山の向こうに消え、鶏が鳴き、日が昇り、そして、日が落ちる。
あの人がいなくなってから何度となく繰り返しているが、この夜の長さには慣
れそうにない。
 一つ、溜息にも似た声を漏らす。
 人の手が入らなくなった庭は荒れ放題になっていた。雑草の生えるままにな
り、足の踏み場もない。屋敷も至る所で傷みがひどくなっていた。
 今この屋敷にいるのは彼女のみであった。誰も世話をしてくれる者はいな
い。
 「すぐに帰ってくるから」とあの人はそう言って出て行った。今か今かと待
ち続けて、今では幾日過ぎ去ったのかも分からなくなってしまった。
 ガサリと音がした。
 そちらの方を振り向くと、草むらに長い影が落ちている。
 戻ってきた、そう思って彼女は背筋を伸ばす。
 しかし、次に姿を見せたのは見たこともない男であった。彼女は寂しげに背
中を丸める。
「む、これは失礼」
 男は彼女に向かって言った。
「ここには誰もいないと聞いたのだがな」
 草むらを突っ切って男は彼女の元に近寄る。彼女は警戒する気も起きず、そ
のままの格好でいた。
 男は彼女から少し離れたところに座ると、空を見上げた。
「良い月だ」
 男はそう言った。しばらくじっと眺めていたが、やがて彼女の方を向いた。
 しかし、男は彼女に何かを告げるでもなくただ見ているだけだった。彼女は
少し男のことが気になったが、何もしてこないのを見るとすぐに興味を失い、
いつものように庭へと目をやった。
 男はそんな彼女から目を離すと、懐から笛を取り出して口元へ当てた。
 軽く一つ息を吹く。小さく澄んだ音が空気を震わす。
 彼女は相変わらず庭を見たままであった。男は構わずに笛を奏で始める。
 風に乗り、緩やかに流れる。のびのある高音が空へと消える。
 知らず知らず彼女はうっとりと目を閉じてその音色に耳を傾けていた。
 いつの間にか虫の音が聞こえなくなっている。
 ゆるゆると過ぎていくうちに、ふと彼女は懐かしい匂いを感じて顔を上げ
た。
 目の前に人が立っている。
 その顔を見て彼女は驚く。
 それはずっと待っていたあの人であった。
 しかし、その姿はうっすらと透けており、月の光に照らされているせいでも
なく、青白く光っている。
 明らかに生きているという姿ではなかった。
 彼女は横にいる男を見たが、彼は笛を吹きながらそんな彼女を見て頷いた。
 目の前にいる人は静かに彼女の側へと寄った。彼女はじっとその顔を見る。
忘れもしないその顔がある。微笑んでいるが、目元は寂しげであった。
 その人はいつものように彼女を抱き上げようと腕を伸ばし、それから自分の
両腕を見て苦笑いを浮かべ首を振った。それからぎこちなく、彼女の頭に手の
平を近づける。
 ゆっくりとその頭を撫でるが、その手は彼女の身体をすり抜けてしまった。
 しかし、彼女には微かにあの人の手の感触が伝わっていた。
 その人は何度も何度も彼女を撫で、その間彼女はじっと目を閉じて動かずに
いた。
 やがてその人は撫でるのをやめると、ゆっくりと彼女の側から離れた。
 彼女は目を開けてその人の元へと行こうとする。しかし、彼は首を振ってそ
れを止めた。
 彼は庭の真ん中まで来るとぐるりと周囲を見回し、最後にもう一度彼女の方
を見て、振り返る。
 月の光に溶けるようにその姿を消した。
 彼女はしばらく庭を見ていたが、くすんと鼻を鳴らして身体を丸めた。
 笛の音は止んでいる。
 男は立ち上がると彼女の側へと近づき、その頭を一つ撫でた。
「死んでも身を案じてくれるとは良い主を持ったな」
 そう言った彼に、彼女、その黒猫は応えるように小さく鳴いた。

解説
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あまり歌の意になってない気が。

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