[KATARIBE 32121] [HA06N] 小説『魂風』

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Date: Tue, 27 Jan 2009 00:22:09 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32121] [HA06N] 小説『魂風』
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2009年01月27日:00時22分08秒
Sub:[HA06N]小説『魂風』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
文章力強化月間です(え?)
前の話を書いていきます。

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小説『魂風』
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登場人物
-------- 
 小池国生(こいけ・くにお)
  :尚久の親友、正体は血を喰らう白鬼。六華に近しいものを感じている。
 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。

本文
----

 民族楽器というものは、基本その風土に根付いた音がする、と、どこかで誰
かが言っていたような覚えがある。
 それならばこの三味の音は、この国の音、ということになる。
 乾いているようで、しかしどこかに湿度を含み続けている、この国の冬の風
のように。
 
              **

 撥が動き、弦を掻き鳴らす。
 硝子窓の向こう、風が強く吹く、その音をまるで追うように。
 聴いたことの無い、しかしどこか聴き慣れた旋律を伴った三味線の音は、途
絶えることなく続いている。

 不意に、その音が途絶えた。
 窓の外、鴉だろうか、何か大きな鳥が飛び立つような気配。その気配に絶た
れたように。

「……玉風、というそうですね」
 それまで身じろぎもせず聴いていた相手が、口を開いた。淡い光を放つよう
な白い髪が、その弾みで微かに揺れる。
「たま、かぜ……ですか?」
「元々は魂風。その風の吹く方向から、悪しき者達が来る、と」
 言いながら指で漢字を描く。撥をテーブルに置き、そっと三味線を横に寝か
せながら、六華は目を丸くした。
「そういう風に言うんですか?」
「そういう風に言う地方もある、そうです。冬の季節風を」
 はあ、と、曖昧に六華は頷いた。
「……違いますか?」
「いえ、ええ……名前は知らなかったですけど、確かに私、外の風を聞きなが
ら、こういう風かなって弾いてましたから……ええ、そうなんだと思います」

 
 仕事が終わった後、国生は最近すぐに家に戻るようになった。
 そしてやはり、仕事が終わった後、六華は必ずここに来るようになった。
 来て、別に何かを話すわけでもない。ただ三味線を借りては弾き、それを国
生が黙って聴く。


 泡白兎を月に帰して後、かえって会話は減った。
 出入りは自由に、と、国生は言い、実際に家の鍵は決まったところにある。
だから国生が戻ってくると、既に六華が部屋で三味線を弾いていることもある。
 何かにとり憑かれたように、ただ延々と引き続けていることもある。


 お茶を如何ですか、と、国生が問い、頂きます、と六華が笑った。

「それにしても」
「はい?」
「……鍾子期、みたい」
 くすくすと笑って六華があげたのは、琴の名手の聞き手の名である。
「…………伯牙ほど、あたしは妙手じゃないですけど」 
 
 伯牙が山を思って琴を弾けば、鍾子期は泰山のようだと褒め。
 伯牙が流れ行く水を思って引けば、鍾子期は長江のようだと聞き分ける。

「見事ですよ」 
「……いいえ」 
 ふわり、と笑って六華は首を振った。


 泡白兎の一件の後、六華は何故か笑うことが減った。
 それより以前には、一緒に歩いている時に、彼女は笑いながらことさらに国
生に甘えるような素振りを見せることが時折あった。虫除けですよ、こうやる
と他の女性は寄ってこないですよ、と、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら。
 そういう顔を、今は見ることがない。
 一緒に歩いていても、決して触れない距離を保つ。
 それがどういうことなのか。
 判るようで判らないのか、判っているけれども判りたくないのか。


「でもこれじゃあ、国生さんがもし居なくなったら、私、三味線の糸を切らな
いといけませんね」
 白磁の碗に注がれたお茶をこくりと一口飲んで、六華は少し笑った。ほら、
伯牙絶弦というし、と言いかける、前に。
「……消えませんよ」 
 断言してから、付け加える。
「私は」 

 静かな表情のまま、六華は三味線を弾き続ける。
 語られない言葉があることは判る。それがひどく哀しいものであることも。

(この、長くも不安定な道を……むごい世界を)
(……ゆっくり歩いていきましょう、共に)

 その言葉に嘘は無い、と、互いに判ってる。判っていることも伝わる。
 けれども。
 ……けれども……

 一瞬、六華の表情が動いた。
 笑うでなく、泣くでもなく……いや、その表情に迷ったような気配があった。
 そして……次の瞬間に、六華はまたにっこりと笑った。

「…………はい」 

 かつて、御職の花魁として名をはせた娘の、笑みはやはり隙は無く。
 弱味も哀しさも、その笑みからは読み取ることが出来ず。

 ただ。

 碗を置いた六華がまた撥を手に取る。三味線に手を伸ばし、迷ったように少
しだけ躊躇する。
 そして。
 ざあ、と、窓越しに聴こえる微かな風の音にあわせるように。
 旋律が、流れる。


 月は淡く黄味を帯びて空に浮かぶ。
 群雲が慌しくその表を通り過ぎる。
 曇り、また照り渡り、また雲に隠れる。
 窓の外を見ながら、六華はそれを音に変える。

 それだけなのだ。
 それだけの筈、なのに。

 何故それが、こんなにも哀しい音色になるのか。


 六華さん、と、声をかけようとして、国生は思いとどまる。
 半眼に閉じられた目には、やはり表情は無い。


 窓の外、風が強く吹く。
 三味の音が、ひときわ高く鳴った。


時系列
------
 2008年11月の、寒い夜。

解説
----
 泡白兎の一件の少し後。
 なんとなくぎくしゃくとした夜。
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 てなもんです。
 であであ。
 
 


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