[KATARIBE 32099] [OM04N] 小説『花野の蚊帳・其の二』

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Date: Wed, 14 Jan 2009 00:35:50 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32099] [OM04N] 小説『花野の蚊帳・其の二』
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2009年01月14日:00時35分50秒
Sub:[OM04N]小説『花野の蚊帳・其の二』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
相変わらず地味路線を突っ走る鬼舞の話。
今回は陰陽寮での会話が主です。
問題などあったら、よろしくです>ふきらん

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小説『花野の蚊帳・其の二』
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登場人物
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 妙延尼(みょうえんに)
   :綴る手の持ち主。布に手ずから施した刺繍が、魔を祓う力を持つ。
 賀茂保重(かも・やすしげ)
   :陰陽寮の頭。
 兼輔(かねすけ)
   :陰陽師の一人。有力貴族の家の息子。女性にもてるらしい。
 友則(とものり)
   :陰陽師の一人。まだ若い。薬師の兄を持つ。
 
本文
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 梅の実がほとほとと落ちそうな長雨の降る庭を、ややうんざりしながら渡り
廊下から眺めていた保重は、ふと足を止めた。
「でも本当に、兄は心配しております」
 陰陽師達の溜まりの部屋から聞こえてきた、その高い声の故だった。

 陰陽師と一言で言っても、実際には様々な面々が居る。封じる者、呪符を作
る者と、その能力も様々である。同時に年齢も様々、性格も様々、地位や身分
も様々である。

「心配はしておるだろうが、向こうはそうは思ってないのだろう」
「そんなっ」

 そして、どうやら言い争っているのは、その中でも両極端の二人らしい。

「考えても見よ。薬師と言うのは姫の枕元にまで行ける身分ぞ」
 恐らくにやにやと笑いながら言っているだろう男は、元々が貴族の身分、親
の地位も高く懐具合も暖かい。本人の顔立ちも悪くはないし、和歌も見事に詠
む、結果若い女房達を食い荒らしている、との噂が絶えない。
「当たり前です。熱も測らず顔色も見ず、どうして薬を調合出来ましょうや」
 そして相手のまだ声変わり前の声の主は、薬師の兄を持つものの、所謂平民
の一人である。優秀さは確かに周囲が太鼓判を押すし、陰陽師としての仕事も
見事にこなすものの、よく言えば生真面目、悪く言えば冗談の一つも通用しな
いところがある。まあ、あの年齢で冗談が通じては末恐ろしいと思う、との意
見も多く、これからの成長が望まれる、というところなのだが。
(この二人で話していては、どうもならん)
 最終的に言い負かされるのは少年である。慌てて部屋に入ったところで、保
重は訴えるような視線を浴びた。
「御頭様!お聞き下さい!」
 真剣な視線は、やはり予想通り少年のもの、その横で貴族の御曹司たる青年
はにやにやと笑っている。
「あー……ええと、一体何かな?」
 時貞が居れば、こういう役を代わってもらえるのだが、と、内心結構勝手な
ことを呟きながら、保重は胡坐をかいた。

       **

 蛍の姫、と、巷では言われているらしい。
 そう聴けば保重も知っている。病がちで身体の弱い姫は、しかし同時に透き
通るほどの美貌である、と言われている。御簾越しに手を月にかざすと、細い
手を通して月の光が見えた、とか、蛍を手で囲うと、ほんのりと全身が輝いた、
とか……まあ、この時代、女性に関することは噂が先行するのが習いとはいえ、
それなりに美人であるだろう、と予測はつく。
 そして、少年の兄は薬師であり……まだ見習いの頃から、蛍の姫の枕頭にて
薬を調合してきたというのだ。

「それが……春までは、兄も、そして兄の師も、よく呼ばれていたのです。今
年、桜の頃から、決して姫の身体の調子は良くなかった、と」
 だというのに、何故か梅雨の頃から、薬師達は呼ばれなくなった。
「だから、兄も、兄の師も、心配していて……いや、元気であるなら良いので
す。しかし、元気ではないなら、何故か、と」
「それに、もし元気になっていてもそれは心配だな」
 胡坐をかいたまま、暢気な口調で保重は言った。
「と、仰せられますと」
「そんなか弱い姫が突然元気になったというのだ。もしかしたらあやかしが憑
いているやもしれんじゃないか」
 
 無論本気ではない。あくまで冗談であるし、青年のほうは心得て、やはりに
やにや笑うだけ、なのだが。
「やはり、そのようなことが考えられますかっ!」
 真剣至極、の顔と声で応対されて、保重は思わずがっくりとのめった。その
様子には全く気づいた様子も無く、少年はさらに言い募る。
「そうなのでございます。兄はそれを心配しておりまして……それで、私に、
そのような前例があるかどうかを尋ねたのですが、無芸非才の身、そのような
知識が足りず、兼輔様にお訊きしたら」
「……それは訊く相手を間違えているぞ、友則」
「私も正直そう思いましたがね」
 へらりへらりと笑う男を、友則は悔しげに睨んだ。

「いや、友則。俺は、お前の兄のことを知らん。もしかしたら兄者は下心満載
かもしれんし、清廉潔白、天地神明に恥じることはないかもしれん。そういう
ことを言っておるわけではないのだ」

 よいしょ、と座りなおして、兼輔は幾分か真面目に口を開いた。
「ただ、姫君の親御はそうは思わない、というのだ。妙齢の、音に聴く美貌の
姫の親だ。噂だけ、いや、お前の兄の目付きを曲解することだって有り得る」
「曲解、とは」
「薬師が姫に惚れておる、とさ」
「それはっ!」
「だから最後まで聞け」
 えい、と、手のひらで押さえつけるような仕草と一緒に、兼輔が言う。
「薬師の意見は別さ。それは完全に嘘かもしれん。しかし親御さんはそう思っ
ているかもしれんだろう」
「…………」
 そう言われると、友則も頷かざるをえない。
「もし姫に縁談があるなら、薬師は邪魔だ、と思うこともあるのではないか?」
 ぐぅ、と、友則の喉が鳴った。

 実際のところ、保重としても兼輔の意見には頷くところがある。薬師はその
仕事柄、相手に(物理的に)近づくことが多い。御簾の中の姫君達に、礼を失
することなく近づける立場の一人ではあるのだから。加えて友則の兄だという
ならば。
「その、お前の兄な」
「はい?」
「お前に似ておるか?」
「はい、よく似ていると言われますが、兄のほうが私よりも真面目でしっかり
しております」
 あーあ、と、兼輔が笑い混じりの声を上げた。
「だから、そう言ったのです、御頭」

 まだ歳若いことも関係しているのだろうが、少年は十分に人目を惹く顔立ち
をしている。美少女のような顔立ちの少年はしかし気性はそれに反して勝気で
あり、かつて『稚児にでもなればよかろう』とからかわれて、頭から相手に突っ
込んでいったことがある。
 この弟に良く似た兄ならば、確かに若い女が騒ぎそうな顔であるだろうし、
姫自身も密かに想っているのかもしれない。であるならば、年頃の姫から引き
離そうと、親が考えるのもおかしくない。

「まあ、あやかしが憑いているならば、薬師を追い払う前に我らが呼ばれるだ
ろうさ。それに確かに、友則、お前の兄のことが理由だけとは俺も思えない」
「ほう?」
 兼輔が身を乗り出すのに、保重は肩をすくめた。
「もし兄が問題なら、まさかにその師までも追い払うまいよ」
「それはそうですな」
「というわけで、一番ありそうなのは、一番簡単なことだろう」
「とは?」
 今度は友則が身を乗り出す。それに保重は笑いかけた。
「姫が今は元気だということだ」
 一瞬毒気を抜かれた顔になった二人は、一拍置いて「でも」といいかける。
「今のところ俺はそれしか言えんよ。友則の兄上がもし、もっと他に知ってい
る事情があるならまた別だがね」
 

          **

「姫の御両親から、陰陽寮には何も?」
「何一つ」
「こう……何か妙な気配なども」
「なかった」

 言いながら、保重は蚊帳をひっくり返す。くすんだ緑の上の、様々な縫い取
りを眺めながらぽつり、ぽつり、と言葉を続けた。

「確かに、蛍の姫の噂は……友則ではなく、兼輔が一つ知っていたのだ。『蛍
の名をてらっておいでの筈はないが、しかし姫は、蚊帳の中に寝起きされてお
いでだ』と。それも」
 桜の花びらを象った呪の文字を指で辿りながら、溜息を吐くように保重は言っ
た。
「最高の手による縫い取りのある蚊帳、と……最高の手と言えば妙延尼殿、ま
ず貴方を考えるべきだったのにな」
「…………」

 困ったように妙延尼が首を傾げる。

「で……それが」
「ああ」
 ととと、と軽い足音と共に、また酒精の少女が入ってきた。火皿の油に浸し
た灯心に火を入れ、ぺこり、と頭を下げてから二人の間に置く。有難う、と妙
延尼が声をかけるのに、少女は頬を真っ赤にしてぺこりと頭を下げ、そのまま
部屋を出た。

「友則がまた相談に来たのは、それから……確か半月も過ぎた頃だったと思う」

解説
----
 蛍の姫と薬師との噂を、陰陽寮にて。

*******************

 てなもんです。
 であであ。
 
 


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