[KATARIBE 32080] [HA21P] エピソード『仄見えた憎しみ』

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Date: Sun,  4 Jan 2009 17:20:13 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32080] [HA21P] エピソード『仄見えた憎しみ』
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2009年01月04日:17時20分12秒
Sub:[HA21P]エピソード『仄見えた憎しみ』:
From:久志


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エピソード『仄見えた憎しみ』
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登場人物
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 ウヤダ
    :かつて吸血鬼狩り組織エキドナ・ファミリーに居た。
 セエレ
    :エキドナ・ファミリーでのウヤダの弟

記憶
----

 それは記憶の中。
 淡々と語る声がいつまでも耳に残って離れない。

 声      :「……思うんだ、ウヤダ」 
 ウヤダ@少年 :「何を?」 
 声      :「暖かな部屋で、幸せなひと時を過ごしてる、きっとそれ
        :が当然で変わらないのだって、あいつらは信じてるんだろ
        :うって」 

 感情の抜け落ちた声の主が見ていたもの。
 凍えるような冷たい風と、肩に積もった雪を払い落としながら見上げた先は
レンガ造りの家の窓。枠に張り付いた雪、ほんのりと分厚い窓の向うから灯り
が漏れているが、中をうかがい知ることは出来ない。

 クリスマス。
 その暖かな部屋の主達は、神への感謝の祈りを捧げ、穏やかで暖かな時を過
ごしているのだろう。

 ウヤダ@少年 :「……」 
 声      :「イリがいつも祈っていたよね。神は等しく僕達を愛し、
        :見守っているって」 
 ウヤダ@少年 :「…………歩け、セエレ。足が凍りつく」 
 セエレ    :「……ウヤダ、ねえ、ウヤダ……思うんだよ」 

 淡い金髪、澄んだ青い瞳の少年。小奇麗に身なりを整えていたら、きっと見
栄えのする愛らしい子だったかもしれない 
 だが、何の手入れもされていないぼさぼさの髪は艶がなく、大きな瞳の奥は
底冷えするような暗い冷たさを湛えていて。その目に浮かんでいた感情はなん
だったのか。

 ウヤダ@少年 :「いこう、セエレ。早く合流しなければ」 
 セエレ    :「……思うんだ、ウヤダ……苦しいんだ、憎らしいんだ、
        :怒り狂いたくてたまらないんだ」 

 掴んだ腕には、その細さからありえないほどに内からこみ上げる憤怒の感情
がにじみ出ていて。

 セエレ    :「あの家の連中は、誰一人、夜に暖かい寝床があって安ら
        :かに眠りにつけることがどんなに幸福で、それを血を吐く
        :ほどに求めている奴がいることを知らないんだ」 
 ウヤダ@少年 :「…………セエレ、いくぞ」 
 セエレ    :「気づかないんだ、それが、ほんの誰かの気まぐれで一瞬
        :で崩れ去ってしまうなんて……知りもしないんだ」 
 ウヤダ@少年 :「……」 

 無言でセエレの腕を引いた。動かない体を引きずるように。

 セエレ    :「……僕達が血豆を作って斧をふるって、杭を打って、
        :血みどろになって戦っていることなんて、誰も知らないんだ」 

 引きずられながら、その目にはどこにも行き場のない何かが渦巻いていた。

 セエレ    :「苦しめばいい、這いずればいい、堕ちてしまえばいい
        :……どんなに自分に僕達が正しいって言い聞かせても、
        :あの暖かい灯りを見るといつも苦しくなる」 
 ウヤダ@少年 :「……」 

 ぎりっと歯を噛み締めるセエレの頭を抱え込むように、半ば抱き上げて歩く。

 セエレ    :「苦しい、ウヤダ。苦しいよ……僕達にはもう暖かい灯り
        :が点る家なんてない、これからもない……生き延びて血に
        :まみれ続けるか、ボロキレの様に死ぬしかないんだ……
        :ウヤダ……どうして神はこんなに僕達に苦しみを与えるの?」 
 ウヤダ@少年 :「……」

 セエレの目を覆うように手をかぶせ、問答無用で抱えあげる。
 『巣』へと帰る。行き場のない子達が帰る、冷たい部屋に。

 セエレ    :「…………苦しいよ、ウヤダ…………イリ、助けて……
        :イリ……神よ……」 

 滲んだ涙が、目を覆った手を濡らす。

 どうして神はかくも辛い試練をお与えになるのか。
 その答えはウヤダにもわからない。

 ウヤダ@少年 :「…………神の、救い……」 

 そんなものは無い。
 ないんだよ、セエレ。

 震えながら、涙をこぼしながら、血を吐くような呪詛の言葉を終わる事無く
呟くセエレを連れて。
 灯りの点る家の窓を背に離れていった。


叫び
----

 彼らの世界は変わらなかった。
 あくる日もあくる日も血と臓物と死とが隣り合わせの連続。
 敵を殺せ、ただそれだけの至上命令の為に。

 ウヤダ@少年 :「……はぁ……はぁ……」 

 聖別ナイフを手に、全身返り血で血まみれになりながら息を整える。
 当たりには倒したグールの体が散らばり、むせ返る血臭に満ちていた。
 倒したグール、滅した吸血鬼は数え切れない。

 ウヤダ@少年 :「レニー……はぐれたか、くそっ」

 共に戦っていたはずの仲間の姿がない。
 あたりの敵は殆ど死に絶え、転がっているのはグールの死体だけでなく、
つい最近加わった仲間の遺体もあった。
 気配を探りながら、駆け出す。
 仲間と合流するために。

 ウヤダ@少年 :「レニー! アサド! ロッシ! いるか?!」

 呼びかけに答えはない。
 焦りを押さえてあたりを見回して、踏みしめた足元ににぬめった感触。

 ウヤダ@少年 :「……!」 

 真っ赤な血溜まり。
 そこに崩れ落ちていたのは、見覚えのある色あせた金髪。

 セエレ    :「…………ウヤ……ダ」 

 血の海の中、抉れた腹部から中身を半ばはみ出させながら。

 ウヤダ@少年 :「セエレ! やられたのか?!」

 咄嗟に膝をついて懐から取り出した布を裂いて、抱き起こしたセエレの腹の
中身を半ば強引に押し込んで傷口を包むようにきつく巻きつける。
 だが溢れる血は止め処なく傷を縛った布を赤く染め上げていった。

 セエレ    :「ウヤダ…………うぅ……あ」 
 ウヤダ@少年 :「セエレ、しゃべるな。今、イリ達の元に」 
 セエレ    :「無駄、だよ……もう……もう……駄目なんだ、もう、
        :なにもかも……嫌なんだ……戻るのも生きるのも苦しむの
        :も憎いのも」 

 うわ言のように呟いて、ぎゅっとウヤダの袖を掴んだ。

 セエレ    :「嫌だよ……ウヤダ……苦しいよ、どうして……どうして
        :……あの、暖かい部屋に…………僕達は、いられない?
        :……嫌だよ、苦しい……ウヤ……」 
 ウヤダ@少年 :「…………」 

 見開いた青い瞳から零れる涙。
 そこに浮かんでいたのは、絶望か?虚無か?どうすることも出来ない諦めか。
 ただ、がくがく震えながら、瀕死の体とは思えぬほどの力がウヤダの腕を掴
んでいる。

 ウヤダ@少年 :「セエレ、まだ……死んでない、戻ろう」 
 セエレ    :「どこに!? どこに戻る!! 狂った家に!?」 
 ウヤダ@少年 :「……セエレ……」 
 セエレ    :「……嫌だよ……ウヤダ……助けて、くるし……」 

 ウヤダを掴んだセエレの手、腕に走る軋むような痛み。

 ウヤダ@少年 :「…………」 

 見開いた目が吸い込まれるようにウヤダを見据え、叫びかけた口からはもう
続く言葉はなく、ただ血の混じった息を吐いて。

 絶命した。

 ウヤダ@少年 :「………………」 

 ずるりと腕をつかんだセエレの手が離れた。
 崩れ落ちた体を支え、抱えあげて方に背負う。
 これは死体、連れて帰っても意味はない。それはウヤダにもわかっていた。

 ウヤダ@少年 :「…………セエレ」 

 どこに戻る?
 狂った家に? 
 狂ったマムの元に? 

 背負ったセエレの体がずしりと重かった。
 心臓を踏みつけられたような、圧迫するような苦しみが何より痛かった。

 ウヤダ@少年 :「…………」 

 帰らなければ、ファミリーの元へ。
 他に行くべきところなどない。

 背負った弟の体が冷たくなっていく。
 その死の間際まで苦しみを叫びながら、どうすることも出来ないまま。

 ウヤダ@少年 :「…………」

 何かを呟こうとした。
 あるいは叫びたかった。

 だが、それは言葉になる前に、喉から掻き消えた。


その肉の味
----------

 物言わぬセエレを連れ帰って。
 誰も何も言わなかった。
 仲間の死など、戦いの中では当たり前のことであり、死なないことこそが
重要だった。

 ウヤダ@少年 :「…………」 

 戦いの後、血で汚れた武器を丁寧に拭い、銃を確認し、具合を確かめながら
手入れする。

 アサド    :「食事だぞ!皆」 

 いつものように餌のシチューらしきものの入った壷とカビの生えたパンの
入ったバケツを手にしたアサドが声を上げる。

 ウヤダ@少年 :「…………」

 餌。
 食べなければ戦えない生きていけない、その為にしょうがなく取るもの。

 レニー    :「ウヤダ! はい」 

 差し出された深皿に盛られたシチューと、カビの生えたパンを受け取って。

 ウヤダ@少年 :「…………ああ」 

 食欲があるないなど関係なく。それは必要なものであるから。

 レニー    :「今日のシチュー、ちょっと違うよ、ウヤダ」
 ウヤダ少年  :「ん?」

 かき回したシチュー、所々に赤黒い何かが入っている。

 ウヤダ@少年 :「肉?」

 腐りかけたくず野菜と時々まぎれこんだ鼠、まともな具といえばこれぐらい
だった餌に、珍しくまともな肉が入っている。

 ウヤダ@少年 :「…………」

 胃をくすぐるような感覚。まともに人の食事らしい食事を取ったのはどれだ
け前か。隣で嬉しそうにシチューを食べるレニーをちらとみて、スプーンで
かき回す。

 ふと。スプーンに触れた何かが浮かんできた。

 ウヤダ@少年 :「…………っ!」 

 浮かんできたもの。
 それは、白濁した。

 目だった。

 ウヤダ@少年 :「…………!」 

 取り落としたスプーンの音。
 その目が誰の目か、直感的に理解していた。

 アサド    :「ほら、イリも。今日は肉が入ってる」
 アイリス   :「本当……美味しそう」
 レニー    :「……(もぐもぐ)」 

 仲間達は嬉しそうにシチューを頬張りながら、その中身を詮索することなく。

 ウヤダ@少年 :「…………」 

 狂った家に? 
 セエレの言葉が、殴られたように頭に響く。

 だが、どこに帰る? 
 他にどこへ?

 震える手でスプーンを拾い上げた。

 行く場所などない。
 何もない。

 暖かい部屋も、他に帰る場所も。

 ウヤダ@少年 :「…………」

 シチューをすくって口に運ぶ。
 その味がどんな味だったか、もはや感じることすらできなかった。


時系列と舞台
------------
 遠い過去
解説
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 セエレの憎しみ、狂った世界で仲間の肉を喰らうウヤダ。
 http://kataribe.com/IRC/KA-05/2008/12/20081217.html#220000
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以上


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