[KATARIBE 32047] [HA06N] 小説『 Train 〜第四事象行きの列車・下』

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Date: Sat,  3 Jan 2009 00:55:14 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32047] [HA06N] 小説『 Train 〜第四事象行きの列車・下』
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2009年01月03日:00時55分14秒
Sub:[HA06N]小説『Train〜第四事象行きの列車・下』:
From:いー・あーる


あけましておめでとうございます、いー・あーるです。
とりあえず話を書いてます。

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『Train〜第四事象行きの列車・下』
================================
登場人物
--------
 小池国生(こいけ・くにお)
  :小池葬儀社社長。正体は人の血を喰らう白郎鬼。
 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。古書店蜜柑堂でバイト中。


本文
----
 あねさま、あねさま。
 その優しい響きが耳に蘇る。
 あねさま、あねさま。
 柔らかな声と柔らかな笑顔。


「あたしの後、一年も経たぬうちに売られてきたんです」
 鞄を挟んで向こう側に座った六華は、ひょい、と、靴を脱いだ。細い足を折
り、膝を腕で抱える。子供染みた格好のまま、彼女はゆっくりと口を開いた。
「あたし達は……最初から、一緒に居ました」
 まずはその顔立ち。そして舞や三味線。大名道具とまで証せられた女を生み
出す為に、彼女達は少女の頃から育てられる。
「私は雪野。あの子は花野」
 春を思わせる、ほんわりとした優しい笑みが第一印象。柔らかな頬の線、柔
らかな髪の毛。その三味の音もまた、柔らかで。

「綺麗な子でしたよ。優しくて……どうしても花野でなければ、という客を何
人も抱えて」
 膝を抱えたままぽつりぽつりと語る六華を、小池は静かに眺めている。窓の
外、優しい笑みを浮かべた女性もまた、その微笑みのまま、六華を見ているよ
うにも思えた。
「……そのうちにね、あの子を身請けしたいという旦那が出来たんですけど…
…それが、ね」
「はい?」
「元は、あたしの客だったんです」

 投げつけられた煙管。
 息を呑んだ花野の顔。
 お前は、憐れとは思えないのだよ、と、小さく呟いた若い男の顔。

『若旦那。御新造をお貰いなさいまし』
『ああ……お前は、本当に強いね』

「一応あたしが先輩で……そうでなくても人の客を取るというのは諍いの原因、
増して身請けされるかどうか、でしょう。周りはかなり騒いだのですけど」
「……周りは?」
「ええ。あたしは全く」

 構わぬだろうか、と、男は尋ね、無論だと自分は答えた。
 そう答えるだろうと相手は期待し、自分も答えた。
 そういう関係であった。

「一度、やりあったんですよ。若旦那はこちらを可愛くないと言うし、あたし
は可愛い女性が欲しいなら嫁を貰えと言い返したし」
 おやおや、と、小さい呟きに、六華はちょっと笑った。
「だから、あたしは構わなかったしそのように花野に言ったのですけど」

(あねさま)
 泣きそうな顔で、彼女は言った。
(あねさま、貴方を差し置いて身請けされるような者では、あたしは無い)
(あの方に)
(あのような、大店の若旦那に)
(あたしは釣り合いません)

 車両の向こう、窓の外で、彼女は微笑んでいる。
 あねさま。
 その声のままに、微笑んでいる。

「……可愛かったのですよ」
 膝を抱えて六華は呟く。
「とてもとても……可愛らしかったのですよ」

 花魁の意気地と張り。その故に凛と立つのが自分であるなら、その後ろで少
し不安げに微笑みながら、けれども自分を支えていてくれるのが彼女だった。
十分に美しく、満開の花のように咲き誇ってもおかしくない彼女は、けれども
常に、どこか自信無げにしていた。

「彼女は……花魁として居るよりも、母親になったほうが余程似合っていると
思ったから、あたしはそりゃあもう頑張って、彼女を説得したのですよ」
 憎かろう、業腹であろう、と、散々周りから言われ。
 花野が身請けされぬのは、雪野の反対があるからだと陰口を叩かれ。
 無論花野はそれが嘘だと断言したし、相手の若旦那も、そんなことはあるも
のか、と、笑っていたからこそ六華も我慢が出来たのだが。
「それにしても莫迦を見ているなあと思いましたよ」
 最終的には、『これ以上あたしを悪口の的にする気かい』と、花野を怒鳴り
つけて決断させたものの。
「どうしてこんなことをあたしがしないといけないのか……って」

(あねさま)
 泣きながら、笑っている彼女の顔を思い出す。
(あねさまには……ずっとずっと、助けられてばかりで)

「……嫌いになれたらどれだけ楽だったろう」 
 ぽつり、と呟いた言葉に、小池が少し首を傾げた。
 その言葉が本当なのか、と、問うように。

「……ほんにいつもいつも」 

 恐らく客観的に見れば、世話をし続けた相手に身請けの相手を取られ、最後
まで悪評を立てられた、となるのかもしれない。けれども。
(あねさま)
 店を後にする時に、彼女は顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。
(あねさまに……会えない)
 しがみ付いた手の、子供のような暖かさ。
(……あねさま……っ)

 微笑んだ女は、つと手を伸ばして、六華の隣を示す仕草をしてみせた。
 気が付いて、六華は隣を見やった。

「…………」

 白い髪の男は、穏やかな……しかしひどく強い視線で、窓の外を眺めていた。
 窓の外の女は、やはりほんのり笑ったまま男を見ていた。
 優しい筈の視線に、男は一度瞬きをし……そして、目を閉じた。

(ああ成程)

 脱ぎ捨てた靴に足を突っ込んで、六華はひょいと立ち上がる。そのまま二歩、
近づいてから、ぽんぽん、と白い頭を叩く。
 はっと、小池は目を開いた。
「まだ、見送ってますよ?」 
「……ええ」 
 小さく笑って、それでもうっすらと目を伏せた相手を見やると、六華は小さ
く笑って、また座り込んだ。
 とん、と、跳ねるような感触に、小池はやっぱり微笑んだまま目を上げた。 
「……百年経っても、何百年経っても…………同じ、ですか」 
「年を重ねるだけで変わることが出来るなら、あたしたちみたいなあやかしは
聖人揃いになりますよ?」 
「そうですね」
 くすくす笑いながら答えた六華に、苦笑が返った。

 がたんごとん、と、列車はまだ揺れている。
「……それにしても、今あたし、ちょっと自分でも愕然としてるんですけど」 
 は?と、顔を上げた小池に、六華は思いっきり仏頂面をしてみせた。
「なんであたしの場合、ここで現れる相手が女性なんだろう」
「思い当たる方が、いらしたんですか」 
 くすくすと笑う相手を、六華はちょっと睨み上げた。
「思い当たるも何も、そうやって頼られるのが、女性に限ってるあたりが……
何というか、小池さんとおじさまのことを言えないなあと」 

 綺麗な綺麗な三角形。
 そのうちの一角が消えているのに。
 それなのに、未だに綺麗な三角形。

 尚久君のことは置いておいて、と、小池が苦笑しながら呟いた。
「わかるような気がしますよ……それに、わかっていても、そういう人をほっ
ておけないところも」 
 小さな声に、けれども六華は大きく肩をすくめて見せた。
「……小池さんとは、ちょっと違うんだな」
 同じあやかし。同じように時を越えてきている。けれども。
「さっきの子も……真帆サンも、ちゃんと、そういう時に受け止める相手を見
つけましたけど……そのどちらもあたしじゃないわ」 
 麻須美と尚久。
 小池がどう思っていようと、六華の目には、彼等は小池を含めた三角形の残
りの二つの角である。
 互いに受け止めることを知り、そして互いに相手を一番に思っている。
 それに。

「そして、小池さんは……真帆サンに似てるのだもの」 

(六華ー。あんたこの酒でいい?)
 美人かと言えば決してそうではない。けれども彼女の周りの、ほうっと息を
吐いて座り込みたくなるような空気。

「……真帆さん、に」 
「え?」 
 つり革に捉まって、くるん、と身を翻したところで、六華は小池の声に目を
見開いた。
「あの人も……人の身でありながら、私達に近いですね」 
「……ええ」 
 言いかけた言葉が途中で変わったのは判ったが、そこを追求するほどのこと
も無い。六華は頷いた。
「あの人は、でも、多分、異能が無くてもあたし達をひきつけたと思う」 
 
 時に恐ろしく無防備で。
 時に哀しいほどに自分の価値に気が付かぬ相手。

「あの人は、境界線の上に立つ人だから……」 
「……ええ……だからかな、私やあの竜の子のような……境界の者がいて安ら
ぐのは」 
 柔らかな声に、六華はふと、つり革にぶら下がるような姿勢で問うた。
「……小池さんは、真帆サンに会ったことあります?」 
「ええ、あります」
 少しだけ、と、言いかける、前に。
「……駄目ー」 
 子供のような声が、それを遮った。
「小池さんまで、真帆サン取っちゃ駄目ー」 
 冗談めかしてはいるけれども、どこかに本気の匂いがある。小池は思わず目
を瞬かせた。
「……取りませんよ」 
 直裁的な言葉が、ひどく子供じみて聞こえる。
 小池の言葉に、六華は顔を歪めた。

「あの人ね。唐突に近寄ってきたあたしを、あっさりその日から自宅に泊めた
んです」 
 自分は冬女だと告げた。んじゃー泊めてねーとも確かに言った。
 ……で、何でするっと『ああそう』で泊めるのだあの人は。

「……なんとなく、わかりますね。あの人なら」 
「だから」 
 だからあたしはあの人が大好きで。
 だからどんな悩みでも聞いてあげたくて。

 言いかけて……六華は、一瞬口を噤んだ。

「…………それでも、あたしは彼女に何も出来ないのだもの」 
 無論、旦那こと相羽とか言う腹の立つ相手が居て、もし六華が真帆の為に何
かしようとしても、その前に自分でやってしまう、くらいのことはするのだが。
 それでなくても、多分。
「…………」
 不意につり皮から手を離し、ぽん、と向かいの席に座り込んだ少女を見て、
小池は小さく笑うと、ゆっくりと立ち上がった。そっぽを向いたままの六華の
前に行き、そっと頭を撫でる。
 二度、三度、と。
 柔らかな髪が指に絡む。頼りない感触が、既に居ない妹を思わせた。

「……小池さん」
 手の下から、何となく低音の声が聞こえる。尋ねるように首を傾げた小池を、
六華はむっとした顔で見上げた。
「……あたしそんな子供に見えますかっ!」 
「ああ、これは失礼」 
「……そこで笑わないー!」 
 くすくすと笑う小池を、むっとしたまま六華が見やる。子供染みた振る舞い
であることは己が一番知っていて、だからこそ笑われてむっとしている。それ
もまた自覚しているからこそ、六華としては余計に仏頂面になる……わけだが。

「六華さんは……色んな顔を見せるので、つい」 
 小池の答えは、六華の予測していたものではない。
 だけに……余計に六華はそっぽを向いた。
「あたしはあたしです、どう見えてもあたし一人ですっ」 
 ぷいっと横を向いた六華を、しかし小池の声は咎めなかった。
「そうですね……ぴんと筋が通っていて」 
 肯定する声に、澱みは無い。
「強さも弱さも……そういうところは、うらやましいです」 

(あねさまは……強くても弱くても、筋が通っていらっしゃる)
(だから綺麗で)

「……ほんっとにもう……」 
 がっくりと、抱えた膝の上に額を落として、六華がぼやいた。
「真帆サンが言いそうなこと言うしー」 
 自分が知る自分より、貴方の見る自分が綺麗であること。
 そのこと自体が……怖くなる元だということ。
「どうしてこう……」 
 泣きたいような思いを抱えて、六華は呟く。
 かたんことん、と、列車は走ってゆく。

「…………私は、あなたにも幸せでいて欲しい……けれど」 
 ふと、躊躇うように……そして一語一語確かめるように紡がれた声に、六華
は小さく肩を跳ね上げた。
「きっと、真帆さんにとっても同じなんだと思います」
「幸せになんか、あたしはならないんです」 
 抱えていた膝を離して、とん、と普通に座りながら、六華は言い切った。 
「言ったでしょ。それくらいの自由はあるって」 
 そうですね、と、小池は呟いた。
「それでも、幸せで居て欲しいんです……でも、どうしてかな……いつも、迷
惑をかけてしまっているような気がします」 
「だからそれは!」 

 だから。それは。
 迷惑なんて思わない相手に、迷惑でしょうと言い張る貴方達は。

「あなた達が、一番な人しか見てなくて、その人のことだってちゃんと相手の
意見を了解して見てるわけじゃなくて!」 
 小池は黙って六華を見ている。
 その静けさが、余計に業腹だった。
「……そりゃ、二番目や三番目は居なくても居ても同じかもしれないけど、あ
たしはそれでも大事で!」 

 一度。
 真帆が空へ落ちようとしたことを……後から知った。
 その後、彼女の妹が泣いていたのを六華は知っている。どれだけ泣いても、
どれだけ願っても、あの姉は……彼が動かなければ動かなかったことも。

「……あたしがどれだけ大事だって思ったって、そんなの一つも心を変える理
由にならないって……」 
 彼の故に刺されて。
 彼の故に死のうとして。
 そのどれも、六華は反対したかった。相羽なんて奴がどうなろうと自分には
関係ない、それより真帆のほうが大事。
 そう思った。そう願った。彼女がどれだけ大事か、知っていた欲しかった。

 けれども。

「…………迷惑かけたね、ごめんねとしか思われない」 
 意味不明だな、と、自分でも思い、自嘲する。思い出しただけでぎりぎりと
痛むその傷に、顔を覆って泣き顔を隠していた六華の頭に、また、ふわり、と
手の感触があった。
「……ありがとう、六華さん」 
 咄嗟に息を呑んだ。
 小池は静かに続ける。 
「言葉だけでは薄っぺらいかもしれない、けれど……本当です」 

 ごめんね。
 ごめんね六華。

 ごめんなさいあねさま。
 ごめんなさい……


「……迷惑なんて、思ったこと無いんです」 
 ゆっくりと息を吐く。喉から出る声が泣き声じゃないと確信してから、また
ゆっくりと声を出す。
「迷惑、と、思ったらどれだけ楽だろうって……いつも思う」 
 
 迷惑と言い切れたら、自分は彼女達を放り棄てることが出来る。
 そのほうが……生きるには楽だろう。
 ほんとうにほんとうに……楽だろう。


「……戻りましょう」 
 その声にふと六華は視線を上げた。
 窓の向こうで、二人の女は微笑んでいた。
 
 どれだけの時を自分は生きたろう。
 どれだけの時を、この白い綺麗な鬼は生きたろう。

 こくり、と頷くと、硝子の向こうの二人は、やっぱりこくりと頷いて。
 最後に花が開くように笑った…………


 がたんごとん、と、列車は揺れる。
 立ち上がり、六華は肩に鞄をかける。
 大きく揺れた列車に、よろめいた六華を引き止める手。
「……きっと、伝わってますよ。真帆さんにも」 
 耳元で聞こえた声と、引きとめた手に刻まれた時間。

 ほんのりと、少しだけ笑って、六華は目を上げた。
 視線の先の小池は、いつもの、尚久と同年配の姿をとっていた。

 
 世界は緩やかに移り変わる。
 人の居なかった筈の車両に、まるでにじみ出るように人が現れる。
 立っている小池と六華の周りに、人がゆらゆらと立ち上る。
 きい、と、高いブレーキの音が響いた。


 息を吐くような音と一緒に、扉が開く。
 押し出された二人は、一つ息を吐いた。

「……小池社長さん、有難うございました」 
「いいえ」 
 ことさらににっこりと、あでやかに笑って六華が一礼する。その顔には泣いて
いた表情の片鱗さえ残っていない。
「こちらこそ、ありがとう」 
 静かに告げた声に、もう一度ぺこりと頭を下げると、六華は一歩先に立って
歩き出した。
 細い肩に乗った鞄はかなり重いらしく、後ろから見ると少し右に傾いで見え
る。けれどもその姿は、するすると人ごみの中に消えた。


(あねさま)
(あねさま)
 思い出すと無条件に涙ぐむ。そんな風に懐かしい声。

(六華ー)
(ごはん出来たけど食べる六華?)
 からりと高く晴れた空のように、明るい声。

 そして。

(……ありがとう、六華さん)
 
 幸せになって、とは言われなかったな、と。
 六華はふと思った。


 車両の外の空気は、べたべたと熱せられている。
 肩の上の鞄は、改めて重い。
 よいしょ、と、担ぎなおしながら、六華は小さく息を吐いた。



時系列
------
 2008年8月終わり頃

解説
----
『華白鬼・起』より、暫く経った頃の話。過去へと下っていった、吹利行きの
列車での不思議の風景。
******************

 てなもんです。
 であであ。
 
 


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