[KATARIBE 32033] [HA06N] 小説『秘曲・1』

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Date: Sun, 28 Dec 2008 01:22:54 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32033] [HA06N] 小説『秘曲・1』
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2008年12月28日:01時22分53秒
Sub:[HA06N]小説『秘曲・1』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
そうやって、「その一」ばっか流すのやめろよ、と自分でも思うんですが。
しかし、流さないと腐る!(ぬかどこかよ!)

というわけで。

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小説『秘曲・1』
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登場人物
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 小池国生(こいけ・くにお)
  :尚久の親友、正体は血を喰らう白鬼。六華に近しいものを感じている。
 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。小池とは親しい。

本文
----

 その幾枚かの紙は、かろうじてこよりで綴じられた状態で現れた。

           **

「……ええと……」
 葬儀社の上の階、小池宅に六華が入り浸るようになって暫く経つ。今日もま
た、本来の家主をおいて、六華はテーブルの上に古びた紙を何枚か広げていた。
如何にも手書き、のその紙には、何やら奇妙な模様が幾つも描かれている。
「…………むー??」
 その前に座った六華の手には、三味線がある。元々小池のものであるそれを
構えて、ほろり、ほろり、と、小さく手を動かす。
 ほろり、ほろり、と音がする。
「……国生さん」
「はい?」
 茶托に茶碗をお盆からテーブルの空いたところに移そうとしたところで呼び
止められた相手が、不思議そうに首を傾げる。六華は、ようやく顔を上げて小
池を見やった。
「ちょっとこの楽譜が……聴いていて下さいませんか?」
「はい」
 ええと、と、もう一度呟きながら指で紙……つまりこれが楽譜なのだろう…
…を追いかける。最後にうん、と頷くと、六華は三味線を構えた。ふっと息を
一つ吐く、その鋭い呼気と一緒に、三味線は鳴り出した。

 高く低く。
 高い音は透き通るように、そして低い音は地の上を伸びるように力強く。
 聴き慣れない旋律は、しかし十分に美しく、小池は身じろぎもせずにその音
を聴いた。
 小さく細かく、握った撥が糸を弾く。その音が最初は細く、そして段々と大
きくなり、同時に奇妙に艶めいて響き出す。
 そして。

「え?」
 がく、と、足をひっかけられたような感触に、思わず小池が声を出す。それ
を、六華が無理も無いというように見やって、肩をすくめた。
「これ、なんぼなんでも、中途半端ですよね」 
「……そうですね」
 置いた茶を勧めながら小池が頷く。そっと傍らに三味線を置いてから、六華
は一礼して茶を受け取った。
「途中で楽譜が散逸してしまったのか……あるいは元々途中の曲なのか」
 お茶を飲む六華の代わりに、今度は小池が並べられた楽譜を取り上げる。一
枚目から目を通し、時折軽く手を三味線を持つように握り、弦の押さえる位置
を、確かめるようにずらす。
「……ああ本当だ」
 架空の棹を握ってた手をふわりと開き、残念そうに呟く。茶碗をテーブルに
戻して、六華はこくりと頷いた。
「もし、楽譜が無くなってしまってるとしたら、勿体ないですねえ」
 この曲なら最後まで聞きたい。残念そうに言った小池に、六華は少々複雑な
顔をして首を振った。
「いえ……この楽譜、実は……あたしの勤めてる古書店で貰って……いや、な
んか押し付けられてきたんですけど」 
 決して無料じゃなかったのだ、と、強調してから一つ溜息をつく。
「多分、これで……終わり、なんだそうです」 
 ここから先は最初からない。そう、相手が言い切った理由もそれを信頼する
だけの根拠も六華は語らなかったが……とりあえずそういうものらしい、と、
小池は納得した。
「それで、それを六華さんに?」
「他に買いそうな人が居ないから買えって……しっかり押し付けられました」
 憮然として六華は言うが、確かに今の時代、そうそうあちこちに三味線の、
それも古い楽譜を買うような人が居るとは思えない。
「……なるほど」 
 だから、それ以上の返事は無い。六華は小さく溜息をついた。
「……なんなんだろうなあ……」 
 呟きながら、もう一度三味線を手に取る。きゅ、と、弦の張りを調節してか
ら、撥を握りなおし、最初の楽譜を広げた。
 弦が、べんと鳴った。

 細く鋭く、流れる音と。
 奔流のように流れる節回しと。
 先程聞いたばかりの音が、もう一度六華の手元から流れ出す。音の泡のよう
に、そして流れのように。
 向かいに座りながら、小池はその音を聴く。聴いたことのない、しかしどこ
か懐かしいその音を。
 六華の視線が楽譜を追う。一枚目、二枚目、とゆっくりと視線は動き、そし
て最後の紙へと行き着いた、時に。
「?」
 先程、六華が手を止めたところで……しかし音は止まらなかった。
「……っ?!」
 思わず顔を上げた小池の目の前で、六華のほうが驚いた顔をしていた。びく
り、と半ば撥から手を振り解くようにして手を止める。
「…………うそっ……」 
「え」 
 小池の声に、六華がびくり、と視線を上げた。
「……手が、今、なんか……動いて」 
 慌てたように三味線を手から離し、テーブルの上、楽譜の上へと置く。
「…………なんか、勝手に、続きを弾いてしまいました」 
 怯えたような口調の六華を、気遣わしげにみやってから、小池は三味線に手
を伸ばした。確かめるように弦に手を触れる。
 異変は、無い。
「…………でも、この曲に、なにか意味が」 
 改めて楽譜を眺める。
 確かに古い、それも手書きの楽譜、だが、別になんてことはない普通の紙で
あるし、書いてある図も別に異常はない。
「……わからないんですけど……でも」 
 三味線から手を離した時には、紙のように青褪めていた六華の顔は、元のよ
うに血の気が戻ってきていた。二三度開いて閉じて、を繰り返していた手が、
またゆっくりと開き……そして、楽譜をそっと持ち上げた。
「国生さん、ちょっと、弾いてみて下さいませんか?」 
「はい」 
 やはり慣れたように三味線をとって構えると、小池はふっと手を動かした。

 最初は少々物慣れない風に、そして段々といつものように。
 初見とはいえ、今聞いた曲である。大体の流れが分ってくると、音を追いか
けるのは……少なくとも小池にとっては、さほど難しいことではない。曲は一
枚目、二枚目、と流れ、そしていつのまにか最後の楽譜へと移り……
「!」
 そしてまた、彼の手は、楽譜に無い音を弾いていた。

「……これは、一体」
 やはり無理やりに手を撥から離し、一つ息を吐く。
 何とはなし、手に小さな痺れが残っているような気がしてくる。撥を、そし
て三味線をそっと手から離して、小池はもう一度溜息をつき。
 そして、ふと気がついた。

 楽譜の端。非常に達筆な……少々達筆すぎるような筆文字、が。
「え?」
「……何か?」
「ここに」
 指差した先の文字を見て、小さく六華は声を上げた。
「え……何で?」
 先程まで無かった、その文字。
 最初の二文字は……『秘曲』。

「秘曲、月光を……駄目だ、3、4文字は読めません。そして『に変えし』と」
「……??」
「……一部読めませんね」 
「ええ……」
 楽譜を挟んで、身を乗り出す。やはりその文字は分らない。
「……でも、月光、なんですね」 
「ええ」 
 ふむ、と、小さく六華は頷いて腕を組んだ。
「……面白い」 
 一つ頷いた向かいで、小池はまだ文字を読み取ろうとしている。こすれた文
字を眺めていたが、一つ息を吐くと当座はあきらめたようだった。
「……うーん、月光を……何かに変えて」 
「じゃあ、月光を……って、あ」
 窓の外、カーテンを押し開くまでもない。今も雨の音が続いている状態なの
だ。 
「雲隠れにし夜半の月かな……今日は、ダメみたいですね」
 苦笑して、テーブルの上の三味線を手に取る。
「……月の晩に、ですか」 
「ええ。まずそこから、な気がします」 
 丁寧に、三味線を袋に入れる。そっとそれを傍らに置いたところで、六華は
ふと目を瞬いた。
 三味線と、離した手。そしてそこから紡ぎだされた音。
 それが、まだ……繋がっていて。
 そして、まだ空を震わせている……ような……

「六華さん?」
 くるりと頭の中が廻って、手の先から力が抜けてゆく。
 あれ、と呟く前に、肩をしっかりと支えられて……そこで初めて六華は、自
分の体が傾いていたことに気がついた。
「六華さん」 
「え……あ、あれ?」 
 白い髪と心配そうな顔が、思っていたよりも余程近いところにある。六華は
きょとんとした。
「六華さん、大丈夫ですか?」 
「ええ、大丈夫……どうしたんだろ一体」 
 背中をしっかりと支える手。抱えられているのか、と、納得してから、六華
は少々慌てて身体を起こそうとした。
「…………ほんとにどうしたんだろう……」 
 呟いた声は、ふっと途切れた。

「……いま、急に……え?」 
 支えていた手に、ふっと重みが増す。慌てて目をやって、小池は小さく息を
呑んだ。
 六華は、眠っている。
「六華さん?」 
 いや、ただ眠っているのではない。力を急に抜き取られたように……いや、
それも少し違う。

 力を、自ら使い切ったように、だ。

「…………」
 異常は、無い。ただ、例えば一日散々動き回った後に、ぱたり、と布団に倒
れこんだ時のように。
 ぐっすりと、眠っている。
 
「……精気を、喰われた……いや、そんな」 
 喰われた、と称したくなるほど急激に精気を失い、けれどもそれは……同時
に非常に穏やかな形でも、ある。
 まるで、六華自身が、望んで精気を渡したかのように。
「……この、曲、に」  
 
 一体どのような秘密があるのか。
 否。秘密があってこその……秘曲なのかもしれない。

「一体」
 呟いて、小池はもう一度。
 腕の中の六華と、テーブルの上の楽譜とを見比べた。
 そこには……何も無かった。


時系列
------
 2008年11月頃

解説
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 泡白兎の一件後。三味線と、その古い曲にまつわることがらのはじめ
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 てなもんです。
 であであ。
 
 


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