[KATARIBE 32032] [OM04N] 小説『花野の蚊帳・其の一』

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Date: Sun, 28 Dec 2008 01:09:20 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 32032] [OM04N] 小説『花野の蚊帳・其の一』
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2008年12月28日:01時09分20秒
Sub:[OM04N]小説『花野の蚊帳・其の一』:
From:いー・あーる


ちうわけで、いー・あーるです。
以前、OMちゃんねるで、わーきゃー言いつつ練りました、蚊帳のお話。
さてこれが、第一回です。
ふきらん、御頭を大量にお借りしました。

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小説『花野の蚊帳・其の一』
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登場人物
--------
 妙延尼(みょうえんに)
   :綴る手の持ち主。布に手ずから施した刺繍が、魔を祓う力を持つ。
 賀茂保重(かも・やすしげ)
   :陰陽寮の頭。
 酒精
   :酒の精。酒好き。いつもは少女の姿をとる。
 
本文
----


 最初に見たのは、紅の上に重ねた白の衣。その上に長く伸びた髪。
 広がった黒い髪に、満月の光が映ったように輝いていた。

「ほんに……綺麗なこと……」

 まだあどけない声が、感に堪えたようにそう呟くのが聞える。
 明るい、透き通るような声と同時に、細い手が宙へと伸びた。

「こうやって……貴方さまと見る月の、ほんに、綺麗なこと……」 

 月を浴びて青白くすら見えるその細い指が。
 最後に一度、ふわりと大きく開いた。
 月を掴むように……と、彼には、見えた。

 そしてそれが、女を見た最後だった。
 
              **

 よいしょよいしょ、と、酒精の娘が庵の外の道を掃く。
 まだ子供の背丈の彼女にはかなり長い箒を、よいしょよいしょ、と使う姿は
妙に愛らしいと同時になんとも危なっかしいもので、何度か妙延尼やお兼が、
その丈を切り詰めてやろうともちかけているのだが、何故か本人この大きな箒
が大好きらしく、頑として譲らない。よいせ、よいせ、と動かす箒の影が道に
長く落ちている。
 よいせよいせと集めた葉を笊にかき集め、得意げに胸をそらせた酒精の娘の、
小さな頭をぽんぽん、と叩く手があった。
「良く働く」
 きょとんと振り返った娘の後ろに、立っているのは彼女も良く知っている相
手である。
「!」
 お使いをする度にお酒をくれる親切な人、と酒精は思っているわけで、にこ
にこと笑顔を向けた。陰陽寮の長、時に非常に恐れられもする男は、その笑顔
にやはり笑顔を返した。
「妙延尼殿はいらっしゃるかな」
 こくこく、と、言葉の代わりに大きく頷いた少女の頭にもう一度ぽん、と手
をやると、賀茂保重は頷いた。
「お会いしたいが、いいだろうか」

             **
「おや、保重様」
 
 秋の日の暮れるのは早い。灯りが無いわけではないが、しかし縫い物をする
にはやはり日中のほうが良い。その日の仕事を丁寧に畳んで片付けかけていた
妙延尼は小首を傾げた。
「いらっしゃいませ……でも、何かございました?」
 陰陽寮の仕事をよく請け負う妙延尼だが、普通は時貞や平義直が布を持って
くる。陰陽頭がわざわざ足を運んでくるとは、と、一瞬妙延尼も身構えたのだ
が。
「いや……そういうことでは、無いのだが」
 良くも悪しくも飄々としているいつもに似合わず、口を濁した保重は、手元
の包みを前に押し出した。
「これは……?」
「蚊帳なのだが」
 幾重にも折り畳んだ布を取り出す。
「……これは、妙延尼殿の手ではないか?」
「あ……ああ、はいそうです」
 くすんだ緑の、目の粗い布が厚く畳まれている。広げると、まず出てきたの
は桜、淡い紅と白を重ねた花びらが爛漫と縫い取られている。その面をまた開
くと次は細く伸びた葦の葉と蛍、そして次は萩に鹿。段々暗くなりつつある陽
光の元でも、その文様は見事であった。
「はい。私が縫い取り致しました」
 箒を片付けて、竈の前でかたことやっていた娘が、白湯をついで持ってくる。
お兼殿は、と、保重が尋ね、今は野菜を貰いに、と、白湯を薦めながら妙延尼
が答える。
「これを使っていた相手のことは」
「はぁ……お聞きしました。何でも体の弱い姫君で、床に就くことが多いから、
せめて四季折々の文様を見せてやりたい、と」
 時間がかかるし手間もかかる、と言ったが相手は構わぬと言った。だから今、
まだ蚊帳を使うには早い春のはじめに持ってきたのだ、と。
 そのことを語りながら、ふと、妙延尼は目を細めた。
「……使って、いた?」
「流石に」
 勘がいい、と、保重は笑った。
 彼らしくも無く、ひどく疲れたような笑いだった。
「何か、ございましたか。やはり」
「やはり?」
 顔を上げた保重に、妙延尼はこくりと頷いた。
「この蚊帳を仕上げた後に、一度乳母が来られまして……それで」
 思い出そうとするように、暫く口をつぐんで。
「……あれは、確か……そう、梅の実が成る頃だったと思います。私も面白がっ
て、この蚊帳にとりかかったものですから、えらく早く仕上がりまして、それ
でお渡ししよう、とした……時に」

         **

「あのもう一つ、お願いが」
 奇妙に倦み疲れたような表情の乳母が、ぺたりと座って頭を下げたのは、妙
延尼が『蚊帳が仕上がった』と知らせようとしていた時で、偶然とはいえ少々
驚いたことを覚えている。
「と、申されますとどのような」
「はあ……この蚊帳の文様に、あと少し……呪いをかけて頂けない、かと」
「……まじない、を?」
 もともと病弱な姫君の、寝屋の気晴らしに、と縫い取りを行ったものだ。様々
な花や虫、妙延尼としても、病の平癒を願いながらそれらの縫い取りを行った
し、そのこと自体、彼女の不可思議なちからをこの蚊帳に少しく埋め込むこと
に他ならなかった、のだが。
「……あの、申し訳ございません、出来れば……いえ、出来れば、ではなく」
「是非とも、とおっしゃるならそのように致しますが、一体どのような」
 
 鬼に狙われているのだろうか。
 しかしそれならば、乳母がはっきりとそのように言わないのは変である。
 とはいえ、それを尋ねる立場には、妙延尼はおらぬ。

「……あの……ええ、出てゆかぬよう、立ち入らぬよう」
「は」
「そのような……そのようなまじないを、おかけになることは出来ませぬか」
 出来ない話ではない。というより、それは非常に基本的な呪いの文様である。
陰陽師の衣の袖や裾から悪霊が入らぬように、と、彼女はもう何度も縫い取っ
たことがある。
「出来ます……乳母殿は、時間はまだおありか」
「ございますが」
「では、そこで少しお待ちください」
 心配そうな……否、もっとはっきりとした気がかりの故か、青褪めたような
顔の乳母に笑いかけると、妙延尼は針と糸を取った。
「ここにまぎれるように縫い取りを致せばよろしいのですね?」
「あ……ああはい!そうでございますよ!」
 ようやくほっとした顔になった乳母は、それから一刻ほど待って、出来上がっ
た蚊帳を受け取り、そそくさと帰っていたものだ。

              **

 ああ、と、呻くように保重は呟いた。
「やはり最初にここに聞けば良かったな」
「と、申されましても」
 少なくとも自分が知っている以上のことを、その乳母は知っている。わざわ
ざ自分に訊かなくとも、と妙延尼は思ったのだが。
「いや……成程。何となく分ってきた」

 お兼はまだ戻らぬらしく、声をかけられて、酒精の娘が、すっかり冷えた白
湯を暖かいものへと取り替えた。

「もう一度お尋ねするが、それは、梅の実のなる頃」
「ええ。その頃です」
 ああ……と、また、保重は呻いた。
「そこが、では、始まりだったのだな」

 訳が分らず、困った顔をするばかりの妙延尼に、保重はもう一度溜息をつい
た。
「いや、もうしわけない」
「それは全く……しかし保重様、一体」
「いや……もう、全て終わってしまったことだが」

 けれど、と、やはり息を吐き出すように、言葉を継ぐ。
 
「私が……このことを知ったのは、夏の初めだったのだ」


解説
----
 平安時代にもあった、といわれる、蚊帳を始まりとする、話。

*******************

 てなもんで。
 さて、次は時をさかのぼっての話です。
陰陽寮での世間話……ですゆえ、また、お借りしますね。

 であ。
 


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