[KATARIBE 31960] [HA06N] 小説『子狐今昔』

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Date: Sat, 29 Nov 2008 22:58:00 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31960] [HA06N] 小説『子狐今昔』
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2008年11月29日:22時58分00秒
Sub:[HA06N]小説『子狐今昔』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
何かログがあったので、話にしてみました。
ひいさま、こと玉梓と、仙ちゃんの話です。

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小説『子狐今昔』
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登場人物
--------
 玉梓(たまずさ)
  :人と化して長い、狐の姫。妖艶な女性の姿をとる。
 稲荷仙(いなり・せん)
  :かつて仙刃森とよばれた森にいたヌシ狐だった。今は仙狐見習いとして
   いい男修行をしている。

本文
----

 暫くの間、修行をしてきます、と、スキップで出て行った仙が、やっぱりス
キップで帰ってきた。



「……修行修行、と仰るけれど」
 寝坊しました!と走っていった仙は、それでもしっかり朝ごはんだけは片付
けてゆく。後に残る茶碗やお皿は無論、布団の上の脱ぎ捨てた寝巻きを見て、
玉梓は一つ溜息をついた。
「そのうち一体何を習得なすったやら」
 まるで蝉の抜け殻のようなそれを手に取り、ぱんとはたいて畳む。
「ああ、ひいさま、私達がやりますから」
「良いの。私がやります故」
 慌てて寄ってくる侍女達を軽くいなしながら、玉梓はにこりと笑う。

 布団を畳んで、押入れに入れる。洗濯物を出して、代わりに乾いた洗濯物を
畳む。修行に持っていった服は、一応は『洗いました!』との申告がなされた
のだが、残念ながら恐らく手洗い、それも仙の、とつくと、全てもう一度やり
直し、で、結局洗濯機で洗う羽目になっている。
 それらを片付けたところで、玉梓はおや、と、首を傾げた。手を伸ばし、こ
ろり、と転げた何かを拾い上げる。拾い上げたそれを、手の上にかざしてから。
「……おやまあ」
 朱唇が微かに笑みの形にほころびた。
 小さな鞠である。
 綺麗な糸でかがった、模様の一面に入った鞠は、中にゴムのボールを入れた
為に、見かけよりは弾む。しかし恐らく小学生くらいの男の子であれば、物足
りないと思うだろうものである。
 つまり、それはもっと幼い子供向けのものである。
「懐かしいこと……」
 目を細めて、玉梓は呟いた。

           **

 もう既に、数年前のこと。
「……まだ泣いておいでか」
「はあ」
 少々呆れたような玉梓の言葉に、爺は首をすくめた。
「人と化した時に、記憶は薄れた筈であろ?」
「そうなのでございますが……どうやら、哀しい、ということだけは憶えてお
るようで」
 しくしく、しくしく、と、小さな膝を抱えて泣いている子狐の童子。一日な
らともかく、そろそろ4日、ともなると、皆がかなり持て余すことになる。
「……ほんによく泣く子だこと……」 
 呆れたような声に、爺は申し訳ございませぬ、と、背中を小さくまるめた。
「いや、爺のせいではなかろう?」
「そうではございますが……」
「仕方のない」
 言いながら、玉梓は裁縫箱から小さな鞠を取り出した。中にゴムのボールの
入ったその鞠は、もうすっかり色が褪せ、くすんだ色になっている。その上か
ら彼女は、新しい糸をくるくると巻いた。
 最初に黒の艶やかな糸。そしてその上から、紅に緑に蒼に……と、幾重にも
色を重ねて縫い取りをする。

 泣き声は、途絶えることなく聴こえていた。


「ほれ」
 ようやく鞠が出来たのは、その日の午後も暮れかけた頃。
「それ以上泣くと、目が溶けて流れますぞ?」 
 縁側に座り込んで泣く童子の、影は長く伸びている。くすり、と笑って近寄
ると、子供はそれでも目を擦りながら泣く。
「さ、泣かずにおいでだったら、この鞠で遊んでやろ」 
 ころん、と、転がった鞠は、小さく弾みながら子供の膝のあたりに転がる。
 その音に、ふと子供は顔を上げた。
「ほわー」
 泣きはらした目が、それでもぱちりと大きく開く。
「……おいで」 
「ふにゃー」 
 座敷の端に座って、にっこりと手招きする娘を見ると、まだ目を擦りながら、
それでも子供はてぽてぽと近付いてきた。
「ほら、ここに」
 とん、と、隣を手で叩いて示すと、やっぱりてぽてぽ、と、縁側から座敷へ
入り、示されたところにちょこん、と座る。
「おや、良い子だこと」
 頭を撫でてやると、尻尾がぱたぱたと動く。
「ほらもう、泣きませぬな?」 
 大概の男性と、やはり大概の女性が見とれるような笑顔でそう言うと、鞠を
大事そうに抱えた狐の子は、ぴこぴこと耳を動かしながら頷いた。 
「うん」 
 よしよし、と、頭を撫でる。尚更に子供は嬉しそうに笑う。
 その笑顔はあどけない。
「よしよし……ここに来たは偶然でも、後は笑って暮らそうな」 
 小さな身体を膝に抱き上げて、頬擦りする。ふわふわとした柔らかな髪は、
微かに日の光の匂いがした。 
 えへへ、と小さな狐の子が笑う。

 長く長く生きた狐達は、人へと化すという。
 狐のうちは、ただ、生きるのみの彼らは、人と化すことで、人の喜怒哀楽を
学ぶこととなる。それはある意味、ひどく楽しいことでもあり……またひどく
辛いことでもある。
 長く生きた先に、このように化すことを、さて狐達は知っているのかどうか。
 このように、人と成りたくて長い生を生きてきたかどうか。
 けれど。
(色々あったにしろ……こうやって人と化すようになったからには)
「そう、笑っているなら、遊んであげましょうな」 
 にっこりと笑った玉梓を、ほわーと口を開けて子供は見上げていたが、
「たのしゅう過ごしましょうな」
 その言葉に、うん、と元気良く答えた。
「さて、何てお名前か?」
 ぴこぴこと小さく動く耳を、そっと撫でてやると、子供はくすぐったそうに
身を縮める。
 せん、と、小さな声が返った。

           **

(ああそういえば)
 今はもう、すっかり古びた鞠を見て、玉梓はくすくすと笑った。
(あの頃の婿殿の、ほんにかわゆらしかったこと)
 ぴーぴー泣いていた小さな子供の姿が、数日前戻ってきた仙の姿に重なった。
 背も随分伸び、尻尾もふさふさと立派になって。
「もう……この鞠も、忘れておいでかのう」 
 小さくついた溜息に重なるように、ばたばたと足音が聞こえた。
「ひいさま!ただいまもどりましたっ!」
「おや、婿殿お帰りなさいませ」 
 洋服ダンスの前、座っていた玉梓はにっこりと笑って振り返る。
 中学の制服を着た仙が、そこに立っている。
「学校は、どうでありました?」
「はい!久しぶりの学校で、楽しかったです」 
「それは、ようございましたなあ」
 何だかんだといいつつも、仙はとても楽しげに学校に通う。残念ながら玉梓
が幼かった頃には、中学というものは無く……結局このように楽しげに学校に
通う、ということも無かった。
(そりゃあ、面白がって女学校へ行ったことはあるけれども)
 それはもう……既に彼女が百年ほど生きた後のことである。今の仙のように
わくわくと楽しく通うというわけにはいかなかった。
「はい、ただいまです」 
 そんなことを思っているうちに、少年はとことこと近寄って、玉梓の横に丁
度膝を突くように座った。そのまま頬に、軽く唇を付ける。
「おや」
 くすり、と笑って、少し照れたような顔の少年の、頬にキスを返す。
「さ、宿題を先に終わらせなさいませ」
「はーいっ」
「ちゃんと今日は、早く寝て。ちゃんと布団を畳めるくらいに起きなければ」
「はいっ」
 今度は首をすくめて、仙は頷くと、すぐ立ち上がった。
「じゃ、着替えてまいります!」
「はい」
 そのまま廊下を走っていこうとする、背中の辺りがどこかしら。
 泣いていた小さな子狐そのままに見えて。
「あ、婿殿……」 
 これを憶えておいでか、と、訊きそうになって……ふと口を噤む。
(憶えてはおらぬだろうなあ) 
「はい?」
 廊下の途中で立ち止まって振り返った少年に、玉梓はにっこりと微笑んだ。
「……向うにおやつがありますから、召し上がれ」 
「はーーーい!」 
 返事はもう、廊下の先から返って来た。


「……ひいさま?」
「ああ」
 庭の花を摘もうと、花バサミを持ってやってきた侍女が、不思議そうに首を
傾げる。それに玉梓は微笑んだ。
「……早いのう」
「はあ?」
「時の、過ぎるのは」

 不思議そうな表情が、ゆっくりと納得に変わり、侍女は微かに笑ってそのま
ま花を摘みに庭へと降りる。
 すっかりと汚れた鞠を、玉梓はそっと頬に押し当てた。


時系列
------
 2008年秋頃
解説
----
 狐の穴(!)から、修行を終えて帰ってきた仙と、その過去を思い出す
玉梓の風景。
*********************

 てなわけで。
 仙ちゃん頑張れ、頑張れ仙ちゃん(いやなんとなく……)

 ではでは。
 
 


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