[KATARIBE 31949] [HA06N] 小説『泡白兎・13 ver. B』

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Date: Tue, 25 Nov 2008 22:30:16 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31949] [HA06N] 小説『泡白兎・13 ver.  B』
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2008年11月25日:22時30分16秒
Sub:[HA06N]小説『泡白兎・13 ver. B』:
From:久志


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小説『泡白兎・13 ver. B』
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登場キャラクター 
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 小池国生(こいけ・くにお)
  :尚久の親友、正体は血を喰らう白鬼。六華に近しいものを感じている。
 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。

本文
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 喉を潤す雫。

 何十年、あるいはもっと長い間、自ら忌避してきたこと。
 己の意思で、口にした血潮の味。

 それは、とても……甘かった。

 どんな美酒よりも、心から体を潤し満たしてくれた。
 生きている、と。感じた。
 それが人ならぬ者にのみ感じる喜びだとしても。


 彼女が手放したくなかったのは、白鬼たる自らの記憶。

 まるでこちらの様子を楽しむように、薄笑いを浮かべて兎が口を開いた。
「記憶は消さぬ。でもその記憶がさみしさやかなしさを産むというなら、その
さみしさだけを消そう、と言ったら」
 くっと、笑みを浮かべたまま握りこぶしを広げてみせる。
「心を握って、身体を手放した」 

 さみしさを産む記憶。
 かなしさを産む記憶。

 思い返せば、自らの記憶の大半も、かなしさとさみしさで散りばめられては
いないか?
 切ないばかりのさみしさと、苦しいばかりのかなしさと。
 だが、そのかなしさとさみしさとで埋もれた記憶の中にも、小さく欠片のよ
うに光る、忘れえぬ美しい記憶もまた、残っていることを。

「……ひとのこころ、ひとのうごきなぞその程度よ!」 

 違う。

「まことならば、尚更に」 
 記憶を失いたくないと、思ってくれている。彼女の心を。
「……彼女は貴様に渡せない」 
「はッ」
 なおも嘲笑う兎を見据えて逃さない。
 その目の、心の奥にいる、彼女を見透かすように。
「私を生かしてくれたその血、生きることを肯定してくれた……貴方を」 
 鬼たる自分を認めさせてくれた。
 この身が生きることを肯定してくれた、彼女を。
「私は、諦めない」
 迷いはなかった。

 気圧されたか、一瞬動きを止めた兎が目を細める。
 寄せた眉、まるでこちらの心を弄るかのような視線が絡む。

「……諦めずに手に入ったものが、あるだろう」 
 勝ち誇ったかのように、兎が無遠慮な言葉を投げかける。
「泣かずに思い出せるもの。握り締めても構わぬものがあるだろう」 
「…………ええ」 

 眩しい記憶の中。
 光が溢れるような思い出の中、いや、彼は今も自分の傍らにいる。

 だが。
 彼は一度だって、私の手の内にいたことがあるだろうか。

 彼がその手に選んだのは最初から最後まで彼女だった。
 その隣にあるべき者は、幾度時が過ぎようとたとえ儚くなろうと、彼女しか
許されないのだ。
 彼女の隣にいるべきが彼だけであることのように。

 自分は彼の手に選ばれたのではなく、傷ついた彼の為にその場にいることを
二人にしばしの間許されただけの存在であることを。
 いや、もしかすると。
 もはや彼を癒す為、という名目ではなく。彼は私の為に、私が彼の手の内に
いることを許してくれたのではなかろうか。

 弱い、自分の為に。

「……この者には、無い」
 軋むように、痛んだのは、彼女の心か、私の心か。
「長い長い間、冬の間のみ起き上がり、その度に縁を繋ぎ、そして切る……そ
の繰り返しだ」 
 繋いでは、途切れる縁。
 途切れては、寂しさを覚え――断ち切っては、哀しさを覚え。
「なあ。これほど惨いことがあるかね?」 
「……ええ、知ってます」 
 繋いでは切れる糸。
「それがどれほど惨いことかも」 
「そうやって、心だけ痛めて生きるのが……それがあやかしなのか」 
 心が痛まなかったことなど一度としてない。
 あやかしとして生きて、人の世に生きられぬ苦しみと哀しさと寂しさと。
 それでも
「それでも諦めるな、とでも?」 
「ええ、言います。わが身は鬼、惨かろうと」 
 苦しむ者に、その苦しみを知りつつも、投げ掛けずにはいられなかった。

「諦めるな、と」 

 それは、彼女に向けたものか、自分に向けたものか。
 舌打ちする兎がなおも目を光らせ……そして、一瞬迷うように揺らめいた。


「私は……」 
 自らの言葉を噛み締めるように。
「私も……諦めていた、そうするべきだと想っていた……だが」
 降り積もった記憶、その断片に潜んだ痛みがゆっくりと引いていく。
「私は諦めない」 

「……むごいなあ」
 ゆらりと、上目遣いで見上げながら、兎が喉を鳴らす。
「私なら言わんよ。そこまでむごい世界に」 
 この世は、辛く、むごく、かなしく、さびしい。
 長い年月の中で、それこそ染み入るように味わってきた。
「……盾すら持たず、残れ、とは」 

 淡い雪のように降り注ぐ、さみしさと、かなしさと。
 一人、耐えていくには、それはとても辛いかもしれない。

 だが。

「盾になろうなどと、思いあがりはしません」 
 ひとりでは生きられない。
「ならば……」 
 だから。
「共に、耐えて生きましょう。このむごい世界の中を」 
 共にいて欲しい。
 ただ、心から。


「……莫迦なこと言うもんじゃないっ!」 
 響き渡った声は、彼女の声だった。
「何故に」 
「貴方は諦めなかったから、その手に持つものがある!」
 黒い髪を振り乱して、だが、それはまるで幼い子供のようで。
「共に、というけれど……あたしには何もない。貴方と並べるわけもない」
 一度として、自ら手に入れたものは、なかった。
 今いる立場さえ、自ら欲して手にしたものではなく、彼と彼女の想いに甘え
て許されたもので。
「あたしは……あたしは貴方を巻き込む為に、ここに居るんじゃないっ!」
 今まで、自ら進んでその手をとろうとしたことがあっただろうか。
 あるいは身を引いて、あるいは遠ざかって、しかしそのまま立ち去ることも
出来ずにいただけの、弱い自分を。
「あなたは、にぎったものが、ある」 
 その強い言葉とは裏腹に、泣き出しそうな脆さがあって。
「いいえ、私達は知っている。いずれ失いゆくものを」 
 ゆっくりと、手を伸ばす。
「六華さん」
 涙で潤んだ目が、まるで本物の兎のように赤くて。
「この、長くも不安定な道を……むごい世界を」
 先の見えない、この道を。
 この長い、不安定で、時に苦しい世界を。

「……ゆっくり歩いていきましょう、共に」

 握り締めた細く、白い手。
 離したくないと、渡したくない、と。
「だから」
 心から。
 誰でもない彼女に、共にいて欲しい。

「とっとと生きなさい!」

 呪言返しのごとく、投げ返された言葉に重なるように。
 切り裂かれるような悲鳴が響き渡った。


時系列 
------ 
 2008年10月付近
解説 
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 兎と六華、そして白鬼。投げ返された言葉。
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以上。



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