[KATARIBE 31947] [OM04N] 小説『秘曲』

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Date: Tue, 25 Nov 2008 00:11:44 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31947] [OM04N] 小説『秘曲』
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2008年11月25日:00時11分43秒
Sub:[OM04N]小説『秘曲』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
とりあえず書いてます。
鬼舞の刻の話、まだ蚊帳のじゃありません(すいません(えうえう))

とりあえず、でも、浮かんだ話ですので、まとめて。

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小説『秘曲』
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登場人物 
--------- 
  妙延尼(みょうえんに) 
   :綴る手の持ち主。鬼を祓う刺繍を綴ることが出来る。 
  お兼(おかね) 
   :妙延尼の乳母の子。非常にしっかり者で、ついでに怪力の持ち主。 
  童子
   :実は狐。初音の鼓の皮の、その狐の子供。

本文
----


 妙延尼の前には、一つの琵琶がある。
 その向こうには、白い衣の童子が居る。
「これは?」
「これに合う、衣を着せていただけませぬか」
「……衣?」
 首を傾げると、童子は少し笑った。
「衣、というのは変でありましたか。こう……何というのかな。厚めの布で、
これを覆う」
「袋、で良いのですか?」
「ああ、袋。そうです、それを」
 ああ、なるほど、と、妙延尼は頷いた。
「それは出来ますが……」
 使い込まれたことがよく判る、首の部分の色合い。胴の部分の色。それを確
かめながら、妙延尼は少し首を傾げた。
「これほどの品、今までに袋はありませんでしたの?」
「……あった……のかもしれないが」
 童子は苦笑した。
「私は、作ってやりたいのです」
 すっと、居住まいを正して、童子は言葉を継ぐ。
「せめて、この琵琶に」
 
 逢魔ヶ刻の、陽光はもうゆっくりと失速して消えてゆくところ。
 その淡く残る光の中で、童子は静かに口を開く。
「聴いていただけますか、この話を」
 周囲を染める闇の淡い色合いの中で、妙延尼はにこりと笑って頷く。
「無論でございます。お聞かせ下さい」
 童子はにこり、と笑った。

              **

 それは恐らく、最初から伝説となるしかないような話。


 かつて或る鬼が、或る少女と出会った。 
 少女の名は、花野。桜の季節に生まれ、その桜の艶やかさに母がつけた名。
 その花の季節。
 そのうつくしさに、風の柔らかさに、明るい緑のやさしさに。
 鬼は琵琶を抱えて夜の中に立ち、ただひたすらそれらを弾き続けたという。

(それはほんに夢のような)
(出会いからしてものがたりのような)

 気が付くと、目の前に小さな少女が立ち、一心に笛を吹いていたという。


 それからも鬼と少女は、一緒に楽を奏でたという。
 鬼が春の風を思いながら琵琶を奏でると、少女はやはり春の風を思わせる笛
を吹を奏でた。 
 鬼が秋の舞い散る葉を思いつつ琵琶を奏でると、少女はやはりひらひらと舞
う葉を思わせる笛を吹いた。 

 ああうつくしい音だ、と、鬼は思った。 
 ああ優しい音だ、と、少女は思った。 

 少女が夏の空の、そのぽかんとした寂しさを笛で奏でると、鬼はその空に浮
かぶ雲の、白く哀しく浮かぶ様を琵琶で描いた。
 少女が冬の夜の、突き刺さるような鋭い大気を笛で奏でると、鬼はその空に
浮かぶ、星のうつくしさを琵琶で奏でた。

 ああ柔らかい音だ、と少女は思った。
 ああなんと澄明な音だ、と、鬼は思った。

 言葉を交わすことは、さほど多くは無かった、という。
 ああ来たね、今日も来たね、と、その程度。それだけでもう、互いにどちら
からともなく、音を奏でていたのだ、と。

 それでも。
(にいさま)
 少女は鬼をそう呼んだ。
(にいさま。このさわさわと揺れる緑の草の、その音を下さいまし)
 まだ背中の中ほどで、切り分けた髪を揺らしながら。


 そうやって時折会ううちに、いつしか少女は娘となり、やがて男が通うよう
になった。男は裕福であったが……同時に、幾人もの女の元に通っていた。 
 従って、年に数度か、男の通わぬ夜に花野は出かけ、鬼の奏でる琵琶の音に
合わせて笛を吹いた。 

 闇の深さを琵琶が奏でれば、その中に頼りなく光る星の光を、娘の笛が描い
た。
 高い木にぽつりと残る柿の実の赤さを娘が笛の音に乗せれば、その周りを飛
び、くるくると廻る鴉の姿を鬼の琵琶が描いた。

 それでも、娘は己のさみしさ頼りなさを、笛で奏でることは無かった。
 そのことを鬼は、熟知していたのだけれど。

(にいさま)
 やはり変わらず娘は鬼を呼び、鬼は彼女を花野、と呼んだ。
(にいさま、都に流行る曲をご存知ですか)
(ただ一節……この想いは本当でございます)


 花野の元に通う男は決して不実ではなく、花野にとっては優しい相手ではあっ
たが、しかし花野が彼に笛を奏でることは無かった。
(花野殿は、笛を奏でられるとお聞きしたが?)
(いいえ、お聞かせするも恥ずかしいようなものです)

 寧ろ彼女は、片手間に学んだ琵琶の音を男に聞かせ、男はそれで充分に満足
していた。
 決して悪い相手ではなかったのだ。

 ……しかし。
 
 数年の後、花野は深く病んだ。 
 男は文を寄越し、彼女を養い続けたが、病が移ること怖さにか、訪れること
はぱたりとやんだ。

 夏に倒れ、秋を越し、冬に至るまで、鬼は何度もその枕元を訪れ、時に水菓
子をもたらし、時に薬を与えた。

(にいさま)
 ただ一人彼女の乳母だけが残る家の中で、花野は何度もせがんだという。
(にいさま、琵琶を弾いて下さいまし)
(聴かせて下さいまし)
 鬼は望まれるまま奏でたという。

 夏の空を横切る蜻蛉の羽の透明さ。
 ゆっくりと色を変える木々の色合いの美しさ。
 紫に変じる木々の実の色。ぽとぽとと落ちては時に人を驚かす小さな木の実。
 木枯らしの音も、薪の為の木々を集める人々の声も、収穫の祭の日々の、そ
の嬉しげな歌声も。

 それでも。

(にいさま)
 声をかける花野の頬は、どんどんと薄くこけてゆき。
(にいさま、琵琶を弾いて下さいまし)
 伸ばす指も痛々しいほど細くなり。

 ……そして。

 或る冬の夜、花野は言った。自分は恐らく、この冬を越すことはない、と。


 がちがち、と、その牙は鳴ったという。
 己の唇を噛み破り、それでも尚その牙は鳴ったという。
 やりきれなさ、辛さ。ぎりぎりと歯を噛み締め、膝を握り締める鬼に、花野
は一つだけ、辛そうに告げた。

(一つだけ。本当に一つだけ)
 どうした、何だ、と、身を乗り出した鬼に、花野はぽつり、と言った。

(我が名は花野。春の桜の下、産まれた故につけられた名でございます)
(その桜を、もう見ることが出来ない)

 白く色あせた頬に、その時ばかりは血を昇らせて、娘は言ったという。

(愚かなことでございます。けれど)
(あの桜を見ることが出来ない、そのことだけが)


 そして。
 鬼は一週間、姿を消したという。
 無論花野は悔やんだ。何という無理なことを言ってしまったのかと。鬼の身
にも季節を違えてあの花を咲かすは困難、その程度のことは判っていたものの。
 しかし、一週間の後に、鬼は現れた。

(お前に、桜を見せてやろう)

 醜く爪の伸びた指が、花野の頬をそっと撫でたという。
 
(お前に、ようやく見せることが出来るのだよ)
 
 そして、鬼は琵琶を抱えた、という。


 琵琶の奏でる音は優しく、また美しく。 
 澄明な音は花野の笑い声のように高く響いたという。

 共に見た桜。共に奏でた桜。
 夜の闇を圧するほどに、咲き誇る桜の色。

 
 奏でてゆくうちに…… 
 鬼の指から光がこぼれ…… 
 光は桜の色をして……
 
 花野の休む床の周りを、一面に桜の花が覆い、満ちたという。
 伸ばした花野の指の先、ほろほろとこぼれ溢れる花びらに、娘はやはりほろ
ほろと泣いたという。 
 骨まで冷える寒い部屋が、そのときばかりは春のように暖かく柔らかな日差
しに満ちていたという。

(にいさま)

 目を大きく見開いた花野は、ゆっくりと手を伸ばし、散り急ぐ花びらを掌に
受けようとしていた。

(にいさま)

 病み衰えた頬に、幾筋も涙がこぼれていたという。

(にいさま)
 細い、笛のような声が、琵琶の音に乗って響く。
(にいさま、なんとうつくしいこと)
(にいさま)
(にいさま)

 深く、息を一つ吸って、娘は晴れ晴れと微笑んだのだという。

(にいさま、これは春の花野でございますね……)

 その微笑のまま……花野と呼ばれた娘は、息を引き取った、という。

            **

「それが、この琵琶です」
 童子は、そっと手を伸ばして琵琶を撫でた。
「これを弾いていた鬼は、私の友でありました」
 ゆっくりと、懐かしげに。
 その手つきだけで、その鬼がどうなったかを妙延尼は悟った。

「では、その琵琶が……桜を?」
「いいえ」
 にこり、と笑うと、童子はああそうだ、と一つ頷いて、袂から何枚もの紙を
引き出した。
「これが、秘曲」
「……とは?」
「この曲こそ、友が作り奏でたもの」
 ゆっくりと部屋に満ちた闇の中、童子の目だけが光る。
「この曲は……友のいのちを糧に、桜を生み出すための仕掛けです」

 どのようにか、その曲が作用して、鬼のいのちを吸い取り、花に変えたのだ
という。
 
「彼は、花野の居らぬ世に、永く居ようとは思っておりませなんだ」
 寂しげに、童子は呟いた。

 それで、と、妙延尼が呟き、童子がああ、と笑顔になる。
「もう一つ、お願いがございます」
「と、申されますのは?」
「この楽譜を、どうにかして保っておきたいのだが……どうすれば宜しいか」
 袋に入れれば端が擦り切れる。もしかしたら鬼の書いた文字が消えるかもし
れない。
「その知恵が私にはございませなんだが、もしかしたら妙延尼殿ならば、と」
「…………さて」
 唐突に言われても妙延尼にもそうそう良い知恵があるわけではない。考え込
んだところに、丁度白湯を入れ替えてきたお兼が声をかけた。
「ひいさま。そしてお客人、ちょっと思うことがございますが」
「ほう?」
「なあに、お兼?」
「これは私の考えですが……こう、薄い板がございますね。薄く削いだ板が」
 ふむ、と、童子が腕を組む。
「その板を二枚集め、表面にひいさまの布を貼るのです。その二枚でこの紙を
挟み、綴じれば宜しいのでは?」

 暫しの後、ぽん、と、童子は手を打ち、満面の笑みを浮かべた。

「あ、けれども」
「何かな」
「その曲は、その……鬼の命を吸い取るようなものなのでしょう?」
 きちんと座ったまま、けれどもお兼は心配そうに言った。
「それをこのように残して、大丈夫なのですか?」
「それは……問題ない」
 にこり、と、童子は笑った。
「この曲は本当の意味で、達人たる者たちにしか奏でられない。もしそれ以下
の腕の者が弾いても、命を削り取る節にまでは行き着かぬ」
「はあ」
「それにもし、そのような巧者がこれを奏でたとしても、彼らならばこの曲が、
弾けば危険であると判るだろう」
 その上で弾くと決めるのは、彼らの勝手である、と、童子は言い、少々不満
そうな顔のまま、それでもお兼はこくりと頷いた。


「……ところで、一つ私もお聞きしたいのですが」
「何でしょう?」
 熱い湯をこくり、と飲んで童子が首を傾げた。
「その、花野様の笛は……今何処に?」
「恐らくは姫の寝間に残っているか……いや、もしかしたら姫の墓に一緒に埋
められたか。しかし何故?」
「いえ、もしできれば」
 ちょっと気恥ずかしげに、妙延尼は一度口を噤んだ。
「……出来れば、その笛とこの琵琶、一緒の衣に入れてやりたい、と」

 鬼と人。人と鬼。
 共に暮らすことは出来なかったろう。けれどもこの音ばかりは。

「この音ばかりは一緒にしてやりとうございます」

 いつの間にか腕を組んでいた童子は、一つ頷いた。


            **

 その後、どこからか童子が探してきた笛と琵琶は、錦の布の上に改めて刺繍
を施した袋の中に一緒に収められた、という。
 そして、鬼の残した秘曲もまた、薄い板に挟まれて、丁寧に布にくるまれた
という。

「有難う」
 そう、童子が頭を下げた夜、桜は夜を圧するかの如くに咲き誇っていた。

            **

 かつて、琵琶の曲であった『秘曲』は、永い時を生き延び、幾人かの演者に
よって奏でられた、という。
 その後その曲を聴く機会のあった或る三味線の演者により、三味線の曲とし
て、蘇った……という。 

 ……そして、それはまた……別の話である。


解説
----
 命を紡き、或る形と成す、秘曲。
 その鬼舞の刻版。

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 てなもんで。
 であであ。
 
 



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