[KATARIBE 31943] [HA06N] 小説『振袖』

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Date: Mon, 24 Nov 2008 21:54:07 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31943] [HA06N] 小説『振袖』
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2008年11月24日:21時54分06秒
Sub:[HA06N]小説『振袖』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ログたまってます。
話にしてます。
…………(がっくり)<死ぬな!まだログはあるぞ!(鬼)

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小説『振袖』
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登場人物
-------- 
 小池国生(こいけ・くにお)
  :尚久の親友、正体は血を喰らう白鬼。六華に近しいものを感じている。
 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。花魁だった過去を持つ。本宮尚久宅にて下宿中。

本文
----
 
 その衣は、小池の部屋の畳の間に置かれた衣桁に、ふわりとかけてあった。

「うわ、見事なものですね」
「ええ、そうなんですが」
 何となくその答えにあやふやなものがある。不思議そうに振り返った六華に、
国生は困ったような笑顔を向けた。
「もともと、これは、本宮家のものなんです」
「あら」
「これを貴方に、と彼が」
「……え?」

             **

 そもそも、この着物を小池が尚久から受け取ったのは、彼らがまだ大学生の
頃のことである。
「これはね、昔。僕の祖母が作らせたものなんだよ」 
 学祭での出し物。いいものがあるよ、任せてくれ、と言っていた彼が抱えて
きた包みを開けると、そこに広がったのは溜息の出るような見事な着物だった。
「……ええ、これは……随分と立派な」 
 指で軽く触れるだけでも判る、とても質の良い絹の手触り。深みのある朱を
基調とした染め。絞りに刺繍、金糸銀糸に彩られたその見事な色合い。
 着物の良さは良くわかる。溜息をついた国生に、尚久はちろっと悪戯っ子の
ような表情を見せた。
「でもこれはおばあさまが着るためのものじゃなくてね」 
「……はい?」 
「当時、僕のおじいさま……本宮の当主の愛人だった京都のそれはそれは綺麗
な芸子さんに手切れの品としてあつらえさせたものなんだって」 
「…………それは」 
「おばあさまなりの宣戦布告、ケジメというやつだね」 
 とにかく普通の人が、軽く手に入れられる品ではない。それを手切れの品と
して贈ったという本妻と、贈られた愛人。
「これを贈られた芸子さんは……この着物を見て『お気持ち、ようわかりまし
た』といって、そのままこの着物をつきかえして」 
「……はい」 
「それっきりだったらしいよ、おじいさまとは」 
 くすくすと尚久は笑う。

「…………ですが、なんでそんな品がここにあるんですか」 
「うん、だって綺麗じゃないか」 
 おい、と、内心思いっきり突込みを入れた国生に気が付いているのか居ない
のか、尚久はにこにこと言葉を続ける。
「あれっきりね、ずっと箪笥の肥やしになっていたんだよ。そんないわくつき
だから誰も袖を通そうとしないし」 
 そりゃあ当たり前だろう、と、国生は思う。本妻と愛人の対立の記念、それ
も双方一歩も引かなかっただろう証の品。
 それでなくても一歩間違えばそのまま美術品で衣桁にかけたまま硝子の向う
に飾られそうなものなのだ。 
 着るにはそこそこの覚悟がいる。
「で、もったいないから今度の紅雀院の映研の出し物で」 
 使ったらいいよ、とにこにこ顔で渡されて、国生は溜息をついた。
「…………なぜ私なんですか」 
「麻須美は着物よりドレスが似あうし、君は着物が映えそうだから」
 そういう問題じゃないだろう、と、四方八方から突っ込みが入りそうな言葉
だが、無論ここには突っ込む人間が居ない。
「…………よく許してもらえましたね」 
「そんなわけないじゃないか」 
 無論無断で持ってきたよ、と、あっけらかんと言われて、国生はがっくりと
脱力した。
「…………君は」 
「まあまあ」 
 そしてその笑顔に……負けると決まっているのだ。

            **

「それから暫く預かっておいて、と言われたんですが、返す前に彼が麻須美さ
んと駆け落ちして」
「……そのまんま、国生さんのところに?」
「返すに返せませんで」
 預かりものだは、そもそも尚久のものというよりは本宮家のものだは、これ
ほどいい品を捨てるわけにもいかないは、で、結局彼が保管していたのだ、と
言う。
「……そうやって保管する人だから、預けられるんですよ」
「かも、しれませんが……」
 溜息交じりの声に、やっぱり溜息交じりの応えが戻る。
「でも、何でそれを私に?」
 はぁ、と、小さく息を吐くように国生は答える。
「貴方になら、似合うだろう、と」

            
『元花魁だもの、きっととても映えると思うな』 
『そ、それはそうですけど……』 
 漆黒の真っ直ぐな髪に、白い肌。昨今珍しいほどの着物の似合う美貌は、確
かにこの着物を着こなすに足るだろう。
 が、それにしても、そんな曰く付きの着物を……と、言い掛けた国生の言葉
を尚久は遮る。
『それにね、この着物の襟ぐり……白くくるんであるけど中は赤いんだってお
ばあさまは言っていたんだ』
『え?』 
『真っ白な襟の下に……血のしぶくような赤い血潮を秘めた、女の心、だとね』
『…………』 
『彼女に相応しくないかな』
 元々は花魁、その時代の人間らしく彼女の背は低い。黙っていれば人形のよ
うに整った顔立ちに、しかし相手を跳ね返すほどの覇気が宿る。
『……そんな、斬りあいの証でもあったと思うんだ」 
『はい』 
 二人の女が真っ向から切り結び、そして或る意味では互いを認めて刀を引い
た証の品。
 それならば、彼女には映えるだろう。
『きっと、喜んでくれると思うな』
『そうですね……』


 そんなやり取りを簡単に語った国生の言葉に、くすくす、と六華が笑った。
「……ある意味、戦闘服ですわね」
「全くですね」 
 こわいこわい、と、小さく頭を振った国生の仕草に、六華はまたひとしきり
笑った。
「でも、私には丁度いい」 
「……気に入っていただけましたか?」 
「ええ、とっても」 
「正直迷いましたが、着てこそが華と思いますし」 
「……強い女性、二人が斬り合った、その間の火花のようなものですもの」 
 ふわり、と着物に指を走らせる。
 恨みや憎しみ、そういったものはもうこの衣には宿っていない。

「あ、そうだ。ちょっと着てみていいですか?」 
「ええ、是非」 

 襦袢や長襦袢、足袋や草履。それこそ一式揃っているのだという。それを受
け取って部屋を借り、くるくると身に纏ってみて……六華は改めて溜息をつい
た。
(これはまた……)
 ずっしりと重い絹の手触りも、これだけの時を経てもしっかりした刺繍の縫い
とりも。
(並のものじゃないわね)
 それでも。
(着た事が無いわけじゃない)
 口元が笑い未満の形に歪んだ。


 着物を纏い、そろそろと戻る。扉を開けた音に振り返った国生が、目を丸く
した。
「……どうですか?」
 ふわり、と身を翻して笑いかける。白い鬼はほっと息を吐いた。
「綺麗です……」 
 言ってから、慌てたように言葉を継ぐ。
「とても……すみません、いい言葉がでてこなくて……本当に綺麗です」
 慌てた口調に、六華はくすくすと笑った。
「着物を褒めて頂いているにしても、嬉しいです」
「いえ」
 尚更に慌てた口調で否定が返った。
「……着物を着た、貴方が、綺麗です」
「…………」
 ちょっと虚を突かれて、六華が口をつぐんだ。


 綺麗な人だったよ、と、尚久は言う。そりゃあもてたものだ、とも。
(そういう人がどうして)
 自分の魅力に気が付かずに居るのか。
「……ほんにもう……」
 袂で口元を隠して呟いた声が聞こえたのかどうか。
「…………あの、本当です」 
(そういうことを、そんな真剣な顔で言うからっ……)
 袂で半分、顔が隠れているのが有難い、と、六華は小さく溜息をついた。

「もっと気の利いた言葉が言えればいいのですが……」 
「……それは勘弁して下さい……」 
 これ以上そんな、口説きに近いことを言われた日にはいたたまれない。溜息
混じりに言うと、白い鬼は困ったように頷いた。
「……はい」 

 なんでそうも、心臓に悪い顔になるのだ。

「っていうか、国生さん!」 
「……は、はい」 
「どうしてそう…………心臓に悪いことを、言うんですか……」 
 真っ赤になった六華の言葉に、相手はひどく真顔で言い切る。
「……いえ、その、本心ですから」 
「!」 

 どうして判ってくれないのか。
 どうしてそんなことを真顔で言い切って……

「……もうっ!」
 手を広げて。
 ほんの数歩の距離を、一気につめて。
 抱き締めても、多分その意味なんて判りはしない相手に。
「…………どうしてこんな性質の悪い人」 
「……あの」 
 おろおろとした声が、尚更にやりきれなかった。
「知りませんっ」 
「…………はい」 

(一緒に、長い時を)
 その言葉の意味が、時折判らなくなる。
 長い時を越えてゆける仲間だから、人とは違って、この人の元を去らない者
だからか。
 
(着物を着た、貴方が、綺麗です)
 麻須美が去り、そしていつか尚久が去る時に、この人が泣かないように。
 この人の隣で護れるように。

 それは、多分。

(あいつと、付き合ってんの?)
 尋ねたらこの人はなんというのか。
 そのことを知りたくないと思う。
 本当に……本当に、知りたくない、と。

 
 ふと、頭の上に手が置かれた。
 背中に回されるもうひとつの手。そして何度も頭を撫でる手。
「………………」
 そのぬくみが尚更に切なくて、六華はしがみついた手に力を込めた。


時系列 
------ 
 2008年10月付近

解説 
----
 『雪上臈』の続き的な時間帯。
***********************************

 というわけです。
 であであ。
 
 


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