[KATARIBE 31922] [HA06N] 小説『泡白兎・12 ver. B』

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Date: Fri, 21 Nov 2008 22:31:32 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31922] [HA06N] 小説『泡白兎・12 ver.  B』
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2008年11月21日:22時31分32秒
Sub:[HA06N]小説『泡白兎・12 ver. B』:
From:久志


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小説『泡白兎・12 ver. B』
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登場キャラクター 
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 小池国生(こいけ・くにお)
  :尚久の親友、正体は血を喰らう白鬼。六華に近しいものを感じている。
 本宮麻須美(もとみや・ますみ)
  :本宮尚久の妻、一年前に死亡。かつて小池が恋焦がれていた。
 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。

忘れえぬ
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 初めて彼女と出会ったときも、桜が舞い散る中だった。

 さらさらと、零れ落ちる桜の花びら。
 寄り添った彼女の体はか細くまるで春の風に溶けてしまいそうで。
「小池さん」
「はい」
「お願いをしてもいい?」
「なにを、ですか?」
 桜の舞い散る中で、あの人は出会った頃と少しも変わらぬ穏やかな笑顔で自
分を見つめていた。
 流れゆく命を辛うじて留めながら、その真摯な目は痛いほどに真剣で。
 ずっと仕舞い込んだままの痛みが今更のように胸に沁みる。

 あの人は、本当に美しかった。

「小池さん…………もし、私が……儚くなってしまったら」

 耳を塞ぎたかった。彼女の口から聞きたくなかった。
 それでも彼女は力なく微笑みながら、それでも真っ直ぐに顔を上げて。
「貴方が、あの人を支えてあげて」
「…………麻須美さん」

 彼女の隣にいるべきは彼。
 彼の隣にいるべきは彼女。

 その片割れを失った時、彼を少しでも支えることができるなら。
「きっと……あの人はすごく辛い……寂しくて、悲しくていくつになっても
甘えん坊で、寂しがりな人だもの」
「ええ、知ってます」
「都合のいいことを言ってるって、わかってるの。でも、お願い、あの人を」
「はい、約束します」
 花が綻ぶような笑顔が僅かに涙で霞んだ。
「ありがとう、小池さん」 
 頬に触れた冷たい手。
 この手を、少しでも暖めてあげたかった。
「貴方に分けてもらった命、本当に感謝してるわ」
「…………はい」 
 涙が零れそうになるのを必死で堪えながら。
 頬を撫でる手がそっと離れ、替わりに頬に触れる柔らかな彼女の唇。
「ありがとう」 
「約束します、麻須美さん」 


願い
----

「ひともあやかしも、不幸になるために生まれてはいないだろう」 
 六華の姿で、兎が咆えるように言葉を吐く。

 生まれ出でたもの、ひともあやかしも。
 その幸福を願う権利はあるはずだ。

 彼女にも。

 そして…………自分にも。

 失いゆく苦しみから逃れたかったか?
 人として共に老いていきたかったか?
 一人残されて、無常に流れていく時間の中、刃で心を削ぎ落とされていくよ
うな寂しさを、いつ終わるとも果てぬこの世を生きていかねばならないのかと。

 舞い落ちる桜の花、儚げに微笑む麻須美の笑。
 茂みから顔を出した、やんちゃ坊主のような尚久の笑顔。
 胸の奥に残った痛みを抉る兎の幻視。

 だが。

「何故、抵抗する!」 
「私は」
 胸を撫でた。
 彼女と、彼と過ごした、日々。
「ほんに判らぬ。取り返せぬ過去を、どうしてそうも慕うのだ!」
「……取り返せぬ、手を離すこともできぬ過去……だが」

 このまま時間が止まればいい。
 あの頃何度、心によぎったことか。
 この終わらないうららかな春の日が、夏の日の眩しい午後が、秋の夕暮れの
枯葉舞う頃を、冬の夜の沁みこむような長く心地よいひと時が。

 永遠に、続けばいいと。

「その過去は……私には、私達のような者には……かけがえのない、宝」
「手を離せ、とは言っておらんだろう!」 
 激昂する声が響く。
「手を離せとは言わない。忘れろとも言わぬ。ただ……そこで泣くような、
その偏りを消せといっておるのだ!」
 理解しあえぬ、隔たり。今更のように納得する。
 激昂する兎に対し、奇妙なほどに落ち着いてくる自分を感じている。
「偏りか、貴様にはそう映るか」
「映る」
 噛み付かんばかりの言葉を吐き、口元を歪めて勝ち誇ったように笑った。
「見てみよ。このもの、何故私に身体を渡したと思う」
 眉間を寄せる。
 兎を恐れてはいない、だが。彼女が何故、己の身を兎に渡したというのか。
「過去を消せとは言わぬ。ただ偏りを消すか……身体を渡すか。消したほうが
いいと判って尚、この者は心を握っておるわ」
「……まだ、心は渡していない、と」 
 胸に詰まった重みが軽くなっていくのを感じる。
 彼女はまだ彼女である。
 その事実が、嬉しかった。
「だから! 渡せと私は言っていない!」 
「黙れ」
 想い通りにならぬことに腹を立てる幼児のような兎を睨み据える。

「詭弁だ、兎」 
「っ……何が、詭弁だ」
 一瞬、怯んだような目で。だが負けじと言葉を続ける。
「時間が経てば忘れるものを、その忘れるさえ嫌だというて、自分を不幸に貶
める。それが偏りでなくてなんだ!」 
「時の流れも、置き去りにされゆく想いも……それを苦しむことも真実」 
 無常なる時の流れの中で。
 移りゆく人々を見つめながら、その物悲しさや儚さを苦しいと思ったことは
一度や二度ではない。
「だが、それこそが、その矛盾を抱えてこそ……人であり人であらぬ者だ」 
「……はッ」
 鼻を鳴らして、眉を吊り上げる。
「ひとで『あらぬ』者を入れたは正しいな……そうだな。死んだ者は、既に
ひとの世を離れておる」
「貴様の言葉の正しさなどどうでもいいのだ、私にとっての……理由は」

 何故、自分がここにいて。
 何故、対峙しているか。

 その理由は。
 ただ一つ。

「彼女だ」 

 ぴんと張り詰めたように強くて。
 しかし硝子細工のように儚くて。
 麻須美とも尚久とも違う、彼女を。

 真っ直ぐに目を見て「生きろ」と言った彼女の姿が、言葉が。
 脳裏に焼きついたまま、離れない。

「彼女?……この兎?」 
 ぽかんとした表情を浮かべ、すぐさままた笑みを浮かべる。
「……ほらみい」
 勝ち誇ったように胸に手をやり、半目が睨みつける。
「ひとは……ひとに近いものは、こんなに簡単に不幸になるだろうが」 
「それは、不幸か?……ああ、私はむごいのかもしれない」 
「うむ、むごいともむごいとも」
 満足げに頷きながら、勿体つけるように仰ぎ見る。
「なあ」
「なんだ」
「この兎が、何を庇っていると思う」

 眉を寄せる。
 その反応を楽しげに見ながら、あざ笑うように口にしたのは。

「お前の記憶だ」 


時系列 
------ 
 2008年10月付近
解説 
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 国生、兎との対峙。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。



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