[KATARIBE 31908] [HA21N] 小説『虚ろな少女』

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Date: Mon, 10 Nov 2008 01:29:10 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31908] [HA21N] 小説『虚ろな少女』
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2008年11月10日:01時29分09秒
Sub:[HA21N]小説『虚ろな少女』:
From:久志


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小説『虚ろな目の少女』
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登場人物
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 佐上銀二(さがみ・ぎんじ)
    :妖刀を携えた吸血鬼。下賎な氏族の一員。
 ウヤダ
    :腕利きのハンター、元吸血鬼狩り組織に身を置いていた。
 キャリー
    :「陽気な爆弾」サーカスに攫われ殺人兵器に仕立て上げられた。
 陣内蒼助
    :スイーパー
 天海眺界(あまみ・ちょうかい)
    :手の目。
 立川香方(たちかわ・かなた)
    :迷惑代行。キャリーを拾ったらしい。

硝子の瞳
--------

 『それ』を最初にこの店に連れて来たのは誰だったか。

 片隅に置かれたテーブル席のソファの上で、両手を膝に乗せ足を揺らしてい
る仕草、時折小首を傾げて瞬きしながらあたりを見回す目は一つ。
 右目があるはずの場所は前髪で覆われ、その奥の光をうかがい知ることはで
きない。右腕は二の腕の半ばから先がなく、スカートから伸びた黒いタイツに
包まれた足は針金のように細く、ほっそりとした体はその年の頃を余計に幼く
見せている。
 常人はまず立ち寄らない『その手の稼業』を持った者が集うこの店にはあま
りにも不似合いな少女の姿。だが多少目端のきく者なら一目で違和感を感じる
だろう、この少女の不自然なまでの笑顔と、ガラス細工のように己の意志の欠
片もない瞳に。

 少女を物珍しげに取り囲む常連達、その中にはウヤダの飲み仲間の姿もちら
ほら混ざっている。人としての感情をまるで映さない目、ウヤダには馴染みの
ある屍の目。
 だからなのかもしれない、いつしかフラスクを片手に取り囲む輪に混じり、
少女の処遇について語らう内容に耳を傾けていた。

「なんだか知らんが拾った。天海、あと頼む」
「ちょっと待て!いきなりそれは無いだろう!」
 人のいい連中が、まるで拾った猫をどうするかと言わんばかりのやり取りを
適当に聞き流しながら。

 喧騒の中、ウヤダは何故か吸い寄せられるように少女の姿を見つめていた。
 己の行く末について語る言葉の意味を知って知らずか、あるいは何もそも意
味を問うことすら出来ないのか。
 少女は足をばたつかせ落ち着きなくあたりをキョロキョロと見回しながら、
貼り付けたような作り物めいた笑顔に抑揚のない声で笑っていた。

 きしり、と。
 こめかみの奥で何かが内側から何かが引っかくような奇妙な感覚。だがそれ
は不快でも苛立ちでもなく、内側にある何かが騒ぐような。
「キャハハ」
 疼きに重なるように甲高い笑い声が響く。

 前髪に覆われた右目、薄暗い店では判りづらいがその下に光はない。二の腕
半ばからない右腕も人為的に落とされたものであることは明らかで、この少女
が一度として真っ当な生き方をしていないことはこの場にいる者すべてが理解
していた。
 人の意志を捻じ曲げられ、利用された末に廃棄された行き場のない姿。
 意志もない揺り動かすのものもない貼り付けられたような笑みが。
 生きながら死んでいるものの目。
 ウヤダにとってはよく見知った、懐かしい目でもあった。

 同じ目をしている。
 かつてウヤダがファミリーと呼び、その手で殺していった兄弟達と。

 無造作にこめかみを掻きながら、フラスクから一口ウィスキーを口に含む。
頭の奥に響く疼きはまだ収まらない。

「随分と見入っているじゃないか、ウダヤ。惚れたか?」
 いつの間にか加わっていた蒼助の聞きなれた名の言い間違いを正すこともな
く、口を開く。
「違うな、女はもう懲りた」
「そうか」
 無感情な男に振り向く事無く、もう一口フラスクを傾ける。
 淡々とした蒼助の言葉、半分は聞き流しつつももう半分がどこかで図星を指
されたような苦味が後を引く。
 響く、少女の笑い声。
 いつしかこめかみの疼きはゆっくりと喉を下って胸の奥へじんと沈んでいく。
言葉で説明できない、感覚としか言えない、ただじわじわと沁みこんでいくよ
うな不可解な何か。

 この娘は何者か。

「何じゃあ、お前さん行くトコ無いのか? じゃあワシんトコ来るか?なーん
にも無いがのぅ」
 ふと聞こえた声にウヤダが顔を向ける。
 少女の傍らに屈んで顔を覗き込んでいるのは、一度仕事で出合って以来何か
と縁のある吸血鬼、銀二だった。
「のぅ嬢ちゃん、お前さんはどうしたいかの?」
「シタイ? ワカラナイ」
 覗き込む銀二に小首を傾げながら、笑みを浮かべた表情を崩すこともなく。
「問うだけ無駄だろう、恐らく意思や望みは……はなから無い」
 銀二がふと驚いたようにこちらを見た。
「キャハハハハ」
 ウヤダの言葉の意味を知ったか知らずか、少女が笑う。銀二の隣でこの少女
を連れてきた香方が頭を掻く。
「ってもよぉ。放っとけなかったんだ、心情的に」 
「ならば最後まで引き受けろ」 
「あぁ?まー俺は良いんだけどよ……銀二、本当に頼めるか?」
「おう。昼間、カンオケのフタを開けなけりゃ別に構わんぞぃ」 
「本気か?」
「おぅ」
 くしゃっと少女の頭を撫でて笑う。
「俺も、たまに様子見に行くからよ」 
「酔狂だな」
 フラスクをもう一度傾けようとして、ふと、少女を見る。
 にこにこと笑顔を貼り付けたまま、ウヤダの目を見てちょんと首を傾げる。

 こめかみが疼く。
 内側から引っかくような不可解な感覚。

 くるりと手にしたフラスクの向きを変えて、少女の前へと差し出した。
「飲むか?」
 突然目の前にだされたフラスクを見て二三度目を瞬かせてウヤダと見比べて。
そのまま笑顔を崩す事無く受け取って一気に呷る。
 まるで酔ったそぶりもなくカラになったフラスクを振って甲高い声で笑う。
「……ウダヤ、そいつは未成年じゃないのか」 
「キャハハ」
「未成年どころか、人であることすら怪しいだろう」
 すっかりカラになったフラスクを振って、小さく息をつく。
「まあどうでも良い」
 蒼助の言うとおり、どうでもいいことのはずだ。
「どこにでも、似たような者はいるものだな」
「こんな場所で集っている。少なからずそう言う人生だ……しかたがない」
「そうだな」
 フラスクを胸ポケットにしまい、顔を上げる。

「ヨロシク ギンジ サン」 
「おぅ、こちらこそ宜しくなぁ」 
 他人事であるはずの少女と銀二の姿を見送りつつ。

 こめかみの疼きは、少女の姿が見えなくなるまで消えなかった。


時系列と舞台
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 2008年10月
解説
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 ウヤダ、キャリーとの出会いに感じる、説明のできない何か。
 BGM:『シカラムータ / 生蝉』 
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以上


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