[KATARIBE 31907] [OM04N] 小説『鼓待つ身・下』

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Date: Mon, 10 Nov 2008 00:52:13 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31907] [OM04N] 小説『鼓待つ身・下』
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2008年11月10日:00時52分13秒
Sub:[OM04N]小説『鼓待つ身・下』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
何とか週末、これだけは!と。

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小説『鼓待つ身・下』
===================
登場人物 
--------- 
  妙延尼(みょうえんに) 
   :綴る手の持ち主。鬼を祓う刺繍を綴ることが出来る。 
  お兼(おかね) 
   :妙延尼の乳母の子。非常にしっかり者で、ついでに怪力の持ち主。 
  すすき(−)
   :あやかし。むじな。妙延尼の作った頭巾を常に身に着けている。

本文
----

 その衣に、妙延尼は幾つもの文様を縫い取った。
 無論、寒さや風を防ぐという文様は、衣の袖や裾、そして襟のあたり一面に
色を変え形を少しずつ変えて縫い取ってある。しかしその他にも背の辺りには
護りの文様、そしてその両側には『幾久』の文字。
「ひいさま、それは?」
「この前、言っておいででしたろう。まだ長く待たねば、と」
「……それで、その文字ですか」
 妙延尼が衣を作る際には、お兼もまた忙しくなる。糸を揃え、布を断つ手助
けをし、縫い終わった衣にひのしをかける。当然酒の精の娘も、お兼にどんど
んと使われることになる。
「疲れた?」
 水を汲み、縁側を拭き清める。枉げていた背中を伸ばして、はーと息を吐い
た少女に妙延尼が声をかける。
「?!」
 ぴょん、と飛び上がった少女は、ぶんぶん、と、しきりに首を横に振る。
「大丈夫?」
 今度はこくこくと、やはり大袈裟なくらいに首を縦に振る。その仕草を見て
いるうちに妙延尼はふと気が付いた。
「お前……もしかして、あのお客人のことを知っているの?」
 問いに、少女はやはり大きく頷きかけて……そして唐突に、首を横にぶんぶ
んと振った。
「……お前、嘘が下手すぎるわ」
 ほう、と溜息をつくと、少女はもじもじと手ぬぐいを引っ張り出した。
「まあ……悪いあやかしとは見えなかったし。黙っておきたいならこれ以上は
訊きませぬよ」
 ほっとしたように頷くと、少女は慌てて手ぬぐいを掴み、駆けて出て行って
しまった。
「……ひいさま」
「ええ」
 どうやら奥の間で聞いていたらしいお兼がひょいと顔をだした。
「一体どのようなあやかしなのでしょうね、この前の客は」
「さあ……でも、どうしても、人に悪事を働くようには見えないのよ」
「…………私、あやかしは苦手ですが、確かにひいさまの仰るとおりだと思い
ます」
 考え込みながら言ったお兼の言葉に、妙延尼は一瞬目を丸くした。
 実際、妙延尼のことを思うせいか、お兼は庵に来る大概のあやかし達を目の
仇にする。すすきや酒精などについても、未だにどこかつんけんとして扱う。
(その割に、可愛がっているのが……お兼もねえ……)
 ほぅ、と溜息をついた妙延尼を、お兼は不思議そうに見やった。

            **

 人とあやかし。とりあえずの協力体制(?)の元、約束よりも一日ほど早く
衣が縫いあがった。
「おお、はやくできたぞ、よかったぞ」
 このところ、毎日訪ねてきては、それとなく(すすきとしては)何時出来る
かを尋ねていったすすきが、大喜びで跳ねた挙句大急ぎで客人を連れてきたの
は、やはりその日の夕刻である。
「これで宜しいでしょうか」
「おお、これは見事な」
 二色の布をうらと表に使い、表は白、裏は二藍、文様は布と同じ色で細かく
施されている。
「着てみても、宜しいでしょうか」
「無論です。もし具合が悪ければ、今直しますので」

 ふわり、と、童子は衣を手に取り、やはりふわりと身に纏った。
「にあって、おいでじゃ」
 嬉しそうにすすきが言い、隣に座った酒精がやはりぱちぱちと嬉しそうに手
を叩いた。
「これは確かに、文様が効いている……背が暖かい」
 嬉しそうにあちこち触れていた童子の手が、ふと止まった。
「……いくひさ、いくひさ……と?」
「あ」
 朧な夕暮れの光の中で、童子の表情はやはりよく見えない。しかし、声の調
子ががらっと変わったのは明らかなので、妙延尼は少々慌てた。
「余計なことを致しましたでしょうか?」
「いや……返って嬉しく思います」
 ふわり、と袖を翻すと、童子はぺたりと座った。
「有難う」
 深々と頭を下げる。妙延尼もそれなりに驚いたが、それ以上に驚いたのは二
人のあやかしで、あわあわ、と、童子を見たり妙延尼を見たり、を繰り返した。
「これで私も……待てます」
 にこり、と笑った童子の顔は、そのとき不思議なほどはっきりと妙延尼の目
に映った。
 色白の顔。かすかに縁が赤く染まった、切れ長の釣り上がった目。
(……狐?)
 ふっと浮かんだ言葉に、妙延尼自身が驚いていると……童子のほうがにこり
と笑った。
「はい。そのとおりです」
 横で聞いていたお兼はきょとんと目を丸くする。それとはまったく別の理由
で、妙延尼もまた目を丸くした。
「……宜しいのですか?」
「はい。この衣を作ることの出来る人になら、私が何かを知られても構わない」

 すっと童子は背を伸ばした。

「初音の鼓を、ご存知だろうか」
 その言葉に、今度こそ妙延尼とお兼は、同じ理由で目を丸くした。

 桓武天皇の時代に、二匹の狐の皮をもって作られたその鼓は、一度鳴らせば
雨を呼ぶという。今も宮中深くに宝物として護られているのではなかったか。

「……まさか」
「そのまさかです」
 深く頷く童子の顔には、しかし笑みが浮かんでいる。
「初音の鼓の、あの皮は……吾が双親の皮です」

 なるほど、と妙延尼は頷く。
 初音の鼓。その鼓を作る為、狩られたのは齢千年を越すと言われる妖狐であ
る。その子供というならば、恐らくは既にその半分くらいは生きていても不思
議ではない。
 道理ですすきや酒精が、えらく遠慮をするわけである。

「……とすると、齢千年」
 同じ事を考えていたらしいお兼が恐る恐る尋ねるのに、童子はにこりと笑っ
て首を振った。
「いえいえ。流石にそこまでは。吾が親達も、千年を生きたわけでもなし」
「……ああ」
 そうですよね、と、ちょっと安堵したような顔で、お兼が頷きかけた、時に。
「せいぜいがその半分でしょう」
 がくっとお兼がつんのめりかけた。
「でも……初音の鼓、とは」
 どのような意図があったとは言え、両親の皮を剥かれて鼓にされた、となれ
ば、人に恨みの一つも無いわけが無い。そう、妙延尼は思ったのだが。

「……私には、恨みが無いとは申せない」
 ぽつり、ぽつり、と言葉を選ぶように童子が言う。
「しかし……双親に関しては、多分……充分に納得して、鼓の皮ともなったの
だと思う」
「……そう、でしょうか」
 それならば良いが、実際にそうだろうか。躊躇するような声に、童子はにこ
りと笑った。
「でなければ、鼓を叩いて雨を呼べるわけがありません。下手をするといばり
の雨が降りますよ」
 なるほど、と、呟いて、妙延尼は、ふと首を傾げた。
「それで……お待ちになる、とは」
「あの鼓は、今は、宮中に隠されております」
 声は静かに、しかし同時に凛として響く。
「しかし……幾久しき後に、あの鼓は宮中を出、私の元に戻るだろう、との託
宣がありました」
 まだまだ先のことですが、と断って、童子は深く頷いた。
「私はそれを、待つ積りであります」



 せめて夕餉を、と、妙延尼が誘い、童子が受ける。
 塩を振って焼いた魚と、じゅんさいの吸い物、野菜を蒸して味噌で味をつけ
たもの。それにすすきが集めてきた果物を並べて、夕餉はそれなりに贅沢なも
のであった。
 加えて。
「酒ですか」
「はい。お兼が作ったものですが」
「これは結構な」
 食べるうちに呑むうちに、すっかり愉快になったのか、童子はころころとよ
く笑いながら、様々な山の暮らしのことを述べた。
「妙延尼殿には、以前、我々の眷属がお世話になりましたなあ」
「はい?……ああ、あの」
「はい。あの時無事に嫁取りが出来ましたので、今は子供達が沢山居ります」
「それはようございました」

 夕餉を終えて、最後に酒をぐっと飲み干すと、童子はふわりと立ち上がった。

「狩衣だけではなく、このおもてなし。痛み入る」
「いえ、とんでもない」
「御礼にとは釣り合わぬが、ひとさし、舞わせて頂こう」
 うわあ、と、頓狂な声をあげたのはすすきである。
「お、おかたさま、が、舞いになられるのかっ」
「うむ。お前、鼓を持っておるだろう?」
「も、もっているぞっ」
「では、打て」
 
 つい、と、杯を大きく横に避けて、童子は立ち上がった。


 懐の中から取り出されたのは、緑の柳の枝。すい、とそれを振ると、周囲に
緑の気が満ちる。
 いつの間にか鼓を構えたすすきが、すう、と手を浮かせた。

 ぽ、ぽむ。

 その音に合わせて、童子の身体がゆるやかに動き出す。白と二藍の衣の裾を
翻し、緑の枝を振り。
 残像は淡く光を帯びて、ほの暗い部屋の中、妙にはっきりと映る。いや、童
子の全身が、淡い光を帯びているのだ。

 ぽ、ぽむ。

 背をかがめ、また伸ばし、手を広げ、廻り。
 その動きは、確かに人のそれとは段違いに優美である。

 幾久幾久。
 どれほど待つことになろうとも、しかしいつかは会えるものなら。
 幾久幾久。
 母を待とう、父を待とう。


 くるくると、幾度も廻っていた身体がゆっくりとゆるやかにその動きをくつ
ろがせ。
 そして最後に、ふわり、と止まり。
 重さなど無いかのように、またふわり、と座に戻った童子は。

 縁の赤い目を細めて。

 わらった。


解説
----
 あやかしの正体は……というところで。
 ちなみに元ネタは、『義経千本桜』の初音の鼓、です。
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 てなわけで。
 であであ。
 
 


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