[KATARIBE 31900] [HA06N] 小説『泡白兎・14 ver. A』

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Date: Thu,  6 Nov 2008 00:05:00 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31900] [HA06N] 小説『泡白兎・14 ver.  A』
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2008年11月06日:00時05分00秒
Sub:[HA06N]小説『泡白兎・14 ver. A』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
見直しってなあに、美味しいの?な状態です。

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小説『泡白兎・14 ver. A』
============================
登場キャラクター 
---------------- 
 小池国生(こいけ・くにお)
  :尚久の親友、正体は血を喰らう白鬼。六華に近しいものを感じている。
 本宮尚久(もとみや・なおひさ)
  :本宮家の大黒柱、妻を亡くしている。小池の大学時代からの親友
 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。


本文
----

 かつて、それは、白い泡でありました。
 海の波頭に白く残り、時を経ずして消えてゆく、そんな泡でありました。

 それが。
 
(泳げる者が、海で溺れて死のうとする)
(その絶望がどれほどのものか、私は知らない)

 その絶望の中、一筋だけ零れだした、言の葉。

『死にたくない』
 既に深い絶望のなか、それだけが恐らく違和として押し出されてしまったの
でしょうか。
『生きたい』
 海の深みに呑まれ行く彼女に、その言葉も概念も必要ないまま。

『私の心が変われば』
『この痛みが無くなるのなら』
 泣きはらした目が、最後に見た白い泡。それに何を見たものか。
『この痛みが無くなれと、せめて願えるのなら……っ』

 微かに笑った彼女の心から、零れたその一滴。
 それを白い泡は吸い取って…………

 
                **


 めりめり、と、湿り気のある音が、それを追うように続き……そしてふっと
途絶えた。
「六華さんっ」 
「………ぁっ……」 
 かは、と、広げた口に、血が溜まる。肺からなのか、他からなのか。
「六華さん……しっかり、今」 
 背中が……火に、炙られるよう。
「…………だい、じょぶ……、あたし、しな、ないから」 
「しゃべらないでください……血を」 
 それでも、今のうちに言わなければ、と。
「……わか……たの……うさぎ……」 
 言い掛けた唇の間に、何かが入ってくる。それは六華の舌の先に、ぽつり、
と触れた。
 赤錆に似た味、そして。
「……っ」 
 背中一面に広がっていた痛みが、嘘のように引いた。


「…………あ……」 
 痛みが無くなって、初めて今までの痛みがどれほどのものかを思い知る。
「……少しは、和らぐはずです。大丈夫」 
 痛みに拡散していた視野が、急激に元に戻る。心配そうにこちらを見やる白
い髪の鬼の顔を、六華はまじまじと見た。
「…………くに、お、さん……」 
 ほっとしたような笑みが、返事のかわりに広がった。

 白い綺麗な、この鬼。
 それは……けれど。

「……っ」
 
 守ろうと思っていた。
 護らなければ、と思っていた。
 血を差し出し、生きろ、と言い放ったからには、この鬼が生きられるように、
そしてこの綺麗なものが変わらぬように、と。
 それだけ思えば自分がここに在ることも肯定される。どこまでも歪んだ己の
存在というものに、少しだけでも意味があると思える。と。

 思っていたのに。

「六華さん……?」 
 泣きそうになった六華のほうを、小池は心配そうに覗き込む。
 全く判っていないことが、明白で。
(判るはずはないけど)
(判る必要はないけれど)
(だけど)

「…………な、んで」 
 声を出すと、まだ少し背中が痛む。それでも倒れることのないよう、支えて
いる手はこの鬼のもの。
 それら全て、結局……これほどまでに、迷惑をかけるばかり、だと。
 そのことが。
「あた、しは、巻き込みた……たくないって!」 
「……いったはずです」 
 後半は泣き声になった六華の言葉を、鬼は静かに流した。
「……共に、歩いていきましょう」  
「…………っ」 

 だから、と、六華は内心呟く。
(だから貴方には、おじさまが居て)
(麻須美さんが居ない今、誰よりも大事な筈で)
 自分に気を使う必要はない。助けてもらった、これだけで充分の筈。

 自ら好んで、手を伸ばす必要など無い、のに。

「あなた、にはっ……」 
 言い掛けた、瞬間。
 

 ひどく、驚いたのが最初。
 真っ黒な布が視野を遮る。押し付けられた頬に、その布は少しざらりとした
感触を残す。
 頭を何度も撫でる手。背中に廻された腕。
 布越しに伝わる体温。

(貴方にとって、ここが良い場であるなら)
(いつまでも留まってください)

「…………う」 
 何が悲しいのか。
 何が辛いのか。
 何を安堵したのか。
 何を……泣いているのか。

 その全てがわからないまま、ただ、六華は泣きじゃくった。
 泣いて、泣いて。
 泣きつかれて意識がぼんやりと白濁するまで……



「…………くにお、さん」 
 怪我と、兎とのやりとりと。
 全て過ぎ去った後の、眠り込みたいような疲れの中で、六華はふと目を見開
いた。
「兎の、正体、わかりました」 
「……え」
 緩んだ腕に、手をかけて身を起こす。
(まだ兎が居る)
 ひまわりの家に降っていった兎達。あれを出来るだけ早く返さねばならない。
子供達の為に、そしてあの泡の兎の為にも。 
「……詳しく、お話できますか?」
 こつり、と、足音と一緒に、穏やかな声がする。その顔を見て、六華は頷い
た。
(おじさまなら、大丈夫)
 異能は無い筈だけれども、無論あやかしではないけれども。
(この人なら) 
 説明しようとして、六華は少し躊躇した。
「あたしの、見たもの……見えますか?」 
 右の掌を伸ばして、白い鬼の手を握る。掌を通し、光景を送る。
「はい」 
 頷いた国生は、もう片方の手で尚久の手を握る。


 暗い夜の海。砂浜から続くその浜は、しかししばらく歩くと急激に深くなり、
これまでも何度か事故が起こった場所だ、と、『彼女』は知っていた。
 空には月。
 ざん、ざん、と、間遠に響く波の音。


「この、海で、女の人が死にました。ポケットに石を詰め込んで」 
 泳ぎの上手い人だった。
 だから海で死にたいと願った。
 泳げる人が溺死しようとする。ある意味かなり無茶なことだ。だから彼女は
場所を選び、時間を選んだ。
「そのひとの、最後の思いの……その、欠片が、海の泡に映ったのが……あの
うさぎ」

 泳ぎの上手い人が溺れて死のうとする。どれほどの覚悟があっても、途中で
死の来る苦しさの故に、自分が生き延びようとすることを予測していたのだろ
う。
 彼女はポケットに、入るだけの石を詰め込んだ。
 それも小さな石を幾つも。
(生きたい、と、その石を棄てようにも、幾つも幾つものその石を棄てる間に
息が続かなくなるように、幾つもの幾つもの石を)

「そのひとの……持っている、石の数だけ、うさぎが、生まれたはずです」 
 六華の言葉に、後の二人は目を合わせる。
「つまり」 
「最後の想いのこもった石を」 
「そう」 
 あの石の数だけ、兎達は泡から呼び覚まされている。
 自分を生の淵から遠ざけた、その石の数だけ。
「……そのひとを、海から引き上げて……石を、返してやれば」 
 兎は、帰っていきます……と、言おうとした言葉は、そこで途切れた。 
「わかりました」 
「よし」 
 視線の先で、二人は頷く。早速、というように尚久がポケットから携帯を取
り出した。

(泳げる者が、海で溺れて死のうとする)
(その絶望がどれほどのものか、私は知らない)

 石榴の目は紅の色。
 紅の色が悲しみの色であるならば。
(あの目の映した絶望の)

 その深さは如何程であったのか……


「…………ほんとに……あたし、だったんだ」 
 ぽつり、と、零れた言葉に国生が振り返る。その髪の白さが兎の白さを思わ
せて、六華は尚更に悲しくなった。
「あのこは……あたし、だったんだ……」 

(絶望の欠片から生まれたあの兎が)
(生きられる、と、思ったのは)
(狂喜、したのは)

 堪らず、六華は顔を覆った。
 泣き尽した筈の涙が、ぽろぽろと零れた。
「……六華さん」 
 ぽん、と、肩が掌の広さだけ暖かくなった。

「だが、貴方の最後の想いは道連れを望まなかった」 
 穏やかな声は、しかしきっぱりと言い切る。まるで兎と六華、その繋がりを
改めて絶つように。
 その言葉の正しさに六華は口ごもる。その通り、全くその通り、と思いつつ、
けれども頷くことも出来ず黙るばかりの様子をどう見たのか、尚久の言葉は直
ぐに変わった。
「しかし、あの兎は、還さなければいけない」 
「……ええ」 
 その言葉は、容易に頷けるものだった。

 闇の中に一列の、白い小さな兎が跳ねてゆく。
 絶望すらもその無心の中、石榴の色に封じ込めた兎達が。

(開いた目に見える、その幻像)
(つまり自分は……半ば目を開いたまま意識がなくなっている?)
(兎)

 でもそれも、多分あたしなんです。
 立場が少し違えば、あたしがそうなっていたものなんです


(額にあたる布の感触)
(とんとん、と、背中を軽く撫でる手)


 そう……言った積りではあったけれども。
 六華の声が、どこまで届いていたかは……わからなかった。


時系列 
------ 
 2008年10月付近
解説 
----
 兎の最後。そして、この出来事の……ひとつの終わり。
***********************************

 というわけで。
 この次は、後日談、みたいな形なのかな。
 それは、A,Bに分ける必要があるかどうか……無いかも(苦笑)


 であであ。
 
 


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