[KATARIBE 31893] [OM04N] 小説『鼓待つ身・上』

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Date: Tue,  4 Nov 2008 23:49:18 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31893] [OM04N] 小説『鼓待つ身・上』
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2008年11月04日:23時49分18秒
Sub:[OM04N]小説『鼓待つ身・上』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
某所にて、夢野さんの話をひょっと見て思いついた話。
……無論うちのは、とてものんびりです。

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小説『鼓待つ身・上』
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登場人物 
--------- 
  妙延尼(みょうえんに) 
   :綴る手の持ち主。鬼を祓う刺繍を綴ることが出来る。 
  お兼(おかね) 
   :妙延尼の乳母の子。非常にしっかり者で、ついでに怪力の持ち主。 
  すすき(−)
   :あやかし。むじな。妙延尼の作った頭巾を常に身に着けている。

本文
----

 そろそろと、夕闇が部屋の半身を染めている。
 その半分、座る者の輪郭もおぼろになる位置に、男が座っている。
 男なのか、童子なのか、その輪郭はゆらゆらと頼りなく、対峙する妙延尼の
目にも、定かには見えぬ。

「……で、私に何が出来ましょうか?」
 
 穏やかな声に、びくり、と身を竦ませたのは、男ではなくその隣の丸っこい
影である。やはりその正体を露にせぬ姿は、しかし妙延尼にもその隣に座るお
兼にも既に見慣れたものである。

「妙延尼、さまに……衣を」
「衣を?」
「あのな、とてもとても、長生きを、しておいでなのじゃ」
 妙延尼に敬意を払うこのあやかしの名はすすき、かつて一度背を護る布を与
えたところ、すっかりと懐かれたようで以来度々とやってくる。その度にあや
かしの厄介ごとを持ち込む辺り、『まあその分、あやかしの騒ぎが減るようだ
から良いことかもねえ』と妙延尼が言い、『何でこういう無駄な騒ぎがうちに
来るのですか!』とお兼がむくれる原因になるわけだが。

 それにしても。

「長生き、というて……すすき、多分お前も、私よりは長く生きておりましょ
うに」
「ちがうのじゃ、もっともっともっと、ながく生きておいでなのじゃ」
 はて、と、妙延尼は首を傾げた。
「それにしてはその面立ちが、どことなく童子のような」

 その言葉に、初めて男は顔を上げて微笑んだ……らしかった。
 無論その表情の細かなところは見えぬ。ただ、開いた口から除いた白い歯だ
けが、その笑みの所在を明らかにした。

「私は、未だに親を待ち設ける身。故に童子と御身の目には見えるのでござい
ましょう」
「……はぁ」
 何となく間の抜ける声で応対した後から、もう少し何とか言えばよかったろ
うか、と、流石の妙延尼も少々後悔したものだが、相手はどうやらその間の抜
けた声にほっとしたらしい。からり、と笑った声が返答に続いた。

「私は未だ、親には会えませぬ。行く末はまだ長く、待つより他はありませぬ。
それはもう、判っておるのでございます」
 そう言われればそうか、と思うしかない。妙延尼だけではなくお兼も首を傾
げた。
「それで、ひいさまに何を頼まれますの」
 不審そうな声に、男……否、童子はやはり少し笑って答えた。
「この者に与えたような、衣を……流石にこのところの風は寒うて」
「と、申されましても……私が封じるのは主にあやかしや怪異、風や寒さは」
 言いかけた妙延尼の言葉を童子はするりと遮った。
「ですので。私がその文様は存じております」
「え?」

 取引をしよう、と、つまりそれが童子の言い分であった。
 自分の知る『風や寒さを防ぐ』文様を教える、その代わり狩衣を一枚、その
文様を縫い取りしたものを作ってくれ、ということである。

「それは宜しいですが……少々時はかかりますが」
「それは無論」
「布もこちらで調達を致しますか?」
「ああ、いやそれはこちらに……すすき」
「はあ」
 ごそごそ、とどこから取り出したのか、すすきが包みを差し出す。お兼が受
け取り包みを開くと、白と二藍の二色の布が転がりだした。

「これはまた」
 薄闇にもはっきりと、見事な布であることが判る。
「判りました。文様をお教え頂けましたら、直ぐと狩衣をお作りしましょう」
「ありがたい」
 言うと、童子はすっと手招きをした。
「はい?」
「手を」
「……はい?」
「手の上に、記しましょう」
「文様を、でございますか?」
「うむ」

 筆でお書きになれば、今用意致します、との妙延尼の言葉に、童子は首を横
に振った。
「風や寒さを防ぐ紋。それを私が紙に記せば、その紙自体が呪符ともなる。そ
う簡単に人に渡せるものではないのです」
「……判りました、ただ」
 ひと時黙って、妙延尼が頷く。小首を傾げた童子に、彼女は条件を告げた。
「私が、それを、紙に記すのは構いませぬか」
「ああ、それならば」
 布に縫い取って初めて、妙延尼の封魔の力は発揮される。童子は頷いた。
「では、ここで書いて頂ければ、私がそれをまたここで紙に書きます」
「成程、それを見て、私が違うところを申せばいいのですね」
「はい」

 すっかりと暗くなった部屋の中、お兼が灯りを点している間に妙延尼は硯の
用意をする。やはり半分、部屋の中の暗がりのほうに、二人のあやかしは座っ
ている。
「これ。そこにぼうっとしておいでではないよ」
 釜の前にぽけっと立って、成り行きを見ていたらしい少女は、お兼の声に飛
び上がった。
「白湯くらいは用意するものです。それに何か果物を」
「く、くだものなら、あるぞ」
 ひょいっと飛び上がったのはすすき、懐からごそごそと、また包みを出して
土間へと降り立つ。ほれ、と、差し出された包みから、少女が引っ張り出した
たのは紫色のあけびの実であった。
「いつもいつも、すみませぬの、すすき」
 ほんのりと笑んだ妙延尼の言葉に、すすきはいやあの、と、しきりに照れた。

 出された白湯とあけびの実、そして干棗。
 すすきがもごもごと食べている間に、妙延尼の用意は整う。童子のほうも腕
まくりをすると、すう、と、灯りのほうへと手を伸ばした。
「では」
 広げた妙延尼の手の上に、童子の細い指が文様を描いた。

(ほう、流石に)
 掌の上に童子の指が動く度に、その上に細い光がきらめく。その残像を記憶
に留めつつ、妙延尼は彼の指を追う。
 暫しの後、童子はほう、と息を吐いた。
「このような、ものですが」
「……お待ちくださりませ」
 左の手で受けた文様を、その感触を思い出しながら妙延尼は紙に写す。
 さらさらと写し取ってゆくのは、覚悟したよりもたやすい作業であった。

「それで、よかろう」
 それでも二度ほど書き直しをして、その文様は出来上がった。
「では……一週間ほど時を頂きまして宜しいでしょうか」
「構いませぬ」
「ではお受けいたしました」
 深く頭を下げて妙延尼が言い、童子もまた深く頭を垂れてその言葉を受けた。
「さて待たせたな、帰ろうぞすすき……すすき?」
「はえ?」
 気が付くと、そのどこか瓢げたあやかしは、土間へと移っていた。紅い頬の
少女と二人、並んで座っている。
 間に置かれた二つの杯を見て、お兼が眉を吊り上げた。
「また酒を盗み呑みしたねっ!」
 きゃああ、と、あやかし二人が慌てて逃げる。それを追いかけてゆくお兼を
見送って。
 妙延尼と童子。ひととあやかし、ひどく違う筈の二人は。
 期せずして一緒に、大きな溜息をついた。


解説
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 人よりもはるかに長い間生きるあやかしからの依頼。

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